オペル売却  (15.03.2017)

ドイツの自動車メーカーなのに、「えっ、ドイツ車だったの?」と日本でも認知度の低いオペル。滅茶苦茶なコストカットで品質が悪化、売り上げが低迷、2004年には大きな危機を迎えて倒産寸前まで行った。ここではまだ親会社のGMがオペルを財政支援した。なにせGMとオペルの関係は古く、なんと1929年代からGMはオペル社の株を所有、ナチスが政権をとっても、米国と戦争になっても、この関係は解消されることがなかった。2007/8年の金融危機に続く不況では親会社のGMの経営が傾いたが、米国政府の財政支援を受けて生き延びた。親会社が倒産の危機にあると子会社のオペルでも犠牲を強いられて、ボッフムにある組立工場を閉鎖するなどの犠牲を強いられた。

「しばらく何も聞かないので、会社は更生したんじゃないか。」と思いそうだが、オペルは未だに赤字を出している。四半期で黒字を出すことはあっても、年間で見れば過去20年間、赤字を出し続けている。その理由は車の品質ではなく、販売、そして生産台数にある。販売台数は増大傾向にあるものの、2016年の同社の販売数は、英国の子会社とあわせても77万台。利鞘の高い高級車のBMWが240万台。利鞘の低いモデルでは、100万台未満の販売台数では儲けが出ない。だから海外で販売したいのだが、海外でオペルを売ると親会社のGMと競合することになる。そこで親会社はオペルを欧州市場だけのモデルと指定、赤字しか出せない会社にしてしまった。

2016年は自動車メーカーにとって、会社史上、かってない高額の利益をもたらした年となった。勿論、排ガス操作で目玉の飛び出るような罰金を払ったフォルクスワーゲン社、燃費操作で販売不振に悩む三菱などは除く。オペルの親会社のGMも、政府の財政援助で会社を救ってもらってから見事に復活、大きな黒字を計上した。この大きな黒字を利用して、GMは1929年から続くオペルとの関係と終焉させることにした。

過去、何度かオペル売却の話が持ち上がったが、最終段階で頓挫した。その理由のひとつは、ドイツ企業特有の会社年金にある。労働者は毎月、会社の年金基金にお給料を払い込み、定年退職するとここから年金が支払われる。俗に言う企業年金で、これは公的な年金よりも利回りがいい。が、会社にとっては財政的な負担になる。会社が会社年金の掛け金を一部負担する上、社員が払った掛け金に税金がかかるからだ。オペルを買収すると、この企業年金の問題も一緒に背負い込むことになる。これが買収を難しくしていた。オペル自体がまだ黒字を出してないという事実も、買収を難しくしていたのは言うまでもない。

GMは会社の巨額の黒字を利用して、この企業年金をGMが引き続き管理して年金を払うことで、オペルという苦い薬を飲みやすくすることにした。GMが買い手として選んだのは、フランスのPSA。わかりやすく言えば、プジョーとシトロエンの会社だ。2014年、PSAは販売不振に陥りフランス政府から財政支援を受けて、倒産の憂き目から救ってもらった。日本と違い、ここで腕利きのマネージャーが経営を引継ぎ、生産体制を刷新、効率の悪い工場を閉鎖するなど痛みの伴う改革を実施した。その甲斐あってPSAは2016年、324億ユーロもの巨額の黒字を出した。この黒字があれば、会社の増資をすることなく、オペルを買収できる。さらにPSAとGM、すなわちオペルはこれまで自動車のシャーシーを共同に使用しており、GMと「顔見知り」だったことも、オペルの売却先としての候補にあがることになった。

PSAは電気時自動車の開発で、遅れをとっていることも、この買収を可能にした。オペルはすでに電気自動車を販売しており、走行距離が520Kmと日本の電気自動車と大差ない性能を有してる。将来、電気自動車が内燃エンジンにとってかわることが避けられない今、この技術は喉から手が出るほど欲しい。このような背景があり、2017年3月6日、GMはPSAにオペルを130億ユーロで売却すると発表した。GMが今後も企業年金を引き継ぐことを考えれば、赤字を出している会社でも、この売却値段は安い。北米市場でオペルを販売しないという約束が、この安い値段を可能にしたのかもしれない。又、GMはこの売却でオペルの資産価値を下げざるをえず、次期の四半期の決算では赤字になる可能性がある。しかしこれまで20年も赤字しか出さなかった子会社の売却は、株式市場でポジテイブに評価された。

