一度ならず、二度までも。  (05.10.2008)

この明らかに楽しそうなドイツ人女性、誰かご存知だろうか。そう、かってのCSUの党首Stoiber氏の失墜の原因となったGabriele Pauli女史である。当時は、この一件でかなり有名になったが、それで「彼女の15分間」は使い果たされてしまったように思えた。ところが不死鳥のように見事な復活を果たしたので、今回は先週バイエルン州で行われた週選挙の結果について紹介してみたい。

シュトイバー氏の失墜により、氏が兼任していた党首(及び州知事)の座が空いた。そこで、新しい党首(と州知事)探しが始まったが、候補者が複数居ると、候補者同士の攻撃に発展しかねない。これによる党のイメージの失墜を恐れた党幹部は、秘密会合で党首を選ぼうとした。これに「ちょっと待った!」と文句を付けたのが、農相のSeehofer氏とパウリ女史である。前者は国民に人気(つまり知名度)があるが、持ち前の頑固さ故、党上層部に人気がないので、秘密会合だと党首に指名される可能性はない。後者は、シュトイバー氏の「首を取った。」手柄に、党首の地位を要求したが、党幹部には内部の恥を外部に漏らした人物として人気がなく、指名を得る事はあり得ない。にもかかわらずこの両者が党首選挙に立候補すすると、CSU幹部はこれに非常に効果的に対応した。

バイエルン州には、有名なFranz Josef Strauss(かっての党首兼州知事)やサッカーで有名なOliver Kahnを顕著な例として、愛人を作る伝統がある。当然、ゼーホーファー氏とパウリ女史も例外ではない。ところがパウリ女史は(二人目の)夫と別れてしまったので、愛人が恋人に早変わり、非難される謂れはなくなった。しかし、ゼーホーファー氏はまだ結婚しているのに、ちょうど愛人との間で子供をもうけたばかり。そこでCSUの党幹部はこれをこっそりと(スキャンダル報道の)新聞に垂れ込むと、翌日にはゼーホーファー氏の愛人が写真入で全国版で紹介され、事実上、ゼーホーファー氏の党首就任の希望は絶たれた。

残ったパウリ女史は、堂々と党首の選挙戦に名乗りを上げることになった。その際の女史の選挙スローガンは、「結婚期間は法律で7年間に限定すべし。」というもの。ドイツでは離婚率が50%を超え、大半の夫婦は7年間持たないで離婚してしまう。なら、面倒な法律上の手続きを失くすため、結婚は最初は7年間に限定しまえば、これにより得をするカップル(ドイツでは同性同士の結婚もあるので、あえて夫婦とは書いていません。)は多いというものだった。純粋に論理的にこの提案の是非を考案してみれば、決して現実離れしたものではなく、確かにこれにより時間とお金を節約できるカップルは多いだろう。実際、イスラム圏では売春が禁止されているので、イスラム教司祭の認可の下、売春婦、もとい、妻と夫の時間の限られた結婚を行っている(一夫多妻制)。しかし、ドイツのカトリックの総本山バイエルン州でのこの提案は、アフガニスタンの路上をミニスカートで歩くにも等しく、自殺行為だった。パウリ女史は選挙では2%程度の得票しか得られず、決定的な敗北を喫す。そればかりではない。新しく州知事に納まったBeckstein氏から、党の要職から解任されて、ただのヒラ党員にされてしまう。これを受けて パウリ女史は潔くCSUを脱退、これで彼女の15分間は費えたかに見えた。

邪魔者を処理して党首に収まったのは、Huber氏。そして州知事に収まったのはBeckstein氏。通常は党首が(政権を担当している場合は)州知事も兼ねるものだが、仲良く権力を分散した形となった。ところがこの二人、最初からリーダーに必要なカリスマに欠け、「おじさんコンビ」という印象が強かった。前党首のシュトイバー氏は、独特の支離滅裂な「話し方」と、東ドイツの住民への差別発言でドイツで全国的に悪名をはせたが、バイエルン州では人気があり、カリスマがあったFranz Josef Straussの正当な後継者のように思われた。ところがこのおじさんコンビは、最初から支持率が振るわず行く末が不安だった。

実際、2008年9月に行われた州選挙でCSUは大きな敗北を喫する。CSUはバイエルン州で1950年に政権を確保すると、これまで政権を明け渡した事がなく、1970年からは38年に渡って単独で過半数を確保、北朝鮮のような独裁政権を維持してきた政党である。だから、いくら党首の人気がなくても、最悪、過半数は確保できると思っていた。ところが蓋を開けてみると、得票数は44%を割り歴史的な敗北だった。通常(ドイツで)選挙結果が発表されると、政治家は得票数が7~8%下がっても、自分の地位を救う為に「勝利宣言」をするもので、誰も敗北者がいない勝利者ばかりの選挙結果になる。ところが、流石に18%近くも得票率が下がると勝利宣言をする勇気はなく、CSUは敗北宣言をした。

敗北にもかかわず、両氏はこれまで通り州知事及び党首の地位に留まろうと努力した。一番都合がいいのは、選挙戦の敗北を誰か他人のせいにするのが一番だ。そこでこの両氏は、自分の首を救う為に前党首のシュトイバー氏の言動を敗北の原因として挙げた。これはまずかった。シュトイバー氏は、党首と州知事の地位は失ったものの、党内の影響力は絶大である。翌日には、(昨日の声明とうってかわって)Huber氏は責任を取って、党首の地位から辞任する旨、発表する羽目になってしまった。州知事のBeckstein氏は頑張って辞任を拒否、州知事として野党との共同政権の調整に入ると発表したが、二日後には辞任に追い込まれた

勝利者が居ると、必ず敗北者が居るもの。あるいはその逆もまたしかり。皮肉な事に今回のCSUの大敗北の勝利者は、内部の陰謀で党首になりそこねたゼーホーファー氏と、CSUから事実上追い出されたパウリ女史だった。選挙民から愛想を尽かされたCSUは人気(知名度)のある政治家を党首に据える必要がある。これにはゼーホーファー氏以上の適任者は居ないだろうから、氏が党首の地位に納まるのは間違いない。

又、今回のCSUの敗北で得票数を大幅に伸ばしたのはFreie Waehler(FW)である。FWは、既存の政党が利権まみれの政策しか実施しない事に愛想を尽かし、既存の政党に頼らず、自らの力と影響力で政治を変えていこうというドイツ独特の運動である。FWは今回の選挙で大躍進、二桁の得票数を獲得、既存の政党を一気に飛び越してバイエルン州で第三の勢力を誇る政党になってしまった。このFWのBeckstein氏の対立候補が、氏にCSUから追い出されたパウリ女史であったから、これは皮肉な話だ。これによりパウリ女史は、シュトイバー党首に続き、フーバー党首、及びベックシュタイン州知事の二人の「首を取った。」政治家として、バイエルン州の政界に見事に復活を果たした。この展開を一体、誰が予想しえた事だろう。


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被害者その1。Stoiber氏。


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被害者その2。Beckstein氏。


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勝利者その1。Pauli女史。


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勝利者その2。Seehofer氏。

        

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