はないちもんめ。 (15.05.2010)

2月に注目を浴び始めたギリシャ危機が、5月になってユーロ危機に発展、ユーロ圏の将来が危ぶまれていた5月9日に、ドイツで一番人口の多い州(欧州でも一番人口の多い州)、Nordrhein-Westfalen州(以下NRWと略)にて地方選挙があり、面白い結果が出たので、紹介してみたい。

NRW州で政権に就いていたのは、CDUとFDPの連立政権。ご存知の通り、ルール工業地帯で有名なこの地方は、労働者階級とルール工業地帯(石炭と鉄鋼)の衰退に伴い、多くの失業者を抱えている。それだけに社会主義政党(SPD)の地盤だったが、2005年の地方選挙で始めてCDUとFDPが政権に就いたのは、ここで5年前に紹介した通り(背水の陣)。あれから5年経って再び選挙の時期がやってきたが、与党は選挙前からスキャンダルの連続で、ギリシャ危機なくしても難しい選挙戦を強いられていた。

その与党のスキャンダルを幾つか紹介すると、まずはFDPのホテル業界への消費税減税にまつわる献金疑惑。これはここでも紹介したので、興味のある方は「大理石の間」を再読してください。これでFDPにイメージは地に落ちた。これにCDUの「献金スキャンダル」が続く。「CDUの党大会にて州知事のリュトカー氏と会話をできる場所(機会)を、2万ユーロで提供します。」と、CDUが手紙を送った事が、マスコミにすっぱ抜かれた。州知事は税金で雇われた公務員なのに、その公務に報奨金を要求すると、これは明らかに買収だ。リュトカー氏はこの手紙に自らサインをしたのに、「中身は読んでいない。」と自信の潔白を主張、すべて選挙戦管理部長の責任にして、これを辞任に追い込んだ。他の州でもCDUの議員が同様の方法で献金を募っていた事件が報道されると、CDUのイメージも地に落ちた。

又、リュトカー氏は、2005年に州知事に就任してから失言が多かった。外国人をドイツに受け入れないで、ドイツ人の子供を増やすべきだと主張、ドイツ人らしく韻を踏んで"Kinder statt Inder" 「インド人ではなく、(ドイツ人の)子供を!」とやって非難を失笑を買った。またノキアのボッフム工場のルーマニアへの移転に際しては、「ルーマニア人は、何をしているのかさえも理解する能力がないので、来たい時に(仕事に)来て、行きたい時に(家に)帰る。」とやって、ドイツとルーマニアの外交関係を悪化させた。こうした外国人攻撃は、失業している労働者の票集めが目的だった。ドイツ人は自意識が高いので、失業すると、この原因を周囲の環境に探す。これを知っているリュトカー氏は、「君たちは悪くないんだ。悪いのは外国人だ。」とやることで、本来はSPDの支持基盤である労働者を味方にしようとした。ナチスは同じ方法を使い、ドイツの敗戦の原因をユダヤ人のせいにして成功したので、リュトカー氏は柳の下に二匹目の泥鰌を探したわけだ。

さらにリュトカー氏の労働者よりの政策は、CDUの政治基盤である中間層(保守者)から嫌われた。労働者よりの政策ならSPD,die Linkeが行っているのに、CDUまでこれをやると誰が中間層の利益を代弁してくれるのだろう。こうしてリュトカー氏の「左より」は、CDUの支持基盤から愛想をつかされた。さらなる誤算は、あれほど求愛した肝心の労働者層は、数多いスキャンダルに怒り、CDUに愛想をつかした。こうして労働者層と中間層の両方からの支持を確保しようとしたリュトカー氏の政策は、両方からの支持を失う結果を招いた。

この不利な選挙戦に加えて、ギリシャ危機がやってきた。NRW州選挙結果が心配のあまり、メルケル首相がギリシャへの早期救援措置をブロックした為、ギリシャ危機がユーロ危機に拡大、ドイツはギリシャへの220億ユーロだけでなく、7500億ユーロからなる欧州緊急支援基金に、さらに1000億ユーロの出費が必要になった。ギリシャへの財政支援に反対している国民が、スペイン、ポルトガルへのさらなる財政支援に喜ぶはずがなく、CDUの人気は「いよいよ選挙前!」になってさらに急降下した。選挙結果は言うまでも無くCDUの大敗。なんと先回の選挙結果から10%も得票率を落とした。勝者は緑の党。先回から得票率をほぼ6%も伸ばす、党設立以来、最善の選挙結果だった。巨神兵のような堂々たる構えの党首Roth女史は、この思わぬ成果に心から喜んでいた。又、左翼政党も得票率を倍にして、始めてNRW州議会に議席を確保することに成功した。SPDは得票率をがっくり落とした先回から、さらに得票率を落としたにも関らず、CDUの破滅的結果のお陰で勝利宣言をした。微妙なのはFDP。スキャンダルにもかかわらず、得票率を落とさなかったが、政権の座からの転落が避けられそうになく、やはり敗者に数えられるだろう。

大敗を喫したリュトカー氏は、同日、NRW州、CDU党首の座からの辞任をメルケル首相に伝えたが、辞任は受理されなかった。というのも、CDUは大敗を喫したものの、SPDよりも0.1%得票率を上回り、第一党の地位を死守した。おまけにSPDが得票率を落としたため、SPDと緑の党の連立政権では、州議会での過半数に1席欠ける。つまり、SPDが州知事の席を奪取するには、緑の党の他にFDP,あるいは左翼政党を取り込んで、3党政権を組む必要がある。しかし、SPDと左翼政党との連立はタブー。これを冒したヘッセン州のSPD党首、イプシランテイ女史は党内の反発に遭い、党首の座を失うことになった。(参 Die Fantastischen Vier)これに加えFDPは、SPD&緑の党と3党連立政権を組むことを選挙前に拒否している。消去法の結果、過半数を取るにはCDUとSPDの連立政権の可能性しか残らない。そうなると、0.1%でも第一党の党首が州知事に就任することになるので、リュトカー氏は首の皮一枚で、まだ政権を維持できる可能性が残っている。勿論、FDPが選挙前の公約を破って、3党連立政権に同意すれば話は別。こうしてここしばらくは、「はないちもんめ」が続きそうだ。

この選挙の結果、政府連立与党(CDU/CSUとFDP)は上院にて過半数を失う事となった。現実的なメルケル首相は、選挙結果発表後、記者会見を行って、総選挙の際の公約を破り、「減税は2011年、2012年にはあり得ない。」と宣言した。与党が過半数を失った今、野党が無意味な減税に賛成するわけもなく、減税案を国会に提出するだけ無駄であり、「恥の上塗り」を避けるための宣言であった。今から振り返ってみれば、メルケル首相の躊躇、「選挙結果が出るまで待って、、。」は、すべての方面でマイナス効果を及ぼした。(政治家が)必要な決断を、何か理由をつけて先に延ばしていると、決断の余地がなくなるという、見事な例であった。


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敗残者Nr.1 リュトカー氏。


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敗残者Nr.2(?) ヴェスターヴェレ氏。


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勝者Nr.1 ロート女史。
 

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勝者Nr.2 (?) クラフト女史。


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