クーポン券。 (31.01.2012)

ドイツには母子家庭がとても多い。知人のドイツ人女性は、かわいい子供を2人もうけたが、子供の肌の色が違う見事なパッチワークである。2人の子供を一人で育て上げるその気力、努力には(嫌味ではなく)本当に脱帽する。かなり苦労をしているに違いないが、一切、愚痴を言わないばかりか、陽気そのもの。ドイツ人にしては素晴らしい性格の持ち主だ。ドイツでは母子家庭が当たり前なので、社会的に偏見に遭うことがないのも、彼女を支えているのかもしれない。

ドイツで一人で子供を育てるという事は、社会保障のお世話になる事を意味する。幸いドイツでは社会保障システムが整っているので、決して楽な生活ではないが、十分に生活していくことができる。ただし、子供の父親が、「俺はロックスターになる。」と言い出して職場を放棄、ギターの練習を始めると子供の養育費を払えなくなる(実例)。そのようなケースでは、母親が子供ばかりか役に立たない父親も養っていかなければならないが、遅かれ早かれ、離婚になる。しかし父親は子供の養育費を払えないので、かなりしんどい生活になる。言うだけ無駄かもしれないが、「父親探し」は慎重に。ドイツ人と結婚して離婚、生活保護で生活している日本人女性の数は少なくない。

ドイツの法律では、養育費は(子供と一緒に生活していない片方の親にとって)子供が3歳になるまでしか払う義務がない。この為、子供が幼稚園に行きだすと、早く職場に復帰する必要がある。この機会を逃してしまい、5〜6年も職場から離れてしまうと、以前習ったスキルを忘れてしまっているか、新しいシステムが導入されており、かっての職業経験を生かすことができなくなり、採用する側でも人気がなくなる。このような背景があって、母子家庭の母親は一生、生活保護のお世話になる危険がある。この傾向は特に外国人、つまり日本人女性の場合は顕著だ。

こうした欠点を回避する為に、ドイツではフランスを手本に幼稚園の数を増やす努力が行われているが、目標にはまだまだ遠く、子供を預ける場所がない為に職場復帰ができないケースが後を絶たない。さらにドイツでは小学校は朝の8時に始まり(学校により差があります)、低学年の場合は14時には終わってしまう。5〜6歳の子供を一人で放っておくことはできないので、母親は13時には仕事を切り上げて帰途につかなければならない。つまり1週間で20時間しか働けないので、往々にして母親は400ユーロの収入しかない、ミニジョブと呼ばれるアルバイトしかできない。これでは一生、社会保障を請けながら、内職の仕事で食いつないでいくことになる。

「これではいかん!」と一声をあげたのは、労働大臣のvon der Leyen女史だ。女性の地位を上げるべく、又、母子家庭の子供が学校の遠足や課外活動に参加できるように、「クーポン券を導入する。」言い出だした。女史によれば、「生活保護を受けている家庭の子供が、教育上、差別を受けることがあってはならない。」というのだが、野党はこれを批判した。野党は、「学校を全日制にすれば、母親には職場復帰が可能になり、問題はすべて解決する。」という。この言い分には一理あった。さらに、「クーポン券などという官僚的なシステムは、全く機能しない。」と警告した。こうしたもっともな反論にも関わらず、労働大臣は自信の案に陶酔してしまっており、非難を聞く耳を持たず、クーポン券制度を国会で通して導入してしまった。2011年4月に始まったこの制度だが、利用率はたったの2%という見事なフロップとなった

子供を育てることに忙しい母親が、国会で決議される内容を把握している余裕などあるわけもなく、このクーポン券の存在は、母親に知られる事がなかった。知っていても、役所まで申請書を取りに行き、手引書を読みながらこれに記入、また役所に届けるだけの気力と暇がある母親が何人居るだろう。労働大臣は面子を救うために、「宣伝がされなかったのが原因だ。」と言い、数億ユーロも払って高価なキャンペーンを開始する事にした。野党は、「そんな金があれば、全日制の学校につぎ込むべきだ。」と批判したが、大臣は自身のアイデアの正当性を疑わなかった。ところがである。クーポン券がある事がやっと知れ渡ったのに、、利用率は10%を超えることがなかった。その原因は、地方自治体にある。ただでも忙しいのに、労働大臣の決定で、余計な仕事が増えてしまった。クーポン券の申請用紙が届くと、データをコンピューターに打ち込んで、役所内で許可を取らなければならないが、何処に、どうやってデータを打ち込むのか、そしてどのようにお金が支払われるのか、その仕組みが伝わっていなかった。こうして申請書は役所で山済みとなり、子供の遠足費用を申請したものの許可が下りないので、遠足にも参加できないという以前と変わらない状況のまま。

