上には上が。 (12.11.2009)

「GM、オペル売却を反故に!」というニュース速報が流れた。11月3日夜の事だ。翌日はどのテレビ番組(子供番組と通販番組を除き)でも、朝から夜までこのニュースに関して「特集」を組んだので、1日中、同じニュースばかりだった。日本では直接関係がないので、新聞の片隅で取り上げられた程度で、この一件が巻き起こしたドイツ人の怒りは伝わっていなかった。当然、何故GMが約束を破って売却を反故にしたのか、表面的な部分しか報道されないので、ここで詳しく紹介してみることにします。

なんといってもこの「翻意」の最大の原因には、数ヶ月前の「ゼロアワー5分前」と異なり、「計画倒産」をして会社の負債を処理、景気回復と米国政府の車販売促進政策により車の販売台数が増加、会社の経営状態が飛躍的に改善した事が挙げられる。余裕が出てくると、会社の将来が心配になってきた。GMの研究開発部門はドイツにあり、将来の行方を決定する電気自動車開発や最新の技術を備えた車を製造するノウハウは、本社ではなくオペルにある。そのオペルを手放してしまうと、GMには新しい車、最先端の技術を導入した車を作れなくなる。これでは倒産前の状態、「時代遅れの車を倒産するまで作り続ける」に戻ってしまう。そこで将来の戦略を考えて、敢えてオペルの売却を反故にする事にした。その証拠に同じ子会社でもSaabは、将来を決定する技術を持っていないので、GMにとってはどうでもよく、二束三文で売り飛ばされた

これに加えて、政治的要素もあった。オペルの売却先として内定していたMagnaは自動車部品及び自動車を製造しており、大不況の煽りをうけて、会社は大赤字。通常はオペル買収どころか、この大不況を生き延びることで手一杯。ところがマグナはこの危機にチャンスを見た。ロシアの銀行から全面的な資金援助を受けると、オペルの買収に乗り出した。その裏には、オペル買収後、ロシアを含む東ヨーロッパ市場にオペルの販売網を作り上げて、東欧のフォルクスワーゲンになろうと企んでいた。そこまではいいのだが、オペルの技術を手に入れて、いつ倒産してもおかしくないロシアの車メーカーLadaをオペルの技術で近代化しようとするロシア政府の目論もあった。これが米国の政治家に気にいらなかった。オペルをマグナに売却する事により、ロシアは通常、産業スパイを使って苦労して手に入れている情報、技術を堂々と手に入れる事ができる。これはまるで米国周辺海域で沈没したロシアの原潜を、アメリカが堂々と引き上げるようなもの。こうして手に入れた西側の技術が、いずれは軍事部門に反映されるのは時間の問題で、米国はロシア軍の装備が近代化されることを、GMの将来よりも、はるかに恐れた。こうしてGMが国の所有物である事を利用して、オペルの売却を見送るように圧力をかけた。米国の立場から見れば、「当然の処置」だったが、ちょうどドイツのメルケル首相がドイツの首相として始めて米国議会で演説をしている際、このニュースが伝わったのは、間が悪かった。

今回のGMの心変わりの裏には、もうひとつ無視できない要因があった。ここでも紹介した通り(オペル救)が、オペルが買りに出されると、オファーを出したのは4社。ドイツ政府は最初からマグナを贔屓にしており、「マグナがオペルを買った暁には、政府は財政援助は惜しまない。」と堂々と公言していた。経済大臣のZu Guttenberg氏は、「売買交渉で、売り先をこちらから最初に指定すると、相手は買値を叩く事ができるので、いい方策ではない。」と、閣僚でただ一人異論を唱えていたが、氏が属するCSU以外では、大臣に耳を貸すものはほんといなかった。ところがである、ここで「待った!」と言い出したのが、あのマイクロソフトに目もくらむような罰金を課したEUの競争監視員会である。ドイツ政府の「マグナが買収した暁には、、。」という『ひも付き援助』は、公正な競争を妨げるという。言われてみれば、もっともな話であるが、「オペルの買収先が何処になっても、同じように財政支援をする約束しないと、この買収は認めない。」と委員会が声明を出すと、GM、及び米国政府は狂喜した。

