スターダ買収劇 (13.07.2017)

ドイツの有名なキッチン用品メーカー"WMF"をご存知だろうか。高級品のイメージを崩さないように同業者と談合、高い値段を維持していた。これがカテル局にばれて、高額な罰金を課せられると資金繰りが苦しくなった。このチャンスに投資家が2012年、"WMF"を買収した。その額6億ユーロ。もっとも投資家が自分で払ったのは1億ユーロ。残りの金は銀行が出した。"WMF"を買った投資家は、"WMF"の傘下にある子会社を競争相手に売却、ドイツ国内の生産拠点を閉鎖して中国に生産拠点を移すなどの手段で、収益率を改善した。こうして持ち主は大いに儲けたが、これを可能にするために数多くの社員が職を失なった。
           
それでも投資家はまだ不満で、次は"WMF"自体を売却することにした。その方法はふたつ。解体してばら売りするか、まとめて売るか。ばら売りすると、各個の買い手を見つける手間がかかるが、儲け幅が大きい。長く売却先を探した結果、フランスのキッチン製造メーカーが"WMF"をまとめ買いすることになった。売却額は15億ユーロ。投資家はわずか1億ユーロの投資で、14億ユーロの儲けを出すことに成功した。銀行に払う(返す)借金などを差し引いても、8億ユーロを超える儲けだ。このような投資家をドイツでは、"Heuschrecken"(イナゴ)と呼ぶ。社員の運命などこれぽっちも考えず、利益を出すために会社を食い尽くすので、ぴったりの名前だ。ドイツの有名な"Grohe"も投資家が購入して、生産拠点をタイに移転、多くのドイツ人が職を失った。数年後、投資家は会社を日本企業に売却して大儲けした。

ドイツに残る唯一の製薬会社、STADA"が同じ運命にさらされている。この会社は19世紀に薬剤師が集まって作った会社で、これまでは主にゲネリカ(パテントが切れた薬の製造)に力を入れてきた。ところがゲネリカ市場は飽和状態にあり、売り上げ、儲け共にここ数年停滞している。この会社に目を付けたのが、容赦ない要求で有名なヘッジファンドだった。会社の5%の株を手に入れると、これまでの社長を首にして、新しい社長を就任させるように要求してきた。株主総会でこのヘッジファンドは新人事を承認させると、ヘッジファンドの息のかかった社長を送り込んできた。新社長は最初の仕事として会社の一番大事な規約、「会社の株の貸与を禁止する。」を抹消した。これにより投資家が必要な株を買わなくても、銀行から必要な株を借りて自分の名前に書き換えるだけで済むからだ。こうしてドイツに残る唯一の製薬会社、スターダの身売りが始まった。

冒頭で述べた"WMF"のように、ドイツにあり、さらに黒字を出している会社はいい値で売れる。生産拠点をアジアに移すだけで、一気に収益率が改善するからだ。これを武器に「お買い得ですよ。」と売り込めば、投資した金の数倍の儲けを期待できる。このような千載一遇のチャンスをイナゴ(ヘッジファンド)が見逃すわけもなく、会社の規定が変更されると、イナゴの群れがスターダの買収に次々に名乗りを上げてきた。ヘッジファンド間で買収競売になり、一番高い値段をオファーした投資家にチャンスが与えられることになった。スターダ買収が報道されるや、株価は40ユーロを割っていたのに、64ユーロまで上昇した。もっともヘッジファンドが買収のオファーを出したのは66ユーロで、買収が成功するには67.5%の株を取得することが条件だった。買収のオファー締め切りが6月末から7月始めに延長されたので、高価な買収額にもかかわらず、それほど順調に進んでいないと推測された。

蓋を開けてみれば、買収できたのは65.5%で買収は失敗に終わった。理由はいろいろ推測されたが、蚊帳の外だったヘッジファンドがさらなるオファーの改善を期待してスターダの株を購入、買収を妨げたと言われている。身売り失敗後、スターダの社長は、「2017年度の会社の営業目標は、この失敗に関係なく達成できる。」と嘯いたが、この買収劇に払った億単位の金が会社の業績を悪化させることは避けられず、株価は落下に転じた。そして数日後、この新社長は首になった。この新社長を無理押ししたヘッジファンドは、保有していた5%の所有株を売って、多額の儲けを手中にした。「スターダを長期的に支援していきたい。」という声明は、1年半しか持たなかった。

