ロペス効果  (07.02.2010)

今ドイツでは、銀行から盗み出された顧客のデータが詰まったCDで大騒ぎ。何しろ盗み出されたデータが、あの口の堅い事で有名なスイスの銀行のデータ。CDには世界中のお金持ち(脱税者)の名前が載っている。欧州各国政府の税務局には、馬の鼻先に垂らされた人参のようなもの。先を争ってこのCDを(泥棒に)買いつけている。本当はこの珍事についてコラムを書く予定でしたが、まだ展開中の事件の為、おしまいまで書くことができません。そこで予定を変更、面白い出来事が相次いだので、「旬」の内にそちらのテーマを先に紹介することにします。

ドイツの自動車メーカー、Opelの衰退については、ここで2004年から何度も取り上げているので、ご存知の方も多いと思います。そのオペル、1970年代までは、BMWやメルセデスベンツを市場占有率で凌ぐ、フォルクスワーゲン(以下VWと略)に匹敵する、ドイツで最大の車メーカーだった事を知っている人はもう居ない。当時生産されたMantaというシリーズ(ホンダのシビックのようなもの)は、大ヒット。オペルに乗らない人からはジョークの対象にされたが、未だにファンが多く、ヤングタイマーとして収集家に人気がある。日本で買い手のつかない中古のマンタを見つけたらなら、ドイツで収集家に高く売れるかも?それはさておき、当時のオペルを今のオペルにした問題は、80年代にやってきた。湾岸戦争の煽りで1バレル20ドルだった原油が37ドルまで高騰。今から見れば「1バレル37ドルで高騰だって?」って思ってしまうが、当時は大ショック。お陰で車の売れ行きが激減。ここでオペルの親会社だったGMは、この危機を「合理化」で乗り切るべく、Ignacio López というGMの(スペイン人)マネージャーをオペルの調達、生産管理部門のトップに就任させる。

Lópezは生産ラインや生産拠点の合理化を行わないで、車の部品を安く調達することにより、生産コストを下げようとした。コンピュータを購入したらよくわる通り、PCに(例えば)HPのロゴが付いていても、中身はSamsung、インテル、東芝、日立などから買い付けた部品ばかり。HPが自社で生産した部品は皆無だ。というのも、自社で生産しなければ、社員の数を抑えられる。社員が多いと、ストを覚悟しなけれならないし、PCが売れなくなっても、会社は赤字だが、余剰人員を抱えていても、すぐに首にするわけにいかない。しかし部品メーカーに生産させれば、こうした危険(お荷物)から解放され、マーケットの状況に敏速に適応できる。これは車業界でも同じ。エンジンとシャーシーを除いて、ほとんどの部品は、部品会社からの納入で、車のメーカーはこれを組み立て、会社のロゴを張るだけ。だからLópezが生産コストの減少の為、部品の調達で赤鉛筆を振るって、納入価格を叩いたのはある程度理解できる。理解できないのは、「明日から30%値段を下げよ。さもないと他の所から買う。」と、恐喝に近い方法で値段を叩いた事だ。

商売、業種はなんであれ、長期的に会社を運営していく秘訣のひとつは、ビジネスのパートナーお互いが、同じように利益に預かる事だ。値段を叩いて、一方だけが儲かるようなシステムでは、もう一方がやる気をなくすか、倒産するので長続きしない。しかし、店先に立って商売をした事がない「エリート」には、これがわからない。大体、部品メーカーの利鞘は4~5%で、こうして稼いだ金で税金、従業員のお給料を払い、会社の設備投資を行わなくてはならない。今まで通りに部品を生産して、30%も値引きができるわけがない。こうして部品メーカーは部品の製造段階で、コストのカットを始めた。例えばプレスチック樹脂の組み合わせを変えれば、耐久性は落ちるが、量が多いので、製造コストを大幅にカットできる。こうして見た目は同じだが、品質を落とした部品でオペルの(そしてGMの)車の製造が続けられた。その結果は長く待つ必要がなかった。オペル(とGMの)車の故障が相次いだのである。例えば、ガソリンタンクには静電気を抑える特殊な素材が用いられていたが、これは製造費が高い。そこで安い素材で代用した。するとガソリンタンクからガソリンがもれる故障が多発した。ドイツ語では容器から漏れがある場合、"nicht ganz dicht"(密封されていない。)というが、これは逆に「ちょっと(頭が)おかしい。」という意味の同意語としても使われる。こうしてオペルの車は、"nicht ganz dicht"という風潮が広まり、ますます車は売れなくなり、2004年になってオペルは倒産の間際まで経営が傾いた。

