性悪説。 (04.06.2010)

誰もが知っている有名なドイツの政治家が、まだウイーンにて貧困生活を送っていた頃、「宝くじ」を買った。宝くじを買う人なら誰もが夢見るように、「宝くじが当たったら、、。」と、大いに夢を膨らませていた。しかし、宝くじを買った事のある人なら誰もが経験するように、この場合も「外れ」に終わった。すると「オーストリア政府は詐欺を働いて、貧乏人から金を騙し取っている。」と激怒した。それでは怒りが収まらないようで、「一般市民の愚かさには計り知れない。『このクリームを塗れば、窓ガラスが割れなくなる。』と宣伝さえすれば、これを信じて買う人が居るだろう。」と、自分のナイーブさを棚に上げて、他の一般市民のナイーブさを指摘した。まったく調子のいい非難だが、同時にこの人物の洞察のするどさがよく見て取れる。この大衆心理を読み取る能力が、後に政治家として大いに役に立つことになる。

この大衆心理を理解していなかった為、ドイツにおける2005年の選挙戦の際、野党だったCUU/CSUが選挙戦において「増税」を約束するというミスを犯した。選挙前の世論調査では大きなリードを保っていたのに、この公約のおかげで野党はリードを日に日に失い、選挙ではかろうじて1%のリードが残ったのみだった。1%のリードでも、リードには違いないので、これを勝利と呼べないわけでないが、選挙戦で正直に増税を白状すれば選挙に勝てないのは、何も日本だけでなく、ドイツでも一緒のようだ。この失敗から学んだメルケル首相は、2009年の総選挙では減税を約束、万年野党だったFDPは大幅減税を約束した。その結果はここでも紹介した通り、FDPの大勝だった。選挙戦の際の公約は、先回の総選挙の時同様、毎回破られているのに、それでも減税を公約する政党が勝ってしまうという現象は、やはり一般市民のナイーブさを象徴している。上述の政治家はさらにその上を行って、「どんなに奇想天外な夢物語でも、これを繰り返し宣伝すれば、信じるものが必ず現れる。」とまで言っている。大本営発表を金科玉条のように信じていた日本人には、痛い言葉だ。

さて、ドイツは性善説ではなく、性悪説を実行する国だ。だからどんなに細かいことでも法律、政令で規定されている。例えば居酒屋でグラスに注がれるビールの量や、製品の裏面に記載されているエチケットの文字の大きさまで、すべて法律で決まっている。「規定していないと、これを故意に守らない人間が現れる。」と、性悪説を確信している為だ。だからドイツで商売をするのは大変。業種により異なった、さまざまな規定があるので、これをすべてクリアしていないと、あとからものすごい罰金を科せられる。さらにこの規定は毎年改定され、新しい規定が追加されるので、製造業などの業種では、この規定を調査する部署を設けている。この結果、規定のお陰で余計な人件費がかかり、その人件費はドイツ製の製品に上乗せされ、どうしてもドイツ製の製品は高くなる。こうしてドイツ製品は市場での競争力を失うので、多くの製造業は余計な規定、条例のない外国に逃げていく。すると政府は産業の空洞化が心配になったので、「無駄な規定を削除する委員会」が設置された。この委員会はまず最初にどんな規定が無駄な規定になるか、その規定を定めたので、ひとつの規定を廃止するまでにさらに新しい2つ、3つの規定が生まれるという冗談のような状況が発生した。この例などは、ドイツの官僚組織が硬直、肥大してしまって、手に負えなくなっている状況、さらには、性悪説の欠点、限界をよく示している。

ドイツにおける性悪説の最たる物は、名前の長い、Neue gemeinsame Schuldenregel fuer Bund und Laender 、俗に言うSchuldenbremse(財政赤字停止法)と、Wachstumsbeschleunigungsgesetz(経済成長加速法)。前者は2009年の経済危機に端を発した税制赤字増大を防ぐ為、今後、政府が無造作に国債を発行して、財政赤字を悪化させないように法律で規定したもの。後者は、経済危機によりマイナス成長になった経済成長率が、早く回復するように法律でこれを規定したもの。前者はまだ意味があったが、後者は意味のない代物で、国民、経済専門家からの笑いを誘ったが、何でも法律を作らないと気のすまないドイツ人の性格をよく表している。