編集後記
買収劇はこれだけでは終わらなかった。ヘッジファンドは、先回のオファーに25セント/株を上乗せした買取オファーを出した。株の取得目標は63%。当初は40~50%の株主しか買収に同意せず、このオファーはまたしても失敗するように見えた。ところが最終日に多くの株主が意見を変え、63%+の株主が株の売却に同意した。こうしてスターダはヘッジファンドに買収されることになった。普通ならここでお話は終わりだが、買収成立後も株価は上昇を続けた。というのも別のヘッジファンドが残っているスターダの株を大量に買い漁ったためだ。こうして同社の株価は82ユーロ、買収前の2倍強の株価に達した。スターダの残り株を買い漁ったヘッジファンドは、「新しい会社の経営方針に影響力を行使する。」と脅し、スターダを買収したヘッジファンドに74ユーロという高額な価格で株を押し売りすることに成功した。情け容赦ないヘッジファンドが、さらに大きく、さらに情け容赦ないヘッジファンドの脅迫に遇うという、まさに見本のようなケースだった。


"イナゴ"
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"Ehe für alle." (03.07.2017)

今年の9月にドイツで総選挙がある。メルケル首相の4期政権を阻止すべく、対立政党のSPDはEU議会大統領だったシュルツ氏を党首に迎え、メルケル首相の対抗馬として立てた。最初の1ヶ月は「シュルツ効果」が出てSPDの支持率はうなぎ登り、「次回はシュルツ首相か。」と思わせた。ところが、「あっ」というまにペンキが剥がれた。同氏は大統領として在任中、友人(助手)がベルリンで働いているのにブリュッセルに事務所があると申請することこで、出張費として1万6千ユーロの交通費を手に入れた。さらには大統領として高額なお給料(11万ユーロ。手取りです。)をもらっているのに、"Tagesgeld"と称する"Spesen"(旅費)を1日あたり304ユーロもかしめていた。それも356日間も。すなわちドイツで選挙運動中もEU議会大統領の「公務」として、この旅費をかしめていた。

日本で同様のスキャンダルが起こると、「辞めろ。」となる。政治家や学校の先生に清廉潔白な人物を求めるのが原因だが、そんな神様のような人間は存在していない。現実的な欧州では、「その程度」のスキャンダルでは、人気を落とす程度で済んでしまう。実際,
シュルツ氏はEU議会から「お叱り」を受けて、この件は終了した。ただしシュルツ旋風は消え去った。そしてSPDの支持率は、ちょうどシュルツ氏が党首に納まる前の低い支持率に戻ってしまった。4年前の総選挙の際、SPDの首相候補は大企業の社長の高価なお給料を非難する一方で、一回の公演で数万ユーロもかしめていた。これが報道されると支持率が落下、メルケル首相に歯が立たず、惨敗を喫した。「歴史は繰り返す。」というが、今回もこのスキャンダル原因で、メルケル首相の楽勝になりそうな展開になっている。

「これはマズイ」と悟ったSPDは世論を党首候補の公費横領から選挙戦に移すべく、「選挙に勝った暁には。」と選挙公約を発表した。とりわけドイツでテーマになっているのが高齢層の貧困化。労働者が生涯働いて年金を払っても、もらえる年金の額は生活保護と大差ないか、これよりも低い。これでは労働の価値がない。そこで労働者の党であるSPDは、「生涯働いた人には、働いていない人よりも高い年金をもらうべきだ。」と主張、35年以上年金を払った人には、生活保護+10%の年金を約束した。これを金額で言えば、50ユーロ程度。雀の涙でしかない。これが労働者の党の選挙の公約だ。