「それ見たことか。」と、野党に格好の攻撃目標を提供した労働大臣だが、そこは大臣の大臣たる所以、「アイデアは悪くない。問題はこれを実行に移す地方自治体にある。」と責任を回避した。税金を浪費して、母子家庭にとって大きな恵みにはならなかったクーポン券だが、それでもまだマシだった。労働大臣は元来、チップを埋め込んだカードを母子家庭に支給する、壮大な計画を持っていた。子供がこのカードを学校や塾、サッカークラブなどに差し出せば、現場でチップを読み込んで、催し物に参加できるという素晴らしい構図だった。欠点はひとつ。塾、学校、サッカークラブ、乗馬クラブ、その他あるゆる機関にこのチップの読み取り機が設置されていないと、チップを読み取れない。チップで読み取ったデータを処理するプログラムは言うに及ばず、そんなに大量の読み取り機を設置するだけで、まず最初に数億ユーロの出費が必要になり、それだけで省の予算がなくなってしまう。そこでクーポン券に落ち着いた経緯がある。頭脳聡明な大臣だが、所詮は大衆とは縁のない上流階級。現場の実情を知らないが為に、今回ばかりは大ヘマをこいてしまった。


母子家庭をクーポン券で救う案は、
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見事なフロップで終わった。
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将来は何処(いずこ)に。  (15.01.2012)

80〜90年代の日本では、いつも変わらない政治家の茶番劇をよそに、「政治は三流、経済は一流。」などとその経済力を自慢していた。確かに日本製の優れた家電製品や車は、あっという間に欧米の市場に定着してしまった。今でも忘れられないのが、90年代のドイツのショーウインドウ。そこには高級な日本製の家電製品がずらりと並び、「あ〜、ゾーニイ(ドイツ語でソニーの事。)だ。」と、ドイツ人がため息を漏らしていた。全く関係なくても、日本人として誇りを感じたものだ。今ではそのショーウインドウには日本製の家電製品の代わりに、韓国製の家電製品がずらりと並び、「あ〜ザムズン(ドイツ語でSamsungの事。)だ。」と、ドイツ人がため息をもらしている。ドイツ人が「ザムズンは、家電の超一流メーカーだぞ。」と日本人の私に威張って語ると、全く関係ないが、少し残念に思う。しかし現実は厳しい。ちょうどソニーが民間用のOledの開発を辞めると発表した後で、SamsungやLGが世界最大のOledのテレビを発表するなど、日本の家電業界は韓国勢に追い越されてしまっている。

日本の誇りだった自動車業界でも、全く同じ現象が起きている。欧州では日本車の市場占有率は下がる一方であるが、ドイツ車と韓国勢は逆に市場占有率を伸ばしている。さらにはこれまでは日本車の独壇場だった米国の車市場でも、日本車は苦戦を強いられている。これが顕著なのが高級車部門。これまではトヨタのLexusが販売台数のトップであったが、ドイツ車が追い越してしまった。さらにドイツのフルクスワーゲン社は、トヨタを車の生産台数でも抜いてしまった。かっては一流と自負していた日本経済に、大きな陰りが出てきている事は拒めない。

さらに心配なのが、日本の経済人のモラルだ。オリンパスや王子製紙などの一流の日本企業の醜態が示すように、日本企業の体質には大きな疑問符をつけなければならない。オリンパスの粉飾決算は、20年近くに渡って歴代の取締役会長がこれを認可してきたという、信じられない日本企業の体質を露呈した。ドイツ生活が長い著者でも、DAX(ドイツのメジャーリーグ)に上場されている会社が、同様の詐欺を働いていた例を知らない。日本企業は、「俺は一流。」と威張るばかりで、素直に現実を受け入れて、改革を行う勇気を失っているのではないのか。この不安な時期に追い討ちをかけるように、日本には未だにデフレが蔓延しており、円高への効果的な対策も取られていない。日本経済の調子がいいときならこの危機も乗り越えることができるだろううが、日本の製品が技術面で後手に廻りかけている現時点で、この悪環境である。果たして日本に将来はあるのだろうか。

「2011年は大地震に続き、タイでの洪水と得に日本経済への悪影響となる要素が多かった。」と、現在の苦境の理由を挙げることができるだろう。日本に限らず、どこの国でもこうした苦境の原因を、国内ではなく、他のところに求める論に人気がある。ちょうど21世紀に突入したばかりのドイツでも、「俺達は世界一。」という自尊心ばかりが高くて、ドイツ産業の停滞の原因を国内ではなく、外部的要因に探した。「日本車は安いだけ。ドイツ車に太刀打ちできるものではない。」と自信過剰に陥り、対策を取る必要を感じなかった。その結果は法外な賃金アップ要求と労働時間の短縮要求だ。当時は5〜6%の賃金アップに週35時間動労を要求して、ドイツ国内の人件費は周辺諸国に比べて著しく上昇、国内産業は悲鳴を上げて国外に逃げ出すエクソダスが始まった。ところが外国で製造されたドイツ製品には欠陥が多く、品質管理であっという間に日本製品に追い抜かれてしまった。この頃は日本車などは「飛ぶ鳥を追い落とす。」勢いで、自動車の信頼性では日本車が上位を占めて、ドイツ車はポルシェを除き、日本車に太刀打ちできなかった。当時、日本の将来は安泰のように思えた。