オペルに取ってそれでも幸いだったのは、この生産コストカットで一時的に会社を立て直したようにみせかけを作り上げることに成功したLópez氏が、VWに引き抜かれた事だ。こうして倒産寸前まで行ったオペル(GM)はやっと間違いに気づき、品質管理を厳密に行うようになった。だからと言って急に車が売れるものではない。逆に本当の試練はまだ始まったばかり。「欠陥車」として名を馳せた結果、車が全く売れなくなり、市場占有率を70年代の20%から2008年の8.4%まで落とした。ここで泣きっ面に蜂の金融危機が巻き起こした大不況で、ますます車が売れなくなり、ゼロアワー5分前に親会社のGMが倒産した。しかしこの大不況は、災いと同時にオペルに救いの手を差し伸べた。それは景気てこ入れ政策の一環として政府が導入した中古車廃棄報奨金、通称、Abwrachpraemieだ。オペルが2008年に新しく導入されたモデルinsigniaは、日本で言う Car of the Yearに選らばれた事も手伝って、政府の報奨金を手にした消費者がオペルに戻ってきた。こうしてオペルは2010年の今、市場占有率を2桁に戻し、順調に販売台数を伸ばしている。

VWに移籍したLópez氏だが、1996年にはVWを首になり、その後、スペインで独自の会社を設立、車メーカーに自説の「生産コストカット」をアドバイスしていたが、皮肉な事に車の事故に遭い、業界から引退した。ただし「人は死んで、名を残す。」と言う通り、車業界にLópez-Effekt (ロペス効果)という新語を残した。これは無茶苦茶な生産コストカットと、その結果引き起こされる品質低下を指す言葉である。ところがよりによって厳しい品質管理で知られるトヨタが赤字解消の為、車部品納入業者に30%のコストカットを要求した。これはオペルの間違いを再度、繰り返すようなもの。トヨタの上層部はLópez-Effekt について、何も聞いていないんだろうか。それとも、「トヨタはオペル(GM)とは違う。」と、高を括くっての事か?10%のコストカットならまだ理解できるが、同じ品質の部品を30%安く納入するには、製造コストを50%カットしなくてはならない。そんな事、できるわけがない。

話は横道に逸れるが、以前、広島の車部品メーカーがドイツの車部品メーカーと企業提携を行う際、通訳の仕事で同行した事がある。その際、ドイツのメーカーが部品の製造方法に対して説明を行うと、これを見ていた日本のエンジニアは、改善の提案を行った。これを通訳すると、その場に居たドイツ人技術者は、「いいアイデアだ。」とこれを素直に褒めた。ドイツ人の社長は、よりによってドイツの技術を買いに来た日本のメーカーが、ドイツの会社に改善のアドバスをして、これを自社のエンジニアが褒めた事をあまり感心していない様子だった。こうした改善のアドバイスは、社内から起こるべきであって、部外者からの的確なアドバイスに、不意打ちをくらったような顔をしていた。しかし、これが日本の車部品メーカー、つまりは、日本車の優位性の「元」である。欧米の技術を1対1でコピーせず、改善を加えて導入するので、日本車はコピーの元になった欧米の車よりも優れたものとなった。そしてこの改善は、前述の通り、車部品の大半を製造する部品メーカーから来ている。こうした部品で組み立てた日本の車が優れているのは自明の理だ。

ところがトヨタはその日本車の優位性の元になってる車の部品メーカーに、コストのかかる無駄な改善を辞めて、安い材料するように要求した。「無茶なコストカットにより欠陥が出てくるのは時間の問題ではないのか?それともトヨタはオペルとは違うか?」と思っていたら、今回のトヨタ車のリコールの嵐。次々に出てくる欠陥の報道を見ていて、ドイツのテレビ局が数年前に日本で取材した、ある車部品工場の社長の言葉が思い起こされた。まだトヨタが飛ぶ鳥を追い落とす勢いだった頃、「トヨタが駄目になるようなだったら、日本は終わりですよ。(つまりそんな事はあり得ない。)」と、その社長は(誇って)語っていた。今回のリコールの後では、その意味合いは全く違って聞こえてきた。


ロペス効果の代表作 コルサ、
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アストラ、
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オメガ。
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