ユダヤ人慰霊碑 (26.03.2004)

「ベルリンにユダヤ人慰霊碑を作ろう」と決定されたのは14年前。一見、なかなか立派な決定のように思えた。(決定まで50年近くかかった事実は別として。)しかし、決定したはいいが、毎年予算を削られ、次から次と工事開始が延長されて14年も経ったのは褒められたものではない。これでは「できれば、作らないで済ませたい。」という思想が丸見えだ った。

結局、ユダヤ人団体からの非難に負けて、やっと政府は2003年に慰霊碑の工事開始を発表する。さて、ベルリンにそんな慰霊碑を作れば、ネオナチスのいい標的になるのは目に見えている。そこで慰霊碑にスプレーで落書きができない特別な処置がほどこされる事になった。当初、この仕事はあるドイツの中小企業が注文を得たのだが、工事開始前になって、急にDegussaという会社がこの工事を請け負う事になった。どうもDegussaの幹部が政治家に賄賂を送って決定を変更させたらしい。結果としてこの特殊工事は、政治家に送った賄賂が上乗せされて、他の会社の受注額の2倍も工事費が膨れあがる事になった。それでも十分なスキャンダルだが、本当のスキャンダルはこれから。

Degussaの子会社にあたるDegeschは、1924年、ダニ退治にチクロンBを開発、これを販売していた。収容所でユダヤ人を大量に殺害する為、このDegesch社の製造するチクロンBが採用されたわけだが、チクロンBは人間に対してあまり毒性の高い「毒ガス」ではないため、ユダヤ人は死に至るまでかなり苦しんだ。つまりDegussaは、ユダヤ人殺しの片棒を担いだ戦犯だ。その戦犯に慰霊碑の工事が受注されたと知らされたユダヤ人団体は、政府の思慮のない措置に抗議する。政府は、「その事実、(Degussaの孫会社がチクロンBを生産した事)を知らなかった。」と、言い訳。都合が悪いとどこの国の政治家も同じ言い訳を使用するのが面白い。ともかく、政治家はすでにDegussaからの賄賂をいただいてしまっているので今更、返すわけにもいかない。そこでこの抗議を無視して、Degussaに工事をやらせる事に決定。
結果として、Degussaは戦中はユダヤ人を殺して金を儲け、戦後はその慰霊碑を作ってまた金を儲けるという実に効果的な商売をする事に成功した。

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ベルリンに作られたHolocaust Mahnmal
          

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