Reichsbürger (20.02.2017)

今回は「変わった人」の話。「変わった人」といっても、外見が変わっているのではなく、頭の中が変わっている人。「日本にも変わった人は居ます。」と思われるだろうが、その数、種類、程度では、個人主義の西欧とは比較にならない。欧米、あるいは日本の一部でも根強い人気があるのは、ユダヤ人陰謀説。休暇先の朝食のテーブルで、米国在住のドイツ人と暇つぶしの会話をしたことがある。お互い一人旅で退屈していたので話が長くなり、「来週はカンボジアに遠征だ。」と言うと、いきなり目つきが変わり、「(数百万人を殺害した)クメール ルージュの正体を知っているか。」と聞いてくる。"Make me clever."と冗談で返すと、「ポルポトはユダヤ人だった。」という。彼曰く、世界で起きる残虐行為はユダヤ人が書いたシナリオを、その忠実な僕が実行しているが故に起きているという。

こうした人を"Verschwörungstheoretiker"陰謀説家と呼ぶ。米国のアポロ計画は月面に着陸しないで、隠された倉庫で撮影されたという害のないものから、米国で起きたテロは米国政府が計画実行したものであるという主張。この病気がひどくなると政府は宇宙人と契約を結んでおり、未知の技術提供を受ける代わりに人体実験を許可しているなど、想像力は尽きることがない。こうした陰謀説に共通しているのは、この説を裏付ける証拠、データが全く存在していないこと。逆に言えばデータで裏づけされてない主張なので、これをデータで反論することもできない。一体誰が、日本の政府が宇宙人と契約を結んでいないことを証明できるだろう。こうして陰謀説は絶える事がなく、何か事件がおきる度に新しい陰謀説が生まれている。

ドイツにもこの陰謀説家が多い。外国人を見かけると、「真実を教えてあげなくっちゃ。」という使命感に駆られているからか、聞きたくないのに勝手に話をしてくる。陰謀説家はいつも決まって、上述の米国在住のドイツ人のように、「お前は○○を知っているか。」という言葉で話しを始める。ドイツではとりわけ、「誰が戦争を始めたのか、お前は知っているか。」、「誰がヒトラーを支援したのかお前は知っているか。」それに、「誰が世界(政治)を動かしているかお前は知っているのか。」が人気のトップ3だ。"Mache mich klug."(賢くしてくれ。)というと、相好を崩して夢にも見なかった話を聞かせてくれる。陰謀説家によると、米英はドイツを潰すことを長期的な目標にしているという。これを実行に移すため、ドイツ国内で特定の政治家を支援して権力に就かせ、戦争に発展させる。こうすることでドイツを潰す大義がえら得るという、ひにくれた論理だ。

こうした陰謀説の一種で、ドイツ(それにオーストリア)で人気の変わった説が存在している。それは、「ドイツ帝国存在説」で、現在のドイツ連邦共和国はただの有限会社(GmbH)に過ぎないという内容だ。そのような説を信じているドイツ人は、大きく分けて2種類に分離される。ひとつは何処の国にもいる右翼で、ユダヤ人殺害を否定、強大だったドイツ帝国に羨望を抱き、これが消滅したことを認めたくない人達だ。もう一方のグループは人生で大きな挫折を経験した挙句、その責任を自身に求めず周囲に転化、「ドイツ連邦共和国は認めないから、その法律、指図にも従わない。」という人だ。この屁理屈はドイツ人らしく徹底しており、ドイツ帝国の国旗は言うに及ばず、専用のパスポートまで勝手に発行、自身を"Reichsbürger"(帝国市民)と呼び、車のナンバープレートも独自のものを作成している。

