"versagt(役立たず)“ (04.06.2016)

ここでも何度か紹介している通り、ドイツ国内ではここ数年、都市部における家賃の上昇が著しい。同じアパートに住んでいるとかわらないが、引越しをすると知らないうちに市内の平均家賃、"Mietepiegel"が上昇しており、大いに驚く。大都市とは言えないアウグスブルクでも、4年間で家賃が36%も上昇している。ドイツ人の好みが「緑の多い郊外」から「便利な街中)に変わり、住民が都市部に移住を始め、都市部における住宅への需要が上昇したのが原因だ。これに加えて国が安価な住宅の建築をやめ、すでに存在していた市営住宅、県営住宅を投資家に売却して、すでに熱くなっていた不動産市場をさらに後押しした。皆まで言えば去年だけで110万人もやってきた難民も、住宅不足に拍車をかけた。そして不動産価格が上昇すると、投資の対象になる。投資家が安い不動産を買い上げると、改装工事を施して高級不動産に変身、不動産価格(と家賃)は、上昇に上昇を続けている。

一年前ドイツ政府、正確言えば法務大臣は"Mietpreisbremse"(家賃ブレーキ)を導入した。「家賃は市の平均家賃と比較して、10%以上差があってはならない。」という内容だったが、対称はすでに存在している賃貸物件に限られた。新築の場合は好きな家賃を設定できるので、ブレーキの効果が疑われたが、この法律は2015年6月1日から施行された。1年後、ドイツの著名な経済研究所が"Mietpreisbremse"の成果を発表した。そこには、「家賃ブレーキは家賃を抑えるどころか、全くの逆効果だった。」と書かれていた。ブレーキが利かない("versagt")ならある程度理解できるが、逆効果とはどういうことなだろう。

家賃ブレーキが導入されると聞いたドイツ中の大家は、この法律が施行される前にこぞって家賃を引き上げた(例外もあります。)。こうして家賃の上昇にブレーキをかける筈だった法律が、全く逆の効果を発揮した。さらには間の抜けたことに、法務大臣人は法律を遵守しない場合の罰則を適用しなかった。罰則のない法律が守られるなんて、まるで子供のように純真な心を持っているに違いない。しかしミュンヘン、ハンブルク、ベルリン、ケルン、その他の都市部でアパートを持っている大家が、儲かるチャンスをみすみす逃す筈もなく、賃貸人が代わると20~30%も平気で家賃を上乗せした。結果、家賃ブレーキはいい場合でも全く効果を発揮していないか、ひどい場合は全くの逆効果を及ぼしたと報告書は結論した。

野党は、「抜け穴だらけの法律が効く訳ないと、1年前に言ったでしょ。」と勝ち誇った。プライドを傷つけられた法務大臣は、「賃貸人は自分の権利を主張すべきだ。」と家賃ブレーキが効果を発揮しない原因を、賃貸人におしつけた。しかしアパートの見学に行くと、20~30人ものライバルとの競争になる。この熾烈な戦いを勝ち抜いて勝ち取った賃貸契約で、「大家さん、これは法律違反なので署名しません。」と言える賃貸人が居るとも思っているのだろうか。法務大臣はそれでも過失の一端を認め、「法律を改正することも辞さない。」と発言しているが、1)連立与党内で合意がとれるかどうか。2)この政権はあと1年しか期間がない。在任中に法改正までできるのか。3)仮に法改正が出来ても、ブレーキが利くのか?という疑問が残っており、今後も家賃の上昇が止まりそうににない。

ちなみにドイツの隣国、オーストリアではドイツよりも賢い住宅政策がとられている。ドイツでは国が所有している土地を不動産業者に売って、政府の台所事情の改善に費やされている。典型的な例が、国が所有していたベルリンの中央駅付近の広大な土地だ。政府は住宅不足を知っているのに、この土地を不動産会社に売却、業者はここに高級オフィス、高級ホテル、それにシッピングセンターを建てる予定で、ますます家賃の上昇を煽ることになる。オーストリアでは国が所有する土地を不動産業者が借り受けて住宅を建てるが、国の土地なので家賃の上限が決められている。こうして都市部でも十分に安い物件が提供されており、家賃の上昇が効果的に押さえられている。高級物件を建設しても、同じ場所にはるかに安い住宅があり、誰でも借りることができるからだ。同じ「ドイツ人」なのに、オーストリアでは社会的な政治が行われており、ドイツとは大きな対象をなしている。