ドイツでは数年前にやっと最低賃金が導入されたが、この最低賃金で35年働いても、生活保護以下のレベルの年金しか出ない。SPDは低賃金を上昇されるべきなのだが、これを公約に挙げると企業献金が減ってしまう。そこで問題の根底をそのままにしておき、小手先の手段で支持率を上げようとした。が、うまくいかなかった。国民の多くは昔の国民年金を渇望しているのだが、SPDにはSPD政権が導入した「年金の民営化」を廃止する度胸がない。これを公約していれば支持率はうなぎ登りだったろうに、SPDの選挙公約の発表後、支持率はさらに低迷した

選挙まで4ヶ月を切ったのにメルケル首相、すなわちCDUは選挙の公約を発表せず、それでも支持率があがっていく事態に笑いが止まらない。逆にジリ貧になっていくシュルツ氏は我慢の緒を切らし、「メルケル首相の公約じらしは、民主主義緒へのテロだ。」と叫んだ。ちょうど公演中のメルケル首相は、この叫び(非難)について聞かれると、「選挙戦中で、精神が参ってしまたんだね。」と余裕の、同情とも思えるコメントを出すと、視聴者からの笑いを誘った、言葉(ユーモア)に恵まれていないメルケル首相が見せた、貴重な場面だった。この一言が観衆に受けたことが首相をリラックスさせたのだろうか。参加者からの次の質問、「いつになったら同姓間の結婚が可能になるんですが。」には、「このテーマに関する議論を議会の多数決制ではなく、良心が決める方向に導きたい。」と、いつも通りの意味のわかり難い回答をした。

これを翻訳すれば、「同姓間の結婚は何があっても反対というものではない。」という意味になる。この一言がドイツ社会を揺るがす一大事になった。まずメルケル首相とCDUは、「キリスト教」という名前を関している通り、聖書に載っていない同姓間の結婚には反対している、数年前の話だが、緑の党と左翼政党が「同姓間の結婚を認めるべし。」という法案を議会に提出したことがある。この法案はまずは上院で討議されて、野党が過半数を占める上院で可決された。そこで緑の党と左翼政党はこの法案を正式な法律にすべく、下院に送った。ところがメルケル首相、とりわけカトリック教の政党CSUが大反対した。メルケル首相は、「夫婦とは男性と女性の間の関係である。」という態度を崩さなかったかったので、この法案は決議されず、その他多数の法案同様に「決議待ち。」の仮死状態にあった。これが5~6年前の話だ。

「あとは決議するだけ。」の法案が下院に上がっていた事をすっかり忘れていたメルケル首相が、「同姓間の結婚は何があっても反対というものではない。」と発言したのだから、支持率低迷で苦しむシュルツ氏には、「神風」で、「いざ、鎌倉。」と攻撃に転じた。「メルケル首相が良心の決心というなら、国会で良心の決議をしようじゃないか。」と見事な奇襲をかけた。メルケル首相は、「国会決議なんて必要ない。」と最後の抵抗をしたが、緑の党、左翼政党、そしてSPDが共同で、同姓間の結婚を国会で公開議決する議題を提出した。というのも今、通常国会の開催中だ。これが6月30日で終了する。次の国会は総選挙後に新首相を選ぶ国会となるので、メルケル首相が勝利した場合(その可能性が高い)、この議題が議決されることはない。これが最初で最後の機会なのだ。

メルケル首相とキリスト教民主党はこの決議に大反対したが、「すでに種は蒔かれた後」だった。SPDの幹事長はこの千載一遇のチャンスを、「11mのペナルテイーキックをもらったようなもの。そして敵のキーパーはゴールの前に立ってさえいない。これはゴールを決めなきゃね。」と描写した。こうして歴史的な議決が国会の最終日6月30日に行われることになった。国会議長は投票前に、「この議決は党の政策束縛から解放された良心の議決です。良心に訴えて投票を。」と短い演説をして、投票が始まった。メルケル首相率いるCDUにはホモ議員も多く、賛成票を投じた。閣僚でも国防大臣、外見からすればどうみてもホモ夫婦を反対しそうな幹事長まで、同姓間の結婚に賛成票を投じた。投票結果は賛成票393、反対票226で、この法案は圧倒的な過半数で可決され、法になった。これによりドイツでは同姓婚が可能になり、子供を養子受けすることも可能になる。

