ドイツ経済の秘密兵器 (08.08.2010)

ドイツ軍のソビエト侵攻作戦がモスクワ前面で暗礁に乗り上げた頃、ドイツの兵器産業は製造能力の限界に達していた。今後、ソビエト相手の長期戦の準備をしなくてはならない上、1942年からは米国が参戦、大量の兵器が必要になる。これに加えて同盟国、スペイン、イタリア、ルーマニアなどにもドイツの兵器を供給しなければならない。しかしドイツの兵器製造は1941年の冬から春先にかけて増加するどころか、減少した。これを見たヒトラーは参謀本部の軍人にこの職務を遂行させても改善の余地はなしと判断、その代わりに杓子定規で物を考えない民間人をこの職務に抜擢する事にした。ヒトラーは有名な直感で、お抱えの建築家のシュペーアをその任務、"Reichsministerium fuer Bewaffnung und Munition"に抜擢した。若干37歳の若さで、これまで建築家としての経験しかないシュペーアを(戦争中に)ドイツの将来を左右する職務に就けるのだから、ヒトラーはシュペーアの才能を見抜いていたに違いない。

大方の予想とは異なり、ここでもシュペーアはその能力を発揮した。まずこれまでの官僚的な契約&支払い制度を廃止して、企業に采配の自由を与えた。つまり製造された製品(武器)を、上限を付けず政府がすべて買い取る方式にした。さらにはこの方式で生産能力の上昇が顕著だった企業に、製造を集中させることにした。こうしてシュペーアはわずか半年ほどでドイツの兵器生産能力をほぼ倍にした。このドイツの生産性の向上を象徴するのはドイツの潜水艦隊だ。世界のその名を知らしめたドイツの潜水艦は、開戦当時、たったの57隻しかなく、その1/3、20隻足らずが俗に言う"Feindfahrt"(戦闘任務遂行中)に過ぎず、残りの潜水艦は本国帰還中か、本国にて整備中だった。20隻足らずではドイツ海軍の中庭、北海を敵の侵入から守り、数隻を大西洋に派遣するのがやっと。この為、デーニッツ提督は300隻の潜水艦を要求したが、シュペーアはさらにその上を行った。世界で始めて「輪切り」式の舟艇の建造を開始、一つの造船所では、同じ「輪切り部分」を繰り返し製造、あとはこの出来上がった輪切りの潜水艦をつなぎ合わせる方式で、潜水艦の建造数を飛躍的に増加させた。その結果ドイツ海軍は大戦中合計して1200隻近い潜水艦が製造されて、800隻が戦闘任務中だった。

この例は、何も新しい技術、機械を導入しなくても、独創性を発揮すれば、すでに既存の技術、機械で生産性を向上されることが可能なことを示している。不思議なことにこうした独創性、あるいは合理性はドイツで発揮されることが、例えば日本などよりも、多い。日本は大戦中、敵の空母、戦艦を沈めることにやっきになったが、ドイツ軍はそのような「生産性の悪い」努力はせず、敵の輸送船を狙った。いくら空母や戦艦を擁していても、最後に戦争の行方を決めるのは地上戦。この地上戦で必要な機材、人材が導入される前に海に沈めてしまえば、敵が上陸してから個々に潰していくよりも断然、効率が高い。又、敵の輸送船を狙えば、我の危険も小さくて済む。日本ではこうした考えは、「卑怯」とされたが、合理的なドイツ人には、そのような考えとは無縁だった。こうしたドイツ人の合理性は、今でもドイツ人によく見受けられる国民性だが、日本人は合理性よりも見かけを優先する為、誤解/カルチャーショックの元になっている。

今回の経済危機でもこのドイツ人の合理性は大いに発揮された。例えば米国では"fire & hire"という言葉の通り、景気が悪くなるとすぐに人員整理をする。そして景気がよくなるとまた人材を雇い入れる。こうした「柔軟」な経済政策の難点は、景気がよくなった際、なかなか必要(適当)な人材が見つからないこと。また人材が見つかっても、一人で仕事ができるまでさらに半年くらいかかってしまい、いくら注文、依頼があっても仕事をさばくことができなという状況に直面する。日本では景気が悪くなると、(まだ)できるだけ解雇を避けようとするが、この難点は仕事がないのに余剰人員を抱え、そのお給料ばかりか、さまざまな社会保障費を支払う必要があり、会社の採算はますます悪化することになる。こうした双方の欠点を避けるため、ドイツ人は持ち前の合理性を発揮して、全く別の対応をしている。