責任を賃貸人に押し付ける法務大臣
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„Equal Pay“ (30.05.2016)

日本では自説に正当性を与えたいときに、「欧米では当たり前になっている。」という言葉が好んで使われる。ほとんどのケースでは調べもしないで、「欧米では。」と言っているので、そのような主張は信用しないほうがいい。面白いことに、「中国では当たり前になっている。」と言うと全く効果がないどころか、逆効果になる。しかし欧米で行われていることが正しいなんて、誰が決めたのだろう。2015年、阿部首相は、「欧米では雇用形態としての派遣がますます重要になっている。」と論拠、これまで3年に制限されていた派遣の期間を廃止、労働者の生活を省みず、企業に安い労働力を供給することを決定した。首相は、「これは派遣労働者のスキルを上昇されるきかっけになる。」とさらに無茶苦茶な理論を展開した。一体、派遣の安月給でこき使われて、どうやってスキルをあげるのか。誰もこの点を追及しないのが、とっても日本的。

阿部首相が主張する、「欧米ではますます重要になっている派遣。」だが、ドイツでは派遣に非難が集中している。同じ職場で正規労働者と派遣労働者が同じ仕事をこなしているのに、給与が異なるのはおかしい。さらにはちゃんと職に就いて毎日働いているのに、派遣で給料が低く、国から補助金を得ないと生活できないなんてことが、先進国のドイツでまかり通ってよいものか?しかし政権にあるCDUは大企業から政治献金を受けているので、派遣を制限することにはおよび腰だ。しかし、「派遣は労働者のスキルを挙げる絶好のチャンスだ。」と派遣を擁護するような発言はしない。そんな発言をすると、「じゃ、どうやってスキルを上げるんですか。」と聞かれ、大恥をかくからだ。合理的な考えをするドイツ人相手に、日本特有の論拠を展開しても、調査捕鯨の論拠が理解されないように、日本を出てしまうと通用しない。元来、派遣は急な受注で抱えた仕事を処理できない場合に、短期的に人材を増やしてこれに対応するものだ。会社が人件費をダンピングするために発案されたものではない。

会社のマネージメントは、「しかし派遣がないと、会社は赤字になってしまう。」と派遣の必要性を主張する。トヨタを始めとる大企業が過去最高の経常利益を上げ、取締役役員は労働者の50倍~という法外な給与を手中にしているのに、「派遣がないとやっていいけない。」なんてよくも顔を赤らめもせずによく言えるものだ。安部首相曰く、まずは会社が儲かることが大事だという。会社が儲かると労働者の給与アップにつながり、社会に金が回るようになりデフレが解消、景気が回復すると主張した。ところが景気は回復するどころか、停滞している。会社、それも大企業の業績が改善しても、労働者の給与は停滞したままだ。さらに下請け会社が全く恩恵にあずかっていない。幅広い中間層の給与が上昇しないので、将来が不安で消費を控える。その結果、お金は社会に循環せず、一部の富裕層だけが得をしている。「欧米では当たり前」という経済論理(アベノミクス)が、うまく行くわけがない。肝心なのは低、中間所得層の所得を上昇させることだ。この層にお金が循環してくれば、一部の高級品ではなく大量消費製品を消費してくれるので社会に金が回る。アベノミクスは上から下にお金を循環させようとしたが、お金は上に留まったまま。経済を活性化されるなら、下から上、すなわち低、中間所得層を優先すべきだ。

ドイツでは派遣は1971年まで禁止されていた。以降、雇用者/企業の要求で禁止が解かれたが、厳しい条件が課されており、派遣という雇用体系が大きく広がる事はなかった。2003年、政権にあった社会民主党はドイツの高い人件費を下げるため、派遣に課されていた厳しい制限をあっさりと取り払った。以降、企業は新しい職場を人件費が安くあがる派遣で済まし、製造費用を下げると、会社の収益率は大幅に改善した。お陰でドイツの大企業はかってない経常利益を記録したが、これを可能にした労働者は、働いた給料では生活できない苦境におかれたままだ。「好景気に沸くドイツ」と日本では報道されるが、表面だけの報道に終わり、これを可能にした労働者がどんな待遇に置かれいるか、調べようとはしない。派遣の欠点を補足するために最低賃金が導入されても、人材派遣会社は何か理由を見つけて法律で定められた時給8.50ユーロを払おうとしない。

