Steuer-CD (16.02.2011)

リヒテンシュタインの銀行員が顧客のデータ盗み出し、ドイツの税務署に高額で売却した事件を3年ほど前にここで紹介した(参 リヒテンシュタイン VS ドイツの税務局)が、まだ覚えておられるだろうか。今回はその後続編である。当時、「盗難を働いた銀行員に数百万ユーロ の報奨金を払うドイツ政府の方針」を非難したが、案の定、あれから秘密口座の情報が盗み出される事件が相次いだ。google.deにてSteuer-CDのキーワードを入れて検索してみれば、ヒットする数が驚くほど多く、銀行員に顧客データの盗難を励ますドイツ政府の方針がどれだけ効果的であったかよくわかる。銀行員にしてみれば、真面目に定年まで働いても年金はたかが知れている。しかしデータを盗み出せば、銀行を首になってもドイツ政府が数百万ユーロ払ってくれるので、定年まで働くよりも効率が良すぎる。この為、"Nachahmer"(真似をする者)が跡を絶たない。

ドイツの税務署と言えば、ドイツの誇るテニス界のスター、シュテフィ グラフの父を刑務所送りにした事からわかる通り、有名人に対して特に厳しい。ボリスベッカーは(追徴金を払って)危うい所を逃れ、スイスに住んでいるシューマッハーも危うい所を、追徴金を払って勘弁してもらった。今回の盗み出されたスイスの銀行のデータでも、想像力に溢れるドイツの税務署は、その効果を最大限に利用する妙案を思いついた。本来ならばCDのデータを元に脱税調査を行い、脱税が明らかになった場合、罰金と追徴金を 命じる恐ろしい手紙を郵送するのだが、それでは名前が書かれている人しか、捕まえる事ができない。なんとかして名前が挙がっていないが、スイスに秘密口座を持っている脱税者からも、税金取る方法はないものか?それは恐喝に限る。大蔵大臣は、「○月○日までに、自首(Selbstanzeige)する期間を与えるので、税金を払い忘れた者は、このチャンスを利用しなさい。」とやった。その効果は絶大だった。

ドイツには脱税をする人に寛大な法律があり、「やばい。ばれた!?」と思ったら、「ごめんなさい。」をする事が可能である。これをSelbstanzeigeといい、正直に、「何処何処の銀行にこれだけの預金があり、払い忘れていた税金を払います。」と言えば、罰金もかからない上、書類送検も避ける事ができてしまう。ただし、これは税務署からのお手紙が届く前に行なう事が条件である。こうして、ドイツの税務署には、CDに名前が載っているドイツ人は言うに及ばず、名前が挙がっていないドイツ人、あるいは全く関係ない別のスイスの銀行に口座を持っているドイツ人の自首が殺到した。Googleは検索の統計を取っているが、この期間、トップ10にSelbstanzeigeが登場、数週間君臨した。面白いのは、Selbstanzeigeを検索する人が一番多かった町。何処の町だか読者の皆さんは想像できるだろうか。お金持ちが一番多い町として有名なハンブルク?それともschicki mickiなミュンヘン?Selbstanzeigeの検索が一番多かった町は、ハンブルク、ミュンヘンとは比べ物にならない小都市のボンであった。ボンにはかっての高級官僚が数多く年金生活をしており、賄賂などで儲けた金をスイスに持ち出していると噂されていたが、どうも噂だけではなかったようだ。

誤解を避けるために外国に口座を保持している人を弁護しておくと、外国に口座を持つ事は合法であり、何も悪いことじゃない。タイを旅行中、現金が入った財布を持ち歩くのは危険なので、バンコク銀行で口座を開き、ここにお金を振り込んでおけば、カードのみ持参すればよく安全性が高いので、著者も口座を持っている。旅行者でさえ、現地で銀行口座が必要なくらいだから、スイスやイタリアなどで商売(取引)をする人は、当然、現地で銀行口座が必要になる。又、国により銀行手数料が異なるので、ドイツに住みながら、欧州内の外国に口座を置いておくと、手数料が安くあがることになる。違法になるのは、この外国の口座に貯めているお金を投資してお金を儲けても、ドイツの税務署にこれを届け出ない場合である。又、ドイツの税務署は、スイスの銀行に「口座を持っているドイツ人の名前をすべて公開しなさい。」という無謀な要求はできない。国でも個人の情報を、何の根拠もなく要求する権利はない。口座の詳細を要求できるのは、ドイツの税務署に脱税の具体的な根拠がある限られている。この為、スイス(あるいはその他の国)に口座を持ってるドイツ人を脱税容疑であげるには、銀行員の協力、この場合は盗み出されたCDが必要になるわけである。