ドイツでは今回のような不況で仕事が減ると、企業は労働局に"Kurzarbeit"(労働時間短縮)を申請する事ができる。この申請が受理されると社員のお給料は、通常のお給料の60%(最高67%まで)が労働局から支払われる。会社は社会保障費のみを支払う。と書くと、「それの何処が凄いの?」と思われる方も少なくないだろう。しかし実際面ではこの労働時間短縮(法)の効果は計り知れない。まず会社にしてみれば、製造のノウハウをしっている社員を会社に留めておく事が可能なので、景気が回復してくれば、人材を探すことなく、すぐに製造をフルに稼動できる。さらにはまだ人材を探していて、フル稼働できていない世界各国の競争相手の鼻先から仕事をかっさらう事が可能になる。社員にとっても会社を首にならないので、お給料は減るが、将来の心配がない。ローンを抱えていても、支払額を減額するなどして、「家なき子」にならずに済む。又、労働局にとっても、都合がいい。どのみち失業者には同額の失業保険を払う必要があるが、せめて社会保障費は会社が払うので、お金を節約できる。さらに短縮時間労働者は失業者ではないので、1~2年すれば自然に仕事に復活してくれる。こうして景気が悪化しても失業者数の増加を妨げることが可能になり、政府にとっても被雇用者が失業した場合に比べて、支出を大幅に減少させる事ができる。

こうしてドイツでは不況の際のお先真っ暗な時に想定されていた「失業者数は500万人を超えるだろう。」という予測とは裏腹に、失業者数は340万人まで上昇しただけに留まった。多くの被雇用者が失業しなくて済んだお陰で、国内消費が堅調で、ドイツでは大きな不況が感じられなかった。そして景気が回復を始めると、労働時間短縮法のお陰でドイツ企業が真っ先に「得」をした。そしてここで(メルケル首相の誤判断が引き起こした)ユーロ危機がやってきた。ユーロが暴落するとこれまでは「ドイツの製品は、性能はいいが高くて買えない。」と、購入に慎重だったアジア、米国から相次いで注文が相次ぎ、ドイツ製の工作機械部門は昨年比で61%を超える受注に沸いている。こうした急な受注を捌けるのも、上述の労働時間短縮法のお陰。こうしてドイツ企業は相次いで労働時間短縮の終了を労働局に通告、車製造業などは、受注を捌くため、夏休みの取り消しを宣言した程、ドイツ企業は好景気に沸いている。

そうかと思えば、「熟練労働者、専門家が足りない」と、まで言われだした。ついこの前までは労働時間短縮だったのに、今は「人が足りない。」という有様だ。これを見れば、いかにドイツの経済が活性化しているか、よくわかる。他の欧州諸国と比較してもドイツ経済の回復振りは歴然の差があり、まさに欧州経済の牽引車の役割を果たしている。この成果も、見た目パッとしない労働時間短縮法で企業の負担を減らし、熟練労働者を引き続き勤続させることができたお陰だ。政府にしても景気が回復してくると税収入が増加、逆に失業保険金の支払いが減り出した。労働時間短縮法で地方自治体はお金を支払ったが、今、十分に元が取れている。だだし、そう褒めてばかりもいられない。景気が良くなったと言っても、不況の時から比べての話で、ドイツはまだ300万人の失業者を抱えているのに、政治家は「専門家を外国から奨励しよう。」と、言い出した。しかも今度は、「おいでやす」と、専門家に報奨金を出すとまで言っている。山ほどいるドイツ人失業者に専門教育を施せばいいのに、その手間と時間を省いて、すでに専門知識を持っている外国人を優先するのは、ドイツ人の合理性のなせる業だ。

ドイツ(西欧)の模倣に熱心な日本には、この労働時間短縮は、是非とも真似をして欲しい。が、無理だろう。敵の戦艦、空母を撃沈して名を上げる事、つまりうわべの効果を優先する日本では、「失業もしていないのに、何故、国が金を払う必要がある。」とか、「働いていない者に税金を払う必要はない。」という思想が強く、ドイツのような合理性に欠けるからだ。こうして不況により会社が潰れたり、会社を首になった被雇用者のノウハウは永久に失われ、かつ日本の競争力を失うことになっている。


ドイツ経済の基幹を成すのは中小企業だ。
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