ドイツの社会の「ひづみ」が最もよくわかる例が、"DHL"、"DPD"、"GLS"、ヘルメスなどの宅急便の配達員だ。契約では38,5時間の労働時間だが、その時間内にすべて配達できるものではなく、2~3時間程度の残業は当たり前だ。残業代の支払いを要求すると、「あなたの仕事の要領が悪いから、時間内に済まないのだ。」と言われ残業代はピンはねされる。その他にも、派遣社員の元々低い給料からは就職先の手配費用、斡旋会社への登録費、税理士費用などが毎月の給料からピンはねされる。「これでは生活できない。」と言うと、「生活保護を申請すればいい。」という返事が返って来る。結果、ちゃんと仕事に就いているのに、生活保護を受けている"Aufstocker"の数は毎年上場、2015年には59万人を突破した。

日本では社会的弱者は、見て見ぬフリをされる。カンボジアならまだわかるのが、あれほど多くの路上生活者がいるのに、政治は、「ここにテントを張ってはいけません。」と張り紙を出す程度で、面倒を見ようとしない。ドイツでは仕事をしているのに、派遣のため、生活保護を申請しないと生活できないことが社会問題になった。先進国のドイツで、あのような搾取が許されていいのか。企業の社会的責任は何処にあるのか。そして市民の怒りは、派遣の制限を取り払い、年金を(一部)民営化して老後の生活を心配の種にした社会民主党に向けられた。かっては40%もあった支持率が、20%まで低下した。そして来年はいよいよ総選挙だ。選挙の行方を心配した社会民主党は連立与党のCDUを説得、派遣を制限する法律案 „Equal Pay“を作成した。案によると派遣期間は、期間の制限がなくなった日本とは正反対に、18ヶ月までに限られる。その後は派遣労働者を正規に雇うか、派遣されている労働者を解雇しなければならない。言うまでも無く、「じゃ、18ヶ月以降は別の会社から派遣してもらう。」という子供だましの手は使えない。さらに9ヶ月以降は、正規の労働者と同じ給与を支払うことが義務となるので、雇用者にとって派遣で実験費を節約できるのは8ヶ月までに限られる。こうして派遣労働者も、同じ職場で働く正規の労働者と同じ給与、 „Equal Pay“をもらうことが可能になる。

ただしこの法律案にも抜け穴がある。ドイツで頻繁に利用される派遣期間は3ヶ月までなので、この法律が施行されても大半の労働者は、この法律の恩恵を受けることがない。こうした抜け穴があるにせよ、派遣期間の上限が定められたことは評価できる。日本では全く逆の方向に動いているのだから。この法律が施行されれば本来は正規の社員を雇うべきなのに、派遣で済ませる会社の悪習に歯止めがかかる。今後、新しい政権が誕生して、法律を改正して上限をさらに短くすることに期待したい。ドイツで人材派遣会社に登録されて、日本企業、あるいはドイツ企業で働いている方にも、この法律(国会を通過すれば)は採用される。すなわち遅くても9ヵ月後には、正規の社員と同じ給料をもらえるわけだ。この規則を守らない会社に勤務している方は、弁護士に頼んで労働裁判所に訴えを出してもらえばいい。ドイツで働いているのにまだ弁護士保険に加入していない方は、早めに保険に加入しておこう。

自ら取り払った派遣の制限の再導入を目指すSPD。
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正しい脱税のやり方 (20.05.2016)