ドイツやオーストリアに来て、おかしな旗を掲げているドイツ人や、玄関に「ドイツ帝国領」などというおかしな表札を掲げている帝国市民を見たら、「コレ、何ですか。」なんて聞かないで、大きく迂回しよう。バイエルン州はニュルンベルクの近郊に住む帝国市民が、自宅に武器を保有していた。当初は合法に所有したのだが、病気(帝国市民病)がひどくなったため、自治体は武器を保有させるのは危険と判断、武器を明け渡すように書面で警告した。しかしすでに病気が進行した帝国市民は市の役人を、「武器を取り上げるなら実力行使する。」と脅した。そこで警察の特殊部隊"SEK"に、この市民の自宅を強制捜査、武器を押収するように命じた。しかし何故か突入部隊には、「この帝国市民はマジでおかしい。」という警告が伝わっていなかった。ただの家宅捜査と勘違いした警察官が呼び鈴を、「ピンポ~ン」と押すと、帝国市民は玄関のドア越しに何の警告もなく発砲した。それも弾奏が空になるまで。結果、複数の警察官は大怪我をして病院で手当てを受けたが、1名は死亡した

その後の警察内部の調査で、警察内部に複数の帝国市民が勤務しており、同僚である筈の警察官に、「銃撃になる可能性がある。」という大事な警告をしなかったことが判明した。警察はこの帝国市民の警察官(複数)を解職処分にして、警察官殺害事件への加担で操作を始めた。この事件は、これまでは「頭のおかしな奴。」で済んでいた帝国市民の危険性をはっきりと示した。内務大臣は、「ドイツ連邦共和国を拒否するなら、国から1ぺニッヒさえも支給されないし、警察、軍、そして公の職には就けない。」と声明を出して、帝国市民の解職に乗り出している。バイエルン州の内務大臣によると、バイエルン州だけで最低でも1700名にも及ぶ帝国市民が居り、さらなる1600名は識別中であるという。今後、帝国市民は憲法保護の監視下に置かれて、電話などは盗聴されるので、お友達を選ぶ際はご注意あれ。


          
この旗見たら要注意。
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Postfaktisch (11.02.2017)

日本では角川文庫が販売していたヒトラーの口述著書"Mein Kapnf"はドイツでは戦後から発行が禁止されていた。著作権の所有者であるバイエルン州が「悪魔の書」として発行を禁止したからだ。この禁止にもかかわらず"Institut für Zeitgeschichte"(以降IfZと略)という歴史研究期間が、この悪魔の書の「解説判」の発行準備を始めた。2016年にバイエル州が持つ著作権が期限切れになってしまうからだ。「誰かが発行する前に、ちゃんとした解説を加えた版を発行するほうがいい。」という論理はバイエルン州の州知事の逆鱗に触れ、「IfZへの補助金をストップすべきだ。」と州知事が言い出して、アドルフが死んで70年以上も経つのに、またしても大きな政治テーマになった。

2016年1月1日に著作権が失効すると、IfZは解説を加えた「我が闘争」の販売を、59ユーロという高額で開始した。「ベストセラーを目指すのではなく、またしても誤った思想の根源にならないようにすることが目的だ。」という同機関の高貴な目標とは裏腹に、またしてもベストセラーになってしまった。同時に自宅で埃が積もっていたオリジナル版の我が闘争を所持していたドイツ人は、これを合法に販売することが可能になって、大喜びした。戦禍を逃れ、70年以上も生き延びたされなかったオリジナル版は今、なんと1500ユーロもの値段で売りに出されている。

この著書に、「大衆は驚くほどナイーブで、誤った事実でも、これを繰り返し主張すれば信じるようになる。」と書かれている。かっての共和党の大統領候補、現大統領のトランプ氏が、メデイアに全く同じ話を語っていたのは興味深い。ヒトラーの著書を読んだのか、それともメデイアでの仕事がそのような知恵を与えたのか、その点は定かではない。この知恵を効果的に使用する術と、根拠のない事実、早い話が真っ赤な嘘をしゃあしゃあと主張する厚顔無恥を持ち合わせていた同氏は、これだけを武器に大統領選を戦い、次々に敵を撃破、ついには大統領に就任してしまった。大統領の就任式を見物に来た市民の数が少ないと報道されると、すぐに得意技を発揮して、「こんなに参観者の多かった就任式はなかった。」と主張、メデイアは嘘を報道していると非難した。その後、メデイアがこの事実を数字で証明すると、大統領選の首席アドバイザーだったKellyanne Conway女史は、「これは嘘ではなく、"Alternative Fakten"(代わりの真実)である。」と主張した。女史は中身まで悪魔の化身と化している。