ドイツの税務署の狡猾な集金方法により、CDを盗み出した銀行員には250万ユーロ(法貨にして3億円)の報酬を払ったが、1万1千を超える自首件数があり、その税収入は10億ユーロ(法貨にして1兆2千億円)を超える(見込み)となった。純粋に費用対効果で見れば投資金に対して50倍の収入であるから、十分に元が取れた取引であった。しかし中には、「私は大丈夫だろう。」と、自首しないドイツ人も少なからず居た。その内の一人が、口座を置いていた銀行を相手に、損害賠償請求の裁判を起こした。原告(脱税者)によれば、「銀行は口座のデータが盗まれたなら、その旨、口座保持者に連絡する義務がある。連絡があれば、自首をして罰金と追徴金を逃れる事ができた。連絡を怠った銀行には、私が払う羽目になった罰金と追徴金を払う義務がある。」という主張である。この裁判は、原告が口座を置いていたリヒテンシュタインにて判決があり、なんと原告が勝ってしまった。こうしてこの銀行は顧客データを盗まれて、多数のお金持ちの客を失ったばかりでなく、顧客がドイツの税務署に払った罰金と追徴金を払い戻す事になった。流石、リヒテンシュタイン。ここに口座を持っていれば、秘密がばれた場合でも安全だ。

スイス政府が盗み出されたCDを買うドイツ政府の集金方法に対して非難すると、大蔵大臣のショイブレ氏は、「21世紀の今日、脱税を可能にするシステムには将来はない。」とやり、暗にスイスに宣戦布告した。これにスイス人が喜ぶ筈はなく、ただでもイメージのよくなかったドイツ人のイメージは地に落ちた。ここでスイスは思わぬ反撃に出た。「これ以上スイスを脅すなら、スイスに口座を持つドイツ人政治家と官僚の名前をすべて公表する。」と、最終兵器を出してきた。不思議なことにこの辺りからショイブレ氏のスイス攻撃は聞かれなくなり、しばらくすると、果敢に敵国に乗り込み、交戦相手のスイスの大蔵大臣とニコニコ顔で停戦条約を結んで握手を交わしているショイブレ氏の姿が見られた。席上、ショイブレ氏は「スイスが顧客の口座の秘密を守るのが、脱税の助けになっていると思う者は、スイスを理解していない。」と、しばらく前までとは全く異なる見解を示したが、一体何がこの豹変振りを招いたのだろうか。

肝心の停戦協定の中身だが、税務署がドイツ人の脱税容疑でスイスに協力を求めた場合、スイスは該当する銀行客のデータを譲渡することに同意した。これによりこれまでは具体的な根拠(盗み出されたデータなど)が必要であったが、今後はこれは要らなくなった。もっと大きな変更点は、小さな文字で書かれていた条約の細部にあった。それによると、将来、ドイツ国籍を持つ顧客の資金には、ドイツで課せられる税率が課せられる事になり、スイスはこれをドイツに送金する事に同意した。その一方で、ドイツ政府はスイスの銀行に口座を持つドイツ人の名前の公開を断念した。つまる所、今後もドイツ人はスイスに秘密口座を保有できるわけだが、その資産にはドイツの課税率が採用されるので、スイスにお金をプールしてもあまり節税にならない事になる。しかし違法に稼いだ金、つまり賄賂などはドイツの税率が課せられるが、誰が払ったか名前がわからないので、「老後の資金の保管場所」としてスイスの秘密口座はまだ大きな意味を持ち続けることになる。

この妥協は、OECDなどの中立監査機関から、「ドイツ政府はマネーロンダリングに対して真面目に取り組んでいない。」と非難された。というのも、犯罪などで稼いだ汚れたな金をドイツ人名義のスイスの秘密口座にお金を振り込み、ここからドイツの税金を払えば、ちゃんと税金を払ったクリーンな金に変身してしまうからだ。洗濯が終わると、スイスの口座から9999.99ユーロ降ろしてドイツに持ってきたり、あるいはドイツ国内の口座に送金しても、税務署のチェックが届かなくなる。(1万ユーロを超える送金、あるいは持ち込みには、その出所を証明しなければならない。)という欠点はあるものの、今回の停戦条約により3年来悪化を続けた両国関係が改善に向かうことになったので、評価して良いだろう。隣国同士争い合っても誰の得にもならない事は、歴史の例を持ち出すまでもなく明きらかで、「仲良きことは善き事かな。」である。


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スイスでは、


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ドイツ人はからっきし人気がない。



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