"Dividende"。なんと響きのいい言葉だろう。響きがいいので日本語でもう一度、「ディビデンデ」。一度聞いてだけで覚えてしまう言葉の一つで、日本語の配当金に相当する。貯金してもほとんど利子がつかず、株主優待という思想がないドイツでは、年に一度支払われる配当金が、財蓄の唯一の方法で大きな楽しみだ。しかしその楽しみも、801ユーロまで。この額を超える配当金、あるいは株を売ってこの額を超える利益が出た場合、"Abgeltungssteuer"という税金が課せられる(いずれ変更される予定です)。日本は株の売却利益にかかる税率がわずか10%と極端に低くかったが、現在では20%に復活した。それでも世界的に見ればまだ安い。ドイツでは25%+東ドイツ復興税、それに教会税(教会に登録している人に限ります。)が差し引かれ、結局28~29%も税金が引かれてしまう。しかし物は考えようで、ドイツでは所得税率が42%とお高い。日本のように段階課税をするわけではなく、最初の1ユーロからがっつり42%もの高い所得税率が採用される。すなわち真面目に労働して得る所得よりも、金を投資して得た所得の税率の方が低く、金持ちが優遇されることが問題になっている。

それでも「税金を払うのは嫌だ。」と外国の税金天国に口座を設けて、ここで投資していた金持ちが多かったが、AIA協定の締結、さらにはパナマの税金天国を初めとした情報の漏れで、金持ちは眠れる夜を過ごすことになった。ところがわざわざ脱税天国にトンネル会社を設けなくても、堂々と合法に脱税ができる方法がある。この合法なトリックは"Cum/Cum-Geschäfte"という。

ドイツでは株主総会で配当金が株主に承認されて、配当金の金額が決定、翌日に配当金が支払われる。そして配当金が支払われると、801ユーロを超える場合、銀行が自動的に税金を引く。これを避けるには株主総会の直前に、この株を銀行に「空売り」すればいい。すなわち帳簿の上では株は銀行の所有になるので、銀行が配当金を全額受け取り、まずは25%+の税金を払う。ところが銀行は、この税金から解放されているので、後から税務署から払った税金を取り返せる。税金を取り戻した後で、銀行は空売りで預かった株と配当金を本来の持ち主に返却する。株主はこうして丸々配当金を手中にする事ができる。もっともすべて無料というわけではない。銀行はこの取引の手数料として配当金の5%(程度)を取る。そしてこの脱税は、合法なのだ。正確に言えば、「違法ではない。」と言った方が正確だろう。ドイツ政府はこのような取引があることを知っていながら、「あまり厳しくすると、ドイツの会社に投資してもらえない。」と大口投資家の機嫌を損なうことを心配、法律の抜け穴があることを知っていながら、この穴を埋める努力を放棄した。

しかしかるに財務大臣は脱税を防ぐため、「現金での支払いは上限と5000ユーロまでにする。」と言い、欧州中央銀行は、「500ユーロ札は犯罪と脱税に使われるので廃止する。」と決定したり、個人の脱税を防ぐことに熱心だが、大口投資家には別の定規を使用している。その一番の例が政府が2008年に税金を投入して破綻から救ったCommerzbankだ。この銀行はとりわけ"Cum/Cum-Geschäfte"に熱心で、税金で救済されたお礼に大口投資家の脱税を助け、国と納税者に数百万ユーロもの被害を出している。この問題について聞かれた財務大臣は、「頼りになる数字がないので、問題があるとは言いかねる。」と逃げた。国がこの銀行の15%の株式を保有する最大の株主であるのに、この有様だ。ちなみにこの銀行は"Cum/Cum-Geschäfte"の他に、"Cum-Ex-Geschäft"を用いて脱税を手助けしたことでも責任を問われている。

"Cum-Ex-Geschäft"は外国の投資化家が株主総会の日に、数回の空売りを行う方法だ。持ち主を何度変えても配当金は1回しか支払われないし、税金も一度しか支払われないが、この配当金にかかる税金の支払い明細は、この日に株の持ち主になった数人の持ち主に発行される。すなわち実際に税金を払ったのは一人だけだが、税金支払い明細が複数存在することになる。あとはこの税金支払いの明細を税務署に提示すれば、外国人の投資家はドイツ人の投資家よりも低い税率が採用されるので、大目に払った税金の返還を求めることができる。こうして一度だけ支払われた税金に対して、株主は税務署に対して、数回も税金の返却を申請する。ドイツの税務署は機械のように機能しているので、一つの株に対して複数の税金の返還要求があがっても、一向に不審に思わない。役人が関心があるのは書類だけ、書類があれば税金が還元される。この法律の抜け穴は2012年に閉じられたが、法律の穴が閉じられるまで数百万ユーロの金が大金持ちに支払われたと見積もられている。

