Made in China (08.11.2016)

日本で高級車と呼ばれる国産車、前から見るとメルセデス、後ろから見るとBMWという恥ずかしいデザインを採用する。デザインという独創性を発揮する箇所で独創性を放棄して、堂々とそれもフラッグシップである高級車に、他社のコピーを採用するのはいかにもアジア。もっともコピーしていない日本車のデザインは、お世辞にも購買意欲を増すものではない。欧州では日本車は「安いから」という理由で買う車で、人気のある車ではない。その一方で、「イタリア人がデザインした日本車だったら買う。」という人が多いのだが、かって日産とフィアットは全くその逆をした。すなわち日本人がデザインした車をフィアットが製造した。ぱっとしないデザインに加え、イタリア車の信頼性のなさがパーフェクトにマッチ、車は売れず見事なフロップで終わった。

中国人も同じように考える。ただし日本人のように、「なんとなくメルセデス。」というデザインではなく、「どうみてもメルセデス。」という完璧なコピーにする。いい例がある。この秋に開催された航空ショーで中国がかなり前から開発中の戦闘機、J-20が始めて公開された。レーダーに映り難いと言われているこの戦闘機は第五世代の戦闘機で、このような戦闘機を開発、保有しているのは米国とロシアだけだったが、中国もこれに堂々と加わった。もっともこの中国製の戦闘機、ロシアで開発されたもののお蔵入りになった"MiG-1.44"と酷似している。ミコヤン社はこれを次世代の戦闘機として開発したのだが、ライバルのスホーイ社に政府への売りこみ(賄賂競争)で負けてしまった。この航空機は多目的戦闘機として開発され、戦闘機として、あるいは爆撃機としても使用できる20mもの大型の航空機だった。中国製の戦闘機も22mもの巨大な機体で、オリジナルと同じように爆撃機バージョンと戦闘機バージョンが公開された。中国が同時に開発している戦闘機J-31米国製のF-22に酷似している。一体どうやって国家機密である飛行機のパテントを盗んだのだろう。

「中国製の次世代の戦闘機と言っても、外見はコピーで、それぞれの国から盗んできたもだ。」と非難されることが多く、また非難は的を得ているが、日本には同様の戦闘機を製造する能力がない。中国はある分野での先端技術では、西欧に追いついている。日本政府の資金補助を受けて三菱が製造している旅客機"MRJ90"は、日本人の体系にあわせて寿司詰めにしても90席も確保できない小型旅客機だ。100席以上の客席を提供する航空機ではエアバスのA320(定員150~179)、A318(定員107~117)がベストセラーになっており、世界中の航空会社が注文している。これに対抗しては勝ち目がないので、三菱は競争相手の少ない90席未満の小型ジェットの開発に決めた。日本国内の、「40年振りの国産旅客機!!」というお祝いムードと異なり、この旅客機の開発はトラブル続きで計画よりも4年以上遅れている。その間にライバルが同様の機種を開発、販売しており、このプロジェクトの未来に影がさしている。(*1)一方、中国も国産旅客機の製造にかかっている。C919は168人までの乗客を収容できる能力をもち、"Platzhirsch"(販売台数一番)のA320に真っ向から挑戦している。

「いやいや、中国の旅客機はすでに注文を取っている日本の旅客機と違って、まだ開発中でいつ完成するかもわかってない。」という非難をよそに、中国政府の発表では517機を超える注文を受注している。小型機である三菱の注文は375機。この数字が本当なら日本の旅客機よりも成功している。皆まで言えば、中国は90席の定員の国産旅客機、Comac ARJ21の開発を成功裏に終えて、すでに定期便として就航してる。もっともあまり評判が良くなく、欧米での飛行許可が取れていない。しかし中国の国営航空機製造会社、"COMAC"はこの失敗から多くの教訓を得ており、本命のC919ではこの欠点が改善されて、将来はエアバスやボーイング社を向こうに回して三つ巴の戦いになるかもしれない。一体、中国は戦闘機から旅客機まで製造できるノウハウを、どうやって日本よりも早く習得することができたのだろう。

基礎研究で西欧に遅れをとっている中国は、足りない技術を長い年月をかけて開発するよりも、その技術を持っている外国企業を買収する。数年後には中国はこの技術を習得して、これを使って製品を開発、販売できるので、まことに効率がいい。この目的で中国企業は最先端技術を持つドイツ企業を次から次に買収している。今年の5月に中国の投資会社、"Grand Chip Investment"が特殊機械を製造してる"Aixtron"を買収するオファーを出した。ドイツ政府は当初、この買収に何の不審もいだかず、"Go"サインを出したが、11月になって急にこの許可を取り消した。米国の諜報機関がこの投資家は中国政府の隠れ蓑で、"Aixtron"の先端技術を軍事部門、それも核施設に応用する危険ガあるとドイツ政府に警告したのがその原因といわれている。同時にドイツ政府はすでに許可していたドイツの電灯メーカー、"Osram"の白熱電灯部門の中国企業への売却許可も無効にして、再度、検討をしている

