当然の償い? (05.04.2011)

シュトゥットガルト中央駅は石造りの重厚な趣のある建物。第一次大戦前夜から工事が始まり、1928年にやっと今の場所に完成した。当時は車はまだ走っていなかったので、電車と馬車でのアクセスを想定した作りだったが、第二次大戦の連合軍による爆撃で周囲の建物が崩壊、この機会に駅前の通りが拡大され、車が流れやすい今の状況に至っている。ところがひとつ、欠点があった。中央駅はフランクフルトの中央駅のように「行き止まり」なので、ここから他の町に向かう場合、一度これまで来た道(線路)を戻って、それから線路を変えて新しい目的地に向かう事になり、少々、時間がかかった。そこで誰かが、「21世紀に向けて中央駅を近代化、「取り抜け」できる形に改造して、他の都市へのアクセスを改善しよう!」と、言い出した。しかしすでに戦後60年。空き地はすべて建物で埋まっており、新たに線路を引く場所がない。そこで誰かが、「シュトゥットガルト中央駅を地下に作ってしまえば、場所の問題から解放される。」と、言い出した。こうしてシュトゥットガルト中央駅を地下に移す計画、シュトゥットガルト21(世紀)が出来上がった。

1998年に建設工事の総費用は26億ユーロと見積もりされたが、幾らお金持ちのシュトゥットガルトにもそんな金はない。大体、シュトゥットガルトは人口60万の田舎の大都市である。そんな場所に東京の新都庁並みの大工事をして、割が合う筈がない。費用の工面ができなくて、この計画は座礁した。ところがドイツ鉄道は、フランクフルト-ケルン間の新路線建設の時のように、「ウルムまでの時間が大幅に短縮される。」と、新しい中央駅の効果を吹聴、州知事は州都にドイツで初めての、かつ最先端の地下の中央駅を作る事に陶酔して、半額をドイツ政府が国の予算から出す事を承知させてしまった。そうと決まれば工事の公募が始まり、この計画は実現に向けて動き出した。ところが現実的な建設会社の試算によると工事費用は28億ユーロではなく、最低40億ユーロかかる計算になり、ミュンヘンにある査定会社の計算では53億ユーロと、工事費用はうなぎのぼりを続けた。工事費用が膨大するに比例して、市民の抵抗も高まってきた。大体、ウルムなんて国境町に行く乗客が何人居るだろう。その乗客の乗車時間を15分程度短くする為に、又、州知事の虚栄心を満たせるために53億ユーロという巨額の支出はどう考えても割が合わない。

2010年、何度注意しても問題発言を繰り返す州知事に愛想を尽かしたメルケル首相は、知事のポストを剥奪、EU議員としてブリュッセルに左遷する。その後釜についたのがMappus氏だった。何も特別な理由があったわけではなく、氏はバーデン ヴュルテンベルク州のCDU党主席だったので、空いた州知事の席に収まっただけの事。俗に言う階段出世だ。マップス氏は見かけ通り、押しが強い政治家で、いい意味で言えば自己の信念を突き通す、意思の強い政治家。悪く言えば、風向きが読めない政治家だ。同性愛者の祭典、「ラブパレードをシュトゥットガルトで開催しよう!」と話が挙がった際、ここで書くには適してない罵詈雑言を浴びせて、このアイデアを闇に葬った。2010年のラブパレードの事故を見る限り、氏の決定は決して間違いではなかったかもしれいないが、同性愛者への敵愾心はものすごいものがあった。ベルリン市長、(前)ハンブルク州知事、FDP党首と、同性愛者が多いドイツの政界では、珍しい存在だった。

そのマップス氏、ドイツ鉄道と前任者が決めたシュトゥットガルト21をそのまま受け継いだ。しかし工事が始まると、座り込みをする市民が現れて、工事が一向に進まない事態となった。自分と異なった考え方をする人間に対して耳を傾ける習慣のないマップス氏は、工事の邪魔をする市民を排除するように警察に圧力をかけた。(本人は否定した。)こうして市民の抗議デモに暴動鎮圧用の放水車両、及び警察が総動員されて、邪魔をする市民には強烈な放水車からの水浴びを見舞ったが、これはちとやりすぎた。負傷者が続出、警察の過度の暴力に対して非難が高まると、「警察局長の判断で、政治判断ではなかった。」と氏は弁明したが、これを信じる人は多くなかった。2011年は州選挙の年である。1年半前に州知事の席を受け継いだばかりなので、並みの政治家なら市民にいい印象を与えるべく大衆に迎合するものだが、マップス氏はそんな事は不要と考えたようで、市民の抗議を無視してシュトゥットガルト21を頑として押し進めた。

バーデン ヴュルテンベルク州は、原発の多い州。ポルシェやメルセデスなどの車メーカーは言うに及ばず、精密機械、工作機械など、ドイツの基盤産業の本拠地。工場が稼動するには安定した電力の供給が欠かせないが、オーストラリアで採掘された石炭をハンブルクで艀に乗せ、ライン河を延々と川登り、発電所に着く頃には、石炭の値段は数倍になっている。そんな石炭で発電すると、電気代が高くなり、高い電気で生産されたドイツ製品も高くなり、世界市場で競争を失いかねない。この為、石炭発電から脱却する必要があり、原子力発電所が多く建設された経緯がある。こうした背景があり、マップス氏は原発推進派。ところが環境大臣に就任したレットゲン氏がメルケル首相(これまた原発推進派)の承諾も受けないで、「原発は廃止されるべきだ。」とやったから、マップス氏は怒った。「地方政治に関わった事のない官僚政治家が、現地の事情も知らないで、何を勝手な事をぬかす。党の方針を受け入れられない大臣は、辞職すべきだ!」とやり、この対立は表面化した。この党内論争はメルケル首相が調停して、環境大臣が前言取り消す事で落ち着いた。