そこで政府はこの方法で不法に返還された税金は、過去5年前までに遡って返還請求できると法律を設定。その後、"Cum-Ex-Geschäft"で大金持ちの財築を助けた銀行を訴えている。スキャンダルが絶えることのないドイツ銀行やCommerzbankはい言うに及ばず、半民半官のDekabank、さらに州立銀行までこの脱税に関わっており、脱税の沼はかかなり深い。とりわけ銀行のモラルの欠如を示すのがDekabankの件だ。この銀行は2010年だけで"Cum-Ex-Geschäft"の税金返却額として5300万ユーロの還元要求をヘッセン州の税務署に挙げていたが、税務署はこれを違法な請求だとして拒否。同銀行は税金の返還を求めて、税務署を裁判所訴えるという恥知らずな行為で名を馳せたが、この2月に見事に敗訴した。

「それじゃ、まだ合法なうちに銀行に頼んで、"Cum/Cum-Geschäfte"で税金を節約しよう!」とお考えの方、急がないとあまり時間がない。政府は上述の通り見て見ぬフリをしていたが、メデイアで毎日のように報道されてしまった。野党の政治家は、「税金で破綻から救ってもらい、そのお礼に脱税の手助けをするなんて許せない。」と発言、人気を博した。こうして脱税の抜け穴を故意に維持している政府への圧力が高まった。なにしろ来年は総選挙の年だ。そこで政府は重い腰をあげて"Cum/Cum-Geschäfte"を法律で禁止する意向だ。とは言っても今、まさに配当金のシーズン。政府の対応が効くのは来年の配当からだ。結果、今年も多額の税金が違法に支払われないままになりそうだ。と思っていたら悪評を一身に受けたCommezbankは世論の圧力に負け、「"Cum/Cum-Geschäfte"はもうやらない。」と声明を出した。世論からボロボロに叩かれないと悪習から抜け出せないのは、何処の国の銀行も同じようだ。

編集後記
ドイツ政府は"Cum-Cum-Geschäft"の対抗策として、配当金が支払われる日の前の45日、配当後の45日、合計90日以上、銀行が株式を所有している場合に限り、銀行は払った税金の還元を求めることができるとする法律案を作成した。この法律によって"Cum-Cum-Geschäft"をなくすることはできないが、90日も株を所有していると株価の変動のリスクが高くなり、銀行、そして合法的に脱税してお金を稼ぎたい投資家にとって、魅了が減る。しかし魅力が減るということは、ドイツの株へ投資する魅力の減少にもつながりかねず、手数料で儲けしている銀行業界はこの法律案に大反対している。ドイツの銀行ロビーは、米国のライフル協会のように政治への影響力が強く、この法律案が法律になる前ににスイスチーズのように穴だらけになりそうだ。


違法行為しただけでは済まず、裁判所に訴えたDakabank。
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奨励金 (08.05.2016)

フォルクスワーゲンによる排ガス操作は、各国の交通省は自ら審査をしないで、メーカーが提出した排ガス値を頭から信用して販売許可を出していた事を明きからにした。その後にばれた三菱自動車の消費データの20年以上に渡る捏造が、そのいい証拠だ。日本の消費者は、かってVWの排ガス操作が発覚したときにそうだったように、三菱自動車を厳しく非難しているが、非難の矛先が何故か国の監査機関に向いていない。自動車業界に関わらず、工場の出す廃棄物の規定を国が設定したなら、これをちゃんとチェックするのが国の責務だろう。その責務を果たさないで、「ちゃんと守っております。」という工場の言い分を信用した国は、アスベスト訴訟で国の落ち度を指摘されて慰謝料の請求を命じられた。同じことが、今回の不祥事にも適用される。