逆に当時のドイツで生活していると、何処を見ても景気が悪く、しかしドイツ人は「俺達は世界一だ。」と威張るばかりで、状況を把握する能力もその気力もないように思えた。ここでシュレーダー政権が、アジェンダ2010という社会保障制度の改革を導入した。ドイツ国民はこの政策に大反対して、あちこちでデモ行進を行った。シュレーダー政権はこの改革による経済の活性化を期待したがこれが実現せず、国民の最後の支持を失い、政権を明け渡すことになった。ところがである。新政権が誕生した頃から、ゆっくりと、だが着実に景気が回復の兆しを見せ始めた。2006年になるとドイツは好景気に転じ、これはリーマンの破綻で悪化した2008年の金融危機まで続いた。2009年はドイツでも稀に見る経済のマイナス成長を記録したが、2010年には完全に回復して3.7%の成長率を記録、2011年になってユーロ危機で経済活動の周辺状況が悪化するにも関わらず、3.0%の成長率を達成、ドイツでは労働市場が活性化したままで失業率は過去20年で最低の値に達した。当時の不況をしってる人間には、今のドイツ経済の復活には、目を見張るばかりだ。
          
こうしてドイツと日本の状況は、全く入れ替わってしまった。一体、ドイツはどうやってあの出口のない長い不況のトンネルから脱出したのか。その原因は、上述のシュレーダー政権の社会保障制度の改革にある。この社会保障制度の改革により、上昇を続けていたドイツの人件費は現状維持に以降する一方で、フランスやオランダなどの周辺諸国ではお給料が毎年上昇した。その結果、効果が出るまでに4〜5年かかったが、ドイツの人件費はこうした周辺職国よりも低くなり、ドイツ製品の市場競争力が増し始めた。同時にドイツ企業は技術革新に専念、誰でも何処でも生産できる安い物をドイツ国内で生産する無駄な努力をせず、高級品、先端技術を必要とする製品の開発、販売に集中した。ドイツの自動車業界でも、こっそりと日本の車業界のノウハウを導入、その品質を改善していった。2012年に公表された中古車の品質管理報告書では、ドイツ社が日本車を抜いてトップの座に輝いた。日本車は小型車の部門で、トヨタがかろうじて日本車の名誉を救ったに過ぎない。

2012年の今、ドイツ経済はかってないほど強い立場にある。ドイツの高い技術力に加えて、市場競争率の高さで、他の欧州諸国の追随を許していない。あまりにドイツ製品ばかり売れるので、欧州議会では法律でドイツ製品の輸出を制限する動きまで出ている。果たして日本は、ドイツのようなリバイバルを果たすことができるのだろうか。それにはまず政治が戦略を立てて、経済に指針を示さなくてはならない。以前から、「政治は三流。」と言われていた日本の政治家に、それだけの度量、日本の将来の為に己を犠牲にする用意があるだろうか。それは10年後の歴史が示してくれるだろう。日本がリバイバルを果たす場合でも、当時、ドイツが苦しんだように、日本も(また)長い苦しい再生への坂道を登っていくことになる。今、学生の方は外国でも勝負できるように、せめてひとつの外国語はマスターしておこう。日本では、廻りと同じ事をしていれば安心するという世界で例のない不思議な慣習があるが、「出る杭」になっても、自分の能力を磨くべきだ。周囲と同じことをしていては、生き残れない。ドイツ人が言うように、神は人間に人生のカードを見せないものだ。どんなカードが廻ってきても、手持ちのカードで最善を尽くせるようにしておこう。


自然災害も手伝って、
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日本の自動車産業は、
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ドイツの自動車産業の後塵を拝する。
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Mir Nach! (02.01.2012)

今回のテーマは18歳未満禁です。18歳以上でも、品のない話に興味のない方は、これ以上読まれませんように。

ドイツの会社でも、成績のいいセールスマンをインセンテイブ旅行に招待して、その労をねぎらう。その「労のねぎらい方」は旅行を主催する会社や担当者の趣向により、形態はさまざまものがある。一般的なケースでは、週末などに高級ホテルを借りて、ここでワークショップ(レクチャー、つまり講義)を行う。しかりこのタイプのインセンテイブは、旅行を企画する側、つまり企業側には人気があるが、参加する側にはあまり人気がない。折角、いい成績を上げたのに、その代償に週末にホテルに缶詰にされて、講釈を聞かされるではたまったものではない。これではまるで罰則だ。しかし会社がインセンテイブ旅行の費用を負う限り、業務上の経費で落とす正当な理由が必要になるので、こういう形の旅行にならざるを得ない。しかしこうした旅行への参加率は低い上、セールスマンのモチベーションの向上にはあまり役に立たない。

この為、最近では講義の時間を最小限度に短縮して、観光やその他のアクテビテイーを楽しむケースが増えている。セールスマンという名前が示すとおり、こうした招待旅行に招待されるセールスマンは男性ばかり。この為、昼間は真面目な観光やゴルフ、夜は各人の責任でという事になっていた。ただし言葉も通じない外国で、安全に夜を楽しむには、「現地の事情」に詳しい「道案内人」が必要だ。中国やベトナムの都市では、「ぼったくりバー」が有名で、所持金はおろか所持品まですべて取られてしまう。それだけで済めばまだいいほうで、南米や東欧では誘拐されたり、命を取られることもある。この為、インセンテイブ旅行を企画する会社は、その道に詳しい現地のエージェントとコンタクトを取り、必要な手配を任せている。旅行後、現地の「旅行代理店」からの請求書が上がってくると、これは全部、会社経費で落としてしまえるので、これほど便利なことはない。大きな会社のインセンテイブ旅行が、こうしたアトラクションを含むのはドイツでは「公の秘密」。以前紹介したように、あのフルクスワーゲン社だって、こうしたアトラクションを会社のマネージャーに提供していた。

