geheuert! (29.01.2011)

世界で一番大きなスラムが何処にあるか、ご存知だろうか。アフリカのナミビアにあるKiberaが、世界で最大のスラムとされている。「世界一」というのは何かしらと都合がよろしく、名前を売りたい政治家は、自国に十分な数の路上生活者が居るのに、わざわざナミビアまで出かけてきて、キベラを訪問する。お抱えの報道陣がこれを撮影、その模様が6時のニュースで報道されると貧困層をかまう政治家として、名前が売れる事になる。キベラまで出かけてくる金と暇があれば、自国の浮浪者に住む場所を仕事をあてがえばよいのに、世界一のスラムの方が名前を売るのに効果的な為、スラム観光が絶えない。「世界一」で得をしているのは、何も政治家だけではない。街角で「寄付、お願いします!」と叫ぶよりも、「100万人もの人間がトイレもない環境で生活しています。」とやる方が効果的で、このスラムで「飯を食べている」慈善団体の数も世界一。さらにはスラムで生活している人間にとっても、利点がある。キベラなら寄付が絶えず、3食に困らない。つまり損をする人が居ない、流行のドイツ語で言えば"Win-Win-Situation"であった。

ところがここで、「実際の所、一体何人住んでいるだろう。」と、誰かが言い出した。この「誰か」とは、ケニアに住むDr.Opiyo氏。オピヨ氏が人口調査をしてみると、2.5平方キロメーターのスラムには、慈善団体の主張する100万人ではなく、その1/5の19万人程度である事が発覚してしまった。大体、2.5平方キロメーターの土地に100万人も住めるわけがない事は、人口調査をするまでもなかった。これを可能にするには、単純に計算して0,025㎡/人。住めるわけがない。ところがオピヨ氏の数字は、慈善団体には歓迎されなかった。募金を集めるキャッチフレーズ、「100万の人口を抱える世界最大のスラム」がなくては、集金に響くからだ。この為、慈善団体のホームページでは、キベラの人口が20万に修正されないで、相変わらず100万人のスラムのままになっている。

このキベラの役割をドイツで果たしているのが、アフガニスタンだ。上は大統領から始まって、下は野党の党首まで、アフガン詣でが後を絶たない。特に世論調査で人気ががた落ちの首相、そして外務大臣は、必要もないのにアフガニスタンを訪問して、記念写真を撮る事に熱心だ。その最たるものが、国防大臣のグッテンベルク氏。氏は宣伝の天才といわれたドクターゲッベルスも感心するくらいメデイアを巧みに使用する政治家である。氏は、単にアフガニスタンを訪問するだけではこれ以上の人気獲得につながらないと見ると、奥さん、それにテレビのトークショーの司会者を(国費で)連れて、アフガニスタンを訪問。現地でライブのトークショーを行なった。この国防大臣のパフォーマンスは、第二次大戦中のドイツ政府の宣伝「総統、前線を訪問する!」と、全く変わらないと思ったのは私だけだろうか。まあ、政治家にとってある程度、こうした人気取りのパフォーマンスは必要なので、それは大目に見るとしても、理解できないのが奥さんを連れてのアフガン観光。一般の兵士は、家族をドイツに残して行きたくもないアフガニスタンで、危険な任務に就いている。家族に会うには、休暇が出るまで最低3ヶ月辛抱しなければならない。しかるに最高司令官の国防大臣が、国費で家族連れでアフガニスタン観光。上官たる者、部下の見本となるべきである。なのに上官だけ自分だけ特権を享受するようば部隊では、遅かれ速かれ、「上ばっかいい目をしやがって、、。」という不満が充満、部隊の規律がゆっくり、しかし着実に乱れてくる。

奥さんを連れてアフガン観光をした国防大臣の行動は、ドイツ国民はそれほど抵抗感を感じなかったようで、「別にいいんじゃない?」という意見が多かった。しかし野党はそれほど寛大ではなく、SPDの党首、ガブリエル氏は、「(奥さんの代わりに)カッツンベルガー*を連れて行けば、兵士はもっと喜んだのに。」と、少々、品のない非難をした。これを聞いたカッツンベルガーは、電話会社の宣伝に登場して、ガブリエル氏に反撃、お茶の間に朗らかな笑いを提供した。