買収が正式に発表された後の記者会見で、PSAの社長は驚くほど率直に、「オペルを買収することにより、フランスの車を買いたくない人に選択肢を提供できる。」と買収の理由を語った。流石、敏腕社長。綺麗な言葉で誤魔化さないで、はっきりと真実を語る。ドイツにはまだ3つの大きなオペルの組み立て工場があり、ドイツ政府はこの買収により工場が閉鎖されて大量に失業者が出ないか、大いに心配している。そこで買収前にメルケル首相が介入、GMがオペルと約束している「2018年まで工場は閉鎖しない。正社員の解雇もしない。」をPSAがそのまま引き継ぐ保障を要求した。PSAはこの要求を呑むことに同意したが、2018年と言えばたったの1年で、事実上は「来年からは好きにできる。」という通行手形を与えたに等しい。PSAで会社の体制を刷新した敏腕社長の事、ドイツで同じような処置を取ることに躊躇しないだろう。
          
オペルの労働者は、この買収がオペルに何の相談もなく、頭ごなしに行われたことに憤慨していると同時に、「何処の工場が閉鎖されるか。」とドキドキしている。しかしPSA自体が工場閉鎖により会社を黒字に転換、他の会社を買収するほどまでに経営が好転したことを考えれば、この売却はオペルにとって転換点になるかもしれない。PSAはオペルをインドや中東市場で販売することを考えており、販売台数が伸び選ればオペルが黒字を出すことになるやもしれない。そんな日が来れば、早くても4~5年先だろうが、オペルが未来が確保されることになる。


Salut, Opel!
593.jpg


 

欠陥機  (03.03.2017)

いつも話題を提供してくれるエアバス社(旧EADS)。今回はここで何度も取り上げている軍事輸送機、A400Mの続編だ。この前、ここで取り上げたのが2年前。「そろそろ問題を解決しただろう。」と思いそうだが、そこはエアバス社、未だに問題を抱えている。それも同じ問題を。

60年代に導入された軍事輸送機Transall C-160。独仏の共同事業で、エアバスではなく、独仏の航空機メーカーが生産した。お陰で大きなトラブルもなく、信用性も高く、ルフトハンザは軍事用途に開発されたこの輸送機を民間用として注文したほど、よく出来た輸送機だった。しかし導入から20年も経つと、「近い将来、次世代の輸送機が必要になる。」と軍需産業は会合、将来の入札に向けて共同で軍事輸送機を開発する協定を結んだのが1982年だ。その後、最初の試作機が製造されたたのが1994年。

不幸なことに、ここでかってのEADS社がこの飛行機の開発を引き継ぐことになった。EADS社は、同社の名前と値段の載ってるパンフレットを刷って、「買ってくださいな。」と欧州、トルコ、アジアでセールを開始した。2003年までに同社は180機の生産受注を受けたが、まだ設計の段階。製造ラインも何も出来ていなかった。にもかかわらず、「2008年には製造を開始できる。」と豪語した。案の定、生産開始は1年遅れ、2009年に組み立てが始まり、やっと試験飛行が始まった。エアバス社は、「2010年には最初の機体をフランス空軍に納入できる。」と豪語した。

ところが同機は大きな問題を抱えて開発費がうなぎ登り、エアバス社は注文をした各国を、「値上げを受け入れてくれないと、生産をやめる。」と脅した。大株主であるフランスとドイツはこれに応じたが、他の国はそう簡単にはいかなかった。国防大臣に賄賂を贈るなどの工作の結果、なんとか値段交渉を乗り切ったが、最初の機体は3年遅れで2013年にフランス空軍に納入された。しかし生産をしながら、同時に欠陥を補正していくため遅延が生じ、ドイツ空軍に納入されるA400Mは毎年5機ではなく、2機に減らされた。そして2015年にはここで紹介した通り、納入前の試験飛行で墜落、乗組員が死亡した。

