微妙な違い、大きな違い。  (25.12.2011)

大統領はドイツの憲法上、一番上にある役職だ。ただしその権限は、同じように大統領が最高権力者である米国やフランスとは大違い。国を代表して式典に出席するがその主な公務で、象徴としての意味しかない。同時にドイツ国民の象徴であるから、モラルの見本とならなければならない。かってのシュレーダー首相のように、首相の地位を利用してロシアの大統領を仲良くなり、国会議員を退職してロシアの国営企業の取締役社長に納まるなんて事は、許されざる行為である。そのモラルの見返しに、大統領は滅多に非難の対象にならない。何か不手際があって野党から非難される際でも、手加減を加える事が、暗黙の了解となっている。あまり厳しく非難していては、大統領の役職に必要な尊厳が失われるからだ。

ところが今、その大統領が非難の集中砲火にさらされている。問題は元大統領が州知事時代に購入した一軒家。Wulff氏がこの小奇麗な一軒家を購入する際、一般市民同様に銀行からお金を借りないで、仲のいい企業家から利率の低い50万ユーロの融資を受けて家の購入したのが原因だ。当時、州知事だったヴルフ氏は、海外視察などの公務にこの企業家を同行させた為、野党からこの企業家とどういう職業上の関係にあるのか、尋ねられたことがある。この質問に、「企業家とは個人的な関係で、職業的な関係はない。」と回答した。ところが今になって、ヴルフ氏が家を購入した資金はこの企業家からの個人融資だったことがばれてしまい、「州議会で嘘の回答をした。」と、最初の非難があがった。大統領はこのときに事実をすべて公開して、釈明すべきだった。これをしないで、弁護士を通して、「融資は企業家からではなく、その奥さんからのものである。議会で聞かれたのは、企業家(つまり旦那)との関係であり、その奥さんとの関係を聞かれたものではない。だから当時、これに言及する必要はなかった。」とまさしくドイツ人らしい、自己弁護をした。

この自己弁護が、さらに疑惑を招くことになる。この企業家の奥さん、写真でも見てわかる通り、企業家よりも20年(下手をしたら30年)も若い。よくある話で、自分の経営するデパートで働いていた綺麗な売り子を、その膨大な財産を武器に口説き落として結婚した。以来、仕事はしてない。その元売り子が、どうやって50万ユーロもの個人融資をヴルフ氏に提供する事ができるのか。「金は企業家から出たのではないのか。」と疑惑が高まった。さらに法律家は、「州知事はその地位を利用して、得をする契約等を結んではならない。」という州法に違反していると指摘、ヴルフ氏への非難はますます高まった。ここで観念して釈明の記者会見をすればいいのに、直接、自分で釈明する事を厭い、弁護士に指示を出して、当時の個人融資の契約書をジャーナリストに公開させた。この契約書には、企業家の奥さんの口座からお金が支払われている事が明記されており、「俺は無実だ。」という暗黙の主張だった。

しかしお金が企業家の奥さんの口座から出ていても、その企業家の奥さんが、旦那からお金をもらって自分の口座から送金したのは自明の理。契約書を公開してくらいで、非難をかわせるものではなかった。さらにこの企業家が週刊誌とのインタビューで、「当時、ヴルフ氏は(最初の)奥さんと離婚したばかりだった。離婚にお金がかかるのは、誰でも知っている。だから私が氏に個人融資の話しを持ちかけたが、私は当時、すでに事業から引退していたので、職業上の繋がり(見返り)ではない。妻の口座から送金したのは、その方が目だ立たないからだ。」と正気に告白した為、「そら見ろ。やっぱり企業家から資金が出ているじゃないか。」と、非難はまた振り出しに戻った。ヴルフ氏はその他にも、州知事の地位を利用して特別待遇を受けて、非難された事がある。マイアミへの家族旅行では、エアベルリンのエコノミークラスのチケットを購入したが、実際にはビジネスクラスで飛んだ事がばれてしまい、差額をエアベルリンに支払う羽目になった事がある。さらには休暇先で、さまざなまドイツの企業家からの招待を受けて、無料で豪華な休暇を過ごした事がある。これらは大統領がまだ州知事だた頃の不始末だが、ドイツ国民に向けてモラルをどうこう説教する大統領自らが経済界から賄賂を受けておいて、国民にモラルを説教できるものではない。
          
ドイツでは、クリスマスに大統領が国民に向けて説教する番組が流れる。しかし大統領が、「国民は謙虚に生活しなさい。」と訓戒しても、説得力に欠ける。ここでやっとヴルフ氏は、「クリスマスの説教の前に釈明をする必要がある。」と判断、まずは大統領の公式のスポークスマンにこれまでの罪を着せて首にすると、釈明の記者会見に臨んだ。釈明の会見と言っても、すでに秘書官が書き上げた声明を読み上げるだけ。それでもこの声明の中で大統領はやっと間違いを認めたから、これまでの態度からすれば大きな進歩だった。野党もこの釈明を受け入れて、「まずは信用回復への第一歩。」と評価した。ただし大統領がこれまで経済界から受けた特別待遇を、すべて公にする事を前提とした。

与党、特にメルケル首相にとっても、この大統領の会見は歓迎するものだった。与党が推して大統領に就任していたケーラー氏が1年前に辞任したばかりなので、また与党が推した大統領が辞職すると、与党にとっては誠に都合の悪い状況になる。ドイツ史上、大統領が2度も辞任した前例がないので、ここで辞任されてしまうと与党にとって大変なイメージダウンになる。また、ドイツの大統領の職務に対する尊厳も、日本の次々に変わる首相のように、間違いなく失われることになるだろう。こうした背景があって、首相は「大領領は素晴らしい仕事をしており、信頼している。」と援護射撃を行った。この「信頼の表明」だが、運が悪いと、首相自身の信頼を失う事にもなりかねない。

というのも、大統領の釈明会見後、融資のあらたな事実が暴露されてきた。大統領は自宅購入に際して企業家からの融資に加えて、銀行からも融資を受けた。その融資を行った銀行は、氏が住んでいるハノーファー市、あるいは氏が州知事だったニーダーザクセン州の銀行ではなく、よりによってシュトッツガルトの銀行から融資だった。何故、氏はわざわざ他の州にある銀行にお金を借りるのか?氏に何らかの利益があったからに違いない。銀行に早速、この融資について尋ねてみると、ヴルフ氏は1~2%程度の極度に利率の低い融資を受けていたことが明らかになった。国民は5~6%の利率の融資を受けているのに、何故、ヴルフ氏だけは特別待遇なのか。銀行によれば、「お金持ちなどの一部の特権階級には、それ相応の融資を行うのが一般的である。」との事。例えこの融資が法律上、問題ないものであっても、その地位を利用して利益を享受する大統領の姿は、国民に受けないだろう。今後、新らたな事実が暴露されて大統領が辞任する羽目になった場合、「大統領を信用している。」と後ろ盾した首相自身にも、火の粉が舞い降りてくる事になるだろう。
          
このスキャンダルは同時に、ドイツには民主主義が根付いている事を新たに証明した。日本では天皇制を批判する記事はタブーだし、タイでは今でも王政を批判するコメントだけで20年もの懲役刑が課されている。こうしたアジアの表面的な民主主義と違い、ドイツでは臭いものに蓋をして隠さないで、問題を究明して、根源から解決しようとする。これが本来あるべきメデイアの姿であり、芸能人が何を言っただとか、くだらない内容で満載の日本のメデイアとは次元が違う。
          

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自宅の購入資金を、、


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お金持ちの(若い)奥さんから借りて、


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釈明を求められた大統領。


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