国防大臣の奇抜なアフガン訪問が国民に受けたをの見て、人気を落としている首相もこれに続いた。不幸なことに、首相がアフガニスタンを訪問する直前、駐屯地内にてドイツ人兵士が死亡した。当初は、事故死という報道だったが、しばらくして自殺と訂正された。ところが1ヶ月たって、同僚から誤って撃ち殺された事が発覚した。実弾入りの銃を同僚に向けて遊んでいるいるうちに、うっかり発砲してしまい、同僚を射殺してしまったというのが公のレポートの内容だった。実弾入りの銃を、同僚に向けて遊ぶなど、部隊の規律が乱れているいい証拠である。同時にこの一件は、ずさんなドイツ軍の管理体制を露にした。何故、事件の真相が伝わるまでに1ヶ月もかかったのか。どこから自殺説が発生したのか。ドイツ軍は「死人に口なし。」で、すべて死人のせいにしようとしたのではないのか?さらに大事な事に、国防大臣はいつの時点から事件の真相を知っていたのか?今になって公開されたレポートによると、事件の翌日には、事故のレポートが部隊から上がってきている。ならば国防大臣は、事故の数日後にはこのレポートを読んでいる筈だ。しかし国防大臣は、事故の真相が新聞にすっぱ抜かれるまで国会に報告していない。都合の悪いニュースを握りつぶそうとしたのではないのか?もし大臣が本当に真相を知らなかった場合、事態はさらにゆうしいい。この場合、大臣は肝心の仕事場である防衛省を把握していない事になるからだ。「人気ばかり気にして、アフガン観光をしているから、こういう事になる。」との非難も当然出てくるだろう。

泣きっ面に蜂とはよく言うもので、このスキャンダルに、スキャンダルが続いた。まず兵士がアフガニスタンから故郷に送った手紙が、国内で検閲を受けて手紙がすっぱ抜かれ、空の封筒だけ届いている事が発覚した。第二次大戦中、スターリングラートに包囲された兵士が故郷の家族向けて最後の手紙を書いたが、これは当時のドイツ政府に押収されてしまった。ヒトラーが言うには、「手紙を書いた本人のほとんどはすでに死んでいるので、手紙を届けるのは、無駄な希望を抱かせる事になる。」との理屈からだった。それから70年以上も経って、今のドイツで全く同じ事が行なわれているとうのは、実に奇妙な感じを受ける。大体、今のドイツにはPostgeheimnisという法律があり、郵便物を開ける事が許されているのは、郵便局員のみである。警察でも関税職員でも、手紙を勝手に開けることは許されていないのである。一体誰が、誰の指示で兵士の手紙を開けて読んでいたのか、そして国防大臣はこれを知っていたのか?現実的に考えて、アフガニスタンからのFeldpost(手紙)を途中でキャッチして、中身を検閲できるのはドイツ軍自身しかなく、軍上層部からの指示で検閲を行なっていたに違いない。国防大臣は「真相を究明する。」とは言っているが、ドイツ軍のボロが出る真相究明にどれだけ真面目に取り組むか、その誠意は疑わしい。

そして今度はドイツ海軍がヘマを犯した。ドイツ海軍は士官候補生の訓練に、帆船、Gorch Fockを使用しているが、「死亡事故」が後を絶たない。1998年、2002年にマストを張るべくマストに登った兵士が転落、死亡している。2008年には見張り番をしていた女性兵士が姿を消し、数日後、水死体で見つかっている。他殺説、自殺説、事故説、いろいろ報じられたが、明確な証拠がないため、事故死とされている。これだけ「死亡事故」が続けば、安全措置、例えば身長の低い兵士はマストに登ることを禁止するなど、が取られてもいいのに、ドイツ海軍ではこれを不要と感じたようで、事故を妨げる措置が取られなかった。次の死亡事故は時間の問題だったが、案の定、2010年には女性兵士がマストから転落、死亡した。彼女は身長が150cmしかなく、マストに登るには明らかに適していなかった。しかし軍隊では、任務を拒否すると「臆病者」として、訓練が終了するまで教官から愛の鞭をいただく事になる。この為、危険を承知で、マストに登ったのである。不思議なことに、この死亡事故は全然ニュースにならなかった。多分、ドイツ海軍内で緘口令が引かれていた為だろう。ところが、今回のドイツ軍の失態が次々にニュースになると、この死亡事故もやっと日の目を見ることとなった。

