Aufbauhilfe。 (22.04.2010)

ドイツ軍最後の攻勢として歴史に名を残したアルデンヌ攻勢。緒戦では成果を挙げて連合国側はかなり肝っ玉を冷やしたが、作戦は失敗に終わり、ドイツの敗戦はさらに加速された。戦後、「どうしてアルデンヌ攻勢は失敗したのか。」という議論が、上は各国の軍事大学から下は居酒屋のテーブルにおいてまで、盛んに交わされた。ドイツでは「ヒトラーが悪い。」という意見で大まかな一致をみたが、客観的に見れば、作戦地域においてドイツ空軍が局地的な制空権さえも取り返すことができなかったことが、理由のひとつにあげられる。「じゃ、なぜドイツ空軍が局地的な制空権さえも取り返すことができなかったの?」と聞かれると、連合国側のノルマンデイー上陸作戦の際、ガラント空軍将軍が苦労してかき集めた戦闘機部隊の最後の予備が、ヒトラーの命令にて無意味に投入され、ほぼ全滅した為。だからアルデンヌ攻勢で投入できる戦闘機の数は極めて限られており、天候が回復するとこの最後の一粒も霧同様に消散した。つまるところ「ヒトラーが悪い。」というのは必ずしも間違いではない。

なにはともあれ、アルデンヌ攻勢は、圧倒的な制空権を有す敵軍に対して、地上軍だけ行われた現代戦における最後の大攻勢のひとつだ。以後、「制空権なしでは戦闘には勝てない。」という信仰が、世界各国の軍隊にて擁護された。ところがこの神話が最初はソビエト軍のアフガン侵攻で、次いで米軍のベトナム侵攻で崩れかけた。この戦争の特徴は、これまでは明確に存在していた「前線」がないこと。前線があれば、空軍を使って敵の部隊、補給部隊を叩くことができるが、前線が存在せず、敵の姿見えないのでは、圧倒的な空軍の優位も、宝の持ち腐れだ。この教訓を今、ドイツ軍はアフガニスタンで習っている。

イースター(ドイツ語ではオスターン)に、アフガニスタンでドイツ軍のパトロールがタリバンの待ち伏せに遭い、3名が戦死した。首相まで出席した葬式が終わった4月12日、またしても戦闘に加わったドイツ軍兵士3名と、負傷した兵士を助けるべく、自らの危険を顧みず戦闘現場に向かった軍医が殺された。ただでも人気のないアフガニスタンへの派兵であっただけに、相次ぐドイツ兵士の戦死でドイツ国内では、「アフガニスタンなんて放っておけ。」という風潮が高まったが、「ドイツはアフガニスタンから(兵を)引かない。」と、コメントした首相の態度は立派だった。日本では消費税の改正が急務だが、これを口に出して言える政治家が居ない中、国民の賛同が得られないことを知っていて、又、相次いで戦死者が出たあとで、政府の立場を明確にしたのは、勇気のある決断である。
          
逆にそれほど褒められないのは、アフガニスタンにおけるドイツ軍の任務が未だに「政府と民間施設の安全を図る。」という派遣当時の目的である事(ドイツ語でAufbauhilfe)。ドイツ軍のアフガニスタンへの派遣は2001年に国会で協議され、前述の目的で可決された。つまりドイツ軍が今直面している戦闘任務は、国会決議の際に全く協議されなかった。この為、前国防大臣は、「戦争」という言葉をあらゆる場面で避け、「戦争に似かよった状況(kriegsaehnliche Zustaende)」という「新語」を造り、2009年のおかしなドイツ語のトップ10で、堂々2位を確保した。笑い者になった国防大臣は、次期内閣では労働大臣に「昇格」したが、国防大臣であった頃の「嘘」が暴露されて、その「労働大臣」の職務を辞任する羽目になったのは、ここでも紹介した通り。新しい国防大臣は、前大臣の失敗から学んで、「通俗的な言葉の言い回しを用いれば、アフガニスタンの任務は戦争と言える。」と、与党の政治家としては初めて、戦争という言葉を用いた。目下、ドイツで一番人気のある政治家の国防大臣のコメントに勇気づけられたのか、首相も始めてアフガニスタン任務を「戦争と言える。」とコメントした。

