金融危機  (12.10.2008)

9月の中旬から、そろそろ終わりに近づいたかと思っていた金融危機が、急速に悪化した。米国の投資銀行Leemann Brothersが経営破綻すると、その余波は勢いを増して世界中に広がっていった。世界で一番大きい保険会社AIGはこの余波をもろにくらい経営破綻、国有化された。これがまた波紋を強める結果となり、米国に端を発した不動産危機は金融危機、そして世界経済危機となり世界中を震撼させている。その典型的な例はアイスランド。この国は破産の淵の追いやられており、アイスランド政府は大手の3銀行を国有化した後、さらなる銀行の倒産を防ぐ為、国内の銀行システムを国有化すると宣言した。そしてこの危機に対応する資金を欧州各国から借り入れようとするが、これを拒否されてしまう。窮地に追いこまれたアイスランド政府は「溺れる者は、藁をも掴む」の心境で、ロシア政府に援助を請う事態までに発展している。

勿論、ドイツでも事情は深刻だ。米国での株式指数Dowは最高値の14000台から9000台に暴落したが、下落幅は35%に留まっている。(この記事を書いている時点で8000台に突入。)一方ドイツの株式指数Daxは、最高値8000台から4000台に下落、つまり50%も下落しており、米国よりもその影響は大きい。こうした経済危機の中、ドイツの不動産投資銀行Hypo Real Estate(HRE)が何の前触れもなく、会社が支払不能に陥った事を土曜日に政府に(こっそり)告げた。

HREは、商業用の建物(オフィス)やホテル、公共事業(道路、病院、鉄道)などの建築を融資をしていた。この事業は堅実そのものだったので、「もっと儲けよう。」と思った社長のFunke氏が、アイルランドで似たような業務をしているDEPFAを57億ユーロも払って買収する。これが運の尽き。DEPFAは投資目的で米国の銀行の発行した不動産クレジットを購入していた、しかも大量に。しかしHREはこれをひた隠しにした。大手の銀行がこうした不良債権を処理していく中、HREは涼しい顔をして、「HREは不良債権に手を出していないので、損失を計上する事はありません。」と声明を出す。当然、株価が上昇する。2008年になって金融危機が本格化しても、「HREではそんな事は起こりえない。」と声明。その1週間後、不良債権による3億ユーロの(最初の)損失を計上すると、社長に騙された株主は沈船から逃げ出すネズミのように株を売却、株価は1日で39%近く暴落、Dax企業の一日の株の暴落幅の新記録を樹立した。

株式会社は、(ドイツの法律では)、損失が明らかになった時点で株主にこれを報告する義務がある。しかし、HREのフンケ氏は「たかが3億ユーロ程度での損失で大騒ぎするまでもない。」と考えていたのかもしれない。この為、株価が暴落しても株主に一切詫びるそぶりもみせず、逆に40万ユーロの私財を投入して自社の株を買い捲った。氏は「この暴落は一時的なもの。しばらくして株価が上昇してから売れば、大儲けができる。」と考えていた。ここで天罰が下る。氏の予想(期待)と裏腹に、金融危機が深刻化すると、以前は「まだ価値がある。」と査定されていた(子会社保有の)不動産債権の大部分が紙屑と化す。(この時点でも、株主への報告義務を怠る。)すると肝心の本業、建築事業の支払いに必要なお金が欠ける事となった。そこで支払不能を避ける為、公共事業の不動産債権(Pfandbrief)を発行して、市場から融資を受けて危機を乗り切ろうとする。

このPfandbrief、最初にドイツで導入したのはあのフリードリヒ大王で、以来、絶対に確実な投資と考えられていた。だから、フンケ氏がこのPfandbriefで必要な資金が調達でき、株主に危険な損失について報告する必要がないと判断したのかもしれない。何しろ、私財を投入して自社の株を大量に買った後だけに、株価の暴落はさけたい心境だったろう。実際、Pfandbriefはこれまで数百年間、絶対確実な投資で資金調達は容易だった。これまでは。ところがこの金融、経済危機で一気に状況が変わった。どこの銀行も今後の発展に不安で金を投資するのを渋りだし、"Cash is King."と呼ばれる状況の中で、Pfandbrief(不動産債権)を買おうという人(銀行は見つからなかった。)結果として急速にHREの財政事情は悪化、金曜日に銀行の営業時間を終えた時点で、「月曜日に払う金がない。」事が(やっと)フンケ氏にも判明、政府にこっそりと助けを打診した。直ちに大蔵大臣と大手銀行の頭取が会合、HREに350億ユーロの緊急融資を決定、こうして月曜日にHREの株価が暴落するのを阻止しようとした。ところが株式市場がオープンすると、HREの度重なる株主への報告義務の怠慢で信頼を失っていた投資家は、まさにその逆の行動に出る。HREの株価を幾らでもいいから、紙くずになる前に売ろうと売り注文が殺到、HREの株価は70%も暴落、DAXも道連れにしてドイツ株式市場の本当の暴落が始まった。