まず注目の的になったのは、死亡事故そのものではなかった。死亡事故後、訓練を「平常通り」続行しようとした教官に訓練生が抵抗、教官はMeuterei(反逆罪)で訓練生を脅すと、訓練生が教官に怒鳴り返すという、有り得ない事態が発生。船長の判断でこれ以上の訓練は中止され、訓練生を本国送りにした事が発端になり、やっとドイツ国内でニュースになり始めた。というのも過去52年のドイツ海軍の歴史では、数々の死亡事件にも関わらず、訓練が中止された事がなかったからである。ドイツ海軍の反逆と言えば、第一次大戦の敗戦の発端になったキールの軍港の海軍兵士の反逆が思いこされるが、ドイツ軍は事態を調査させるため、監査人を派遣して事態を究明させることにした。この報告書が提出されてから、ドイツ軍の長いスキャンダルの歴史に、さらに新しい項目が追加された。訓練船での教官によるいじめ(甲板を歯ブラシで掃除させるなど)、性的行為の強要などが発覚したのである。訓練生の一人は、Gorch Fockを「ドイツ一の浮かぶソープランド」とまで呼んでいた。これが数々のスキャンダルで斜めになっていた国防大臣の機嫌を立て直すことならなかったのは明らかだ。しかし大臣は、「まずは事実関係の調査、本人の意見を聞いてから、処分が必要かどうか判断する。」と、器の大きな所を見せた。

ところが1月23日(日曜日)の夜になって、「大臣、船長を首にする(geheutert!)。」というニュースが流れ出した。週末なので国防省からのコメントがなく、このニュースの真偽についてさまざまな憶測が交わされたが、月曜日になって国防省は船長のSchatz氏(シャッツと読む、宝、大事な人という意味)を居って沙汰あるまで休職処分にした事を確認した。大臣のこの心変わりを誘発したのは、習俗新聞Bildに掲載された写真が原因だった。船長が、死亡事故の2日後に、ドイツの伝統であるカーニバルのお祭りを訓練船で開催することを許可、酒が振舞われ、仮装して馬鹿騒ぎが行なわれた。配下にある部下を死なせておきながら、その2日後にはお祭り騒ぎをするのはまずかった。さらにはお祭り気分を壊さないように、死亡した訓練生の弔いを船上にて禁止していたことまで暴露されてしまった。この記事を読んだ国防大臣の「忍耐の緒」が、音を出してぶっつり切れたのは容易に推測できる。しかし、大臣たる者が、前言、「まずは事実関係の調査、本人の意見を聞いてから、処分が必要かどうか判断する。」を、あっという間に翻し、低俗な習俗新聞の記事だけに頼って、船長を首にしたのは少しまずかった。お陰で大臣は、"Schnellschuss-Minister"(早撃ち大臣)の異名をいただき、自分の人気を救うために、船長を首にしたと非難されることとなった。大臣は、「事件の隙間ない究明」を約束したが、「今がチャンス!」と、訓練船上で行なわれたいじめ写真が毎日紙面に登場、大臣の思惑とは反対にスキャンダルはますます拡大している。

* カッツンベルガー
ドイツのテレビ番組で人気を博し、独自の番組まで毎週放映されるまで一気に著名になったドイツ人女性。今やドイツ人男性のセックスシンボル。眉毛をそり落とし、代わりに入れた刺青がかもし出す顔は、平安時代の貴族のような奇怪な顔。これに加えてあり余る肉感が、ドイツ人男性のハートを貫いた。日本では受けないだろう。


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奥さんと、


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トークショーの司会者を同行してのアフガン訪問。


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ドイツ海軍の訓練船Gorch Fockで、


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訓練中の士官候補生。

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