A400Mの最大の、そして終わることのない問題は、そのエンジンにある。「舗装された滑走路を必要としない。」という売り文句のためプロペラエンジンを採用したが、プロペラ エンジンでは計画したパワーが出なかった。そこで同社は買い主に約束した最大積載用を減らし、なんとか輸送機を飛ばそうとしたが、今度はエンジン内部で亀裂が発見された。同社はエンジンの総合点検を最初の500Kmの飛行で行うようにマニュアルを変更、その後は250Kmごとに点検が必要とした。250Kmで総点検が必要になる車なら、誰も買わないだろう。しかしこれは車ではなく、長距離飛行をする輸送機なのだ。250Kmでエンジンの総合点検が必要になる輸送機に、どんな価値があるだろう。これでは軍事作戦、支援に全く使えない。エアバス社は新しい航空機を開発する際の鉄則、「せめてエンジンだけは、すでに機能が証明されている既存のものを使う。」を無視したため、この有様だ。

「値段が上昇する一方で、その飛行機自体は飛び立つことがない。」と散々の酷評をいただいたエアバスの宣伝に、国防大臣は自ら一役買って出ることにした。リトアニアで開催されるNato加盟国会議への出席にA400Mを使用して、「この輸送機は実用できる。」とわが身をもって示威したかった。ところがリトアニアに到着後、エンジンが(また)故障した。ドイツ空軍は国防大臣を連れ帰るため、導入から50年近くたつTransall C-160を派遣して、この機は大臣を無事連れ帰った。故障のA400Mは、ドイツ空軍が現地に部品を運び込み修理中だ。

納入が遅れ、約束した機能も発揮できないA400Mに対して、「契約違反だ。」と購入国から損害賠償を要求する声が高くなった。同社は2016年の決算報告で、同機の修理のために22億ユーロもの大金を見積もっていると発表、同社の儲けは2015年と比較して10億ユーロも減額した。この修理(予想)額には、購入国への契約違反金は含まれていない。購入国が契約で正当に認められている契約違反金の支払いを要求すると、エアバス社は法律上、これを払う義務があり、同社の2017年度の会計は赤字にさえなりかねない。そこで、「契約違反金の要求は控えるべきだ。」と同社のロビイストを各国に派遣、賄賂を贈ってご機嫌を取る事に余念がない。
          
同社の工事現場はA400Mだけではない。オーストリアへの"Eurofighter"納入でふんだんに賄賂を贈ったため、同社は収賄でオーストリアから訴えられてしまった。エアバス社は払った賄賂の費用を回収するために、オーストリア政府に水増し請求書をしていいたのだ。その額や驚きで、ナット一個がなんと3000ユーロ。オーストリア空軍には、「純正部品を使用すること。」という規定があり、このべらぼうに高い部品を使用せざるをえなかった。まるで暴力団だ。

それだけでは問題は収まらず、同社が開発した世界最大の旅客機、A380は値段が高すぎて注文のキャンセルばかりが入ってきている。お陰でこれまで納入されたのは138機で、これでは開発コストさせも回収できておらず、この飛行機はデカイ赤字を生む結果になっている。まだ318機の注文が残っているが、今後もキャンセルが続けば同社は生産を終了して、空いている組み立て工場を他の儲かる航空機の組み立てに使用せざるを得ない。民間の企業なら無能な経営陣は刷新されるが、国が経営に参加しているため、政治家への賄賂で急場をしのぎ、癌の巣窟が削除される事がない。これが国有企業の宿命だ。


墜落中ではありません。ショーです。
592.jpg


Reichsbürger (20.02.2017)

今回は「変わった人」の話。「変わった人」といっても、外見が変わっているのではなく、頭の中が変わっている人。「日本にも変わった人は居ます。」と思われるだろうが、その数、種類、程度では、個人主義の西欧とは比較にならない。欧米、あるいは日本の一部でも根強い人気があるのは、ユダヤ人陰謀説。休暇先の朝食のテーブルで、米国在住のドイツ人と暇つぶしの会話をしたことがある。お互い一人旅で退屈していたので話が長くなり、「来週はカンボジアに遠征だ。」と言うと、いきなり目つきが変わり、「(数百万人を殺害した)クメール ルージュの正体を知っているか。」と聞いてくる。"Make me clever."と冗談で返すと、「ポルポトはユダヤ人だった。」という。彼曰く、世界で起きる残虐行為はユダヤ人が書いたシナリオを、その忠実な僕が実行しているが故に起きているという。