ドイツは、他のEU諸国と違って企業買収にやさしい環境にある。これを利用して中国企業が次々にドイツの会社を買収していくと、政府はドイツのノウハウが簡単に外国企業、とりわけ中国企業に買い取られていくことに懸念を抱きだした。通産大臣は、「中国企業がドイツ企業を買収するなら、中国政府が中国国内でドイツ企業に課している制限を撤廃して、中国企業と同じ立場で活動できるようにせよ。」と始めて中国の買収に対して、"Nein"を突きつけた。これは共産党政権のご機嫌を損ねた。通産大臣は"Osram"の中国企業による買収を大臣の勅命でストップした後、定例の中国訪問に出かけたが、中国の通産大臣は予定されていた会談を直前にキャンセルして、中国側の不快感を表明した。首相はまるで阿部首相を迎えるような冷ややかな態度でドイツの通産大臣を迎えはしたが、中国のメデイアには緘口令が出されて、ドイツの大臣が訪問している事は、テレビでも新聞でも報道されなかった。

こうして中国とドイツの関係は、これまでの蜜月ムードから、一気に緊張ムードに悪化した。ドイツ企業は日本と中国政府間の関係悪化を利用して、中国で市場占有率を広げていった。しかしドイツが、「これまでのようにはいかないよ。」と中国に警告を発した今、これまでのような一人勝ちはできなくなりそうだ。そして中国にとっては喉から手が出るほど欲しい最先端技術が欠けることになる。これが日本企業のチャンスとなるだろうか。

*1
旅客機業界は、成功すればリターンも大きいが、新参者の進出がとりわけ難しい分野だ。「日本の技術力があれば、他社同様、あるいはもっと優れた航空機を製造できる筈だ。」という愛国心は理解できるし、成功して欲しいが、旅客機は優れた飛行機さえ作れば勝手に売れるものではない。そのいい例が"Fokker"社だ。20世紀初頭にオランダ人がベルリンで作った航空機会社フォッカーは、第一次、第二次大戦中、数々の名機を生産した。とりわけ「レッドバロン」の異名で知られるフォン リヒトホーフェン男爵の三翼機は有名で、日本の三菱重工とよく似た過去を持っている。戦争後は、本社をオランダに移して小型旅客機を製造していた。80年代、三菱同様に政府から補助金をもらって画期的な小型旅客機の製造を開始したが、開発費がうなぎのぼりで、会社の経営が傾き始めた。当初開発されたFokker50(50人乗り) Fokker100(100人乗り)は合計しても500機ほどしか売れなかった。会社の命運をかけてFokker70(79人乗り)の開発をしたが、たったの47機しか売れず、親会社のダイムラーがこれ以上の融資を拒否、同社は1996年に倒産した。

倒産した"Fokker"社はオランダ人の誇りを大きく傷付けた。とりわけまたしてもドイツ人が同社に止めを刺したことが、オランダ人の愛国心に訴えた。オランダ人は"Netherlands Aircraft Company"を創立、同社を"Rekkof"と命名したが、これは"Fokker"を逆さに呼んだ名前だった。同社はフォッカー社の資産を買うと、2016年にはついに新型の旅客機"Fokker130"(定員130人)を開発したと発表した。この定員数はエアバスのA318とA320のちょうど間を狙ったものだが、果たしてチャンスがあるだろうか。そして"MRJ90"は日本企業の成功話になるのか、それとも第二のフォッカーになるのだろうか。


J-20、それともMiG-1.44?
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CETA (01.11.2016)

"TTIP"(米国と欧州の自由貿易協定)の影に隠れて、"CETA"(Comprehensive Economic and Trade Agreement)と呼ばれるカナダとの貿易協定は順調に話が進んでいた。米国のガチガチの資本主義至上主義と違って、欧州内の消費者保護に譲歩をするカナダ政府の態度も手伝って、いよいよゴールが見えてきた。欧州からカナダに輸出される品目の多くは車、機械等の工業製品で、カナダから欧州に輸出されるのは農作物、肉、それに石油等の資源で、競争する品国が少ないことも交渉の進展に貢献した。この協定が署名されると、輸出入される品目の実に99%の関税が撤廃されることになる。結果、欧州製品は安くなり競争力を増す。関税がなくなり、仮に日本車とドイツ車の値段の差がなくなれば、日本人だってドイツ車を買う。これが車だけでなくあらゆる製品に及ぶので、欧州の大企業はこの協定締結によるカナダ市場での売り上げ拡大に大きな期待を抱いていた。

もっともこの協定はまずは欧州議会で決議された後、欧州連合加盟国の28カ国で批准されてから、初めて正式に発効することになる。これが何年かかるかわらないし、すべての加盟国が批准するとも限らない。イタリア、スペイン、ポルトガル、それにギリシャでは左派政党が勢力を増して、ギリシャでは政権を獲得しているが、左派は伝統的に貿易の国際協定に反対しているからだ。かと言ってEU議会の決議だけ、加盟国の頭ごなしに協定にサインしてしまうと、またEU内でブリュッセル官僚独裁という非難が高まり、イギリスのようにEU反対派が勢力を増しかねない。そこで協定を二段階で発効させることにした。第一弾は、10月27日にカナダの首相をブリュッセルに迎え、EU議会の代表者とカナダの首相が協定にサイン、これを欧州議会で決議してから発効する。残りの項目は、すべての加盟国がそれぞれの国会で協定を批准してから、発効するとした。

