驕る者久しからず。 (09.12.2009)

2009年の金融危機の前までは、日本の低金利のお陰で、日本円は大人気。例えば日本の銀行で1億円借りても年金利はたったの10万円。これを米国に1年間「定期預金」すれば、500万円になったので、全くリスクがなく490万円儲ける事ができた。これを血の匂いを数キロ先でも嗅ぎ分けるサメのような海外の投資家が放っておく筈もなく、日本は「黄金の国、ジパング」として大人気を博した。大量に出回ると価値(値段)が下がるのは、フラットスクリーンや松茸だけではなく、通貨も同じ。(資本の海外流失で)円はその価値を落として1ユーロが170円、1ドルが123円もした。お陰で製品を輸出している日本企業は、同じ値段で儲けが30~40%も増大、「笑いが止まらない」状態が続いた。

ところがいい事は長続きしないもので、金融危機の余波(不況対策)で世界中で金利が下がった。話は横に逸れるが、日本には世界に例を見ない金利システムがあり、貯金したお金には預けた際の金利が、口座を閉じるまで適用される。日本以外の先進国では、預けた際の金利が5%でも、連邦銀行が金利を下げると、預金の金利も下がる。この為、日本で借りたお金を米国に預けていても、金利が下がってしまい、お金が儲からなくなった。その結果、日本円の人気(需要)が減り、海外に流れ出ていたお金が日本に戻ってきた。すると円が高騰を始め、1ユーロが115円、1ドルが85円台にまで達した。ここまで円が高騰すると、日本で生産した製品、あるいは日本の外で生産しても円で値段を付けている製品を外国で売っても全く儲からない。そこで遅かれ、早かれ、値上げは避けられないが、外国市場で日本製品と競争している韓国製品は値段据え置きの為、日本製の製品は売れなくなった。こうして世界で最大の自動車メーカーは、日本政府の景気対策で車の販売数が一時的に伸びたものの、2011年度に期待していた黒字転換は困難と発表した。

通貨の変動(高騰)で悩んでいるのは、何も日本だけでなく、ドイツも同じ。ドイツ経済は、国内市場が日本よりも小さいため、日本よりも輸出依存型の経済で、(2009年に中国に追い越されるまで)世界一の輸出量を誇ってきた。この間、ユーロはドルに対して当初の85セントから、1ドル60セントまでほぼ2倍になっている。つまりドイツ輸出は、日本円のドルに対する変動よりも、さらに大きな変動を受けている。にもかかわらず、ドイツはその輸出量を増加させてきた。輸出依存型の日本企業や日本の政治家は、ドイツがどうやってこの逆境と戦ってきたか、ドイツに学んでみてるべきだろう。

ドイツの政治家は、通貨の変動を無くさない限り、輸出依存型のドイツ経済の安定した発展はないと理解していたので、欧州内の統一通貨の導入を数十年に渡って尽力した。その甲斐あって1999年にユーロが導入され、ドイツ企業は為替による損益を心配する必要がなくなった。何故ならドイツの輸出の85%は欧州内の「外国」に輸出され、EU外への輸出高はわずか15%である為だ。こうしてドイツ経済の安定した成長に欠かせない「インフラ設備」が整った。とは言っても、すべていい事ばかりではなく、弊害もあった。通貨統合でユーロが強くなったため、北米で製品を大量に販売していた企業(車メーカー)や、製品をドルで販売していた企業(EADSなどの航空機メーカー)は、今の日本企業同様の問題と直面する事になった。

とは言っても、これは何も一晩で事情が変わったわけではなく、毎年値上がりするユーロを見ていれば、数年後には根本的な問題に直面するであろう事が読み取れた。だから賢いドイツ企業は工場を海外に移し始めた。BMWなどは先見の明のあったドイツ企業の例の代表的な例で、90年代初頭にカナダに組立工場を作ると、Made in Canadaのドイツ車を北米市場だけでなく、欧州市場で販売を始めた。勿論、先見の明の全くない企業もある。上述のEADSがそのいい例だ。独仏政府が大株主の半国営企業である為、工場の多くは仲良くドイツ国内とフランス国内に分散され(しかも交通の便の悪い場所に)ていた。飛行機の最終組み立ての段階では、各欧州工場で組み立てられた部品を苦労してフランス工場まで運んで組み立てた為、飛行機の生産費用はBoeingに比べて2割も高くついた。これにユーロ高が加わり、飛行機は売れても、全く儲からない状態が続いたが、(半)国営だけに、生産拠点の移動は手遅れになるまで先送りされ、やっと2007年になって米国や中国に生産拠点を移す事が決定された。ちなみにトヨタは21世紀になって生産拠点を海外(アジア)に築き始めたので、明きからに後発組だ。又、海外で生産されたトヨタ車は海外での販売が目的で、日本国内での販売が目的ではないのが、ドイツの車メーカーの戦略と大きく異なる点だ。

