ein grosses Theater um nichts. (26.04.2010)

3月の21日にアイスランドの氷河で眠っていた火山が200年振りに活動を始めると、滅多に見られない自然現象に感心が集まり、アイスランドへの観光客の数が一気に増加、経済危機で国家破産の崖っぷちに立っていたこの国は臨時収入に喜んだ。この最初の噴火活動から3週間以上経った4月14日、火山は大噴火。と言っても比較的小さな火山なので、それ相応の「大噴火」。この噴火で吐き出された火山灰が風に乗って欧州全域に広がるにつれ、欧州各地で飛行禁止令が出始めた。ドイツにこの火山灰が流れてきたのは16日の金曜日になってから。当初はハンブルクやベルリンの空港が閉鎖になったが、昼過ぎにはデュッセルドルフやフランクフルトまで火山灰が南下した。南にあるミュンヘン空港だけは、この日の20時まで「営業」を続けることができたが、以後はドイツ全域で飛行禁止令が出て、「居って沙汰あるまで」、ドイツ全域で離着陸禁止となった。

これにより最初に困ったのが乗客。火山の噴火は戦争と同じように、hoehere Gewalt(予知できない現象)なので、航空会社には飛行機が飛ばなくても、賠償責任がない。勿論、使用不能となった航空チケットの代金は返金可能だが、せっかく計画した留学や休暇のチケット代金だけ返却されて、喜ぶ人は多くないだろう。さらに嬉しくないのは、トランジットでドイツ(あるいはその他の欧州諸国)で足止めをくらった乗客。ビザがないので、空港を出ることができず、文字通り、映画の様なシーンが展開された。フランクフルト空港では、ドイツへの滞在ビザを申請する中国人が延々と続く列を作ったが、果たしてドイツの外人局が寛大に(必要書類なしで)ビザを発給したか、非常に疑わしい。

次に困ったのが航空会社や空港を運営する会社、旅行会社だ。文字通り商売あがったり。かと言って「禁止令を解除せよ!」と言ってしまうと、「金の為に人命を危険にさらすのか?」との謗りをうけかねない。ニュースを見ていた限り、非難を覚悟の上で飛行禁止令を最初に非難したのは、Niki 航空を運営するニキ ラウダだ。ルフトハンザやエアフランス&KLMなどの大手の航空会社は、会社の資産に予備がある。だから1週間や2週間運行が禁止されても、会社が潰れる心配はない。ところが小さな航空会社は、1週間以上も飛行禁止が続けば、会社が潰れかねない。実際の所、赤字経営で火山の噴火前から経営状態の危ういSASは、飛行禁止の3日目に最初の解雇を発表した。こうした背景があり、飛行禁止に我慢のならないラウダ氏は、自社の旅客機を使用して最初のテスト飛行を実施して、フライトには支障がないことを「証明」すると、各国の航空会社も次々に試験飛行を開始した。
          
この飛行禁止で困ったのは、何も直接に関係のある乗客や航空会社、空港運営会社など直接に飛行(空港)に関係のある会社ばかりではなく、航空便で高価な荷物を送る産業だ。生物は空港で腐り出し、ドイツでは魚不足が生じ、生花はコンテナの中で枯れてドライ フラワーになったが、世界各地の工場で部品が届かないので生産ラインが止まりだした。例えばBMWは北米で車を組み立てているが、ドイツで製造した部品が届けられないので、ドイツ国内での部品の製造をストップした。こうして飛行禁止により日に日に経済負担が増すに比例して、経済界から政治家への圧力が増し始めた。航空会社は次々とテスト飛行を行い、現在の状況では飛行には全く支障がない事を実証するのだが、Deutsche Flugsicherung(以後、DFSと略。)は、頑としてドイツ上空での飛行禁止を言い張り、緩和する素振りを見せなかった。

このDFSの石頭ぶりに最初に堪忍袋の緒を切らしたのが、歯に衣着せぬ発言で有名な(自力で空港の荷物運びの身からドイツ第二の航空会社エア ベルリンを築き上げた)Hunold氏だ。「飛行禁止から3日が経とうとしているのに、DFSは気象観測の気球さえ飛ばしていないじゃないか。」と、DFSを非難した。するといつもは犬猿の仲のルフトハンザも調子を合わせて、「(実際に火山灰が飛んでいるのか確かめもしないで)英国の研究所が発表したコンピューターのシュミレーションだけで飛行禁止令を発して、産業に損害を与えるのは無責任だ。」と、援護射撃を行った。こうして産業からの圧力が高まり、DFSは初めて職員が会同して緊急会議が行ったが、そのメンバーには肝心要の交通大臣の姿がなかった。(日曜日だったので自宅で静養していた。)大臣が役に立たない事が発覚すると、「鶴の一声」で、メルケル首相が指示を出すのだが、米国で行われた核会議に出席して帰国の途上、飛行禁止にひっかかり、リサボンに強制着陸。その後、火山灰の「薄い」イタリアまで飛んで、以後、陸路にてドイツに向けて移動中だった為、ドイツ政府は「頭なし。」の状態だった。