今後、日本の監査機関が真面目に調査すれば、同じような例が出てくるのは時間の問題だろう。実際、ドイツでは排ガスをちゃんと計測していなかった自動車庁に非難が集中した。担当の運輸大臣は非難の矛先をかわすため、VWを含めてドイツで認可されている53の自動車で、走行テストをしてみた。するとテストで測定された値は、報告されている排ガスの基準値よりも数倍も高く、ほとんどのメーカが同様の措置を取っていることが明らかになった。とりわけ測定値が報告地よりもかけ離れている22車、VWを筆頭にオペルやメルセデス、それに一部の日本車まで対し、リコールを行って排ガス測定値を改善掏るように命じた。

EU議会が委託した調査によると排ガス、主に窒素酸化物、粉塵によりドイツ国内で年間65000人もの人間が死亡しているという。死亡事故が3300人程度であることを考えれば、その20倍もの人が汚染された空気で死亡している計算になる。そこでドイツ政府は都市部の空気の改善を目指して数年前に、「ドイツは電気自動車の導入で先人の役を演じる。」と大見得を切った。具体的には2020年までに100万台の電気自動車の導入するという。ちなみに期限まで4年を切った2016年、ドイツを走っている電気自動車は2万5千台。ちなみに日本では5万台少々。残る4年未満で97万台も登録されるわけがない。

しかしドイツ人が潔く負けを認めるなら、第二次大戦もあんなに長くは続かなかったろう。政府はここに来て自動車業界からの要請に折れ、電気自動車を買うと、国から補助金を出すことにした。肝心の金額だが電気自動車を買うと4000ユーロ、ハイブリット車だと3000ユーロとなる。皆まで言えば税抜きの車両価格が6万ユーロまでの電気、あるいはハイブリット車に対して支払われるので、高級電気自動車テスラーSは対象外だ。さらにこの補助金の半分は、自動車メーカーが出す。すなわち、「テスラー3なら補助金の対象内!」と喜んでも、テスラーが「うちはそんな補助金は要りません。」と言ったら、補助金の対象外となる。あくまでも車メーカーが補助金を半額持つ場合に限られる。

「じゃ、この機会に電気自動車にしちゃおう!」と楽観するのは、まだ早すぎる。まず会社、あるいは自宅の駐車場に充電するためのコンセントがない。市内でも電気自動車用の高速チャージは希少価値で使い勝手が悪すぎる。さらには蓄電池の寿命の問題もある。携帯電話やノートパソコンの蓄電池が劣化するように、電気自動車の蓄電池も劣化する。総走行距離で10キロ、そんなに走らない場合は12年が寿命と言われている。減価償却が激しく、中古車としてまともな値段では売れそうにない。さらに10年もすれば技術革新で画期的な蓄電池が登場しているだろうから、10年後には多くの電気自動車は廃車処分になる可能性が高く、経済的、環境にも優しいとも思えない。

政府は補助金の上限を12億ユーロまでに限定している。要するに、「早い者勝ち」の戦略で、用意した金がなくなり次第補助金は終わりなので、「あまりマイナス面は考えないように。」というわけだ。もし期待したほど反響がない場合は、政府の100万台電気自動車導入目標である年の前年、2019年にて終了する。しかしドイツ人は、車を「一番人気のおもちゃ」と呼ぶほど、性別に関係な車好きだ。同時にドイツ人は、「ケチ」として名高い国民だ。果たしてそのドイツ人が4000ユーロ程度の補助金で、日々の充電の面倒と走行距離の短さの短所受け入れて、10年後には廃車になる車を買うだろうか。

編集後記
奨励金の導入で電気、およびハイブリット車の登録台数が上昇すると期待していたメーカーは幻滅を味わった。最初の4週間でわずか1791件の申請があっただけ。このままでは国が用意した12億ユーロが空になるまで、14年間も必要になる見通しだ。国は3年ほどでなくなると計算していたので、大きな誤算だ。高速充電施設の欠落、ガソリン車よりも高い値段、そして安いガソリン代がネックになって、ドイツ人は電気自動車に関心を寄せていない。奨励金が導入される前から言われていたことではあるが、「それ見ろ。いわんこっちゃない。」と言わずにはおれない。


警察曰く、「音が出ないから容疑者が気づかない。」という利点があるそうだが、
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"Blaulicht"(警告サイレン)であっという間に電池がなくなりそう。
          

報道の自由 (26.04.2016)