こうした人を"Verschwörungstheoretiker"陰謀説家と呼ぶ。米国のアポロ計画は月面に着陸しないで、隠された倉庫で撮影されたという害のないものから、米国で起きたテロは米国政府が計画実行したものであるという主張。この病気がひどくなると政府は宇宙人と契約を結んでおり、未知の技術提供を受ける代わりに人体実験を許可しているなど、想像力は尽きることがない。こうした陰謀説に共通しているのは、この説を裏付ける証拠、データが全く存在していないこと。逆に言えばデータで裏づけされてない主張なので、これをデータで反論することもできない。一体誰が、日本の政府が宇宙人と契約を結んでいないことを証明できるだろう。こうして陰謀説は絶える事がなく、何か事件がおきる度に新しい陰謀説が生まれている。

ドイツにもこの陰謀説家が多い。外国人を見かけると、「真実を教えてあげなくっちゃ。」という使命感に駆られているからか、聞きたくないのに勝手に話をしてくる。陰謀説家はいつも決まって、上述の米国在住のドイツ人のように、「お前は○○を知っているか。」という言葉で話しを始める。ドイツではとりわけ、「誰が戦争を始めたのか、お前は知っているか。」、「誰がヒトラーを支援したのかお前は知っているか。」それに、「誰が世界(政治)を動かしているかお前は知っているのか。」が人気のトップ3だ。"Mache mich klug."(賢くしてくれ。)というと、相好を崩して夢にも見なかった話を聞かせてくれる。陰謀説家によると、米英はドイツを潰すことを長期的な目標にしているという。これを実行に移すため、ドイツ国内で特定の政治家を支援して権力に就かせ、戦争に発展させる。こうすることでドイツを潰す大義がえら得るという、ひにくれた論理だ。

こうした陰謀説の一種で、ドイツ(それにオーストリア)で人気の変わった説が存在している。それは、「ドイツ帝国存在説」で、現在のドイツ連邦共和国はただの有限会社(GmbH)に過ぎないという内容だ。そのような説を信じているドイツ人は、大きく分けて2種類に分離される。ひとつは何処の国にもいる右翼で、ユダヤ人殺害を否定、強大だったドイツ帝国に羨望を抱き、これが消滅したことを認めたくない人達だ。もう一方のグループは人生で大きな挫折を経験した挙句、その責任を自身に求めず周囲に転化、「ドイツ連邦共和国は認めないから、その法律、指図にも従わない。」という人だ。この屁理屈はドイツ人らしく徹底しており、ドイツ帝国の国旗は言うに及ばず、専用のパスポートまで勝手に発行、自身を"Reichsbürger"(帝国市民)と呼び、車のナンバープレートも独自のものを作成している。

ドイツやオーストリアに来て、おかしな旗を掲げているドイツ人や、玄関に「ドイツ帝国領」などというおかしな表札を掲げている帝国市民を見たら、「コレ、何ですか。」なんて聞かないで、大きく迂回しよう。バイエルン州はニュルンベルクの近郊に住む帝国市民が、自宅に武器を保有していた。当初は合法に所有したのだが、病気(帝国市民病)がひどくなったため、自治体は武器を保有させるのは危険と判断、武器を明け渡すように書面で警告した。しかしすでに病気が進行した帝国市民は市の役人を、「武器を取り上げるなら実力行使する。」と脅した。そこで警察の特殊部隊"SEK"に、この市民の自宅を強制捜査、武器を押収するように命じた。しかし何故か突入部隊には、「この帝国市民はマジでおかしい。」という警告が伝わっていなかった。ただの家宅捜査と勘違いした警察官が呼び鈴を、「ピンポ~ン」と押すと、帝国市民は玄関のドア越しに何の警告もなく発砲した。それも弾奏が空になるまで。結果、複数の警察官は大怪我をして病院で手当てを受けたが、1名は死亡した

その後の警察内部の調査で、警察内部に複数の帝国市民が勤務しており、同僚である筈の警察官に、「銃撃になる可能性がある。」という大事な警告をしなかったことが判明した。警察はこの帝国市民の警察官(複数)を解職処分にして、警察官殺害事件への加担で操作を始めた。この事件は、これまでは「頭のおかしな奴。」で済んでいた帝国市民の危険性をはっきりと示した。内務大臣は、「ドイツ連邦共和国を拒否するなら、国から1ぺニッヒさえも支給されないし、警察、軍、そして公の職には就けない。」と声明を出して、帝国市民の解職に乗り出している。バイエルン州の内務大臣によると、バイエルン州だけで最低でも1700名にも及ぶ帝国市民が居り、さらなる1600名は識別中であるという。今後、帝国市民は憲法保護の監視下に置かれて、電話などは盗聴されるので、お友達を選ぶ際はご注意あれ。