それでもこの協定に対する国民の不安、欧州の消費者保護基準がカナダの基準まで下げられる、は拭いきれなかった。これに加えて、「貿易の自由化で得をするのは大企業だけ。」という妬みと不安が混じった感情も大きな役割を果たしていた。日本のアベノミクスでは、円安で得をするのは輸出関連の大企業のみ。その大企業で働く労働者は派遣で、会社が儲かっても給与のアップは雀の涙。しかるに会社側は、「最低賃金が800円なら我慢できるが、1000円になるとやっていけない。」と主張する。企業史上かってない経常利益を上げている会社が、自給1000円も払えないという。かってないほど儲かっているのに、労働者に正当な給与を払っていない会社が、貿易の自由化により、労働者の待遇を改善することはない。それどころか、さらに安い労働力を求めて、派遣労働者の割合を増やしていくだろうから、自由貿易協定で得をするのは大企業だけで、労働者には何の利点もないと市民が考えるのも無理はない。

欧州各地でCETA反対運動が盛り上がる中、ドイツでは反対派がCETAが加盟国の批准なくして発効するEUの取り決めは憲法違反だとして、ドイツの最高裁判所に訴えた。裁判所でCETAを弁護する通産大臣は、「すべての反対派を説得しないと協定が発効しないといけないなら、将来、EUと協定を結ぶ努力をする国はなくなる。」と論拠、氏がこれまでにおこなった演説では群を抜いて優れたものだった。最高裁判所も概ねこの筋の論拠を支持、「欧州連合が取り決めた協定をドイツが拒絶すると、経済拠点としてのドイツ、ひいては欧州の存在意義を失いかねない。」と、CETAの調印後、EUの管轄にある協定項目に関しては、加盟国の批准を待たずに発効しても違法ではないと判断した。ただし最高裁判所は、この協定が今後の判決で憲法違法と判断された暁には協定を反故にできること、本当にEUの管轄にある項目だけ発効することなど、幾つか条件をつけた。

ドイツの最高裁判所がGoサインを出したので、加盟国の担当大臣がブリュッセルに集まって、協定調印の最後の仕上げにかかった。ここでブリガリアやルーマニア、それにベルギーの"Wallonie"の地方議会が、この協定に文句を付けた。これは欲に言う「いちゃもん」で、大きな出来事の前に何かしら要求をあげてEUから妥協、もっとはっきり言えば補助金をかしめようという魂胆で、何も今回に限ったことではない。大方のジャーナリストは、「明日になれば皆、妥協している。」と請け負った。実際、ブルガリアとルーマニアは妥協案に納得して、協定に同意した。ところがベルギーのヴァロニー議会だけは、頑として首を縦に振らなかった。

ヴァロニーとはベルギーの南半分、フランス語を母国語とした住民を指し、独自の議会を持っている。10年前、ベルギーは国の分裂の危機に陥った。フランス語圏はフランスに帰属することを望み、中央政府と対立した。この対立を解消するためにこのような譲歩をしたのだが、ヴァロニー地方は内陸部にあり、産業基盤が弱く、不景気に悲鳴を上げている。地元の大企業と言えばベルギーの軍需産業くらいだったが、工場を閉鎖すると発表したばかりだった。この工場閉鎖により数千人が職を失う。自由貿易協定が調印されることにより、ヴァロニーで生産されているわずかな農産物もカナダの安い農産物に負けて、ヴァロニーがさらに貧乏になることを恐れた。

EU加盟国、それにブリュッセルの官僚は、「7年も交渉してここまでこぎつけた協定を、ベルリンの人口ほどの地方議会が台無しにするなんて有り得ない。」とベルギーのフランス人を非難したが、ヴァロニーは本気だった。EUが妥協案として出してきた案を、「3000ページにも及ぶ文書を送り、今晩までに返事をしろというのは脅迫だ。」とこき下ろした。こうして日曜日に同意に達する筈だった協定は、誰も予想してなかったヴァロニーの反抗により、見事に座礁に乗り上げた。カナダの通産大臣は、「EUには国際協定に調印する能力がない。」と涙ぐんだ目で声明を出し、交渉の決裂を宣言した。ヴァロニー議会は欧州の政治家から猛烈な非難をくらったが、CETAに反対する欧州内の市民から絶大な「ブラボー」の絶賛を受けた。市民が幾ら反対しても阻止できなかったCETAの調停を、ヴァロニーの地方議会が阻止したのだから、その感激は大きかった。

このヴァロニーの反抗は、ドイツ国内では緑の党と左翼政党を除いて、非難の対象になった。連立政権、それに経済界は、「ドイツ経済への大きなダメージとなる。」と将来を真っ暗に描いたが、ドイツ経済は今、CETAが調印されていないのに、至極調子がいい。しかるに協定の調印されないと、すなわち今のままだと、ドイツ経済に大きなダメージを与えるとは、いかなる論理だろう。「癌保険に入っておかないと、癌になったら大変ですよ。」と市民を脅して保険を売りつける保険屋のセールスのようにしか聞こえない。国民にちゃんと説明しないで、こういう脅しを用いるから、国民が新しい協定に反対するのだ。