「たかが言葉の問題でしょ。」と、言われるかもしれないが、アフガンの任務を戦争と呼ぶには、まず国際法上の問題がある。戦争とは(通常)、2国間において武力で行われる政治であり、宣戦布告で始まり、降伏で終わる。政治の延長であるから、捕虜の扱いなどを決めたジュネーブ協定を遵守する必要がある。ところがテロリストは国家ではないので、戦争という言葉は適していない。おまけにテロリスト宣戦布告はしないし、ジュネーブ協定を遵守する気はさらさらない。だから、片方が戦争と読んだ場合、一方的に自身の「行動範囲」を狭めることになる。さらには国会決議の問題もある。「政府と民間施設の安全を図る。」という名義で派遣された軍隊を「戦争」に投入すると、決議違反になる。だからドイツ軍を戦争に投入するには再度、国会で討議、採決する必要があるが、戦争目的では国民の反発はさらに激しくなることは必死で、人気取りが至上課題である野党の賛同を得られそうにない。だから現状の「Aufbauhilfe」でドイツ軍を「戦闘任務」に派遣することになるが、このツケを払わされるのは、兵士である。

冒頭で書いた通り、「空の援護」なしでは戦闘に勝てない。勿論、アフガニスタンにおける空軍の効果は割り引いて見る必要があるが、ドイツ軍は何もアフガニスタンを征服する為に駐屯しているわけではなく、現地の住民、施設をタリバンの攻撃から守るために派遣されている。だから何も空爆をする空軍部隊の必要はなく、必要なのは偵察飛行、そして攻撃にあった際にすぐに投入できる攻撃ヘリが必要だ。今回被害が出たように、タリバンは敵の防御が弱い時を狙って、つまりドイツ軍のパトロールに攻撃をしかけるが、空の援護があれば、待ち伏せを事前に発見できる。戦闘になった場合は、タリバンの陣地を上空から効果的に攻撃して、我の被害を最小限度にとどめることができる。しかし、「政府と民間施設の安全を図る。」というお墨付きなので、「戦争」に必要な空軍の派遣ができないでいる。この結果、空の援護が必要な場合は、米軍に援護を頼むことになるのが、肝心の援護が届くまでに貴重な数分間が失われる。タリバンは攻撃をしかけ、被害を与えた事を見届けると逃げるので、空の援護が届く頃には、「後の祭り」であることが少なくない。

このジレンマから抜け出す為、政府は「自走砲(Panzerhaubitze)をアフガンに送る。」と声明を出したが、どれだけ効果があるだろうか。まず空輸できないので、「船便」で送ることになる。その後、ドイツ軍が駐屯している北部まで延々と陸路で送るので、無事に着いても2~3ヶ月はかかる。さらには弾薬の問題もある。戦車も玉がなくては鉄の棺桶だ。ドイツ軍はこれまでキルギスタンに空軍の中間補給基地を置いていた。ドイツ軍の「生命線」である補給路の安全を保つ為、キルギスタン政府の圧制にも目をつぶってきた。ところがこれに怒った市民が政府を転落させてしまい、キルギスタン ルートは安全ではなくなった。さらには、いくら最新の榴弾砲でも、飛行機の精密さには叶わないという決定的な欠点がある。(安全な後方陣地に展開して20~30kmの遠距離からの射撃である。)タリバンが至近距離から攻撃してくれば、榴弾砲は使用できない。これでは宝の持ち腐れで、意味をなさない。こうしてアフガニスタンのドイツ軍は政治から足枷をはめられており、今後も被害がでるのは避けられそうにない。


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アフガニスタンでAufbauhilfe中のドイツ兵。


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Aufbauhilfeの手助けに輸送が計画されている自走砲。
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