日本で当たり前なことは、日本以外の国では例をみない日本だけの現象である事が多い。例えば日本の郵便。日本のように頼りになる郵便システムは、世界に存在していない(韓国も優秀らしい。)が、日本人は日本のシステムしか知らないので、日本の郵便が世界中で当たり前だと思っている。ドイツで現金書留なんか導入すると、職員がお金を抜いてしまい、お金が届くことはないので、そんなシステムは存在していないし、「現金を郵便で送れないか。」とドイツ人は誰も聞かない。「ドイツには現金書留はありませんか。」と聞くのは日本人だけ。ドイツ人に、「日本では封筒にお金を入れて送っても盗まれない。」なんて言えば、目を丸くして驚くか、全く信用されない。それほどに日本の郵便は、他に例をみない優秀なシステムだ。

同じように日本の民主主義は、世界で例をみない日本だけの現象だ。日本のように一党独裁のような民主主義が先進国の一体、どの国に見られるだろう。これを可能にしているのは日本人独特の政治への無関心だ。国民の関心といえば、毎週放映されるテレビドラマ、芸能人の話題(醜態)、グルメ、お笑い番組に集約されており、政治に興味を見せるのは消費税が上昇するときだけ。国土が放射能で汚染されても、デモをするのはわずか数百人。この国民の政治への無関心は、何処から来るのだろう。

「日本の民主主義は闘争の末に獲得したものではなく、戦後、戦勝国から押し付けられたものだから。」という敗戦説をよく聞くが、同じように民主主義を押し付けられたドイツでは、民主主義がちゃんと根をおろして定着している。イタリアやスペインの民主主義も、日本に比べれば、はるかに発達している。日本人の政治への無頓着は、歴史に関係がありそうだ。日本人の考え方決定的に固まってしまった江戸時代、市民には政治に口出しする事が許されておらず、お上が決定したことをありがたく頂戴するだけ。飢餓が原因で農民が反乱を起こしたことはあっても、政治への参加を求めたことは一切なかった。ドイツではすでにドイツ第二帝国が誕生する前から、君主制ではなく民主主義を求めるデモが起こった。そして第一次大戦末期には、皇帝を国民の力でその地位から引きずりおろした。しかし日本では第二次大戦後、これまでの束縛から抜け出せず、相も変わらず天皇陛下万歳を唱えた。

この「日本独特」の慣習の原因は、日本のメデイアにある。ドイツを始め民主主義が根を下ろしている国では、メデイアは権力者の行動、言動を常に関しており、日々、熾烈な批判が載っている。具体例を挙げてみよう。ドイツでは電力会社が、原子力発電の解体の責任を国に押し付けないか、政治家が賄賂をもらって折れないか、逐一監視している。電力会社が会社を二分して、原子力発電を子会社に移籍してその責任を国に押し付けようとした際、メデイアは一斉にこれを非難した。これが通ると国民が原発の解体費用を追わされるので、国民は「嫌でも」電力会社の汚い方法について知らされて、デモが発生した。最後には国が法律を改正、電力会社が原子力発電を子会社に移管することを禁止した。このように民主主義が機能するには、自由なメディアが欠かせない。日本では国が東京電力を税金で救ったが、どこの報道機関がこの問題を報道しただろう。日本のメデイアは権力者を監視するのがその主たる任務なのに、これを大部分放棄して、くだらない番組で視聴率確保にやっきになっている。

日本では記者が「国益」に反する記事を書くと、右翼が威圧行動にでる。そして政治はこれをじっと見ているだけで、何もしない。警察も暗黙の了解をしており、何もしない。法治国家でありながら、国益に反する記事を書くと、社会の制裁を受けることになる。こうして自由な報道が妨げられ、政府は報道の内容を操作できる。それでも気に入らない報道がされると、堂々と新聞社に苦情を入れる。日本以外の国で、政治家が報道機関に報道の仕方で苦情を入れると、一大スキャンダルに発展する。報道の制限する試みは、自由な報道、ひいては民主主義を制限するものなので、そのような試みを行う政治家はボロボロに叩かれる。連日の報道で、「あの政治家は駄目だな。」と選挙民から愛想を尽かし議席を失うので、メデイアの報道に対して苦情を言うのは政治家の自殺行為に等しい。こして欧州では自由な報道が保たれている。