この現象は米国だけに限られたものではない。英国でも脱EU派は文字通り真っ赤な嘘を主張して、成功した。嘘は気持ちがいい。「お綺麗ですね。」と言われて、怒る女性はいない。かってヒトラーが、「ドイツが戦争に負けたのはユダヤ人の"Dolchstoß"が原因だ。」と言い張り、「ドイツが苦境にあるのも、すべてユダヤ人のせいだ。」と代わりの真実を主張すると、ドイツ人は良心の呵責、「戦争をおっぱじめた挙句に負けた。」から解放された。ドイツ人はこの代わりの真実を信じてしまい、またしても戦争をおっぱじめてた挙句に、こっぴどく負けるまで、現実を見ようとはしなかった。全く同じ現象が英国、米国、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、オーストリア等で起きている。代わりの真実ほど、市民にとって気持ちのよいものはないのだ。

この現象はとりわけ日本で強い。オリンピックを日本に招致したいがため、手に負えない福島原発の現状を"under Kontoroll"と代わりの真実を主張した首相を筆頭に、名だたる新聞社から、ネット記事まで代わりの真実で一杯だ。ベルリンでテロがあった際、○日新聞は「ドイツも安全ではなくなった。」と嘆くドイツ人の声明を「現地人の声」として挙げていた。しかし事実は大きく異なる。

かって有名なテロリストは、「一人殺せば、100万人を恐喝できる。」と嘯いた。これがテロリストの目的だ。だからドイツ人は、「テロを怖がって家に引っ込むんじゃ、テロリストの思惑通りになる。」と、日本人と全く違う反応をする。テロがあってもドイツ人は怖気づかない。実際、ドイツでテロに見舞われる確立は1/2500万で、日本の宝くじ一等が当たる確率は1/2000万と、宝くじに当たる確率よりも低い。ドイツでは年間、最高で2万人もインフルエンザで死亡しており、テロに遭う確率よりも数千倍高い。しかし、「インフルエンザが怖いので、ドイツにはいきません。」と言う人は皆無だ。論理的に考えれば、車、飛行機、風邪、エトセトラの方がもっと怖い。しかしそんな意見を載せては、日本人には受けない。そこでそのような声明を捏造するか、無理やりそういう声明を出す人を探してくる。日本の新聞は日本人読者に受ける声しか乗せないので、これを読んだ日本人は、「ドイツもそうなんだ。」と考える。日本の有名新聞社がこの様なので、ネット記事や個人が滅茶苦茶な主張をしていても無理はない。

日本や米国ほどではないが、ドイツでも代わりの真実が流行っている。「シリア難民は放牧されている羊を襲い、首を掻き切って殺して解体、食料にしている。」とか、「難民が収容されている地区では盗難が上昇して、スーパーが閉店に追い込まれた。」など、空想は絶える事がない。そして一部のドイツ人は、そのような主張が根拠のあるものなのか調べもしないで、好んで信じる。代わりの真実ほど心地よく、自尊心を満たしてくれるものはないからだ。
          
