寒い冬 (21.01.2011)

まだ会社勤務をしていた頃、会社に出勤すると「最初の一人。」である事が少なくなかった。なにも仕事に燃えていたわけではなく、通勤に使用しているドイツ鉄道、この場合は近距離電車のS-Bahnが、全くあてにならないからだった。運がいいと、「次の電車は欠落します。」と駅のホームでDurchsage(通告)がある。そして本当にやってきた次の電車は、日本の通勤風景と変わらない寿司詰め状態で、朝から血圧が150を超えた。日本にお住まいの方は、「それの何処が運がいいの?」と、問われるかもしれない。運が悪いと、通告なくして電車が欠落する。それも連続して。真冬などは、マイナス20度の寒波の中、風が強い駅のホームで30分も来ない電車をじっと待つことになる。そしてやっとやってきた電車はあまりにも満員で、乗車ができない事が少なくない。結局、タクシーを使って出勤したにもかかわらず遅刻、おまけにタクシー代金でこの日の稼ぎは半分に減額した。この為、用心して毎朝、3つ前の電車に乗車するのだが、これが本当に来てしまうと、否応なく、会社に一番乗りしてしまうわけである。

こうしたていたらくにも関わらず、ドイツ鉄道はメドン氏の下、株式上場を目指してあらゆる方面でお金の節約をした。電車の整備、点検などは金がかかるだけで、一銭も儲からないので、整備工場の数を必要最低限ぎりぎりまで減らすと、工場の跡地はドイツ鉄道の不動産として会社の資産を装飾するのに使用された。ドイツには30年代、まだReichsbahnの頃に敷設された鉄道線路が多く残っており、老朽化が激しい。電車はボロボロの線路をこれ以上壊さないように、又、線路を壊して脱線しないように速度を落とす必要に迫られた。国から路線の近代化のために40億ユーロの補助金をかしめると、冬に備えて「暖房機能付き」の線路の導入を諦め、一番安い線路にした。電車の近代化にあっても、夏の最高気温を32度と想定して、一番貧弱なクーラーを装備した電車を注文した。その電車の数にしても欠落に備え、余分に車両を抱えていると、一銭も儲からず、整備で金がかかるだけなので、これも最低限度までに減らされた。こうして節約したお金をさらに増やすべく、首が回らないほど赤字経営の英国の鉄道会社、Arrivaを当初予定していた18億ユーロではなく、28億ユーロも払って購入、ドイツ鉄道がこれまで国内で節約したお金は、この危険な冒険に費やされた。

こうして2010年の夏がやってきた。連日37度に達する気温が続き、ドイツ鉄道の車両はサウナ状態になり、車内で気絶する乗客が出て、鉄道の運行は部分的に中止された。上述の通り、クーラーが最高気温32度の想定で導入されていた為、クーラーは軒並み機能を停止したのである。そして2010年の冬がやってきた。積雪で空港が閉鎖されると、乗客はドイツ鉄道に殺到したが、線路が凍ってしまい、ドイツ鉄道は運行不能になった。さらにはドイツ鉄道の誇りのICE、自称、ヨーロッパ最新鋭、は寒波で電気系統が凍ってしまい、30もの車両が運行不能になった。凍りついた車両を整備工場に送って走行可能にしようにも、整備工場の数を減らしていた為、残った数少ない整備工場では、急な整備要求に対応する能力がなかった。ならば予備の車両を走らせばいいのだが、節約の一環で予備車両の数が激減していた為、焼き石に水だった。メドン氏の後を継いで、ドイツで最大の(半)国営企業の長に収まったグルーべ氏は、クリスマスに家族に遭うべく帰郷の旅行を計画している乗客に、ドイツ鉄道を利用しないように呼びかけた。客商売をしている会社が、自分の会社を利用しないよう呼びかける光景は、滅多に見られるものではない。

