geheime Sache (15.07.2011)

今年の春先にアラブ諸国で民主化を要求する動きが活性化、あちこちでデモとこれを取り締まる治安部隊が衝突した。紅海に浮かぶサウジアラビアのちっぽけな隣国(島国)バハレーンでもこれは例外ではなかった。他の国と違っていたのは、人口100万人程度の小国であった為、リビアやエジプトと異なり警察の力が弱かった事。効果的に「暴徒」が抑えきれなくなった国王は、隣国サウジアラビアに助けを求めた。サウジは500人の警察部隊、1000人の治安部隊、及び装甲車をバハレーンに送りると暴徒を容赦なく弾圧した。サウジとバハレーンを結ぶ唯一の橋をサウジの装甲車が渡ってバハレーンに「進行」するその光景は、世界中のテレビで放映され、ドイツでも大きな話題になった。

というのもこの鎮圧に動員されたサウジの装甲車はスイス製であった。スイスと言えば、永世中立国。輸出品と言えば、チーズ、時計とアーミーナイフが想起されるが、実は優れた小銃、装甲車などを製造、輸出している。さらにはバチカンで教皇を警備しているのは、スイス兵である。つまりスイスはそのスイスアルプスの穏やかなイメージとは異なって、小さいながらも立派な武器商人国家のひとつである。しかしよりによってこの面だけを強調されるのは、国のイメージに悪い影響を与えかねないので、あまり歓迎されない。ところがそのスイス製の装甲車が堂々とバハレーンに「進行」するその光景は、スイス国民に衝撃を与えた。「スイスが民主主義を弾圧する手助けをしてもいいのか。」という議論が沸き、スイスは今後、サウジアラビアへの大型兵器の輸出を見送ることになりそうだ。ただし小型兵器、小銃などはマニアでない限りスイス製とわからないので、今後も輸出される予定である。

ここに商売のチャンスを見たのが米国とドイツ。サウジアラビアほどのお得意様は、世界中を探しても見つからない。そこで熾烈な売り込みとなったが、砂漠の狐、ロンメル将軍の活躍が効いたのか、ドイツが注文をゲットした。具体的には最新型のレオパルド2型戦車を200台納入する事となり、17億ユーロ相当の稀に見る大きな取引である。ドイツの兵器産業、特に戦車を製造しているクラウス マファイ社、戦車のエンジンを製造しているMTU社、そして120mm滑空砲を製造しているラインメタル社には、願ってもいなかった大型注文で「アラブの春様様」である。さらには故障、破損した62トンもある戦車を回収するためには特殊な車両も必要になるから、さらなる注文が期待できる。又、戦車は作戦地域まで自走していくと誤解される事が多いが、実際には電車で、その後は特殊トラックの荷台に積んで、作戦地域まで持ち込まれる。自走していくと、実戦に投入する前に整備、給油する必要があり、時間がかかるばかりだけでなく、これは敵のいい標的になる。しかし60トンを超える「車両」を荷台に積んで移動できる特殊トラックは、店頭で買うことができない。特殊大型車両を製造している会社に特注しなければならない。レオパルド戦車の輸送に適した特殊トラックを製造している会社は、言うまでもないだろう、ドイツのメルセデス社である。こうしてさまざまなドイツ企業は、今後、サウジアラビアからの「特需」に沸くことになりそうだ。

ドイツの兵器の輸出の「歴史」は、まだ浅い。ドイツは過去の遺産があり、イスラエルの敵国となり得る国への兵器輸出を自粛してきた。ドイツの戦車がユダヤ人をひき殺す光景が報道されることになれば、ドイツ叩きが世界中で起こり、ドイツ製品のボイコットに繋がりかねないからだ。事情が変わってきたのは、イラク戦争がきっかけ。イスラエルはサウジアラビアを仮想敵国とのプッファーゾーンと考え初め、サウジアラビアがサダムのような独裁者にできるだけ長く抵抗してくれれば、それだけイスラエルへの直接の危険が減少すると計算、サウジアラビアへの武器輸出を歓迎するようになった。「待ってました!」とばかりに当時の首相、シュレーダー氏はサウジアラビアに飛び、最初のドイツの武器輸出契約を結んだ。ただし輸出されたのは小火器、機関銃、それに小口径の火砲で輸出総額は6000万ユーロ程度、決して大きな取引ではなかった。その後サダムは居なくなったが、イランがイスラエルの仮想敵国Nr.1に昇進、イスラエルはサウジアラビアが自衛できるだけの軍事力を装備する事を望んだ。「待ってました!」とばかりにドイツの軍需産業はサウジアラビアにセールスに出かけると、さまざまな契約、海軍の舟艇、装備、無線システム、戦闘機及びロケットの部品納入を受注した。こうして2008年には武器の輸出総額は1億7千万ユーロに膨らみ上がり、サウジアラビアはドイツ兵器産業の上客となった。今回は戦車だけで17億ユーロもの輸出額だから、サウジアラビアはドイツ兵器産業の最大のお得意様に成長した。