"Ein Gentleman geniesst und schweigt."とドイツ語で言うように、招待旅行の秘密はよく守られている。家族を持っている「招待客」も多いので、旅行の詳細が広まるのは、利益のある事ではない。ところが、ドイツ人は何か「得」をすると、自慢しないではすませることができない性格を持っている。特に招待旅行に参加した独身者などは、秘密を厳密に守る必要もないので、友人などに武勇談を語る。するとこの話が伝わって、マスコミに漏れることがある。今回マスコミに漏れたのは、現在はErgoという保険会社に名前が変わってしまったが、Hamburg Mannheimerという保険会社の招待旅行だ。100人にも上る成績優秀なセールスマンを、「水着のみ持参せよ。」と案内して、ブタペストにご招待した。インセンテイブ会社が貸しきった有名な屋内温泉の入り口には、セキュリテイーが設けられており、ここで参加者は携帯電話、カメラなどを預けるように指示された。これをパスしてやっと「温泉に入る」ことができた。そこには現地のエージェントが手配したエスコートが待ち受けており、酒池肉林状態。ウエイトレスとエスコートを区別する為、前者は白いリボンを、後者は赤いリボンを付けていた。ドイツ人らし事に、このお祭りでもしっかり統計を取る為に、お勤めを済ました赤リボンにはスタンプが押されて、人気の赤リボンには「1ダースものスタンプが押された。」という。気になるこの招待旅行の費用だが、一人頭3000ユーロもかかっている。その費用を会社が負うからには、かなり優秀はセールスマンだったに違いない。
          
この保険会社、この招待旅行が新聞で報道されてから、過去の招待旅行を調査すると、出てくるわ、出てくるわ、キューバなどの外国への招待旅行は言うに及ばず、国内旅行でも同様のかゆいところに手が届く手配をしていた。このネタはドイツのマスコミには願ってもない特ダネ(gefundenes Fressen)で、保険勧誘員がどのような接待を受けていたのか、毎週、詳しく報道された。もっとも保険会社も、「担当者はもう働いていません。」と、旨い言い逃げ口上が見つかった。この保険会社にって運のいいことに、今度は別の招待旅行が暴露された。今度は銀行の招待旅行だ。「お堅い」保険会社と異なり、カメラのチェックをしていなかったため、その招待旅行中の写真がテレビで公開されて、国民の関心は保険会社からすぐに銀行の招待旅行に移行、並々ならぬ関心を引いた。

この朗らかなニュースを提供してくれたのは、シュトットゥガルトにある不動産融資銀行、Wuestenrotだ。この銀行は2010年の春先にセールスマンをブラジルのリオへご招待した。やっと夜になると、招待客はバスの乗せられてリオの夜の探求へ出発した。市内の快楽施設に到着すると、明らかにこれが初めてではない部長が敵の陣地に突撃する小隊長(それとも招待長?)のように、"Mir Nach!"(俺に続け!)と先頭に立って、ナイトライフに突撃していった。それだけで済ませばいいのに、参加者は「課外活動」で知り合った女性を、ビーチで過ごす余暇の時間だけでなく、真面目な昼間の観光にも同伴させた(羞恥心のないファランは、何処でも同伴させる。)。日本人は外国にでると、この招待旅行でも、この西欧人の特徴が良く出ている。

銀行の発表によると、このリオの招待旅行には20万ユーロを超える費用がかかったそうだ。今の低いユーロの換算レートで計算しても、2千万円もの大金である。これを経費で落とせるのだから、ドイツの銀行は凄い。ちなみにこのリオへの招待旅行が明るみに出てしまったため、「今後の招待旅行はドイツ国内にて行う。」と銀行は声明を出したが、がっかりするには及ばない。ドイツ国内には、まだまだ楽しい招待旅行を企画、実施してる会社がたくさんある。近い将来、ここでその顛末を紹介する事ができだろう。
          

ブタペストや、
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ブラジルで、
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楽しく、
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招待旅行中。
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計算間違い。  (12.12.2011)

2008年9月に急速に悪化した金融危機は、ドイツでも多くの犠牲者を出した。本来は税金の徴収、払い戻しの為に存在しているLandesbankと呼ばれる州立銀行は、「税金の徴収だけでは十分な利益が出ない。」と本来の業務を忘れて、他のプライベート銀行と競うべく、危険な投資に乗り出した。州立銀行の取り締まり役員で、銀行の業務を取り締まる役目を負う州の財務大臣は、その任務を放棄して、お給料だけ懐に入れた。州立銀行は、"No Risk, no gain."と息巻いて、プライベート銀行が「危険なので手放したい。」という証券を、先を争って買い取った。当時、「どんなに危ない証券でも、州立銀行なら飛びついてくる。」とまで言われほどで、日本のバブル経済末期字の兆候があった。州立銀行は、「バブルが弾ける前に、一儲け!」と、市民から受け取った税金で危ない証券を買い漁った。