          
この旗見たら要注意。
591.jpg



 

Postfaktisch (11.02.2017)

日本では角川文庫が販売していたヒトラーの口述著書"Mein Kapnf"はドイツでは戦後から発行が禁止されていた。著作権の所有者であるバイエルン州が「悪魔の書」として発行を禁止したからだ。この禁止にもかかわらず"Institut für Zeitgeschichte"(以降IfZと略)という歴史研究期間が、この悪魔の書の「解説判」の発行準備を始めた。2016年にバイエル州が持つ著作権が期限切れになってしまうからだ。「誰かが発行する前に、ちゃんとした解説を加えた版を発行するほうがいい。」という論理はバイエルン州の州知事の逆鱗に触れ、「IfZへの補助金をストップすべきだ。」と州知事が言い出して、アドルフが死んで70年以上も経つのに、またしても大きな政治テーマになった。

2016年1月1日に著作権が失効すると、IfZは解説を加えた「我が闘争」の販売を、59ユーロという高額で開始した。「ベストセラーを目指すのではなく、またしても誤った思想の根源にならないようにすることが目的だ。」という同機関の高貴な目標とは裏腹に、またしてもベストセラーになってしまった。同時に自宅で埃が積もっていたオリジナル版の我が闘争を所持していたドイツ人は、これを合法に販売することが可能になって、大喜びした。戦禍を逃れ、70年以上も生き延びたされなかったオリジナル版は今、なんと1500ユーロもの値段で売りに出されている。

この著書に、「大衆は驚くほどナイーブで、誤った事実でも、これを繰り返し主張すれば信じるようになる。」と書かれている。かっての共和党の大統領候補、現大統領のトランプ氏が、メデイアに全く同じ話を語っていたのは興味深い。ヒトラーの著書を読んだのか、それともメデイアでの仕事がそのような知恵を与えたのか、その点は定かではない。この知恵を効果的に使用する術と、根拠のない事実、早い話が真っ赤な嘘をしゃあしゃあと主張する厚顔無恥を持ち合わせていた同氏は、これだけを武器に大統領選を戦い、次々に敵を撃破、ついには大統領に就任してしまった。大統領の就任式を見物に来た市民の数が少ないと報道されると、すぐに得意技を発揮して、「こんなに参観者の多かった就任式はなかった。」と主張、メデイアは嘘を報道していると非難した。その後、メデイアがこの事実を数字で証明すると、大統領選の首席アドバイザーだったKellyanne Conway女史は、「これは嘘ではなく、"Alternative Fakten"(代わりの真実)である。」と主張した。女史は中身まで悪魔の化身と化している。

この現象は米国だけに限られたものではない。英国でも脱EU派は文字通り真っ赤な嘘を主張して、成功した。嘘は気持ちがいい。「お綺麗ですね。」と言われて、怒る女性はいない。かってヒトラーが、「ドイツが戦争に負けたのはユダヤ人の"Dolchstoß"が原因だ。」と言い張り、「ドイツが苦境にあるのも、すべてユダヤ人のせいだ。」と代わりの真実を主張すると、ドイツ人は良心の呵責、「戦争をおっぱじめた挙句に負けた。」から解放された。ドイツ人はこの代わりの真実を信じてしまい、またしても戦争をおっぱじめてた挙句に、こっぴどく負けるまで、現実を見ようとはしなかった。全く同じ現象が英国、米国、ドイツ、フランス、オランダ、イタリア、オーストリア等で起きている。代わりの真実ほど、市民にとって気持ちのよいものはないのだ。

この現象はとりわけ日本で強い。オリンピックを日本に招致したいがため、手に負えない福島原発の現状を"under Kontoroll"と代わりの真実を主張した首相を筆頭に、名だたる新聞社から、ネット記事まで代わりの真実で一杯だ。ベルリンでテロがあった際、○日新聞は「ドイツも安全ではなくなった。」と嘆くドイツ人の声明を「現地人の声」として挙げていた。しかし事実は大きく異なる。