こうした背景があり2016年の流行語は、"Postfaktisch"が選ばれた。これはまさしく米国のConway女史が主張する「代わりの真実」という意味だ。日本社会は農耕社会から発展したため、「村八分」になることを意識的、無意識に避け、間違った意見、行動でも、メインストリーム(多数派)と同じ行動をしていれば安全だと考える。結果、日本人は、「他の人はどうしていますか。」という質問をとりわけ好む。一方、狩猟民族は同じことをしていたのは獲物を逃してしまうので、「俺は俺、他人は他人。」と考える。こうした背景もあり、日本人はとりわけ代わりの真実に弱いので、記事などを読む際は用心あれ。記事を書く側が、読者に合う様に記事の内容を選抜していることをお忘れなく。



小ヒトラー。
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器じゃない (31.01.2017)

2017年、欧州は選挙の年。オランダ、フランスの選挙は予定されていたが、政情不安によりイタリア、オーストリアでも総選挙になりかねない雲行きだ。ドイツでも例外ではなく、3月から地方選挙が始まり(予定では)9月に下院の選挙があり、新しい首相が就任する。もっとも本当に新しい首相が就任する可能性はあまり高く、同じ首相が新首相に就任する確立のほうが高い。

退屈な選挙戦になりそうな原因は、現在の連立政権にある。2大政党が連立政権を組んだため、政権は国会で日本の自民党並みの圧倒的な過半数を有している。結果、野党は政府が決定する政策の「聞き役」になり下がっており、政府の同意なくしては国会調査委員会も招集できない。これに加えてドイツの好景気。20年振りの低失業率を誇る今、政権の交代を望む市民の数は決して多くない。移民(難民)政策に満足していない国民は多いが、だからと言って日本のメデイアが主張しているような、トランプ氏を大統領に選んだ米国のような事態はドイツでは起こりにくい。幸か不幸かドイツには「過去の遺産」があり、右翼政党が大躍進して第一党になる可能性はゼロ。

結果、2017年の新政権も、これまで通りの二大政党による連立政権になる可能性が極めて高い。これでは緊張感のある選挙戦になるわけもない。唯一、選挙民の興味をそそるのは、「誰が首相候補に立候補するか。」という点になるのだが、メルケル首相が前人未到の4期目の首相就任を目指すのは、首相が立候補を正式に表明する前からはっきりしていた。結果、注目は名目上のSPDの首相候補に向けられた。何故、「名目上」なのか。それはSPDは連立政権を組んでから人気を無くす一方で、支持率がかろうじて20%のラインを死守しているからだ。連立政権で首相を出すなら最低でも36%程度の投票率を上げて第一党になる必要があるが、SPDの得票率が30%を超えたのは10年前の話で、今日では「兵度もが夢の跡」でしかない。

はじめから「勝ち目はない」とわかっていても、SPDの首相候補として立候補してみたいものだ。"Brexit"や米国の大統領選が示したように、「予想外の結果」が発生する可能性がある。もっともこの予想外の結果は通常、都合の悪い方向で起きることが多いものだ。にもかかわらず、SPDの党首であるガブリエル氏は首相候補として立候補すべく、氏よりも人気のある外務大臣をドイツの大統領に推すなど、滅多に見ることがない氏の戦略的な政治手腕を見せた。あとはEU議会大統領だったシュルツ氏を外務大臣に就任させれば、自然にガブリエル氏が首相候補になる筈だった。この目的でSPDは2017年1月から来るべき選挙戦の戦術について協議に入った。この協議の最後に、正式なSPDの首相候補が指名されることになっていた。

ガブリエル氏の思惑とは裏腹にSPDの支持率は低迷したまま、さらにガブリエル氏とメルケル首相の支持率の差は狭まるどころか、広がったまま。SPDの内部では、「次回も負け選挙。」というムードが広まり始めた。連立政権を組む政党の宿命だが、政権が成果を出すと、その成果は大きな政党、この場合ではメルケル首相率いるCDUの手柄になる。結果、弟分である政党、この場合ではSPDは支持率を落とし、次回の選挙では敗北を喫することになる。この悪循環を断つ方法は2つある。そのひとつは選挙前に連立政権を解約して、連立政権のパートナーにその責任を負わせる方法。かってFDPはシュミット首相と連立政権を組んでいたが、一方的に連立政権を解約、政権破綻の原因をシュミット首相の責任にすることに成功した。もっともこの方法が成功裏に行くには、政権の支持率が低迷していることが条件だ。政権の支持率が高い場合は、このような策略はブーメランとして帰ってくる。

