大理石の間。 (17.02.2010)

1933年にドイツでヒトラーが政権を取って間もない頃、建築家のシュペーアが(まだ古い)首相官邸に呼ばれた。長い前置き(独白)の後、「この首相官邸は新しいドイツに、そしてその首相にふさわしくない。新しい首相官邸が必要だ。どのくらいで完成させることができるかね。」と聞かれて、シュペーアは言葉に詰まった。大体、初めて聞く話で、設計図も何もない状態で「いつまでに完成するかね。」と聞かれても、まともな返事ができるわけがない。しかし、長く待たされることを嫌うヒトラーの性格をよく知っているシュペーアは、「(1年より1日短い)364日で完成、引渡しをすることができます。」と、大見得を切ってしまう。その後、3交代制で24時間の突貫工事を1年間続け、シュペーアはなんと362日で首相官邸を完成させてしまう。引渡し予定日の2日前に新首相官邸の視察に来たヒトラーは、そこら中で作業員が働いており、工事中の喧騒を予想していたのが、期待を見事に裏切られた。首相官邸は期日の2日前に完成したばなりでなく、埃ひとつない状態でヒトラーの検閲を待っていた。流石のヒトラーもこれには大いに驚いて、「まさか本当に期日を守れるとは思ってもいなかった。」と、シュペーアに白状した程だった。しかし、シュペーアにはひとつ、心配な点があった。それはヒトラーが要求したベルサイユ宮殿の鏡の間の2倍の長さ(146m)の廊下、通称、Marmorgalerie(大理石の間)だった。シュペーアはこのヒトラーの執務室に続く回廊の床に、ぴかぴかに磨き上げた大理石を使用した為、すべりやすく、ヒトラーがこれをどう判断するか予想がつかなかった。しかしヒトラーはこの大理石の間に入って磨き上げた大理石の床を見ると、大いに関心して、"genau richtig."(大正解だ。)と言ったので、シュペーアは安堵して胸をなでおろした。ヒトラーは、「首相官邸を訪れる外交官は、言葉に注意しなくてはならない。もし、言葉を踏みはずしたら、外交問題になるからね。この廊下は、外交官に注意を喚起させるのに絶好の道だ。」と、いたくこの廊下が気に入った様子だった。この逸話が語るように、あのヒトラーでも、外交官には慎重な言葉選びを要求した。しかし、現ドイツの外務大臣は、これを理解していなかったようで、今、窮地に陥っている。

順を追ってこれまでの経緯を紹介しよう。まずドイツでは2010年からホテルの宿泊費にかかる税金が19%から7%に減額された。これはホテルロビーが、「消費税が高いため、ドイツの周辺国との競争に勝てない。」と、消費税の減額を要求した結果だ。ロビー活動の甲斐あって消費税が下がったが、肝心のホテルの宿泊費は下がるどころか一部のホテルでは値段が上昇した。この政策で貧乏くじを引いたのは、地方自治体。ホテルの宿泊費にかかる税金は、地方自治体の予算の大切な資金源だった。これが12%も減額するわけだから、観光地や見本市などでホテル宿泊客の多い地方自治体にとっては由々しい事態となった。ここでFDP(ホテルの減税を要求した連立与党)に、ホテルチェーン、Moevenpickを経営する大金持ち、August von Finck氏から100万ユーロを超える献金があった事がばれてしまう。100万ユーロの献金で、税金を12%も減額してもらえるなら安いもの。あまりに明からなFDPの利権政治は市民の怒りを買った。

このスキャンダルでFDPのイメージ(支持率)は低下したが、これに追い討ちがかけられた。ちょうどドイツの最高裁で生活保護の支給額について判決があり、現在の生活保護の支給額は違法と判断された。判決では、子供を持つ家庭への支給額は年齢によって大人の60~80%と決められているが、その論拠、「何故、子供は成人の支給額の60~80%なのか?」が、明確にされてない点が違法であると指摘された。さらには大人の支給額についても、支給額決定の計算の元になったデータを公開していない点を違法と判断、ドイツの憲法が保障している文化的な生活を送ることができる最低限度の支給額を計算し直して、そのデータを公表するように政府に命じた。これは画期的な判決で、これまでは支給額を349ユーロとして、支給額の内訳を明かさない限り、インフレで物価が上がっても受給者は、「これでは暮らしていけない。」という証明が困難で、地方自治体は「節約しなさい。」と、お茶を濁すことができた。ところが(例えば)食費が200ユーロ、光熱費が60ユーロ、などと内訳があると、インフレや電気代の高騰により、これまでの生活保護支給金額では生活できないことが簡単に証明できてしまう。その結果、将来、生活保護支給額の不当を訴える裁判が押し寄せるのは、目に見ている。ご丁寧にもドイツの法律では、自分で裁判費を負担することができない生活保護受給者に、「裁判闘争権利」を認めているので、生活保護受給者は国費で国を訴えることができてしまう。