「危機は予期していない時に、予期してない場所で起こるから、危機となる。」と、あるドイツ人政治家が言っていたが、この賢い言葉を裏付けるように、ここで米国の有名査定会社からAAAのトップ査定をもらっていた大手の投資銀行、リーマンブラザーズが倒産した。一夜にしてドイツの州立銀行が抱えていた証券は文字通り、「紙切れ」となり、ドイツで金融危機が始まった。最初にザクセンの州立銀行が倒産、他の州の州立銀行に吸収される形で、最悪の事態は避けられた。次いでデユッセルドルフにあったNRW州の州立銀行も経営危機に陥り、行員を首にして人件費を削減、生き残りを図ったが、結局は倒産した。バイエルン州の州立銀行もかなり状況は悪く、「(用意した)資金が足りるかどうかわからない。」と州知事が漏らすほど、危険な状態だった。シュレスビヒ ホルシュタイン州の銀行も倒産の間際まで経営が悪化、州政府の財政支援で倒産を避けたが、未だに再建できるかどうかわかっていない。

ドイツ全土で州立銀行が経営の危機に陥ったが、この州立銀行よりも、もっとひどい有様のプライベート銀行があった。その一つがデュッセルドルフにある中堅の銀行、IKBだ。中小企業への投資を会社の指針にしてきたのに、州立銀行同様に「1部リーグへの昇格。」を夢見て、危ない証券に投資して見事に擦った。一気に経営が傾いたこの銀行は、「ドイツ政府が負債を負担する。」という条件で、投資家に二束三文で勝ってもらった。以後、国は銀行が出した負債額、なんと120億ユーロもの金を払ったが、この銀行は未だに経営危機を抜け出せていない。この銀行を買った投資家も根を上げて、「誰か買ってくれ。」と泣きを入れている。そのIKBもドイツ金融業界のブラックホール、HREと比較したら、まだ「かわいい」もの。社長のFunke氏は、HREが抱えている不良債権をオリンパスのようにひた隠しにした。オリンパスと違うのは、この秘匿が長続きしなかった事だ。

9月26日(金曜日)の就業後、HREは来る月曜日に支払い不能に陥る旨、ドイツ政府に通達、助けを求めた。メルケル首相は当初、HRE破綻が引き起こす余波を想像できなかった為、政府による公的資金の投入を渋った。面白いのは、この辺の状況が、リーマンブラザーズの破産前夜の状況と酷似している事だ。当時の米国の財務大臣は、ゴールドマンサックスの元社長だった。ゴールドマンサックスとリーマンブラザーズは犬猿の仲なので、米国の財務大臣は、「敵へ塩を送る。」処置を拒否して、リーマンブラザーズを破産させる事にした。そんな事を知らないリーマンブラザーズでは、社長など重役が集まって緊急会議が開かれてた。この会議には、この銀行で働いていた大統領の親戚が出席していた。銀行救済の手立てが尽きた社長は、このブッシュ大統領の甥に大統領に電話をかけさせて、窮状を訴えることにした。銀行の経営陣が緊張して見守る中、電話はホワイトハウスに繋がり、この甥っ子は名前を名乗って大統領への会話を要望した。しばらくしてオペレーターから帰ってきた返事は、"The President is not available."だった。こうしてリーマンブラザーズの破産が決定、世界はかってない金融危機に突入する事になった。
          
ドイツの政治家は、これと異なり賢く対処した。連邦銀行総裁、大蔵大臣、首相、ドイツ銀行の頭取のアカーマン氏、Commerzbankの頭取、そして経済専門家が週末に集まって、公的資金を導入の是非を討議した。アカーマン氏は、「(HRE救済が行われないと)ドイツの銀行システムは崩壊する。」と警告、Commerzbankの頭取は「(HRE救済が行われないと)月曜日には、ドイツの銀行は存在を辞めるだろう。」とアカーマン氏に同調した。大蔵大臣も程度の差こそあれ、概ねこれに同意した為、HREへの350億ユーロの公的資金導入が決定された。問題はそんな大金を、どうやって月曜日に東京で株式市場が開く前に調達するか、そして誰がどれだけ資金を出すか。これが揉めに揉めた。やっと合意を見た解決策では、銀行業界が最高80億ユーロまで負担、残りは納税者が支払うことにされた。数時間後、大蔵大臣と首相は一緒に記者会見を開きHREへの350億ユーロの公的資金導入を発表、同時に、「ドイツでは銀行は倒産させない。」と約束、政府がいかなる手段を取ってもドイツの金融システムを守る決意をデモンストレーションした。当時、市民は詳しい事情を知らない為、「何故、政府はそんなに真剣になっているんだろう。」と不思議がったが、もしドイツ政府が米国の真似をしていたら、目も当てられない状況になっていただろう。