ちなみに同姓婚を痛恨のミスで可能にしたメルケル首相は、反対の投票をした。「毒を食らわば皿まで」で、賛成したほうが賢いだったろうに、まんまと首相のスキを付いてきたSPDが許せなかった。さらには党内のガチガチのカトリック教徒派からの非難を交わす目的もあった。この法案の成立後、教会は「この法律は夫婦の概念を壊すもの。」と非難した。さらにカトリック教徒連合はこの法案を「憲法違反」として、憲法裁判所に訴えるといきまいている。もっとも憲法違反で訴えるにはその理由が要る。法律により差別、不利な待遇を受けていることが必要で、「気に入らない。」という理由で訴える事はできない。同姓婚により反対派が差別、不利な待遇を受けていることを証明するのはぽぼ不可能なので、この法はこのまま施行されると見られている。


口が滑った?
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エリート学校 (21.06.2017)

まずはお断りから。「ドイツで専門学校に行きたい。」というお問い合わせをいただきますが、できません。ドイツの専門学校はドイツ人、あるいはドイツに居住権がある者、例えば難民など、が職業訓練のために通う学校です。職業訓練を受けてないと、すなわち資格がないと将来、仕事に就けず、失業者になってしまいます。そこで専門学校は税金で運営されています。税金で運営されている学校なので、外国人が、「入りたいです。」と言えば、「はい、どうぞ。」というわけにはいきません。大体、外国人にはドイツで就労を禁じられているので、税金を使って職業学校に通わせるわけにはいきません。

ドイツの職業学校(の多く)は公営で、学校の続きのような感じです。日本で職業学校と言えば民営で誰でも通えますから、「ドイツで職業学校に通いたい。」と思い込まれている方が多いですが、同一視されませんように。例外は私立の専門学校。私立はお金儲けが目的なので、お金を払えば誰でも入学できます。もっともそんな学校に通っても学校が付与できる資格は、国で認められていないケースが大半です。「○○学校卒業」は、国が認めている資格ではないので、卒業後、就職活動で役に立つかどうかは未定。

ドイツの北部はハーメルンという町に専門学校があった。「何処にでもある」専門学校で、特色と言えば学校中退者やドイツ語もろくにできない難民、あるいは移民二世(トルコ語、あるいはギリシャ語のみ話す両親の元で育ったので、ドイツ語が怪しい)が多いくらいで、取り柄がなく、「通いたい!」と思うような学校とは程遠かった。実際、評判を聞いて生徒の数は減るばかり、閉校するかどうか学校内で討議されることになった。ところがよりによってその学校が2017年のドイツ全土の最優秀校に選ばれた。一体、どうしたことだろう。

教師の仕事は個々の生徒の長所を見出して、その長所を助長するのが課題である。しかし文部省が決めたカリキュラムは、将来の官僚を育成するのを最優先課題としている。結果、教師は生徒の長所を育成する努力を放棄、国が希望する思考過程を生徒が受け入れて、偏差値を競うことに仕向ける事が教師の仕事になっている。生徒が全員官僚になるならそれでも問題がないが、そうではない。日本の将来は官僚にあるのではなく、新しいもの、新しい技術、新しいサービスを創造できるソフトな頭脳にある。わずか数年で大企業に成長した"Facebook"、"Uber"、"Airbvb"等を見ればわかる通り、すでに存在していたものをネットで繋ぐことにより、新しい商売を確立した。そのようなアイデアは、文部省が書いた教科書からは生まれない。官僚育成コースと、スタートアップは別物なのだ。