残る方法は、連立政権と関係のない人物を首相候補として上げる方法だ。新しい顔を見た選挙民は、それが首相候補であれば、まずは好意的に評価する。これにはこの人物が、すでに政治の面で実績を挙げていることが条件だ。SPDにはそのような政治家は二人しかない。ハンブルクをCDUから奪取したショルツ州知事と、同じようにNRW州をCDUから奪取したクラフト女史だ。しかし後者は全国政治には興味を見せていないので、残る候補はショルツ氏のみだ。メデイアはショルツ氏が首相候補に名乗りを上げるか興味を持って動向を見守っていたが、同氏はまだ時期尚早と判断した。結果、ガブリエル氏が立候補して選挙で大敗北、大恥を晒すかどうかという点に絞られた。
          
他の政治家なら、それでも危険を犯して立候補していただろう。周囲を驚かせたことにガブリエル氏は首相候補への立候補を辞退、EU議会大統領だったシュルツ氏を首相候補に推すと発表した。記者会見で同氏は、「私が立候補しても勝ち目がないから。」と驚くほど正直にその動機を述べた。それだけでない。ガブリエル氏は党首の座をシュルツ氏に譲り、産業大臣から(外務大臣の大統領就任により)空席となる外務省に移ると発表した。国民の間では同氏が党首に任命する前から、「ガブリエル氏は首相の器じゃない。」と言われていた。氏が世論に合わせて、風見鶏のように意見、態度を換えるのがその理由だ。しかし同氏の今回の決断は、首相の器ではないけれど、潮時を見て客観的に判断を下す能力が備わっていることを示した。

白羽の矢を立てられたシュルツ氏だが、メルケル首相相手に勝つチャンスは高くない。仮にCDU/メルケル首相の人気を落とす事態が発生してSPDが人気を回復しても、支持率が30%までいけば御の字だ。しかし30%ではCDU/メルケル首相に勝てない。シュルツ氏が首相になる唯一の方法は、SPDが過去10年以上に渡って拒否してきた左翼政党、それに緑の党を加えた3党と連立政権を組む方法だ。左翼政党と緑の党はそれぞれ8~9%の得票率は固い。これにSPDの30%が加われば、ドイツの選挙システムでは下院での過半数を押さえることができる。しかし選挙前に「左翼政党との連立政権を目指す。」と公言すると、党内右派の支持率を失くす。そこでシュルツ氏は党内右派のご機嫌を取りながら、左翼政党との連立政権を視野に入れての選挙戦となる。この絶妙なバランスが取れるなら、シュルツ氏が首相になるのも可能かもしれない。
          


首相候補を断念したガブリエル氏。
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SPDの希望を一身に担うシュルツ氏。
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マイナス金利の功罪(18.01.2017)

2016年3月、欧州中央銀行(以降EZBと略)は歴史上初めて公定歩合を0%に下げると同時に、保険会社や銀行などがEZBにお金を預ける場合に採用される金利をマイナス0.4%に設定、さらなるマイナス金利の導入に踏み切った。日銀も、「マイナス金利はない。」とそのような政策を拒否していたのに、結局はマイナス金利を導入した。もっともマイナス0.1%という「低金利」なので、EZBに比べればその余波は小さい。