会議の結果、月曜日、つまり飛行禁止から4日目になってようやく火山灰の密度を測る飛行機を飛ばすことになった。各航空会社は今か今かと観測飛行待っているが、この準備に時間がかかり(今まで何も準備をしていなかった。)、月曜日の15時以降に観測飛行予定となった。これにしびれを切らした航空会社が低空域での「視界飛行」を交通局に至急申請すると、交通局は(産業からの圧力に耐えかねて)、これを認可した。この結果、ドイツ全土には飛行禁止令が出ているのに、ルフトハンザは「長距離路線を本日の18時から全世界に飛ばして、海外で帰国を待っているドイツ人を連れ帰る。」と、発表した。こうしてドイツ全土に飛行禁止令が出ているにもかかわらず、次々と飛行機が離着陸を始めるというおかしな現象が起きた。ルフトハンザはさらにその上を行って、DFSがようやく検査飛行に出発する頃、「明日から長距離路線は通常運行に戻る。」と宣言。このルフトハンザの勇断を見た各航空会社もこれに追従、こうしてDFSの飛行禁止令は有名無実化した。

こうして誰もがほっとして胸をなでおろしている頃、ほんど忘れかけたDFSの検査飛行機が無事、着陸した。面目が潰れかけたDFSの所長は空港で記者会見を開き、「ドイツ上空にて火山灰が視覚された。」と鬼の首を取ったように喜んだが、ドイツ上空に火山灰が流れていることは、わざわざ飛行機を飛ばさなくても、火山が噴火を始めた頃からわかっていた事で、この事実に驚く者は多くなかった。この観測機が集めたデータの分析には数日かかり、そうこうする内、21日の11時には飛行禁止令が解かれてしまった。この時点ではDFSの検査飛行の分析結果がまだ出ていなかったので、何の為に検査飛行機を飛ばしたのか、よくわからない。さらにはこの飛行機が集めたデータの分析結果はついぞ発表されなかったから、不思議だ。

次第に空港での離発着がスケジュールに戻りつつある中、ドイツでは確固たるデータもなく、英国の研究所のコンピューターシュミレーションだけで飛行禁止令を出し、肝心の会議には出席しなかった交通大臣、Ramsauer氏に非難が集中した。氏の大臣としての危機管理能力が大いに疑われた。話は横に逸れるが、ドイツの交通大臣は、毎回、能力のない政治家が任命されるのか、2004年にここで「紹介」した交通大臣Stolpe氏も決して敏腕で知られた政治家ではなかった。前交通大臣のTiesensee氏も、スキャンダルの数は内閣一だった。ところがこのRamsauer氏に「塩を送った。」のは、よりによって飛行禁止をあれほど非難をしていたルフトハンザの社長のMayrhuber氏だった。氏は、「誰が今回の(禁止の)責任があるのか問うのではなく、今後の事態に備えて、しっかりと体制を整えておくことが大事だ。」と、記者会見で声明を出し、経営センスだけでなく、その政治センスの良さを見せてくれた。

後日談。今回の大騒動(ein grosses Theater)では欧州全域で飛行禁止令が出て、2001年の米国でのテロを上回る経済被害が生じたが、騒ぎが収まってやっと火山灰密度のデータが漏れてきた。それによると火山灰の密度は全期間を通して、危険な密度の1/20程にか達しておらず、飛行禁止は全く無用の処置であったことが判明した。この一件は日本と異なるドイツの風土、社会構造を露呈している。日本では、「お上」が発表すれば、どんな愚法でも法律となりこれを疑う習慣がない。ところがドイツでは、「禁止をするなら、その根拠、データを見せよ。」と、民間の会社が政府の決定に意義を申し立てる。そしてこの根拠が提示できない場合、禁止は取り消しとなる。この辺がドイツの民主主義のすばらしい点だ。


火山の噴火で火山灰が吐き出され、
382.jpg


欧州では飛行禁止になり、
383.jpg


空港で足止めをくらった乗客は、
384.jpg


電車に殺到した。
385.jpg


スポンサーサイト

COMMENT 0