帰国しようとしたカナダの通産大臣を、「まだ終わったわけじゃない。」とEU議会大統領のシュルツ氏が引きとめた。氏は木曜日に予定されている協定の調印式にまだ間に合わせるべく、ヴァロニー議会の説得にかかった。氏は甘い言葉で妥協と勝ち取ろうとしたが、ヴァロニー議会は頑として首を縦に振らなかった。言葉だけではトイレットペーパーにも使えないことを、ヴァロニー議会の代表は承知していたからだ。ヴァロニーはEUに具体的な妥協の内容を要求した。しかしカナダは新たなCETAの交渉を拒否、協定が調印される筈だった木曜日になってもヴァロニー議会の同意がなく、CETAは7年もの長きにわたって交渉をしてきたのに、"ausser Spesen, Nichts gewesen"(徒労)に終わってしまった。

ところがである。シュルツ氏(ドイツ人)は、協定が調印される筈だった木曜日が結果なく過ぎても、諦らめなかった。ヴァロニーとカナダの間に入って、妥協策を探し続けた。そして金曜日になってその妥協先が見つかった。ヴァロニーは農家を守るために関税をかけてもよいこと、投資家がヴァロニーを「投資する機会を逃して、損益をこうむった。」とカナダの調停裁判所に損害賠償を求めて訴えるのではなく、そのようなケースでは欧州裁判所に訴えを出すことで、ヴァロニー議会はCETAに同意した。こうしてカナダの首相は10月30日にブリュッセルを訪問して、協定に調印した。今後、年内にEU議会でこの協定が決定されて、CETAの一部が発効することになる。残る項目はEU加盟国が国会で批准することになるので、果たしてこれが発効するか未定だ。

EUに批判的な人は、「それみろ、意見がばらばらで一向にまとまらない。」というが、言葉、歴史、宗教が違う28もの加盟国があるのだ。話がすぐにまとまならいのは、当たり前。それでも官僚が頭ごなしに決定するのではなく、民主主義の論理に沿って決定する方針を崩さなかったのは評価できる。沖縄の米軍基地の移転問題だって、10年以上議論しても同意に達さず、結局は沖縄市民の声ではなく、中央政府がこれを頭ごなしに決定した。国内の懸案でこの様なのだから、EUの決定が長引くのも無理はない。尚、CETAでこのような顛末になったので、米国との自由貿易協定、"TTIP"は死んだも同然。そしてその方が良かった。日本は果たして交渉を進めているTTPに調印するのだろうか。欧州での議論を見ていると、不安になってくる。


CETA aus! oder doch nicht?
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大統領を探せ! (21.10.2016)

同じドイツ人の国、オーストリア。かってはドイツよりも強大で、ドイツの宗主国だったのに、ビスマルクがドイツ第二帝国を建設してから、ドイツの「小さな兄弟」に立場が反転してしまった。日本から欧州に向けられる関心は元々小さいが、その関心が向くのはドイツ、イギリス、イタリア、フランスまで。その証拠にドイツ、イギリス、フランス、イタリアの首相の名前は知っているが、オーストリアの首相の名前はおろか、顔までも知らない人がほとんどだ。そこで今回はドイツの隣国、オーストリアで起きている珍劇を紹介しよう。

好景気に沸くドイツと異なり、オーストリアでは不景気から脱却できずに四苦八苦している。失業率は2011年から5年間上昇を続け10%を突破、現在は8.3%にまで戻している。その原因はかってドイツが21世紀初頭に抱えていた「ドイツ病」にある。フランス並みの高価な社会保障制度を抱えているため、お給料の43、21%は税金で持っていかれる(6万ユーロ以上の収入。)そして健康保険は18.5%。これだけで61%だ。さらにここから年金も払わなければならない。結果、オーストリアの平均月収はドイツよりも高いのだが、手元に残る現金はほぼ同じ。そして人件費が高いので、食料品は言うに及ばず、レストランの費用、携帯電話の通話料など、ドイツよりも値段が高い。結果、お給料は高いのに、購買力が低いので国内消費が伸びない。また、企業が労働者を雇うと、13~14回もお給料を払わなくてはならないので、できるだけ雇いたくない。これに加えてオーストリアの悪名高い規制が網の目のように巡らされており、何をするにも官僚の許可が必要で、これを取るのに専門知識、時間、それに金がかかる。オーストリアの企業が新しく工場を建設する際、高価で面倒なオーストリアを避けて、隣のチェコやハンガリーに建てるので、失業率が上昇する。