そもそもマイナス金利を導入する思惑は、「銀行はEZBに金をプールして(預けておく)おかないで、事業に融資すべきだ。」という点にあった。マイナス金利を払うくらいなら、銀行は客に金を貸して金利で儲け、社会にも金が出回って、経済活動が活性化するという希望的な観測から下された金利政策だった。ところが欧州の銀行の多くは、2007/8年の金融危機以来、未だに多額の借金(不良債権)を抱えている。しかるにEZBはこの根本的な問題を無視して、将来の金融危機に備えて自己資本率を上げるように銀行に条件を課した。結果、山のような不良債権を抱え、低い自己資本率で悩む銀行は、余剰金を投資に回さないで、自己資本率の改善に使った。マイナス金利を払いたくない銀行は、預金をEZBから引き下ろして銀行の金庫に保管した。まだ大きな金庫を持っていない銀行は、金庫の設置を検討している。毎年、0,4%もの金利を払うなら、数千万円かけて金庫を作ったほうが安い。

こうしてEZBの思惑とは異なり、企業融資の数は一向に改善しなかった。さらには公定歩合をゼロに設定することで、消費をてこ入れして、日本のようなデフレが定着しない事を期待した。しかしそんなに簡単にデフレ退治ができるなら、日本は20年近くもデフレに悩んでいない。実際、ドイツ国内のインフレは0.4%~0.5%にへばりついたままで、EZBの目標の2%には逆立ちしても到達しそうになかった。すでに公定歩合をゼロにして、金融機関に対してマイナス0.4%もの金利を設定していたEZBは、弾をすべて打ち尽くしてしまった。2007/8年の金融危機、それに続き発生したユーロ危機で果敢な金融政策を実施して危機を克服したEZBだが、今度ばかりはその金融政策が効果を発揮しなかった。これを象徴するのが定例の金融政策発表のコメントだ。EZBや日銀は「経済はゆっくりと回復している。」という表現を用い、その政策を正当化することに余念がないが、効果は一向に出ていない。

これがとりわけケチで知られるドイツ人には気に入らない。ドイツ人の大好きな貯金をしても、お金は一向に増えることがない。年金生活者なら、「物価が上昇しなくてすみやすい。」だが、これから年金をもらう世代にはたまったものではない。個人年金に加入しても保障金利は0.9%なので、これでは何年払っても年金の足しにはならない。国が「国民年金では足らないから、個人で年金に加入しないさい。」と推奨しているリースター年金(貯蓄型)も同じ金利を約束しているが、契約成立時に保険会社が取る高額な手数料(コミッション)を差し引くと、実質金利は0.42%になる。これではインフレ率よりも低く、貯蓄ではなく減蓄だ。投資型のリースター年金に加入している人は、高い手数料に加えて、保険会社が投資した株のパ-フォマンスが悪く、年金額がマイナスになっているケースさえある。その一方でEZBの国債買い上げ政策により、10年物の国債の金利さえもマイナス金利になり、ドイツ政府は国債保有者に払う利子を節約するばかりか、マイナス金利で15億ユーロという大金を稼いだ

ドイツには「目の上のたんこぶ」だが、ギリシャ、イタリア、ポルトガル、スペインなどの国では、EZBの金融政策は天の恵みだ。本来なら6~10%の金利を払わないと買ってもらえない国の10年物の国債が、なんと2%未満の金利で完売してしまう。国債が低金利で完売するので、政府は人気のない構造改革をする必要性を感じない。産業の競争率を高めるのに必要な社会保障のカット、増税、労働時間の延長(*1)、解雇条件の緩和などをやると、イタリア政府のように、選挙で負けて政権を失うからだ。こうしてEZBのマイナス金利は、もともと競争力がないために経済の成長率が低い国の政府が、何も対抗策を取らない様に背中を押す結果になってしまった。EZBは国債を買い上げることでこうした国の緊迫した財政事態を緩和、時間を稼いで、その間に構造改革を進めることを期待していたが、結果は正反対となった。マイナス金利は何ひとつとして、目的を果たさなかった。