かって有名なテロリストは、「一人殺せば、100万人を恐喝できる。」と嘯いた。これがテロリストの目的だ。だからドイツ人は、「テロを怖がって家に引っ込むんじゃ、テロリストの思惑通りになる。」と、日本人と全く違う反応をする。テロがあってもドイツ人は怖気づかない。実際、ドイツでテロに見舞われる確立は1/2500万で、日本の宝くじ一等が当たる確率は1/2000万と、宝くじに当たる確率よりも低い。ドイツでは年間、最高で2万人もインフルエンザで死亡しており、テロに遭う確率よりも数千倍高い。しかし、「インフルエンザが怖いので、ドイツにはいきません。」と言う人は皆無だ。論理的に考えれば、車、飛行機、風邪、エトセトラの方がもっと怖い。しかしそんな意見を載せては、日本人には受けない。そこでそのような声明を捏造するか、無理やりそういう声明を出す人を探してくる。日本の新聞は日本人読者に受ける声しか乗せないので、これを読んだ日本人は、「ドイツもそうなんだ。」と考える。日本の有名新聞社がこの様なので、ネット記事や個人が滅茶苦茶な主張をしていても無理はない。

日本や米国ほどではないが、ドイツでも代わりの真実が流行っている。「シリア難民は放牧されている羊を襲い、首を掻き切って殺して解体、食料にしている。」とか、「難民が収容されている地区では盗難が上昇して、スーパーが閉店に追い込まれた。」など、空想は絶える事がない。そして一部のドイツ人は、そのような主張が根拠のあるものなのか調べもしないで、好んで信じる。代わりの真実ほど心地よく、自尊心を満たしてくれるものはないからだ。
          
こうした背景があり2016年の流行語は、"Postfaktisch"が選ばれた。これはまさしく米国のConway女史が主張する「代わりの真実」という意味だ。日本社会は農耕社会から発展したため、「村八分」になることを意識的、無意識に避け、間違った意見、行動でも、メインストリーム(多数派)と同じ行動をしていれば安全だと考える。結果、日本人は、「他の人はどうしていますか。」という質問をとりわけ好む。一方、狩猟民族は同じことをしていたのは獲物を逃してしまうので、「俺は俺、他人は他人。」と考える。こうした背景もあり、日本人はとりわけ代わりの真実に弱いので、記事などを読む際は用心あれ。記事を書く側が、読者に合う様に記事の内容を選抜していることをお忘れなく。



小ヒトラー。
590.jpg


器じゃない (31.01.2017)

2017年、欧州は選挙の年。オランダ、フランスの選挙は予定されていたが、政情不安によりイタリア、オーストリアでも総選挙になりかねない雲行きだ。ドイツでも例外ではなく、3月から地方選挙が始まり(予定では)9月に下院の選挙があり、新しい首相が就任する。もっとも本当に新しい首相が就任する可能性はあまり高く、同じ首相が新首相に就任する確立のほうが高い。

退屈な選挙戦になりそうな原因は、現在の連立政権にある。2大政党が連立政権を組んだため、政権は国会で日本の自民党並みの圧倒的な過半数を有している。結果、野党は政府が決定する政策の「聞き役」になり下がっており、政府の同意なくしては国会調査委員会も招集できない。これに加えてドイツの好景気。20年振りの低失業率を誇る今、政権の交代を望む市民の数は決して多くない。移民(難民)政策に満足していない国民は多いが、だからと言って日本のメデイアが主張しているような、トランプ氏を大統領に選んだ米国のような事態はドイツでは起こりにくい。幸か不幸かドイツには「過去の遺産」があり、右翼政党が大躍進して第一党になる可能性はゼロ。

結果、2017年の新政権も、これまで通りの二大政党による連立政権になる可能性が極めて高い。これでは緊張感のある選挙戦になるわけもない。唯一、選挙民の興味をそそるのは、「誰が首相候補に立候補するか。」という点になるのだが、メルケル首相が前人未到の4期目の首相就任を目指すのは、首相が立候補を正式に表明する前からはっきりしていた。結果、注目は名目上のSPDの首相候補に向けられた。何故、「名目上」なのか。それはSPDは連立政権を組んでから人気を無くす一方で、支持率がかろうじて20%のラインを死守しているからだ。連立政権で首相を出すなら最低でも36%程度の投票率を上げて第一党になる必要があるが、SPDの得票率が30%を超えたのは10年前の話で、今日では「兵度もが夢の跡」でしかない。