350億ユーロの緊急融資にもかかわらず、HREは数日後、改めて支払い不能に陥いる。政府は新たに150億ユーロの緊急支援を行い、ドイツの金融市場の崩壊を防ぐが、株価の暴落は防げなかった。HRE株は新たに50%暴落、かっては60ユーロに迫った株価はついに4ユーロを割ってしまう。HREのお陰で銀行株は「同罪」に取られて軒並み急降下。Daxは7%も値を下げて、3年ぶりに5000台を割り込んだ。これでもう悪いニュースは出尽くしたので、これ以上は下がらないという楽観的な観測が聞かれ始めた10月10日、世界中の株式市場で株のパニック売りが発生した。Daxは最初の20分でなんと10%以上も値を落とし、4300まで急降下、5年ぶりの安値を記録した。現状ではDaxが4000を割り込むのを阻止するのは、奇跡でも起こらない限り不可能のように思える。(実際にその後、3000台まで下落した。)

金融危機から世界的な金融危機へと発展しつつある米国の不動産市場の崩壊は、1929年の世界恐慌の始まりとなった株式の暴落と同様に、今後の世代は教科書で習うことになるだろう。そう思えば、今、「歴史」を体験しているのに、全然嬉しくない。歴史的瞬間というのは、ベルリンの壁の崩壊を除けば、不快なことばかりだ。

米国の財務大臣(&ブッシュ大統領)は、これまでは金融機関が資金難に陥ると米国政府は公的資金を導入して救済してきた。ところがLeemann Brothersの場合だけは、銀行を破綻させてしまう。これが有名な「樽を溢れさす一滴。」となって金融市場で信用が失われ、世界中に金融危機が広がっていった。これを見て米国は史上最大規模の財政安定措置を議会で(やっと2回目にして)通過させるが、信用が欠如していただけに、よりによってこの法案が議会を通過した瞬間から株価の大暴落が始まった。Leemann Brothersを破綻させる方針は、明らかに間違いだった、もし(歴史にもしはないが)、この銀行を救っていたなら、もっと少ない金額と努力で米国はおろか、世界中の金融市場で信用を回復する事ができただろう。

米国と比較すると、ドイツ政府の緊急措置能力(Krisenmanagement)は優れていると言わざるを得ない。ここで紹介したとおり、比較的小さなIKBのケースでも、政府は公的資金を投入して破滅から救い、ドイツの金融市場を安定させた。HREの場合も同様の措置を取り、金融市場に対する信頼を維持しようとした。このドイツ政府の措置には、大蔵大臣のSteinbrueck氏の功績が大きい。氏は持ち前の押しの強さで冒頭から銀行を救うかどうかの議論を許さず、どうやって効率的に銀行を救うことができるかに議論を集中させた。はっきりと危機の深刻さを認識していたからこそ、取れた行動だ。「銀行がひとつくらい倒産しても、そんなに大きな騒ぎにはなないだろう。」と誤った認識で決断していたら、結果は、全く違ったもにになっていた。

編集後記
リーマン危機という言葉が定着、経済もすっかり安定した5年後、シュタインブリュック氏はインタビューに応じて、当時の状況を語った。危機が頂点に達した週末、政府首脳と銀行の幹部が会合した。政府首脳が週末に会合を開いていることが報道されると、国民に不安を与えるので、極秘の会合だった。そこで政府は対応を協議した結果、メルケル首相が国民を安心させるために、声明を出すことにした。急遽これに財務大臣も同席して、「国民の貯蓄は安全である。これは政府が保証する。」と語った。当時国民は、「なんで政府はそんな特別声明を出すのか。」と理解できない人が多かった。実際には、ドイツの金融市場は崩壊の瀬戸際にあった。国民の預金額は政府の投入できる予算を超えており、もし預金者が銀行に殺到、預金を下ろし始めたら、政府には金融システムの崩壊を止める手立てがなかたのだ。だからそのような預金下ろしが始まらないように、政府は「はったり」の声明を出したのだった。これが効を奏した。記者会見での自信と決断力に満ちた声明は、少なからず国民の不安をやわらげ、預金者が銀行に殺到する事態にはならなかった。

「国民の貯蓄は安全である。これは政府が保証する。」と語る両氏の歴史的な瞬間。
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