その欧州の報道機関にとって「目の上のたんこぶ」なのが、トルコの大統領だ。気に入らない報道をした記者、新聞社の発行人を「スパイ罪」で逮捕させ、口封じを図っているからだ。EU加盟を目指す国としては、あるまじき行為だ。ところがよりによってそのトルコと欧州は、難民問題で合意に達した。絶対主義を目指すエルドガン大統領に、難民が欧州に来ないように取り締まってもらうのだ。おかげでメルケル首相は、「難民受け入れの上限は設定しない。」と公言できる。汚い仕事をトルコに押し付けて、自分だけはクリーンなイメージを保つことができる。欧州の報道機関はこの取引を容赦なく批判している。とりわけエルドガン大統領に対する過激な風刺が耐えることがない。あるテレビ番組でエルドガン大統領を風刺した歌が流されると、ドイツ国内で大人気になり、エルドガン大統領の知るところとなった。この歌を聴いた大統領は激怒、ドイツの大使を大統領官邸に呼びつけた。

ところが欧州の政治家は団結して、「風刺された程度で大使を呼びつけるとは、あるまじき行為。」とエルドガン大統領を逆に非難した。ここで別の風刺家がエルドガン大統領を下劣に風刺する詩を、よりによって国営放送で放映した。ところがこれは風刺を超えて、侮辱に相当するものだった。ドイツ以外の国なら、それでも何も問題はなかったろう。米国なら表現の自由がとりわけ重要視されているので、テーマにさえならかっただろう。ところがドイツには、「外国の国家主席を侮辱してはならない。」というドイツ第二帝国時代からの遺物の法律が存在していた。この法律によれば、この風刺家は国家主席を侮辱したので、この行為は犯罪行為に相当する。もっとも検察が動き出すには、1.メルケル首相が検察に捜査を許可して、2.侮辱された本人からの告発が必要だ。「大人なら」そんな子供じみた告発はしないと思っていたが、エルドガン大統領は国家元首、そして個人として侮辱罪でこの風刺家を告発した

ドイツのメデイアは一致団結して、風刺家を擁護、「第二帝国時代の法律を施行するなんて間違っている。」とドイツの法律を非難した。ところが難民問題で急所を握られているメルケル首相は、「この詩は(国家元首を)傷つけるものである。」とトルコの首相に首相の見解を伝え、検察にこの件で捜査を許可した。これを政府の報道官から知らされたメデイアは、一斉にメルケル首相を批判した。「首相は難民問題解決のために、報道の自由を放棄した。」というものから、「メルケル首相はトルコの首相に謝った。」と言う内容まで、さまざまな書き方がされ、ドイツの報道の自由を守ろうとしなかったメルケル首相が非難された。メルケル首相はドイツの民主主義を支える報道の自由を、トルコの大統領の圧力に負けずに擁護すべきだったと各社は連日報道。最後にはメルケル首相が、「首相に伝えたコメントは誤りだった。」とミスを認めざる得なかった。また、メルケル首相は対策として、「該当する法律を今年中に廃止する。」と約束した。

このエルドガン大統領の風刺事件が、西欧の報道の自由を実に象徴している。西欧では政治家は風刺されるものであり、これに耐えなければならないとされている。風刺に腹を立てて法的措置に出るような政治家は、メデイアから集中砲火を受けて、「世界で一番権力を持つ女性」と言われてるメルケル首相でさえ、非難を受けてミスを公に認める羽目になる。日本にもこのような報道の自由があれば、民主主義も発達するのだが、日本では政治家を直接に非難するのは正しくないという風潮があり、肝心な部分は報道されないまま闇に葬られている。日本人がドイツに来て、ドイツで報道される日本、日本の政治家への強烈な非難を見れば、最初は立腹するかもしれないが、次第に自由な報道の大切さが見えてくる。外国に留学して、日本を外から見ることは人間を成長させる。逆に日本だけに住んでいると、現金書留のようなシステムが世界中にあると信じて、死ぬまでこの誤謬から開放されない。是非、若いうちに外国に出て、異なった価値感に触れて視野を広げて欲しい。


エルドガン大統領風刺
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