この専門学校は、学校を閉鎖するか、それともスタートアップのような奇抜なアイデアを採用して、「一か八か」の賭けに出るか考えた挙句、後者に決定した。学校の成績が悪いのは、(日本で考えられているように)出来が悪いのではなく、ドイツ語が不十分、あるいは家庭環境が悪いという要素が原因だ。そこでまずは生徒の状況を分析して、これを改善することから始めた。ドイツ語がまだ十分でない生徒には、学校がドイツ語の授業を行った。家庭環境が悪い生徒には社会学を学んだ専門家が付き添って、学習環境を作ってこれに慣れるまで面倒を見た。そしてこれまでの押し付け授業をやめた。授業の内容は生徒が選ぶようにした。生徒は自分がやってみたい課題を挙げて、これに取り組むので生徒の意欲が大幅に改善した。そして生徒の成績が格段に上昇した。噂を聞いて他の学校から、この学校に転校してくる生徒が増えて、かっての落第生の集まりだった学校が、全国で名を知られるエリート学校に変身した。

ドイツには、「競い合うことで質の向上を図る。」目的で、"Der deutsche Schulpreis"という賞を設けている。「ウチの学校では、こんな授業をしている。」と自慢したい生徒は、これに応募することができる。一等賞を獲得すると10万ユーロの賞金も出るので、多くの学校が応募してくる。日本なら、「○○を□□で提出。」と応募方法の細部まで決めてしまう官僚的なやり方だ。しかしドイツでは、"formlos"という形をとる。すなわち、「奇抜な応募で驚かしてみろ。」というわけだ。日本の大学生に、「"formlos"での応募です。」と言えば、「何を出せばいいのかわからない。」という相談が殺到するが、ドイツ人は創造性を生かして、独自の応募方法を考える。これがドイツの教育を受けた学生と、上から下の教育を受けた学生の根本的な違いだ。ドイツでは自分で考えることに重点が置かれている。日本では自分で考えては駄目で、言われたことをすることに重点が置かれている。まさに官僚養成コースという名前がぴったりだ。

ドイツのエリート学校を選抜する委員会は、この学校の多様性、難民は言うに及ばず、法律を破って青年刑務所に入って職業訓練を受けていない生徒、他の学校ではついていけなかった生徒を受け入れて、ちゃんと職業訓練を終了させている事実を高く評価した。この学校は日本のエリート学校のように生徒を偏差値で選抜するのではなく、まずは生徒を受け入れる。そして個々の生徒の長所を探し、これを助長するような授業を行う。結果、他の学校では途中で投げ出した生徒でも、ちゃんと資格を得て社会の一員になっていく。これがドイツのエリート学校の姿だ。皆まで言えば、ドイツには偏差値などという言葉がないので、威張る事も出来ない。


勝ち組。
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悪いのは中国説 (09.06.2017)

「ドイツ人であることを誇りに思う。」と語る若いドイツ人。「それはおかしい。」と(故)シュミット首相。「自分の成し遂げた成果、努力を誇りにするならわかるが、ドイツ人になるために君は何もしてない。何もしていないことを誇りに思うとは、おかしい。」と若きドイツ人に回訓を垂れた。お見事。同様に、「俺は○○を知っている。」というおかしな威張り方をする人がいる。他に威張れるものがないから仕方ないのだろうが、そんな人間の一人が、緑の党の政治家、兼、農家の"Frank Asbeck"氏だった。氏が同類の人間と違うのは行動力。ドイツ政府が高額な補助金を払って再生エネルギーを促進すると聞くと、1998年、太陽電池パネルを製造する会社"Solarworld"を設立した。翌年、同社の株価は1ユーロにも満たない額で上場されたが、政府の助成金がソラーパネルの売り上げと将来の展望を押し上げると、株価は1年で43倍になった。

補助金商売のコツはスピード。アスベック氏はこの点をしっかり理解しており、会社の規模を次々拡大していった。中国からの競争に押されて、「儲からない。」と悲鳴を上げだした同業者を買い捲った。まずは2006年にシェルの工場を、2007年には日本のコマツグループから、2014年には大赤字を出しているのに自動車部品メーカーボッシュから工場を買い取った。2008年、金融危機が巻き起こした不況で車が売れなくなりドイツの車メーカーが倒産寸前になると、「オペルを買う。」とまで言い出して、(買わなかったが)新聞のヘッドラインを飾った。常に大口を叩く人間柄なので、同氏が言う言葉には要注意が必要だ。