この判決に、とめどなく地盤沈下している支持率の回復の絶好の機会を見たのが、上述のMoevenpick党の党首兼外務大臣でもあるWesterwelle氏だ。氏は、「国民に無為の享楽を約束するものは、ローマ時代末期の退廃を招き寄せる。」と、やった。これではまだ不十分だと感じたらしく、「ドイツには税金の受給者ばかり居て、自分で生活費を働き出す人がいないようだ。」と、生活保護の受給者を十把一絡げにしてしまった。日本ではこうした社会の弱者への批判はちょくちょく聴かれるが、それはあくまでも一個人の意見であり、政治家の公な見解ではない筈だ。ドイツではこうした社会の弱者への批判は、受けない。個人の意見でも「斜めに見られる」のに、政治家が、それも国の要職に就いている外務大臣が(ついでに副首相でもある)そのような発言をしたものだから、ドイツ中で氏に対する批判が高まった。賢い政治家なら、「そんなつもりではなかった。」と、侘びを入れるか、嵐が過ぎ去るまで頭を下げて何も言わないものだが、「働く者が、働かない者よりも、多く持っていることで非難されるようなら、それは精神の社会主義だ。」と、さらに念を押した。

この意地っ張りに大きな悲鳴を挙げているのは、ノルトライン ヴェストファーレン州(州都は言うまでもなくデュッセルドルフ。以後、NRWと略。)のFDPだ。5月に州選挙を控えているが、ホテル王からの賄賂の為、支持率は急降下中で、「ホテル業界への減税は、取り消すべきだ。」と声明を出し、党の方針に反対をする事で、窮地を乗り切ろうとしていた。ここで党首のヴェスターヴェレ氏によるPazer(大へま)で、お先真っ暗。NRW州はドイツで(欧州でも)一番の大きな人口を抱える州で、ここの州選挙の結果で上院の議席が大量に入れ替わる(事もある)。このままいけばFDPは政権に参加できる条件の最低得票率の5%を割りかねないほど不評を博しており、そうなれば、政府与党(CDU/CSUとFDP)の過半数が上院で失われる恐れが出てきた。この状況を見たCDUの政治家は、ヴェスターヴェレ氏が引き起こしたブラックホールに巻き込まれないように、距離を取り出した。さらにはFDPの副党首で、NRW州の筆頭候補であるPinkwart氏が、「ヴェスターヴェレ氏は、職務(党首、外務大臣、副首相)を分散すべきだ(つまり自分を党首にしろ)。」と、言い出した。

ちなみにPinkwart氏は、以前、FDPのNRW州党支部長であったMoellemann氏の「代理」の地位に就いていた。メレマン氏が反ユダヤの内容(反ユダヤ発言はドイツでは絶対のタブーテーマ)のパンフレットをアラブ諸国からの献金で印刷、住民に配布すると、国民から干された。これを見たPinkwart氏は「いざ鎌倉!」と、上司であるメレマン氏の追い出しにかった。これを見たメレマン氏は、「裏切り者!」と叫んだが、この献金を税務署に報告しなかった為、脱税の嫌疑で告訴されてしまう。この四面楚歌の状況で、メレマン氏は他に脱出の道を見出せず、自殺してしまう。その後、良心の呵責など感じることなく、Pinkwart氏はNRW州の党支部長の座に収まったが、その「屍を超えていく」氏の権力意欲はまだ健在で、このまま行けば、ヴェスターヴェレ氏が二人目の被害者になりかねない。ヴェスターヴェレ氏がこの四面楚歌の状況で、どのようにして苦境を切り抜けていくか、しばらく高みの見物ができそうだ。しかし政治家たるもの、何を言っていいのか、悪いのか、非難されないとわからないというのも、哀しい。現代の政治家には、話す言葉を慎重に選ぶべく喚起する「大理石の間」が必要なのかもしれない。


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1センチたりともも譲らないヴェスターヴェレ氏。



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