例えば、ドイツ車の代名詞でもあるメルセデスは、Cクラスの組み立てを米国に移すと先週、発表した。しかし、何故、よりによってCクラスの組み立てを海外に移すのか。海外に移すのはマイバッハGクラスでもいい筈だ。その答え(理由)は2つある。まずCクラスはメルセデスでも最も販売台数が多い車種で、トヨタで言えばカローラのようなもの。つまり販売では値段が焦点になるので、元々利鞘が薄い。その車がユーロ高で「余計に」高くなってしまうと、ライバルのBMWに客を奪われてしまう。だからCクラスの生産コストをどうしても下げる必要があった。値段が高いくて比較的販売台数の少ないGクラスや、値段が高すぎて誰も買わないマイバッハなら、為替レートの変動で値段を上げたって、買い手はお金持ちなので販売台数に影響がない。だからメルセデスはCクラスの製造を米国に移すことにした。ここに今後10年、20先をみて会社の経営戦略を決定するドイツ人マネージャーのセンスが見て取れる。

ちなみにメルセデスが製造する車のうち、たったの40%がドイツ国内で登録(つまり販売)されているに過ぎず、残りは海外(輸出)である。製品の過半数を輸出しているなら、どんどん安くなるドル圏で車を製造すれば、得をすることはあっても損をする事はない。さらにはドイツの人件費は世界一高いので、ドイツで車を組み立てると、どうしても車の生産コストが高くなってしまう。さらに、米国なら今回の経済危機のように車の販売が落ち込んでも、労働者を簡単に解雇できて企業の負担は最小限で済むが、ドイツでは車は売れなくても労働者を首にできないので、会社の採算はさらに悪化する。このような背景があって、ドイツ企業は車産業だけでなく、その他の分野でも製造拠点を海外に移している。逆にドイツ国内では技術開発を行い、ドイツでしか生産できない(つまり高値で売れる)製品を開発して、これを国内で生産している。こうした企業努力がある為、ドイツでは(米国のような)国内産業の空洞化は(まだ)発生していない。

日本企業の将来は、ドイツ企業のそれよりも厳しいように思われる。企業の運営を助ける政治的要素が全くないからだ。日本では80年代から「環太平洋経済構想」が描かれて、欧州共同体のように物流の流れを簡易化する試みがあがったが、バブル経済に浮かれて誰もこれを真面目に追及しなかった。環太平洋経済構想で日本と並んで大きな「柱」になる筈だった韓国は、愛想を尽かし、よりによってEUと関税なしの輸出入を可能にする自由貿易協定に調印してしまった。これを見た日本の政治家はEU詣でをして、似たような協定を結ぶべく、EU委員会に審議を申し出を出したが、この光景ほど日本の政治家のビジョンのなさを象徴するものはない。

今の日本に必要なのは、過去の名声、「アジアの経済大国」にふんぞり返るのではなく、「崖っぷち」に立っている事を自覚する事だ。さもないと、かっては世界を震撼させたが、今では農牧するしか能のないモンゴルのような国の二の舞になる可能性が高い。かっては日本の誇りで、米国の車市場を席捲した日本の車産業では、凋落が始まっている。日産はルノーに、マツダはフォードに、いすゞはGMに、三菱はメルセデスに、そしてSuzukiはVWに援助(協力)を申し込んでいる。こうした兆候を無視して、いつまでも過去の栄光に浸っていると、かっては七つの海を制した英国、そして英国の遺産を引き継いだ米国などと同じように、衰退の道を下って行く事になる。
          


見事な失敗例となった鈴木の決定。
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