Das Gelbe vom Ei  (01.01.2009)

以前、ここでドイツを代表する不動産信用銀行HRE(Hypo Real Estate)の破綻を紹介したが、その後、「進展」があったので本題に入る前に少し紹介しておきたい。まず社長のFunke氏だが、政界からの「辞めろ!」という圧力に当初は頑張って抵抗したものの、最後は負けを認めて辞職した。これにて氏は死ぬまで年間56万ユーロ/年(法貨では8千万円程度/年)の会社からの年金を確保した。「だったら、何も抵抗しなくても良かったのに。」と思うのは著者だけではあるまい。欧米の企業では、会社のトップがミスをして会社を首になると膨大な年金がもらえるシステムがあり、一般市民にはこの論理は理解しかねる。HREは国からの2回に及ぶ巨額の財政支援を受けたが、未だに支払い能力を回復できておらず、国が設定した銀行救済案に3番目の私銀行としさらなる財政支援を求めた。つまり税金を投入してやっと生存している会社の元社長、しかもこの破綻の原因を作った元社長に、56万ユーロもの年金、会社は利益を出していないのでこの場合は税金、を死ぬまで払ってやるのだからこのシステムは理解できない。それだけならまだ、「理解できない。」で済んだかもしれないが、実情はもっとひどかった。

2008年11月にミュンヘンの検察がHREに対して社宅捜査を行い大量の資料を押収した。この資料から明らかになったところによると、HREの上層部ではすでに2008年の1月から会社の現状(会社の経営状況の破綻)を承知していたにもかかわらず、株価の暴落を防ぐ為、偽の情報、「HREには金融危機による損失はない。」と発表していた事が明らかになった。その間に会社の上層部及びその家族は、HREの株を売却しまくった。この株の処理が終わってから、初めてHREは金融危機による損失を発表したというわけだ。この結果、一般株主は大損をした。なんといういい加減な会社(上層部)だろう。もっともこれは例外ではなく、メルセデスでも同様にインサイダー取引があったし、ジーメンスの収賄事件は過去のあらゆる記録を塗り替えてしまったし、EADSはその両方(インサイダー取引と収賄)で検察に挙げられているので、他のドイツ企業並み。遅まきながらHREは、2008年12月にDAX(ドイツで売上高が高い30の優良企業の株式インデックス)から降格した。

ここからが本題。以前ドイツには、PreussagというDAXに株式上場されていた会社があった。この会社の歴史は古く、ビスマルクの時代からシュレージェン地方(今のポーランド)で鉄鉱石、石炭、岩塩、琥珀を採掘していた。第一次大戦後、国の復興に大切なこの企業は国有化され、Preussische Bergwerks- und Huetten-Aktiengesellschaft 、通称、Preussagとなる。第二次大戦の敗戦により東ドイツはソビエトに占領され、Preussagは会社の基盤を失ったばかりか、戦争遂行に加担した会社として(日本の財閥同様に)占領軍により解体される。ところが戦後、西ドイツで国営企業として復活する。手始めに石炭の採掘から開始したが、建築、運輸、製鉄、石油、石炭、etcとあらゆる分野に進出、まさに財閥(Mischkonzern)の名にふさわしい大企業になった。その後、国営企業の民営化の第一弾として、すでに1959年に民営化された。オイルショックにより会社の規模の縮小を迫られ、業務を運輸、鉄鋼、旅行の3部門に絞った。この措置が功を奏して、会社の採算性が工場、会社は再び起動に乗る。1998年には社長のFrenzel氏の判断でさらに効率を上げるべく、鉄鋼部門を手放して、手っ取り早く儲かる運輸と旅行業のみに集中する事に。鉄鋼部門売却益で大きな黒字を計上して自分の経営手腕に自信をつけた社長は2002年、会社名をPreussagからTuiと変名した。

会社名、それもドイツ人なら誰でも知っている有名な名前は、それだけでものすごい価値がある。例えば、中国で二束三文の電気製品を購入、これにSonyと書くだけで、商品の信用性が生まれて、製品は売れる。少なくとも、詐欺がばれるまでは。逆にSonyが、「2009年から会社の名前をOttoとする。」と発表したら製品は一斉に売れなくなるだろう。そんな事は企業家ならわざわざ言われるまでもない事だが、この社長だけは別の考え方をした。会社名の変更のニュースが発表されると、ドイツの株主団体は、「ドイツの企業史における最大の減価処置のひとつ。」と的確にコメントした。実際、ドイツ人はいきなり出現したTuiという名前に戸惑い、会社の売り上げは激減、株価は急降下した。その後、だんだんとTuiという名前が定着し始めた2005年、社長は会社の新たな減価処置を思いつき、Hapag-Lloydという名前で1970年代から存続、ドイツ人なら誰でも知っている航空会社の名前をTui Flyと変更した。これまで聞いたことがない航空会社をドイツ人乗客は敬遠、Tui Flyの売り上げは激減、親会社Tuiの株価はさらに急降下した。

これに我慢がならないのがTuiの大株主であるノルウエー人のFredriksen氏だ。氏の財産(Tuiの株)は、フレンツエル氏の社長就任前の55ユーロから、8ユーロにまで激減している。Fredriksen氏はこれ以上、フレンツエル氏に任せておいても、株価上昇の見込みはなしと判断。実力行使に出た。つまり株式を買い占めてTuiの指導権を握り、フレンツエル氏を首にして、Tuiのひれ肉部分である海運業のHapag-Lloydをシンガポールのライバル会社NOLに売却、その売却益を株主(つまり自分に)配当しようとした。そうかと思えば「捨てる神あれば、拾う神あり。」というのは本当で、今度はTuiの掌握権を密かに狙っていたロシア人の大株主、Mordaschow氏が社長のフレンツエル氏を援護すべく、同時に株式の買収に乗り出した。株価は買収高層のお陰で毎日上昇を続け、一気にTuiの株価は20ユーロまで回復した。しかしここで金融危機がやってくると買収合戦はお預け、停戦状態に陥いると、株式はまた7ユーロまで急降下した。

Tuiはその後、会社の資金難のためHapag-Lloydを売却することになったが、これをアジア人(NOL)に売却する事に対して、ドイツで反対運動が起こった。「Hapag-Lloydがなくなると、ドイツ最後の海運業者がなくなり、仕事場がなくなる。」というのが表向きの理由だったが、ドイツを代表する伝統的な企業がアジア人に売却されるのが、我慢できなかった。その証拠にデンマークの(つまり白人の)世界最大の海運業者 Maerskが、Hapag-Lloydの買収に興味を見せた際は、誰もこれに反対しなかった。結局、ハンブルクの運送業者が市からお金を借りてHapag-Lloydを購入するという異例の結末になったが、海運業の経験のない運送業者と官僚の凸凹コンビ(過去、うまく行った例は少ない。)が果たしてうまくHapag-Lloydを運営していけるかどうか、非常に興味のあるところだ。

さて、肝心のTuiだが、株価暴落の為、会社の価値が減少、DAXから(HREと仲良く一緒に)降格する運命となった。Tui(とHRE)の代わりにDAXに昇格したのは、よりによってTuiが会社から重荷として放出した鉄鋼部門の会社、Salzgitterだったから皮肉だ。会社のちなみにHREの代わりには、日本でもニベアで有名なBeiersdorfという会社が昇格した。


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ドイツのチップメーカー、Infinionの上場の日、社長がポルシェで株式市場を来訪。株価もポルシェ並みのスタートで100ユーロを超えた!が、2009年には1ユーロを割った。

 
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