オーストリアはこの欠点をちゃんと把握しているのだが、そこは官僚のすること。必要のない取り決めをひとつ改善、あるいは廃止する間に、新しい意味のない規則を2つも3つも作成する。結果、「税金を下げて国内消費を活性化させる!」と大風呂敷をひいた政府の政策も、減税された金額が低すぎて、消費を活性化させるには至らずに終わってしまった。ドイツもかって同じ病気にかかっており、21世紀の初頭までは全く出口が見えなかった。ところがドイツではシュレーダー第二政権下で大幅な社会保障制度改革が実施され、4年ほど時間はかかったが、人件費が下がって、ドイツ製品の競争力が回復した。「じゃ、同じことをすればいいじゃない。」と思っても、そう簡単には行かない。フランスでHollande大統領が社会保障制度の改革を行っているが、労働者は全面ストを実行、フランスの世論は大統領の政策を理解せず、支持率は15%まで落下した。来年フランスで大統領選挙があるが、奇跡でも起こらない限り、Hollande大統領が再選されることはない。これが政権にある政治家のジレンマだ。社会保障制度に手をつけると、メデイア、そして世論からコテンパンに叩かれる。そして政権を失う。これが理由で、政治家は大幅な改革にしり込みをする。

オーストリアで政権にある社会民主党は、労働者の保護を旗に掲げており、党内左派からの反発もあり、首相はそのような大胆な政策を断行できる立場にない。このあまり芳しくない状況の2015年、難民の波が欧州に襲い掛かった。人権擁護を旗に掲げてる社会民主党は、メルケル首相の難民受け入れ政策を支持、オーストリアは難民を受け入れると宣言した。ところがメルケル首相の、「難民大歓迎」発言後、難民の波はさらに勢いをまして、小さなアルプスの国になだれ込んだ。右翼は、「それみろ!だから難民の受け入れを拒否したのだ!」と勝ち誇った。首相は連立政権の要求と世論に負けて、「難民の受け入れを制限する。」と180度の方向転換をしたばかりか、メルケル首相の難民受け入れ政策を非難し始めた。この政策変更は党内の左派からの突き上げをくらい、首相の立場はさらに弱くなった。こんな弱い立場では、社会保障制度の改革など到底できるわけがない。

そのような不安定な政治状況の2016年4月、オーストリアで大統領選挙があった。オーストリアの大統領は、飾りだけのドイツ大統領よりは大きな権限が認められているが、実権を発動するには政府、あるいが大臣の提案が必要で、自由に採決できる権限はない。又、国会で議決された法案が大統領のサインを得て正式な法律になるが、これを拒むこともできる。ドイツともっとも大きく違う点は、大統領が国民投票によって選出される事だ。すなわち大統領選挙は、政党の支持率の大きな指針になる。政府与党は低迷する経済、難民問題を抱え、困難な選挙戦になると覚悟をしていたが、蓋を開けてみると、結果は予想を大きく上回った。それも悪い意味で。連立与党の推す両候補は第三位、第四位という下位に留まり、政党の支持のない独立候補にまで負ける散々な結果に終わった。勝利したのは右翼政党が推すHofer氏で、36%もの支持率を獲得した。自民党独裁国家に住んでいると、「たったの36%?」だが、複数政党が国会でしのぎを削る欧州では、36%もあれば第一党になり、連立政権で首相を出せる数字だ。右翼候補がオーストリア国民の幅広い支持を受けたこの選挙は、世界中で報道された。何しろあのアドルフを生んだ国で、またしても右翼政党が第一党に躍進したこの選挙結果は、欧州で驚きをもって受け止められた。

幸い右翼候補が(まだ)過半数に達していなかったため、右翼候補と第二位になった緑の党の政治家、かってのウイーン大学教授のBellen氏との決戦投票が行われることになった。大学教授というとおとなしい言動をうかがわせるが、Bellen氏は「(大統領になった暁には)右翼政党が決議した法案にはサインしない。」と、真っ向から対決姿勢を明らかにした。オーストリアの知識人は、「右翼が勝つと、オーストリアがまた世界の悪玉になりかねない。」と警告を鳴らした。かってテレビの生中継中、日本人のF-1ドライバーを"Japse"(英語の表現のジャップに相当)と呼んでテレビ局を大騒ぎさせたことのあるニキ ラウダ氏でさえ、「連立政権は一致団結してベレン氏を推すべきで、これをしないなら、両氏は辞任しろ。」と語った。しかし歴史的な敗北をしたオーストリアの二大政党は誇りが高すぎて、ベレン氏を公式に推すという行為に踏み切れなかった。

この"Zaudern"(迷い)が、ファイマン首相の引導となった。党内左派(ベレン氏擁護)と連立政権のパートナー(右派、ホーファー氏擁護)の双方から支持を失い、辞任に追い込まれた。どうせ辞任するなら、大きな改革を行い、人気を無くして辞任したのなら後世が「偉人」と名誉回復してくれだろうに、右派と左派の板ばさみになって、問題を山積したまま辞任したのでは評価は低い。哀れ。そして5月に行われた決戦投票は、右翼 vs. オーストリア良心の決戦となった。オーストリア経済低迷の責任を難民に押し付けて、右翼の大統領が誕生するのだろうか。オーストリアの言う「同じ間違いは二度と繰り返さない。」は、言葉だけのサービスだったか。それとも、本当にオーストリアは過去から学んでいたのか、その真価が問われることになった。この選挙は大変な接戦で、右翼が49.7%、緑の党が50,3%を獲得、その差は得票数でわずか31000票だった