この論争で「漁夫の利」を得たのは、緑の党。25年前のチェルノブイリ原発事故により、ドイツの名物、「黒い森」は未だに放射能汚染されており、キノコは許容度の数倍の放射線を放射、キノコを食べる猪は同様に放射能汚染されており、食用になる前に放射能測定が義務付けられている。この為、この州では、緑の党へ同調する人間が多い。同時にこの州はバイエルン州に並び、ドイツの見本の州のひとつ。産業が発達、失業率が低く、産業に必要な核エネルギーを「必要悪」として見る選挙人も少なくない。こうした背景があり、バーデン ヴュルテンベルク州の政権は、保守政党のCDUがドイツ連邦共和国成立後、60年以上の長きにわたって、まるで独裁政党のように一党支配してきた。ところがシュトゥットガルト21をきっかけに、CDUへ逆風が強く吹きだした。そんな事はおくびにも解さないでマップス氏は、反対派の多い原発推進を州選挙のスローガンにした。緑の党は、チェルノブイリ原発事故「25周年」に当たるこの年こそ、原発廃止の年にしようと、各地で原発反対デモを行なった。にもかかわらず、何も起こらなければ、ワーストケースでもマップス氏がFDPと連立政権を組んで僅差で過半数の票を獲得、CDUの居城を守り通すように思われた。ここで大地震が日本を揺さぶり、津波が福島原発の非常用発電機を大破して、原発事故が発生した。

多分、日本に住んでいる方には、ドイツ人の反応は理解できないだろう。ドイツは日本から9000kmも離れており、風は逆向きに吹いており、ドイツまで核汚染が広がる可能性はない。しかしドイツ人は薬局に殺到してヨード錠を買い求め、家電屋では放射能検知器は軒並み売り切れになっている。日本の家電製品、車を買い求めるドイツ人は、「この製品は放射能汚染されているんじゃないか。」と、日本製品を避けるまでの、異常なまでの反応だ。これは25年前のチェルノブイリ原発事故による核汚染を経験していない日本人には、理解できない。もっともドイツと同じように核汚染があったフランスやオランダ、あるいはもっと核汚染が強かった東欧では、小規模の原発反対デモはあったが、それだけ。政策の変更などは考慮されなかった。何故か、ドイツ人だけは他国とは全く異なる反応を示し、これまで原発推進派だったメルケル首相が、「明日までに7つの原発の稼動を止めるように。」と電力会社に通告するなど、異常だった。

政府の政策変更は、緑の党には「棚から牡丹餅」だった。不利な情勢を見たメルケル首相はリビアへの空爆を前に、柳の下の二匹目のどじょうを狙い、「ドイツなしやってくれ。」と宣言した。これはイラク空爆を前にシュレーダー(前)首相が行ない、抜群の効果を収めた処方箋だった。果たして今回もこの処方箋は効くだろうか?ドイツ中が興味を示している中、3月末にバーデン ヴュルテンベルク州で州選挙が行なわれたが、参加率は4年前に比べて飛躍的に上昇した。この選挙で緑の党は、前回の得票数を倍増、24.2%の得票率を得た。マップス氏のCDUは先回の得票率から5%落としたが、それでも39%の特票率を得て、第一党として存続する事ができた。ところが連立政権を組む筈のFDPが得票数を半減させて、5%を切り、州議会の議席を失った。その結果、CDUは過半数を制する事ができなくなり、23%の得票率を得た社会党が「誰と組むか。」で、州政権の行方が決まる事となった。社会党は選挙前から原発推進派のCDUとは組まない旨宣言しており、こうしてCDUの落城が決まった。逆に緑の党は、党の創立以来、始めて州知事を出す事、しかもCDUの居城にて、を可能にしたので、党員の喜びは尋常ではなく、喚起に咽びいる党員の姿が多く見られた。逆にマップス氏の落胆振りは、「気の毒」と思えるほどで、終始、下を向いている姿が印象的だった。(本人は勝てると思っていたらしい。)
          
緑の党はこれまで終始野党だったので、州政府の決定、政策に対して"Nein"を言うだけで、同情票を獲得する事ができた。党の真価を問われるのは、これからである。すでに工事が始まっているシュトゥットガルト21を公約通りストップするなら、これまでの工事費10億ユーロは州政府が負担しなければならないが、そんな余裕はなく、政府にとってはこのまま工事を進めた方が安く上がる。(国から補助金が出るので。)又、バーデン ヴュルテンベルク州はこれまで原発に頼ってきたので、風力発電、太陽発電など、ドイツの中で「後進国」だ。公約通り原発を廃止して、どうやって必要な電力を、しかも安価に継続して提供する事ができるのか。太陽発電、風力発電のアキレス腱は、電力の蓄積。1年中風が吹き、1日中日光がさんさんと照っているわけでないから、太陽発電や風力発電で作った電力を何処かに蓄積しなければならない。これには巨大な貯水ダムが必要になるが、緑の党はこの貯水ダムの建設にも反対しており、党の方針には矛盾がある。今後、政権を担当していく上で、理想を放棄する事を余儀なくされるだろうから、それでもどうやって選挙民を納得される事ができるか、今後の焦点となるだろう。
          

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福島原発でも導入された強烈な放水車で、


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デモの参加者を蹴散らして、


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けが人を出すも、


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選挙に勝てると思っていたマップス氏(左)。

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