同氏のプランは、「政府が高い補助金を出しているうちに、できるだけ多くのパネルを売る。」という単純なものだったが、これが上手くいった。少なくとも当初は。ところがドイツ政府の高い補助金は、ドイツ企業だけでなく、中国の太陽電池パネルメーカーも大いに助けた。日本のように国内市場を外国からの企業に対して閉鎖、国民に国産の高い製品のみを提供、北朝鮮国民のように「他の国でも一緒。」という誤解を国民が信じていればいい。ドイツではそうはいかない。国内市場をEU内のメーカーは言うに及ばず、EU外のメーカーに対しても開放しているので、外国製品に対しても補助金を払った。これにより、元々安かった中国製のパネルはドイツ製に比べて半額以下、競争できる値段ではなくなった。それでもアスベック氏は"made in Germany"の高品質を声高に宣伝して、値段ではなく質で勝負しようとした。ドイツ政府が高い補助金を払っている限りは、まだうまくいった。

ところが再生エネルギーの補助金を、高い電気代として担っている一般家庭への負担が大きくなりすぎた。消費者を保護するため、政府が補助金の額を制限すると、太陽電池製造メーカーの大量死が始まった。世界最大の太陽電池メーカーだった"Q-Cells"は2012年に倒産。"Solarworld"も破産の寸前だったが、アスベック氏の大口が会社を救った。臨時株主総会で株主に、社債の購入額の95%を自主放棄することを納得させた。同時に中東のカターを投資家として獲得すると、氏は節約した金でドイツの有名タレントからボンの郊外に建つ城を買った。「そんな金があるなら、会社の厚生に使うべきだ。」という野次には、「個人の生活に口出しするな。」と回答、氏の大口ぶりを発揮した。会社が倒産間際にあるのに、自身に多額のボーナスを払い城なんぞ買う社長には愛想を尽かすべきだっが、この時点でも投資家は氏の約束、「節約した金で会社は再び黒字になる。」をおぼれる者のように信じた。

氏は、「中国メーカーは太陽パネルの価格をダンピングしている。」とEUはおろか米国でもロビイ活動、欧州と米国は中国製のパネルに対して処罰関税を導入した。同氏は中国では眼の仇になったが、欧州ではヒーローだった。これで中国製品の売れ行きは激減、"Solarworld"は黒字になる筈だった。ところがそうはならなかった。2016年だけでソラーパネルの値段は20%も落ちた。大国中国で需要を超えて生産された大量のパネルが、欧州に流れ込み続けているのが原因だ。"Solarworld"は米国で民事の損害賠償裁判で敗訴しており、その請求額が7億ユーロ。2011年以来、赤字の自転車操業をしている会社が払える額ではない。裁判での負けが同社の倒産になることは誰の目にも明らかだったが、アスベック氏は、「負けたと決まったわけじゃない。」と控訴、会社が黒字になるまで時間を稼ごうとした。同氏のプランでは2019年から黒字になり、借金も返せる筈だった。

そのプランは、ソラーパネルの値段が安定することが条件だった。しかし2016年の大幅な値段の暴落により、計算の辻褄が合わなくなった。安くなったソラーパネルの価格で試算すると、同社は裁判の敗訴を2019年以降まで遅らせることに成功しても、「黒字なる見込みがない。」という結果が出た。こうしてドイツ最後のソラーパネル製造メーカー"Solarworld"は、2017年5月に会社更生法の適用を申請した。

アスベック氏は同社の破綻の原因を、「中国企業によるダンピングのせい。」としたが、これは半分の事実だった。確かに中国製のパネルは安いが、ドイツ製のパネルと性能がほとんど変わらないのだ。中国製の自動車がドイツ車と同じ性能で半額の値段だったら、どれだけドイツ製の車が売れるだろう。高くてもドイツ車が売れるのは、メーカーが多額の資金を投資して常に性能、品質向上を図って、安い車と比較してはっきりとした差があるからだ。しかし"Solarworld"は会社が儲かっているのに、ごくわずかの投資しかなかった。「補助金でボロ儲けしているのに、どうして投資なんかする必要がある。」というわけだ。結果、中国企業が性能でドイツ製のパネルに追いつくことが可能になった。政府の補助金が市場競争を歪曲させて、メーカーを間違った方向に誘導したことにも責任がある。国民の払った高い電気代は、中国のソラーパネルメーカーの世界制覇を助ける結果になってしまった。