普通、選挙結果がこれだけ接戦だと、「開票の数えなおし。」を要求するものだ。すると2万票などは簡単に、「あ、間違えてた。」と対立候補に数えられる。すると3万票の差で勝った筈の候補は2万票をなくし、負けた筈の候補は2万票を加算され、1万票の僅差で勝つことも少なくない。すると1万票の僅差で負けた候補が「開票の数えなおし。」を要求する。すると6千票などは簡単に、「あ、間違えてた。」と対立候補に数えられる。すると1万票の差で勝った筈の候補は6千票をなくし、負けた筈の候補は6千票を加算され、1000票の僅差で勝つことも少なくない。すると1000票の僅差で負けた候補が、開票の数えなしを要求してと、この開票ドラマは永遠に続く。これを恐れていたが、右翼候補はしばらく考えた後、「選挙結果を尊重する。」と発表、オーストリアの良心がかろうじて勝ったように見えた。

しかしそこは同じドイツ人の国、そんなに簡単にいくものじゃない。案の定、地方の選挙管理委員会が郵送で送られてきた投票を、投票締め切りの前に開票したことが明らかになった。早すぎた開票が選挙結果に結果を及ぼしたかもしれず、右翼候補のホーファー氏は選挙のやり直しを要求した。オーストリアの裁判所も、この明きからかな選挙法違反では他に方法が見つからず、2016年10月に大統領選の再投票を行うと告示した。この珍劇が日本で報道された不明だが、少なくも欧米ではオーストリアの大統領選に再び注目が集まった。

大統領候補は再び選挙活動を開始、オーストリアのテレビ局も公開対決の特別プログラムを用意、そしてヘマをしでかしたオーストリアの選挙管理委員会は、再び票が入った封筒の郵送を始めた。これで今度こそは、大統領が決まる筈だったが、しかしそこは同じドイツ人の国、そんなに簡単にいくものじゃない。今度は郵便で送られてきた封筒の封の糊が乾いており、接着しないという問題が発覚した。秘密投票である以上、どの候補に投票したか、その秘密は守らなければならない。しかし糊が接着しないのでは、郵便局員が中身を見る事ができる。オーストリアの裁判所も、この明きからかな欠陥を目の前にして他に方法が見つからず、大統領選を2016年11月末か、12月始めまで延期すると告示した。この喜劇が日本で報道された不明だが、少なくも欧米ではオーストリアの大統領選はお笑いの的になった。




辞任したFaymann(元)首相。
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笑いが止まらないHofer氏。
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オーストリア最後の期待Bellen氏。
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航空業界再編製 (11.10.2016)

ドイツ第二の規模を誇る航空会社、エアベルリンに巨額の投資を行い同社を破産の憂き目から救っていたエア エチアドの我慢の緒がついに切れた。アラブ人は、幾ら金を与えても一向に厚生しない駄目息子のエアベルリンを、ばら売りすることにした。こうしてドイツの航空業界は再編成に向けて一気に動き出した。

航空業界の再編成と言えば、欧州最大の航空会社であるルフトハンザをなしには語れない(注1)。以前ここで紹介した通り、ルフトハンザは"Germanwings"ではなく、"Eurowings"を同社の格安航空会社に抜擢、ケルン空港(ケルン市の郊外にあるのに、正式名所はケルン ボン空港という名前で呼ばれている。面倒なのでここではケルン空港と略。)をその本拠地として、ライアンエアーや"Easyjet"に戦いを挑む。ケルン空港からバンコクまで199ユーロという値段で、これまで格安航空会社やアラブ諸国の航空会社に奪われた乗客を取り戻す意図だ。ただしまだ規模、路線が少なすぎて、情勢挽回には遠い道のりだ。そこでライバルであるエアベルリンのばら売りが明らかになると、ルフトハンザは真っ先につばをつけた。

ルフトハンザはエアベルリンの本拠地であるデユッセルドルフとベルリンを除く空港からの便、合計40便を乗務員付きでリースする。これによりルフトハンザは、ライバルの格安航空会社に抵抗できる路線数を持つことになる。勿論、オイロウイングスが独自の航路を開拓することもできたが、買収(正確にはリース)の方が格段に早く、費用も安上がりだ。何よりもエアベルリンという競争相手がいないので、高い集客率を期待できる。さらにはドイツ第二の利用客数を誇るミュンヘン空港発の国内線は、ルフトハンザの独占路線となる。ルフトハンザが飛びついたのも無理はない。

この取引はエアベルリンにも大きな利点がある。同社はこのリースにより、1億2000万ユーロのリース料を見込んでいる。万年赤字のエア ベルリンにとって、飛行機を飛ばさなくても手に入る1億2000万ユーロは、この上なくありがたい。このリースは10月31日から実施されるので、(例えば)ミュンヘン空港から飛ぶエアベルリンのフライとを予約された方は、エアラインから連絡がある筈だが、実質上何も変わらないので、心配しなくてもいい。それどころか、「エアベルリンが倒産したら、飛行機が飛ばない。」と心配をしなくて済む。