あれから3年経ったが、未だにHREが残した穴は埋っていない。政府はこれまでHREたったひとつの銀行に対して1100億ユーロを超える保障を出し、2009年に43億ユーロ、2010年には39億ユーロの損益を出しているが、最終的には500億ユーロの損益になると予想されている。このとんでもないブラックホールを作り上げたHREの社長のフンケ氏は、責任を負わされて銀行を首になった。ところがフンケ氏は、これだけの損失を出したにもかかわらず、不当解雇で国を訴えた。氏によれば、銀行とは2013年までの雇用契約書を交わしており、氏には2013年までの給与の支払いを受ける権利があるという理屈である。日本に住んでいると、「客が希望すれば、いつでも解約できる。」と契約を解釈してしまう事が多く、ドイツでよくトラブルになるが、契約は契約である。契約書にサインしたら、これを自分の都合で変更する事はできない。このケースでも裁判所は、「銀行を所有してる国は、契約書を遵守する義務がある。」と判決、フンケ氏が勝訴してしまった。こうしてフンケ氏は、ドイツの銀行システムを崩壊の間際まで送って、納税者に多額の負担を強いた褒美に15万ユーロを国からもらうことになった。もっともフンケ氏の要求額は、350万ユーロだったから、裁判所はフンケ氏の要求のごく一部を認めたに過ぎない。これが高給を貰っているドイツ人マネージャーの姿であり、モラルなどを期待するのは、お門違いである。

さて、国有化された破綻銀行HREだが、株を売る機会を逃した株主が、「私企業の国有化は資本主義でななく、共産主義である。」と裁判所に訴えたが、負けた。あれだけの損益を出しておきながら、まだ株価の復活を期待する株主の期待は、気持ちがわかるが、往生際が悪すぎる。国有化されたHREは、Deutsche Pfandbriefbankと害のない名前に変わり、今はほそぼそと不動産業界への資金融資を行っている。HREの遺産となった大量の不良債権は、soffin(銀行救済ファンド)、米国で言えばBad Bankに移されて、ここで管理、処理をしている。ところがこのファンド、国の機関である為、民間の銀行のように一般市民向けに決算報告をしないで、大蔵大臣に決算報告書を送るのみである。この為、このファンドがどれだけ損益を出しているか、財務省の報告書を注意深く読んで、去年の数字と比較する努力をして始めて明らかになる。このファンドが2010年に出した報告書では、2010年には国が不良債権に与える保障額、及び国が払う損益を合計して2116.5億ユーロとなっていた。この数字はHREだけでなく、冒頭で述べた州立銀行の不良債権、プライベート銀行の不良債権などを合計した額で、なんとドイツの国家予算の1/4にあたる膨大な額である。ところが2011年に最新の報告書があがってくると、国が負担する金額は1610億に修正されていた。その差額、550億ユーロである。ドイツの財政赤字額が800億ユーロである事を考えれば、いきなり国の財政赤字が2/3も減少した事になる!大蔵大臣のショイブレ氏は、「金がないよりは、あるほうがいいじゃないか。」とこの計算違いを茶化そうとしたが、ドイツのメデイア、そして野党はそれほど好意的ではなかった。
          
その後の調査で、不良債権を管理しているsoffinが、計算間違いをしていたことが明らかになったが、誰もこの計算間違いの責任を取らされなかった。プライベート銀行で、550億ユーロもの計算間違いをすれば、間違いなく首になるだろいう。 ところが官僚のミスは、国民が責任を負うので、お咎めなしである。まさに"Bad Bank"の名前にふさわしい、お粗末な銀行運営である。
          

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フンケ氏の残した破産銀行の、


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処理に頭を抱えるショイブレ大蔵大臣。



褐色テロ  (30.11.2011)

2007年4月にテュ−リンゲン州の田舎町、ハイルブロンで巡回中の女性警察官が頭を撃たれて殺害された。同僚の警察官も頭部を撃たれたが、奇跡的に命を取り留めた。日中に起きたこの襲撃は、大きな衝撃を与えた。躊躇しないその行動、警察官の拳銃、及び手錠が盗まれた事から、警察は計画的な犯行と推測、現場で確保されたDNAをBKA(Bundeskriminalamt、米国のFBIのようなもの)に送って調査したが、過去の犯罪データから同じDNAは検出されなかった。ところがその後、ドイツ中で起きた泥棒、空き巣などの犯罪現場で確保された証拠物件から、次々とこの警察官殺害事件で検出されたDNAが検出された。一体、どんな犯罪者がドイツ全土を廻って犯罪を繰り返しているのか、そして毎回、DNAを残していながらどうして捕まえる事ができないのか、大きな話題になった。ところが同じ日に、異なる場所で起きた犯罪現場から摂取された証拠からこのDNAが検出された為、「これはおかしい。」という事になり、研究所内で検査が行われた。その結果、この現場で採取された筈のDNAは、DNAの検出検査をしている女性のDNAである事が判明した。何かの原因で、職員のDNAが毎回届けられる証拠物件に付着、おかげで同一の犯人がドイツ中で犯罪を繰り返しているように「見えた」わけであった。ドイツではこの一抹は「笑い話」として報道されたが、これでこの警察官の殺害事件の証拠がなくなったわけで、警察の必死の努力にも関わらず事件は迷宮入りとなってしまった。