ここで安値に悲鳴を上げた産油国が生産量をカットすると発表すると、原油価格はほぼ20%も上昇した。これが消費価格を押し上げて、2016年12月、ドイツでは1.7%という数年振りの高いインフレを記録した。EZBや日銀は決して認めないだろうが、EZBや日銀がゼロ金利、マイナス金利を導入しても退治できなかったデフレを、産油国が一気に解消してしまった。このままインフレ率が上昇して2%を突破すると、EZBは金利を上げなくてはならない。ドイツ人は貯金に利子がついて大喜びだが、イタリア、ポルトガル、スペインなどの国では国債の利率が上昇して、借金をするのが難しく(高く)なる。さらに公定歩合が上昇すればユーロが高くなり、ユーロ内で生産された商品は値段が高くなり競争力を失う。これが一番応えるのが、構造改革を怠ってきたイタリアだ。イタリアの国債がまた8~9%もの利率になると、すでに国内総生産の133%という借金の沼にはまっているイタリアは借金を返せなくなる。しかしイタリアはギリシャやポルトガルと違って経済規模が大き過ぎて、EUの金融支援では支えきれない。そうなるとまたユーロ危機、2.0の再来だ。だから前イタリア政府は構造改革を実施しようと国民投票を行ったが、国民はこれを拒否した。イタリア、そしてユーロは今後大きな試練に直面することになるだろう。
          
          
*1
日本では長時間労働が当たり前で、「世界中、どこも同じ。」と信じているが、欧州の事情は全く異なる。労働時間の延長と言っても、おフランスの労働者の労働時間は週35時間と、欧州の中でもとりわけ短い。日本と違って、欧州には残業がない、あるいは残業をしないので、この時間が本当の労働時間になる。当然、フランス産の製品は高くなる。高くてもルイビトンのバックなら売れるが、誰でも買うものではない。労働時間が38.5時間のドイツと比較すると、同じ製品でもフランス製は高くなる。さらにドイツでは派遣を(悪)利用して、労働賃金をダンピング、周辺国よりも安く生産できる。劣悪な労働環境で働いてる日本人が欧州に来たら、目からうろこだろう。

EZBの外壁に描かれた見事な落書き
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Ach, Du Scheisse! (11.01.2017)

日本で語られているドイツの姿のほとんどは、「ドイツ伝説」に属するもので、現実(事実)とは関係ない。これはドイツだけに限ったものではなく、「オランダ伝説」というものもある。食事に招かれたら、食後のデザートに麻薬が出たとか、まことしなやかに語られている。個人的によく聞いたのは、「オランダには人よりも牛のほうが多い。」というオランダ伝説だ。調べてみるとオランダの人口は1700万人。牛の数は150万頭で毎年、増加中だ。ざっと見積もって10人に1頭の割合だ。伝説だけあって、事実とは大きくかけ離れてはいるが、牛がとても多い事は事実だ。ところが牛はミルク、これから製造するバターやチーズを提供してくれるだけではなく、糞も出す。それも150万頭の牛が。この糞だが、なんとオランダの隠れた輸出品で、最大のお客様はドイツだ。ドイツは毎年140万トンもの糞をオランダから輸入している。

「糞くらい自前で調達できないの?」と思われた方は鋭い。ドイツにも十分な家畜が居て、十分過ぎる糞を「生産」している。では何故、わざわざオランダから糞を輸入するのか。言うまでもない、"Made in Germany"は高く、オランダ産は安いからだ。オランダは小さい国土に多すぎる家畜が居るため、糞尿の処理に困っている。畑にまいても、まいても、文字通り掃いて捨てるほどある。アジアなら河川に垂れ流しだが、そこは環境保護の厳しい欧州、高い金を払って糞尿を回収してもらい、環境を汚染しないように処理される。ここに目をつけた賢い業者が、糞を販売する会社を作った。酪農家で糞尿がタンクが一杯になるとこの業者がトラックで回収、ドイツの農家まで無償でお届けするのだ。糞尿業者は回収に際して酪農家から料金を取るが、回収費用はオランダで糞尿処理をするよりも安いので、酪農家は高い金を払って処理施設に送らずに、この業者に依頼する。そしてドイツの農家は、高い金を払って糞を注文しなくても、このオランダ業者に頼めば無償で農家まで届けてくれる。まさにかゆいところに手が届くサービスだ。

