迷走するOpel (18.11.2004)

次々と伝統あるドイツの企業が潰れていくなか、今度はドイツの自動車メーカーOpelが会社消滅の危機に瀕している。オペルという自動車メーカーの名前はあまり日本では知られていない。メルセデス、ポルシェ、BMW,VW,アウデイなどに比べると、外国に置ける知名度にいまいち欠ける。

オペルは第二次大戦前から存在する由緒(?)ある自動車メーカーで、戦前はドイツ第2位の車の生産量を誇った。戦後も、伝統をひきついで車の生産を再開したわけだが、80年代まではドイツの市場における12~14%のシェアを占有していた。ところが、この頃から車の売れ行きが低迷し始めて、資金巡りに困ったオペルはアメリカの車メーカー、フォードの資金援助を得て、売り上げの回復を狙った。ところがこれが致命的な誤りとなる。

オペルの車が売れなくなった最初の原因は車のデザインが大衆に受けなかったことにある。オペルはVW同様に大衆車を製造していたから、大衆に受けるデザインにすべきなのに、マニアックな方向を選んでしまい、マニアからは貴重品のように扱われたが、一般大衆からはそっぽを向かれた。この時点でフォードから派遣されてきた会社の重役は、車の質、デザインを向上させてシェアを奪い返すという戦略を選ばず、車の生産コスト削減という戦略を選んだ。つまり車のデザインは変わらず、車の品質もそのままで、部品などの仕入れ値をたたいて安く部品を仕入れて、安く車を生産する。なれば同じ台数の車が売れるだけでも、会社の儲けは増大すると考えたわけだ。

日本では日産がこの方法でうまく再生したが、ドイツではそうはいかなかった。まず車の部品を納入するメーカーにいきなり「明日から同じ部品を20%安く納入しろ。」という難問をふっかけた為に、部品メーカーは部品の質を低下させて納入した。日本なら改善、合理化で品質を維持して値段を下げようとするがドイツ人はそうは考えない。安くするなら安物を作るしかないと考えるの。そういう部品で組み立てられたオペルの車は故障が相次ぎ、ますます消費者の信頼を失っていくことになった。日本で言う、「安かろう、悪かろう。」の見本である。ひどいケースになるとガソリンタンクの素材が悪く、タンク内で静電気が発生して車が燃え出すという始末。挙句の果てには、会社の社長まで「こんな車は売れない!」とさじを投げ出した。

21世紀に入ってやっとオペルは品質改善に乗り出し、2003年に販売を開始した車は快調な売れ行きでオペルの危機は終わったかに見えた。ところがドイツの高い人件費によって、車が少々売れても会社が儲かたない体質になってしまっていた。オペルの労働者の賃金は平均2500EUR。これがオペルのスロベニア工場なら一人600EURで済む。さらに東に行って、ルーマニアに工場を建てれば一人200EURもかからない上、面倒な労働組合もない。そこで、フォード本社はドイツ国内で1万人の雇用を減らして生産を東欧に移すと発表。なんと1万人である。1万人の人間がいきなり職を失うのだけでなく、これまでオペルに部品を納入していた会社も潰れるから、実際の失業者数はその倍にもなる。特に、悲惨なのが6000人の解雇を要求されたBochum工場。このニュースがテレビで報道された途端に、ボッフム工場では労働者が次々と職場を放棄して工場の前にバリケードを張るという事態にまで発展した。このストは1週間近く続いたが、最後は労働組合の「話し合いの立場を強めるために、職場に戻ってくれ。」という呼びかけに応じて、ストはなんとか終焉を迎えた。


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仕事を放棄して、

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工場閉鎖に抗議ストを行なうオペルの労働者


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