はじめから「勝ち目はない」とわかっていても、SPDの首相候補として立候補してみたいものだ。"Brexit"や米国の大統領選が示したように、「予想外の結果」が発生する可能性がある。もっともこの予想外の結果は通常、都合の悪い方向で起きることが多いものだ。にもかかわらず、SPDの党首であるガブリエル氏は首相候補として立候補すべく、氏よりも人気のある外務大臣をドイツの大統領に推すなど、滅多に見ることがない氏の戦略的な政治手腕を見せた。あとはEU議会大統領だったシュルツ氏を外務大臣に就任させれば、自然にガブリエル氏が首相候補になる筈だった。この目的でSPDは2017年1月から来るべき選挙戦の戦術について協議に入った。この協議の最後に、正式なSPDの首相候補が指名されることになっていた。

ガブリエル氏の思惑とは裏腹にSPDの支持率は低迷したまま、さらにガブリエル氏とメルケル首相の支持率の差は狭まるどころか、広がったまま。SPDの内部では、「次回も負け選挙。」というムードが広まり始めた。連立政権を組む政党の宿命だが、政権が成果を出すと、その成果は大きな政党、この場合ではメルケル首相率いるCDUの手柄になる。結果、弟分である政党、この場合ではSPDは支持率を落とし、次回の選挙では敗北を喫することになる。この悪循環を断つ方法は2つある。そのひとつは選挙前に連立政権を解約して、連立政権のパートナーにその責任を負わせる方法。かってFDPはシュミット首相と連立政権を組んでいたが、一方的に連立政権を解約、政権破綻の原因をシュミット首相の責任にすることに成功した。もっともこの方法が成功裏に行くには、政権の支持率が低迷していることが条件だ。政権の支持率が高い場合は、このような策略はブーメランとして帰ってくる。

残る方法は、連立政権と関係のない人物を首相候補として上げる方法だ。新しい顔を見た選挙民は、それが首相候補であれば、まずは好意的に評価する。これにはこの人物が、すでに政治の面で実績を挙げていることが条件だ。SPDにはそのような政治家は二人しかない。ハンブルクをCDUから奪取したショルツ州知事と、同じようにNRW州をCDUから奪取したクラフト女史だ。しかし後者は全国政治には興味を見せていないので、残る候補はショルツ氏のみだ。メデイアはショルツ氏が首相候補に名乗りを上げるか興味を持って動向を見守っていたが、同氏はまだ時期尚早と判断した。結果、ガブリエル氏が立候補して選挙で大敗北、大恥を晒すかどうかという点に絞られた。
          
他の政治家なら、それでも危険を犯して立候補していただろう。周囲を驚かせたことにガブリエル氏は首相候補への立候補を辞退、EU議会大統領だったシュルツ氏を首相候補に推すと発表した。記者会見で同氏は、「私が立候補しても勝ち目がないから。」と驚くほど正直にその動機を述べた。それだけでない。ガブリエル氏は党首の座をシュルツ氏に譲り、産業大臣から(外務大臣の大統領就任により)空席となる外務省に移ると発表した。国民の間では同氏が党首に任命する前から、「ガブリエル氏は首相の器じゃない。」と言われていた。氏が世論に合わせて、風見鶏のように意見、態度を換えるのがその理由だ。しかし同氏の今回の決断は、首相の器ではないけれど、潮時を見て客観的に判断を下す能力が備わっていることを示した。

白羽の矢を立てられたシュルツ氏だが、メルケル首相相手に勝つチャンスは高くない。仮にCDU/メルケル首相の人気を落とす事態が発生してSPDが人気を回復しても、支持率が30%までいけば御の字だ。しかし30%ではCDU/メルケル首相に勝てない。シュルツ氏が首相になる唯一の方法は、SPDが過去10年以上に渡って拒否してきた左翼政党、それに緑の党を加えた3党と連立政権を組む方法だ。左翼政党と緑の党はそれぞれ8~9%の得票率は固い。これにSPDの30%が加われば、ドイツの選挙システムでは下院での過半数を押さえることができる。しかし選挙前に「左翼政党との連立政権を目指す。」と公言すると、党内右派の支持率を失くす。そこでシュルツ氏は党内右派のご機嫌を取りながら、左翼政党との連立政権を視野に入れての選挙戦となる。この絶妙なバランスが取れるなら、シュルツ氏が首相になるのも可能かもしれない。
          


首相候補を断念したガブリエル氏。
589 (1)


SPDの希望を一身に担うシュルツ氏。
589 (2)