ところがドイツの農家が畑に安い糞を大量に撒いたために、地下水が糞で、正確には"Nitrat"(硝酸塩)で汚染されてしまった。EUの規定では、1リットル当たり50ミリリットルを超える硝酸塩を含む飲料水は、健康に著しい害を及ぼすとされている。とりわけ妊娠中の母子への影響が危惧されている。そこで欧州議会は6~7年前にドイツ国内の地下水に含まれる硝酸塩の濃度を下げる措置を取るように要求した。しかしドイツ政府はこれを無視した。正確には要請は認識したものの、何も対策を取らなかった。結果、酪農家と農家の多い州では、飲み水の汚染区域と汚染度が広がる一方だ。デユッセルドルフが州都のNRW州では40%の地域が、Schleswig-Holstein州では50%が、そしてNiedersachsen州ではなんと60%にまで汚染地域が広がった。

ナイジェリアやブラジルで、地下資源採掘のために地下水が汚染されても、賄賂をもらっている政治家が何もしないのは理解できるが、ドイツ政府が何もしないのは何故だろう。ドイツでは例えば教育は州政府の管轄にある。すなわち州により教育基準が異なるので、州を超えて引越しすると、生徒が授業についていけないなどの問題が発生している。そこで中央政府が全国一致の教育基準を導入しようとすると、「管轄外のことに口を出すな。」と拒否反応に合う。憲法でそのように規定しているので、州政府が、「じゃ、変更しましょう。」と相槌を打ってくれない限り、何もできないのだ。地下水の汚染に関しても、新たな規制の導入には中央政府の妥協、もっとはっきり言えば、金を要求する。これを払いたくない中央政府は、金のかかる法改正、あるいは規制を後回しにする。これが理由で欧州委員会から改善を要求されているのに、6~7年も何も手を打たなかった。財政、税制改革を欧州委員会がギリシャ政府に対して何年も要求しているのに、一向に改革が進まないのと同じだ。

ところがギリシャと違ってドイツはお金持ち。罰金を課しても、これが十分に払える。そこでEU委員会はドイツは地下水汚染の改善を惰っているとして欧州裁判所に訴えた。欧州内最大の農業国、フランスも同様の罪状で欧州裁判所に訴えられて、裁判で負けた。その罰金がなんと30億ユーロ。フランス人の誇りであるおフランス産の航空母艦、"Charles de Gaulle"の建造費用が30~35億ユーロと言われているので、ほぼ空母が一隻買えるほどの高額な罰金だった。ドイツに対しても同額、あるいおはそれ以上の罰金が課せられる可能が高く、中央政府はまた頭痛の種を抱え込むことになった。そんな罰金を払うなら、州政府に補助金という名目で金を与えていれば、州政府は二つ返事で改革に了解していただろう。その金を惜しんだばかりに30億ユーロの罰金+州政府へのお布施を払うことになりそうだ。

もっとも汚染された水を飲んでいるこれからの州の住民は、この処置を歓迎している。州政府、あるいは中央政府はEU委員会がドイツを訴えて、罰金で脅さない限り、何もしないからだ。しかしこれで水質が改善される見通しがついた。これが欧州連合の利点のひとつだ。日本では「放射能汚染による危険はない。」と国が言えば、もう何もすることはできない。裁判所も国の見方に追従するので、不正が正されることはない。しかし欧州連合では、加盟国政府の権限が及ばないEU委員会とEU裁判所があり、不正があるとここで裁かれる。(排ガス規制のように、欧州議会でこの不正をカバー(隠す)ような決定がされない限り。)欧州連合には欠点も多いのが、利点もちゃんとある。
          

輸入物、それとも国産?
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