Das war's.  (29.11.2009)

何処の国でも一番売れる新聞は、米国ではニューヨークタイムズ、ドイツではフランクフルター アルゲマイネWelt紙のような知識層を購読者層にした「一流紙」よりも、それ以外の層を対象とした新聞(日本で言えばスポニチ)だ。オーストラリア人の有名なメデイア王は、英国、米国で知識層を購読者としていた為に経営困難に陥った新聞を買い取って、その新聞のレベルを下げたが、購読者層を広げて販売部数を伸ばして一大帝国を築いた。言わずもがな、ドイツで最も多い販売部数を誇っている新聞もこの類の新聞で、Bild Zeitung、通称、Bild紙である。第一面に堂々と女性の裸体を乗せており、(日本人には)買うのも恥ずかしいが、ドイツ人は電車の中で堂々と一目を気にしないで読んでいる。見事な読みっぷりだ。

この大衆新聞が日本のスポーツ新聞と大きく異なるのは、他の一流新聞を指し抜いてちょくちょく(真面目な)大スクープをやってのける事。具体的な例では2006年11月にここでも取り上げたドイツ兵の派遣先での醜態。そして今回は、ここでも9月に紹介したアフガニスタンにおける給油車への爆撃を録画したフィルム*を入手して、同時にドイツ軍の上層部がこの爆撃直後に、民間人の被害者が出た旨、報告を受けていたことを突き止めてしまった。この大スクープを報道する記事が載った新聞が11月26日に販売されると、「民間人の被害はなかった。」と主張していた国防軍は説明を迫れれた。新しく国防大臣に就任していたZu Guttenberg氏は、ドイツ軍参謀総長と国防省次官を「情報を秘匿した廉」で首にした。ただそのくらいでは、騒動は治まらなかった。「参謀長と国防省次官が知っていて、国防大臣が何も知らなかった。」という事は考えられない。国会は通常の討議を中止して、元国防大臣Jung氏を公聴する事にした。この公聴の場面がテレビで放映されると、国会に出席している議員が、よりによってあのBild誌を堂々と広げて記事を読んでいる光景が見られた。(Bild誌にとって最高の宣伝。)

その肝心のユング氏だが、新政府ではまたしても大臣の椅子を獲得してしまった。ただし、国防大臣ではなくて、労働大臣の。巷では、「ユング氏にタリバンの相手をされるのは荷が重過ぎるので、失業者の相手をさせるのが適当。」とまで言われ、氏の能力はあまり評価されていなかった。それでも大臣の席を獲得したのは、言わずもがな、首相、Merkel女史の采配による。首相は、事前に許可を得ないで、党の方針と異なる自分の意見をマスコミに吹聴する党員、例えばBaden-Wuerttemberg州知事のOettinger氏など、大嫌い。(氏は州知事を解任されて、邪魔のできないブリュッセルに送られた。)そんな問題児よりは、能力はないが、「Ja」としか言わない「イエスマン」を身近に置いておく事を望んだ。そこで氏を再度大臣に就任させたが、その能力に応じる椅子に座らせた。新政権でJung氏の代わりに国防大臣に就任したのは、ここでも何度か取り上げた「次回の選挙までの繋ぎ」として経済大臣に就任したものの、めきめきと頭角を示し、Allzweckwaffen(どこにでも使える便利な武器。)として重宝されるまでになった若干39歳のZu Guttenberg氏だった。

首相は、今回のスキャンダルで「(氏を大臣にするのは)やっぱりやめておけばよかった。」と思ったに違いない。大臣でなければ、首相(政府)へのダメージも少なかっただろう。しかし、そんな事はおくびにも出さず、このスキャンダルが明らかになってから「(氏が情報を握りつぶしたとけ決め付けないで)まずは釈明を聞いてみよう。」と、記者団に回答したのは立派だった。もっとも他に回答の仕方があったとも思えないが。こうしてドイツ中が注目する中、演題の前に立ったJung氏は、「その報告書は上がってきたが、内容を読まないで、そのままNatoに送った。」と、回答(言い訳)、野党の笑いを招いた。一国の大臣が、問題になっていた事件の報告書が上がってきたが、これを敢えて読まないで、次の閲覧者に送ったので「責任はない。」と言っているのだから、お粗末だった。首相もこの言い訳を聞いて、ガッカリしたに違いない。国会の質疑応答で左翼政党のGysi議員は、「悪い事は言わないから、これ以上恥の上書きをしないで、潔く辞任したほうがよい。」とアドバイスをした。ユング氏は「何も間違った事をしていないのに、辞める理由などない。」と、辞任要求を蹴った。

ところが、これから半日もしないで氏は11月27の正午に辞任した。首相が氏を見放したのが原因である。というのも、ドイツ軍のアフガニスタン派遣は期限付き。(自衛隊の派遣同様に。)期限が切れる前に、派遣命令を延長するか、退去命令を出す必要があるが、今回の「誤爆」でドイツ国民はアフガンへのドイツ軍の派遣に対してさらに批判的になってしまった。これでは国会で、派遣期限の延長を採決するのが難しい。このままJung氏が責任を取らないで大臣の椅子にのうのうと座っていては、とてもではないが野党の賛同が得られない。さらには、「(元)国防大臣だけではなく、首相も民間人の犠牲者について知っていたのではないのか?」と、国会で質問されるに至って、首相にまで「火の粉」が散ってきた。こうなってはすぐに消火しないと大火になる恐れがある。そこで首相が国会討議の後、ユング氏に短刀を渡した。こうしたユング氏はたった30日間労働大臣の椅子に座っただけで、これはドイツの歴史上、最も短い大臣の就任期間であった。

ユング氏の辞任後、空いた労働大臣に就任したのは、今回もFamilienminister(日本語に訳し難いが、あえて言えば家族大臣。)に任命されてガッカリしていたvon der Leyen女史。スキャンダルもなく、立派に職務を果たしたにもかかわらず、首相に好かれていない為、出世を拒まれて「冷や飯」を食わされていた。しかし首相のお気に入りであったユング氏の辞任で、首相の手持ちの駒が少なくなった。勿論、それでも他の政治家を労働大臣に任命する事もできたが、大臣の経験のない人間を大臣に据え、失敗を犯してスキャンダルになっては、また、「首の挿げ替え」を行なわなくてはならない。(日本政府のように)。そんな事になれば政権維持が危うくなる。そこでここは大事(才能)を取って、有能なvon der Leyen女史を労働大臣に任命した。この辺に現首相の巧みな人事(戦略)が垣間見れる。又、von der Leyen女史が労働大臣に椅子を変えたので、空席になった家族大臣には、全く無名のKoehler女史が就任した。辞任したユング氏がHessen州の出身だったので、Hessenの州知事Koch氏が、Hessen州出身の政治家に大臣の椅子を要求した為で、その他の理由はない。女史の名前はドイツの大統領と同じですが、親戚関係はない。

* この映像中、爆撃前にちょこちょこ動き回っている黒い小さい点は、民間人。つまり爆撃をすれば、この民間人が死ぬ事は明らかだった。にもかかわらず爆撃命令を下しておきながら、「民間人の被害無し。」と、手柄を宣伝したのは拙かった。


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どうすればこの危機から逃れる事ができ、、。


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ないかも、、。



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