同じことがデイーゼルエンジンについても言える。ドイツのメーカーは「デイーゼルより効率のいいエンジンはない。」と主張、政府は排ガス操作に目をつむった。ドイツの車産業がドイツ産業の旗艦だからだ。ところがその旗艦が米国で撃沈されてしまった。ドイツの車メーカーは大急ぎで電気自動車への転換を図っているが、肝心要の電池の製造は日本、韓国、中国企業の支配下にある。ドイツの車メーカーは高い金を払って、アジアのメーカーから電池を買う以外に選択肢がない。このように政府誘導の企業戦略には、落とし穴がある。例えば日本政府の原子力優先政策。この政策に乗ってしまった為、東芝は倒産間際まで傾いてしまった。福島原発事故、事故後の手に負えない事故処理を見て、「原子力に未来はない。」と当たり前の決断を下してれば、今のような惨状は経験しないで済んだろう。


大口を叩く人には、それが会社の社長でも、要注意。
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Kraft(力)及ばず (29.05.2017)

5月14日、デユッセルドルフが州都のノルトライン ヴェストファーレン州(以後、NRWと略)で州選挙があった。この州にはドイツの全人口のほぼ1/4が住んでいるので、「小さな全国選挙」とも呼ばれ、9月に行われる全国選挙の指針となる大事な選挙だ。

ドイツの地方政治をご存じない方がほんどだろうから、かいつまんで解説しておこう。この州は元来、社会民主党(以降SPDと略)の地盤であった。理由は日本でも歴史の時間に習うルール工業地帯だ。ここで採掘される石炭を利用して、クルップを筆頭にドイツの軍需産業が栄えた。戦後、軍需産業は下火になったが、鉄鋼業で沸いた。労働者の支援を受けたSPDは、他の州から大きな会社がNRWに進出してくるのを阻止して、労働者は鉄鋼業で従事するしか他に選択肢がないという環境を作り上げた。たくさん企業が出てくると労働者の取り合いになり、賃金が上昇するのを妨げるのが目的だ。ところが石炭と鉄鋼が下火になると、他の産業がないのでこの州は大不況に見舞われた。デユーイスブルク、ボッフム、オーバーハウゼンなどはゲットー化が進み、ドルトムント、エッセンもこの波に飲み込まれつつある。州政府、すなわちSPDはやっと過ちを悟って大企業を誘致しようとしたが、大企業はこの州にまだあった工場を閉鎖、東ヨーロッパに工場を移転、産業の空洞化が止まらない。

不況に対して一向に効果的な手段を見出せないSPDに愛想を尽かした選挙民は12年前、CDUに鞍替え、30年ぶりのCDU政権が誕生した。ところが政権は変わっても、不況に対して打つ手なし。4年後には選挙民に愛想をつかされて、政権は再びSPDに戻ってきた。もっともSPDは緑の党とあわせても過半数に達しないため、議案を議決するには左翼政党のご好意にすがる形だったが、それでもなんとか政権の奪取に成功した。ここで州知事に就任したのがクラフト女史で、緑の党の代表も女性だったので、「女性パワーでNRWを改善させる。」と約束した。クラフト女史にとって幸運だったのは、リーマンショックが巻き起こした不況が底を打って、女史が政権を獲得すると景気がゆっくりと回復を始めたことだ。選挙民はこれを女性パワーのお陰と感謝、2012年の州選挙ではSPDは緑の党と合わせて過半数を獲得した。選挙で勝利したクラフト女史は将来の首相候補と持ち上げられて、党首代理という立派な役職までもらった。