さらにルフトハンザはかってのベルギーの国営航空、サベナの倒産後、"Brussels"航空会社の株式の45%を買収していたが、残る55%も買収して、完全な子会社にすることを決定した。買収後、"Brussels"の名前は完全に消えて、オイロウイングスの名前で運行される。こうしてルフトハンザはオイロウイングスの路線を9月末の1週間だけで飛躍的に増幅させた。航空機の数で見れば、業界最大手のライアンエアー、第二のEasyjetに続き、第三位の地位に躍進する。

ルフトハンザがこのように大急ぎでオイロウイングスの路線を拡大しているのには、理由がある。ルフトハンザは日本の(元)国営航空会社のように、格安航空会社を見くびっていた。結果、オイロ ウイングスは、ルフトハンザの中で義理の母のような扱いをされており、その名前(存在)を知るのは、出張であちこち飛ぶビジネスマンか旅行代理店の人間くらいだった。ところが原油安にもかかわらずルフトハンザが大赤字を出している中、格安航空会社のライアンエアーは巨額の黒字を計上、「儲かって仕方がないので、チケット代を値引きする。」と発表すると、頭の固いルフトハンザの上層部にもやっとわかった。高いルフトハンザのチケット代金では格安航空会社に全く勝ち目がない。これが原因で、これまではライバルであったエア ベルリンと共同戦線を張ることにした。

一方、エアベルリンの親会社であるエチアドは、エアベルリンの子会社でオーストリア国内で就航している"NIKI"も、売却することにした。売却先は欧州最大の旅行会社"Tui"だ。"Tui"自体、"Tuifly"の名前の下に41機の航空機を持つ航空会社を運営していたが、規模が小さ過ぎる。そこで"Tui"で旅行を申し込むと、ほとんどのエア ベルリンのフライトと一緒になったパッケージ旅行だった。独自の路線を就航しても、競争が激しいので、黒字になるかどうか疑わしかったからだ。しかしここでエア ベルリン(正確にはNiki)の買収となれば、市場にぽっかり穴が開くので採算が取れる確立が高い。さらにこの買収により、これまではエア ベルリンを使っていた客を、自社の航空会社を使用して、ウイーン経由でアジア、アフリカ、中東に送り出せる。さらには合併後の会社の本社(登記)をウイーンに移せば、ドイツの厳しい労働者保護の法律に縛られない。市場の状況に合わせて、乗務員を雇用、解雇できる上、かってはフランスの名物であった乗務員のストも、ドイツのように簡単にはできない。会社は労働者に対して圧倒的に強い立場を確保、労働組合に恐喝されなくて済む。そして数の上ではエア ベルリンを抜いて、ドイツ第二の航空会社に躍進する機会でもある。

このニュースを聞いた"Tui"の社員は急に気分が悪くなった。会社が外国に移されてしまうと、ライアン エアーのような安月給でこき使われて、病気になるとお給料も支払われずクビになることを恐れた。ストをして抗議しようにも、外国の法律ではそう簡単に行かない。勝手にストをすると 飛行機が飛ばないために発生した賠償金の支払い義務が発生するからだ。このニュースは、"Tui"の社員にはあまりにも衝撃的であった。翌日から社員が軒並み病欠を申請した為、"Tui"はほとんどのフライトをキャンセルする事態に発展した。会社側は正規にお休み中の社員の中から志願者を募り、さらにエア ベルリンに乗客を移すなどしたが、焼け石に水だった。日本人なら解雇される人も最後の日までちゃんと働くが、ドイツではそんな日本の常識は通じない。解雇される、あるいは解雇される危険がある場合は、集団病欠を使用して会社に圧力をかける。今回もこの圧力が功を奏した。会社側は会社の本拠地を今後3年間はどこにも移さず、お給料も3年間は新しい会社の給与体系ではく、"Tui"の給与を支払うと発表して、ようやく病気が回復の兆しを見せた。

話しをエア ベルリンに戻そう。ばら売り後、エア ベルリンに残るのはたったの35機のみ。これだけ会社が小さくなれば、とりわけデユッセルドルフとベルリンに集中する以上、ミュンヘン空港やケルン空港などの地上勤務員も必要なくなる。そこでエア ベルリンはさらなる1200人の解雇を発表した。規模を大幅に縮小したエアベルリンは、「2018年こそは黒字の年になる。」と宣言しているが、実に怪しい。エア ベルリンが黒字を計上したのは、2012年の一回のみ。以降、「来年こそは。」と唄ってはきたが、これまで一度も成功していない。果たして親会社は、2018年が終わるまでまるまる2年も待ってくれるだろうか。エア ベルリンの株価はばら売りの影響で60セントから70セントに上昇したが、かっては20ユーロもした株価なので、状況はそれほど改善したわけではない。もし2018年も相変わらず赤字で終われば、この航空会社の倒産は避けられそうにない。



病欠に付き欠航。
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Milch ohne Ende. (03.10.2016)