一番ひどかったのは、ドイツの首都、ベルリン市内の電車網だった。過去、集中的に費用削減の対象になり手薄な防衛体制、もとい営業体制を引いていたベルリンの交通網は、冬将軍の到来を受けて崩壊した。なんと3/4もの電車が運行を中止したのである。極寒のロシアから、極暑の東南アジアまで、ドイツ製の車両は問題なく運行しているのに、肝心の製造元、ドイツで交通網が崩壊したのである。グルーべ氏は、「寒い冬」をドイツ鉄道の失態の責任にしようとしたが、うまくいかなかった。誰かが、「冬が寒いのは、何も今年に始まったことではない。」と、指摘したからだ。夏にドイツ鉄道がクーラー機能の停止で運行ができなくなった際、グルーべ氏は「暑い夏」をその原因したから、「ドイツ鉄道の上層部は、春と秋の運行した考えていないのか!」と、非難が雨嵐と降り注いだ。この窮地に天使ガブリエルのように登場したのが通産大臣のラムザウアー氏。大臣は、「ドイツ鉄道は精一杯努力をしている。」と、ドイツ鉄道を弁護した。これはあまり賢くなかった。「通産大臣があの様で何もわかっちゃいないから、ドイツ鉄道があの様だ。」と、火の粉が大臣に向かって落ちてきたのである。機を見るに敏な政治家だけの事はあり、ラムザウアー氏はその数日後、「ドイツ鉄道は節約し過ぎた。」と、しゃあしゃあとドイツ鉄道を非難した

これに調子を合わせるように世論調査で支持率ががた落ちの政府は、「ドイツ鉄道はこれまでの方針を改めて、国内の路線に投資すべきだ。」と、ドイツ鉄道に路線の整備を要求した。だからと言って、その同じ政府が数日後、「ドイツ鉄道は経常利益の半分、5億ユーロを政府に払い戻すべし。」と、要求する事に矛盾は感じなかったようだ。政府がこの矛盾に気づかなくても、ドイツには健全なメデイアがあり、「一方で、『路線に投資しなさい。』とやり、その一方で、投資に必要な金を取り上げて、どうやって線路を整備するんだ。」と、政府の配当金要求をこきおろした。

面白い統計がある。欧州各国が鉄道のインフラ設備に投資した額を人口で割り、一人頭の投資額を出したものだ。それによると英国は赤字国鉄の名誉を救い、136ユーロ/人も投資している。オランダが105ユーロ、スウエーデンが104ユーロ、フランスでも80ユーロ、そして節約しまくったドイツは60ユーロで、トルコ並の投資額に留まっている。これじゃ、「寒い冬」に鉄道機能が崩壊するのも無理はない。話は横道に逸れてしまうが、ドイツの第二次大戦の東部戦線の敗退には、ドイツ帝国鉄道(Reichsbahn)が大いに貢献している。破竹の勢いで進撃するドイツ軍に必要な物資を届けるべく、線路を進撃に合わせて大急ぎで敷設する、あるいはロシアの路線をドイツの路線幅に修正する必要があったが、帝国鉄道は国内で役に立たない人材を占領地に送ったようで、遅々としてこの作業が進んでいなかった。この為、ドイツ軍は大量にトラック(面白いことに米国のフォード社がトラックをナチスに納入していた。)を投入、「終点」から前線まで延々と物資を運ぶ必要があった。天気がいいうちはまだこれもうまく行ったが、初雪が降るとトラックは泥の中に沈んでしまい、前線の部隊は物資の不足に苦しんだ。

話を現代に戻そう。通産大臣のラムザウアー氏は、「国は配当金を諦めて、ドイツ鉄道に路線の整備をさせるべきだ。」と、かなりまともな提案をしたなかりではなく、今のドイツ鉄道の現状を招いた「目指せ!株式上場!」を放棄すべきだと主張した。ちゃんと手も足もある提案(ドイツ語で滅茶苦茶な提案は手も足もない案という。)だったが、それだけでは周囲を説得させる事ができないものだ。日本でも国家財政の破綻を避けるには消費税の大幅値上げしかないが、代案も出さないで、ただこれに反対する人が大多数だろう。事情はドイツでも同じで、まず大蔵大臣が、「5億ユーロは予算に収入として組み込んであるので、修正はできない。」と、突っぱねた。そうかと思えば州政府は通産大臣の味方をして、「線路、駅の設備投資をするべきだ。」と言い出し、妥協案が採択されることとなった。つまり大蔵大臣の面子を潰さない為、5億ユーロは予定通り国に配当金として支払われるが、国がドイツ鉄道の近代化に必要な金を補助金として出すという形になった。

尚、この計画では近代化は2014年まで続くことになるので、それまで「寒い冬」と「暑い夏」がやって来る度に、ドイツ鉄道のダイヤは大いに乱れることになりそうだ。近い将来ドイツ留学を計画されている方、すでにドイツに滞在されている方、冬と夏の移動では忍耐は必修です。

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「寒い冬」で電車と路線が凍結、


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運行不能になったドイツ鉄道は、


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笑い物になった。


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