NRW州は過去の負の遺産に加えて、他の州よりも高い企業税、複雑怪奇な規制で悪名高い。ドイツで会社なり工場を作るなら、人件費と土地が安い東に行けば、細かい規制で悩まされず、税率も低いので会社に残る金(儲けが)大きくなる。東が嫌なら、インフラが整備されているヘッセン州、BW州、ニーダーザクセン州など選択肢は多い。SPDは州議会で過半数を制しているのでこうした点の改革に着手すべきだったが、緑の党との約束もあって、ほとんど手付かずの状態だった。お陰でNRWは好景気に沸くドイツでも、ブレーメンなどと同じく、景気の波に乗り損ねた州のひとつと化した。さらに間の悪いことに2015年12月31日にケルンで女性が移民に大量に襲われる事件が発生した。にもかかわらずケルンの警察署長は、「のんびりとした年越しでした。」と発表、この一件をもみ消そうとした。ドイツのメデイアはこれを信用せず、独自の取材で正反対を証明するとケルンの警察署長は、「事実隠蔽」の罪をひとりでかぶって辞任した。

この事件の一抹で、「NRW州の内務大臣、イエーガー氏が事件をふせるように警察署長に指示を出した。」と周囲で語られた。事件後に開かれた調査委員会でイエーガー氏は、「知りません、覚えていません。」で逃げおおせたが、州知事はこの時点で同氏を、メルケル首相がやるように首にすべきだった。2016年12月にベルリンでチュニジア人よるテロが発生、12名が犠牲になった。事件が起きた当初から、「何故、警察はテロを止められなかったのか。」と警察の対応が問題になった。というのもテロリストのアムリはNRW州で難民申請を出していたが、これを拒否されて強制帰国するべく警察に収容されていた。しかしアムリはパスポートを破棄しており、警察は「チュニジア政府がパスポートの再発行をしてくれない。」と、アムリを釈放してしまったのだ。警察は、「拘束期間が90日までしか認められていないから。」と正当防衛したが、強制送還者の身柄拘束期間は裁判所に申請すれば90日以上に延期できるのだ。しかしその手間を惜しんで、アムリを釈放した。

しかし警察は引き続きアムリを監視していた。チュニジア政府から、「アムリはテロリストである。」との報告が来ていたからだ。ところがアムリを監視していた警察は、アムリがラマダンを無視して平気で食事を取り、酒も日常飲んでいるので、「イスラムの戒律を守っていないから、テロリストではない。」と判断、アムリが、「準備が出来た。いよいよ妹と結婚する。」というメッセージを送ったことまで把握していたのに、何も処置を取らなかった。その挙句がベルリンで発生したテロで、12名の市民、観光客が犠牲になった。「何故、収容期間の延長をしなかったのか。」と聞かれたNRW州の内務大臣、イエーガー氏は、「知らなかった。落ち度はなかった。」と保身に尽くした。クラフト州知事は遅くてもこの時点で役に立たない内務大臣を首にすべきだったが、これをしなかった。同氏を首にすることで、間接的に落ち度を認めることを心配した。それに選挙戦も始まっている。5ヶ月もすれば新政府を組むので、その際に内務大臣をすりかえればいいと楽観した。

クラフト女史の対立候補はCDUのラシェット氏で、「パットしない。」という言葉がぴったり当てはまる政治家だった。女史は4年前に同氏を蹴散らして勝利しており、今回も楽勝になる筈だった。ところがNRW州の前にあった州選挙ではCDUが躍進、西で州をSPDから奪取した。半年前は世論で快適なリードを保持していたクラフト女史だったが、選挙前になると風向きが変わり、ラシェット氏が世論調査で並ぶまで迫ってきた。クラフト女史の人気は(まだ)高かったので、このSPDの不調の原因は他の箇所、例えば内務大臣にありそうだったが、今更、何もできなかった。18時に選挙速報が出ると、明暗がはっきりわかれた。SPDは過去最低の31%にまで投票率を落とし、CDUが33%獲得して第一党に躍進した。クラフト女史は過去8年間のツケが回ってきたことを悟って、党のすべての役職から辞任した。「女性パワー」という言葉は響きが良かったが、構造改革を怠って経済発展から取り残されたこと、安全対策を一度ならず二度までも怠った知事を市民は許さなかった。


雪辱を返して、笑いが止まらないラシェット氏。
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