2011年11月4日、テュ−リンゲン州の田舎町、アイゼナッハの銀行に強盗が押し入り、現金を奪って逃走した。110番を受けて警官が到着すると、すでに犯人は逃走した後だったが、「近くに白いキャンピングカーが停まっていたが、事件後、見えなくなっている。」と目撃者の証言があり、警察は白いキャンピングカーに捜索を集中した。ラジヲで「銀行強盗の疑いで白いキャンプングカーを捜索中。」と放送されると市民から「家の前に停まっている。」と通達があり、警察は現場に急行してキャンプングカーを包囲した。警察に囲まれたことに気づいた強盗は、警察に向けて発砲、警官は身を伏せて特殊部隊の出動を要請する大騒ぎとなった。警察の武装部隊の到着を待っていると、キャンプングカーが燃え出した為、消防車が出動して消化、ボヤ程度で火災を抑えることができた。武装部隊がキャンプングカーに突入するも、すでに犯人は二人とも死亡していた。警察の発表を信用するなら、犯人の一人が相棒を射殺、キャンプングカーに火を付けると、拳銃自殺したそうだ。消防隊の素早い消化活動のお陰で、証拠物件を確保する事ができて、犯人の身元が確認された。なんの事はない、この犯人は警察にも知られているテュ−リンゲンのネオナチ トリオだった。早速、残る一人の捜索が始まった。「もう逃げられない。」と観念した最後の生き残りのメンバー(女性)は、アジトに使っていた住居を爆破、翌日、警察に弁護士の付き添いで警察に自首した。

当初は「ネオナチの銀行強盗事件。」程度に思われた程度だったが、爆破されたアジトからゆゆしきならぬ証拠物件が続き次と発見されて、ドイツ中を揺るがす大事件と発展している。現場検証にて警察が最初に発見したのは、上述の警察官殺害で盗まれた拳銃と手錠。この「発見」に警察は当初、大喜びして「やっと事件を解明する事ができた。」と安堵して胸をなでおろしたが、事件の発展は始まったばかりだった。住居を爆破して証拠隠滅を図った筈だったが、その辺は教養レベルの低い右翼の事、証拠部件はさんざん散らばっているだけで、破壊されていなかった。次に見つかったのは、ネオナチのプロパガンタ DVD。その内容は過去13年もの長きに渡って殺害されてきたトルコ人やギリシャ人のインビス(軽食店)経営者や、殺害された警察官をあざ笑うものだった。警察はこれまで一連の外国人殺害事件を、「ショバ代の支払いを拒否した為に行われたマフィアの仕業。」と(証拠もないのに)断定して、殺害されたトルコ人、ギリシャ人を「犯罪組織と関係があった。」と決め付けていた。お陰で捜査が全く先に進まず、事件は迷宮入りしていた。又、この警察の誤判断により、親族を失った遺族はまるで犯罪者扱いされるという冷遇にも遭っている。しかしこのDVDの発見により、この一連の殺害事件、及びケルン市内の爆弾事件は外国人を標的にしたネオナチのテロである事が警察にもわかってきた。このDVDの発見は遺族にとって、親族の潔白を証明する証拠となったが、同時に怒りがこみ上げてきた。遺族は、「これは外国人を狙ったテロだ。」と主張していたのが、警察は「ドイツには右翼テロはない。」と、この主張に耳を傾けなかったのだ。

これで一連の外国人殺害事件(ドイツの新聞は殺害された外国人を軽蔑するように、Doener-Mordと読んだ。)が解明されて、一件落着かと思いきや、本当のスキャンダルはこれからだった。というのもこのネオナチ トリオ(の一人)は80年代に爆弾テロを行い、その後警察に捕まり、刑務所送りになっていた。つまり活動派で前科物のネオナチが、どうやって13年もの長きに渡って警察の目を逃れて、殺害、銀行強盗、などを繰り返すことができたのか。ドイツでは車を買って登録する際、身分証明書を提示しなくてはならない。あるいは引越しでも役所にその住所を身分証明書と一緒に提示しなくてはならない。つまりドイツの警察は、どの市民が何処に住んでいるか、コンピューターに名前を入れるだけでわかってしまう。そのドイツで、決して知能犯でもないこのトリオが、どうやって地下にもぐる事ができたのか。この謎を解く証拠物件が、爆破されたアジトから発見された。それは本物の偽の身分証明書だった。何故、本物かというと、ドイツの官庁が発行する本物の身分証明書だったから。何故、偽物かというと、この身分証明書が本当の名前ではなく、虚名で発行されていたからだ。そしてこの本物の偽物の身分証明書を発行できるのは、"Verfassungsschutz"と呼ばれる特殊警察だけである。
          
この身分証明書が発見されると、さまざまな憶測が交わされた。今から考えると、13年間も殺害を続けてきたネオナチが、銀行強盗後、急に自戒の念にかられて自殺するなんて、都合が良すぎる。この為、「Verfassungsschutzのメンバーが犯人を射殺して、仲間割れに見せかけた。」という映画のシーンのような憶測から、「Verfassungsschutzの暗黙の了解の下、この殺害は行われた。」というドイツ第三帝国下のクリスタルの夜を髣髴させる憶測まで、さまざまな憶測が交わされた。同時にテュ−リンゲン州の警察、Verfassungsschutzへの非難の声は日に日に大きくなった。何故、警察は最初から、証拠もなく、右翼のテロを無視したのか。外国人ばかり殺害されている事実を見れば、この方面での調査を行うべきではなかったのか。そしてVerfassungsschutzは何故、警察が指名手配して捜しているトリオに偽の身分証目書を発行して、警察からかくまったのか。この失態の原因は、実にドイツ的な要因があった。