ここで野党が、政府の戦車の輸出認可に文句を付け出した。「民主化を求める無防備の市民、それも自国ではなく隣国の市民を武力で弾圧する政府に、ドイツの大型兵器を輸出するのは法律違反だ。」という理由である。確かにドイツには武器輸出に関して建前上の制約があり、「紛争係争国には武器の輸出を行わない。」と唄っている。にもかかわらず政府は国会に報告する事なく、サウジアラビアへの大型兵器の輸出を独断で決めてしまった。野党は、「ドイツの戦車が無防備の市民を虐殺する目的に使用されるような事があってはならない。」と、一見もっともな意見を述べたが、これはドイツ語でいう"Scheinheiligkeit"(うわべだけ)だった。大体、サウジアラビアへの武器輸出を始めたのはその野党であり、この野党が政権にあった2004年にはクルド人と事実上戦争を行っているトルコにドイツの戦車を輸出する事を決定している。政治家の都合の良い物忘れには、毎回、感心させれる。野党はサウジとの間で交わされた武器輸出の契約の詳細を公開するように求めたが、建前だけの要求だと察していたメルケル首相は、「契約は"Geheime Sache"(秘密である)。」と、野党の要求を蹴ってしまった。

この議論がドイツ国内で交わされている中、首相はアフリカ諸国の歴訪に出発した。その訪問先のひとつがアンゴラ。アンゴラといえば永遠に続くかと思われた内戦しか思い浮かばないが、他の内戦で荒廃している国同様に、地下資源が豊富だ。膨大な地下資源が眠っているアフリカは中国の独断場、あちこちで中国の労働者が道路を建設、引き換えに地下資源の採掘権を獲得しており、日本は言うに及ばず欧州諸国は完全に後手に回っている。メルケル首相は、将来、原油の採掘で経済が活性化するであろうアンゴラを訪問すると、中国の向こうを張って(地下資源と引き換えに)経済援助、それにドイツの得意技、ドイツの兵器の輸出契約を結んでしまった。お見事である。国内ではサウジアラビアへの戦車の輸出が議論されている真っ最中に、アンゴラを訪問、さらにドイツ兵器の輸出をゲットするその厚かましさには、野党もあっけにとられて攻撃の矛先が鈍ってしまった。
          
この厚かましさが、日本人、そして何よりも日本人の政治家に欠けている。米国のオバマ首相が、「米国の大統領であるから、米国の利益を第一優先する。」と言っていたように、日本の政治家も、海外の批評などは気にしないで、(個人ではなく)日本の利益を最優先して考えるべきである。数ヶ月前、日本の中央銀行が円高をストップさせる為に為替市場に介入した際、日本のマスコミは、「世界から笑われた介入。」などと(真実のかけらもない)報道をした。日本は輸出大国である。円が高くては、日本経済の大きなダメージになる。これを避けるため日銀が介入したのは、ごく当たり前の事。それを海外がどう考えようが、日本には二の次だ。日本経済が破綻しても、海外が泣いてくれるわけでもないのに、海外の評判など気にする必要はない。米国、中国、ドイツなどが、世界市場で自国の利益を主張してどんどん契約を取っていく中、日本人の視野は国内だけに向けられて、すっかり取り残されている。こんな状況が続くと10年、20年先の日本の将来はどうなっているのだろう。ギリシャ人が、「2000年前は世界で一番大きな国だったんだぞ。」と威張るしか能がないように、日本も「アジアの優等生だったんだぞ。」と威張りながら、今のギリシャのように没落していくんだろうか。


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ドイツ(メルセデス)製の特殊トラックから装甲車(スイス製)を降ろすサウジ兵士。


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