去年まで欧州には"Milchquote"(牛乳量制限)があり、欧州各国が生産してもいい牛乳の上限が決まっていた。これは本来、牛乳が大量にされて値段が下落、酪農家の経済破綻を防ぐ目的で導入された。この制度が導入された80年代はまだ効果があったのかも知れないが、21世紀になってからはこの制限にもかかわらず牛乳の値段が下落を始め、酪農家の間で生き残り競争が始まった。小さな酪農家は採算が合わず、潰れるか、大型経営の農家に吸収されていった。中規模の酪農家は生き残りをかけて、効果のない"Milchquote"の撤廃を要求した。欧州各地で農家がデモをすると、ここに選挙基盤を持つ政治家、ドイツならバイエルン州の政治家、がこの議題を欧州議会に持ち込み、2015年3月末をもって廃止されることになった。

農家の考えでは、牛乳を自由に生産できるようになれば、EUはおろか、外国に乳製品を輸出できて、酪農家の収入は改善する筈だった。制限が撤去される前、スーパーでは高い"Bio"や"H-mich"(Haltbarmichの略で、加熱処理を施しているので数ヶ月常温で保存できる)でない普通の牛乳が60セント前後で買えた。制限が撤去された1年後、同じ牛乳の店頭価格は46セントまで、なんと30%も下落した。酪農家の反応は長く待つまでもなく、「これではコストも回収できない。」とドイツ全土でデモが起こった。制限がなくなれば、酪農家の考えでは収入が増えるはずだったのに、一体、何処で計算間違いをしたのだろう。

と、わざわざ聞くまでもない。上限がなくなれば、オペック諸国のように、生産できるだけオイル/牛乳を生産する。これがドイツ中は言うに及ばず、欧州中で同時に起きれば、供給が需要を追い越すのは火を見るよりも明らかだった。しかし農家は、「乳製品の輸出により、牛乳の需要が供給を上回り、牛乳の値段があがる。」とありもしない現実を空想してしまった。牛を相手に働く酪農家か、市場経済を理解できるわけもないと言えばそれまでだが、その要求に譲歩した政治家にも責任がないわけではない。ただでもたぶっている牛乳に加え、EUによるロシアへの経済政策の報復で、ロシアはEUからの乳製品の輸入を全面禁止、乳製品の輸出は増えるどころか、減少してしまった。さらには小さな酪農家がすでに姿を消し、中型、大型の酪農家が品種改良を加えた乳牛で、牛乳を大量生産しているのだから無理もない。この乳牛は15000リットル/年もの牛乳を生産できる。これは1日、42リットルに相当して、1日2回ではなく、4回も牛乳を搾ることができる。

酪農家は、「これでは生活できない。」と国に補助金と牛乳の生産量の制限を求めた。だったら"Milchquote"を撤廃しなければ良かったのだが、そこは酪農家と政治家のすること、責任はいつも他の場所にある。選挙区に酪農家を多く抱えるバイエルン州の政治家である農相は、二つ返事で1億ユーロの財政援助を約束した。しかしこれは大きな間違いだ。補助金を出してしまうと、酪農家は補助金に慣れてしまい、牛乳の生産量を削減しようとしない。牛乳が売れる、売れないに関係なく、国が補助金を出してくれるなら、どうして生産量を削減する必要があるだろう。こうして本来の問題、需要を上回る供給は一向に改善されず、牛乳の値段はさらに下落、国が用意した補助金は1年で底を付く。来年は総選挙なので、またしても新しい補助金を用意しなくてはならない。

政府がどうせ補助金を出すなら、酪農家が農家に転換できるように補助金を出すべきだった。しかし問題の根源を掴むと、酪農家から嫌われる。そこで問題の根源である多すぎる生産量をそのままににして、「補助金が尽きる前に、牛乳の値段が回復するか見てみよう。」と税金をばら撒くのは、能のない政治家のすることだ。しかしすべての酪農家が、生存の危機を迎えているわけではない。才能のある酪農家は、生産した牛乳を大手のスーパーに買い取ってもらわないで、仲間と一緒に組み合いを組織、独自の商品の開発、販売を始めた。牛乳の回収から商品作りまで組合で行い、独自商品としてスーパーに販売する。スーパーで陳列さsれている他の安い牛乳よりは値段が高いが、消費者は地元で生産された牛乳を好んで購入するので、大手の商品メーカーと戦えるだけのブランド力がある。政府がどうせ補助金を出すのなら、こうした農家の運動を補助すべきだった。

ちなみに日本は日本の酪農家を守るため、酪農製品の輸入上限を2800トンに制限、さらには輸入製品に法外な関税(30%+1KGにつき1000円!!!)をかけ、日本で生産された世界一高い酪農製品が、外国産の安い酪農品が、日本市場で同じ値段になるように操作している。結果、ドイツでは250グラムのバター(塩無添加)が1ユーロで買えるのに、日本では6~7ユーロと、ドイツの6~7倍もの値段を払わされているが、それでも毎年バターが足らないと、秋になると緊急輸入をしている。すでに2008年にバターの不足が生じているのに、10年間、政府はこれに対処せず、毎年、緊急輸入でしのいでいる。日本政府はTPP加盟に際して、バターの関税についてどのような秘密協定を結んだのだろう。関税が安くなれば、日本へバターを輸出しているニュージーランドは、将来の大きなお得意様を抱えることになる。


1リットル46セント!
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