Verfassungsschutzはその名の通り、ドイツの憲法を脅かす危険のある組織に対して投入される機関で、主要な任務は、ネオナチなどのドイツ国家の転覆を図る組織の監視である。この機関は警察、及び諜報機関機能の両方を供えており、管轄は州にある。つまりドイツの基本法(憲法の事。)に違反する方法で情報の収集が可能で、警察にこれを知らせる義務がない。つまり警察には、Verfassungsschutzが何をしているのか、知る由がない。さらにこの秘密警察が州の管轄下にある為、他の州の介入を嫌い、他の州のVerfassungsschutzと情報交換を行わない。つまりテュ−リンゲン州のVerfassungsschutzがどのグループを監視下に置いているか、他の州の警察、Verfassungsschutzは何も情報がない。各州で独自の調査をするので、非効率、極まりない。実際にこのトリオはドイツ中を移動、ドルトムント、ケルン、ミュンヘン、ニュルンベルクなどドイツ中を移動して犯罪を繰り返していたが、テュ−リンゲン州のVerfassungsschutzは何かの理由でこの犯罪組織に利用価値を見出した為、ご丁寧にも偽の身分証明書を発行して、警察の目から保護してやっていたのである。ここで問われるのは、テュ−リンゲン州のVerfassungsschutzは、このトリオの活動の実態を一体、何処まで知っていたのか。殺害を知っていながら、保護していたのなら、これは法治国家としてゆゆしき事態である。この疑問に対して、Verfassungsschutzは黙秘を続けている。

単に外国人という理由でトルコ人、ギリシャ人など合わせて9人がドイツ国内で殺害された事実は、とりわけドイツ政府にとって都合が悪かった。これまではイスラム教徒の過激派(これも外国人だ。)ばかりが強調されていたが、実際のテロはイスラム過激派ではなく、ドイツに住むドイツ人による褐色テロであった。さらにはドイツの警察、そしてよりによってこうした危険に対して設置されたVerfassungsschutzが、役に立つどころか犯罪の一旦を担いでいたのだから、これほどお粗末な話はない。海外におけるドイツのイメージの低下を避けるため、ドイツ政府は国会で褐色テロの犠牲者に追悼の意を表して、遺族に1万ユーロの慰謝料を払うことにした。果たしてこの程度の処置で、ドイツに住む外国人のドイツ政府への不審が払拭されるのだろうか。調査が進むにつれ、Verfassungsschutzのメンバー(V-Mann)が犯罪現場に「同行」していたことも明るみに出て、ドイツの警察のイメージはさらに悪化している。テュ−リンゲン州のVerfassungsschutzには、ドイツに住む外国人を守る気があるのだろうか。見方次第では、Verfassungsschutzが嫌な外国人を処理する為、ネオナチを利用したようにさえ見えてくる。これは被害妄想だろうか。

ドイツの警察は、外国人に対して冷たい。東ドイツのデッサウ市で、警察の職務質問に遭い、身分証明書の提示を拒否した外国人が逮捕された。2時間後、この外国人は警察の留置所で焼死した。警察官の言い分では、「自分で火をつけた。」という事であったが、手錠を後ろ手でかけられた状態で、どうやって火をつけることができたのか。さらに拘置する前に、身体調査をするのはセオリーだ。さらにビデヲで看視しているので、火災が発生すればすぐに介入する事ができた。それなのに何故、警察官は拘留した外国人が焼死するまで、何もしなかったのか。警察官は、「知らない。」「覚えていない。」と証言、これで高等裁判所で無罪釈放になったからドイツの法の妖しいものだ。幸い最高裁では、高裁の無罪判決を無効として、この件を高等裁判所で再度、審議するように命じた。判決を下した判事は「警察官がこれほど厚かましく虚偽の証言をするなど、法治国家ではありえない状態である。」とコメント、ドイツの警察を批判した。

これらの事件が、すべて旧東ドイツで起きている、あるいは発信源となっている事は、偶然ではない。東ドイツではドイツ人が過去に犯した犯罪を、「ナチスの仕業。」として、まるで他人事のような目で見てきた。これに加えて、ドイツ統合で「貧乏くじ」を引いた東ドイツでは、職が見つからない若い層を中心に、「外国人のせいだ。」というネオナチ思想に人気がある。学校の授業をサボったため、資格がなく仕事が見つからないドイツ人に、「悪いのはお前じゃない。外国人だ。」と言えば、これはウケル。こうして東ドイツは、ネオナチの温床となっている。東ドイツの警察、そしてVerfassungsschutzのメンバーが同様の極右思想に染まっていても、不思議なことではあるまい。テュ−リンゲン州のVerfassungsschutzの機関長が、「今後は人選を厳選する。」と発表したのも、これを裏付けるものではないだろうか。
          

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テロトリオが爆破したアジト。


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テロ(殺人)現場。



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