この声明により、ドイツ政府はオペルが何処に売却されようが、あるいは売却が反故になっても、財政支援をする用意がある事を示さなくてはならなくなった。これまではマイクロソフトにせよ、インテルにせよ、米国企業ばかり狙って罰金をかけていた(米国人にはそう見えた。)EUの競争監視員会が、始めて米国企業、GMの「味方」をしたのだから。(米国人にはそう見えた。)これによりオペルへの近代化の資金を、しんどい自社の金庫から全額出さなくても、ドイツ政府に(半分)頼む事が可能になる。GMの現所有者である米国政府にしても、米国市民が納めた税金をオペルの建て直しに使わなくて済み、国民は喜び、大統領の人気もあがって、ロシアの野望を潰すことができて、一石三鳥である。今にして思えば、Zu Guttenberg氏の言う通り、ドイツ政府は交渉の頭から手の内を見せるべきではなかった。

今後、GMはオペルを黒字にすべく余剰人員を首にする事が避けれないが、工場閉鎖も心配されている。工場閉鎖の「候補」は、これまでも度々閉鎖の噂のあったボッフム工場か、唯一、かっての東ドイツ地域に建設されたEisenach工場。これを一番恐れているのが、それぞれの州知事だ。工場閉鎖になって一気に数千人の失業者が町にあふれると、次回の選挙で負ける。さらには税収入も減る上、失業者の失業保険の支払いで州財政はさらに悪化する。すると道路の修理などインフラの整備ができなくなり、ますます投資家がこの地を避けるようになり、さらに失業者が増えていくという悪循環を繰り返すことになる。だから州政府は「政府のオペルへの(つまりGMへの)資金援助は再考するべきだ。」と、言い出した。そんな脅しにはすっかり慣れているGMは、「(ドイツ政府の)資金援助がないなら、オペルを倒産させて、おいしい部分だけ手元に残す。」と声明を出し、どちらが脅しのマイスターであるかはっきりさせた。

手持ちのカードが尽きたドイツ政府は、歯軋りしながらGMの条件、オペル売却の反故、及びオペルへの財政援助を飲んだ。他に選択肢がなかったからだ。すると交渉巧みな米国企業らしく、GMのCEO自らがドイツを訪問して、関係の改善に努めた。面白いのはこのGMのCEOであるFritz Henderson氏の名前。Fritz(フリッツ)は、ドイツ(プロイセン)を代表する(?)名前で、日本で言えば、山田太郎みたいなもの。顔(髭)が、ドイツっぽい。赤貧で食べる物に困って米国に移住した移民が、GMのCEOになってドイツに逆上陸、数万人のドイツ労働者の将来を決定するわけだから、歴史は皮肉だ。Henderson氏は、これ以上GMへの悪感情をドイツ国内で醸成させない為、しばらく工場閉鎖を見送るだろう。しかし、オペルが余剰人員を抱えているのはどうしようもない事実で、遅かれ早かれ、労働者の大幅解雇か、工場閉鎖は避けられないだろう。

今回のGMのオペル売却反故で大いに喜んでいる人も居る。Magnaがオペルを買収した暁には、ドイツ政府の財政援助の見返りとして、採算の悪いオペルの英国工場は閉鎖される第一候補だった。ところがGMが売却を反故にしたので、英国工場の代わりに古いドイツの工場が閉鎖される可能性が高くなった。この知らせを聞いて、オペル工場で働く英国人は大いに喜んだ。又、ドイツの高い人件費を避けて、ポーランドのオペル工場に生産を移すことも予想され、ポーランド政府は密かに今後の展開を喜んで、GM(オペル)がやってくるのを、一日千秋の思いで待っている。
          
編集後記
2012年になってGMは、76億ドの巨額の黒字を計上した。同時にオペルは10億ドルを超えるの赤字を出し、オペルがなければGMの黒字は90億ドルに近いものになっただろう。果たしてオペルに将来があるのか。GMの倒産から3年経った今でも、オペルの将来は安定していない。


GMの決定に、
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怒るドイツ人。
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