さて、法律を作ってしまったので、経済成長率が伸びないと法律違反になってしまうというジレンマが発生した。そこでFDPは大幅減税をすることにより、国内景気を回復させて、経済成長率を上げるべきだと主張した。しかし財源もないのに減税をすると、財政赤字停止法にひっかかる。おまけに不景気で税収入が減っているのに、さらに減税をして税収入を下げることにより、国内景気を刺激して景気が回復、結果的には税収入を回復されるというプランは、ギリシャやスペインが似たような政策で破産の崖っぷちにたっているので、あまりにも空想的に思えた。これに対して経済専門家や大蔵大臣は、逆に税率を上げて、国会財政の建て直しを優先するように提唱した為、メルケル首相は減税を唱える連立与党のFDPとの板ばさみになった。ここでメルケル首相は、困った際にいつもするように、即断しないで様子を見ることにした。

その結果、ギリシャ危機がユーロ危機に発展してしまい、ドイツは減税に必要になっただろう大金を、ユーロ安定基金の為に使うことになり、減税案は自動的に選択肢から消えた。こうしてドイツでは今、国会で増税が討議されている。総選挙の際は与党はすべて減税を約束して、1週間までは減税が議論されていたにもかかわらず。まさに180度の方向転換だ。これに対して一般大衆が「公約違反だ!」と怒るかと思いきや、ドイツでは「仕方が無い。」というムードが支配的。一般市民は余りにもナイーブな為、公約があった事さえ忘れているのか、それともドイツ人特有の合理性、「ない袖は触れない。」が働いて、「仕方が無い。」というムードになっているのか、正確なところはわからない。ギリシャやスペインで政府が増税を発表した際の緒騒ぎをテレビで見ているだけに、ドイツ人の反応はあきらかに他のラテン諸国とは違う。

さて、肝心の増税候補だが、今年から意味無く減税されたホテル業界への減税を「フリ戻し」にする案に人気がある。しかし、これはホテル王から政治献金をもらっているFDPには都合が悪い。そこで次はペットなどの食料品にかかっている税率を、7%から19%に上げるという提案もされている。しかしドイツではペットの餌業界は大産業なので、政治献金をもらっている議員からの反対が激しく、これも賛否両論。そして目下一番人気のある増税案は、Finanztransaktionssteuerだ。これは金の動きに税金をかけるのだが、庶民の銀行振り込みに税金をかけるわけではなく、通常は表に出てこない隠し空売りなどの投機的な金の動きに税金をかけようというもの。たったの0.1%の税率で、ドイツ政府には100億ユーロの税収入が見込まれており、おまけに今回の金融危機を引き起こした銀行、投資家からお金を徴収する事ができるので、人気がある。ただし「金には国境がない。」ので、ドイツだけでこうした政策を実地しても意味が少なく、欧州で統一して実施する必要がある。しかし、欧州の金融業の中心であるロンドン、つまりイギリス政府がそのような案は決して認めない。これをやると太陽の沈んだ大英帝国の最後の砦(産業)がなくなり、国民総生産高ががた落ちするのは目に見えているからだ。この為、現時点ではどのような増税が導入されるのか、まだ詳細は不明だ。ただしドイツ政府はワールドカップのサッカーが始まる前、今週中に増税案を取り決める予定との事。

こうした例からよくわかるように、ドイツでは「公約」は、「塗れば割れなくなるガラスクリーム」同様に、売り口上でしかない。公約を破っても、政治家が辞職をする事はなく、国民も騙されるのに慣れているので、大きなテーマにはならない。だからといって、どこかの国の民主党のように高速料金無料化、お年寄りの医療費無料、米軍駐屯地の廃止などと、できもしない約束を次々していると、やはり大きな問題になる。幾ら政権が喉から手が出るほど欲しくても、嘘(公約)は、ほどほどにすべきだろう。つまる所、この民主党の「公約」、及びこれによる政権の獲得は、「どんなに奇想天外な夢物語でも、これを繰り返し宣伝すれば、信じるものが必ず現れる。」という冒頭で述べた大衆政治家の洞察の鋭さを、改めて証明する事例でもあった。


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金融税賛成派。


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金融税反対派。



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