漁夫の利。 (14.11.2010)

日本でどのくらいの人が、ドイツの人口を知っているだろう。大学で独文科にでも在籍していない限り、接点がないので興味がなく、これを知っている人は1割にも満たないのではなかろうか。教育水準の高い日本でそのような有様だから、ドイツ人で日本の人口を知っている人は皆無だ(日本語と中国語が同じ言語だと思っている人は少なくない)。にも関わらず、そのドイツ人に「日本は(中国に追い越される前までは)米国に次いで、世界で2番目の国内総生産高を誇る経済大国だったんだ。」と説明すると、「そうなの?」と、それほど抵抗を受けず、信じてもらえる。というのも、ドイツで登録されている車のほぼ1割は日本車である上、韓国車を日本車と勘違いしているので、「日本の車」に馴染みがあるからだ。さらには、ほとんどの家庭に日本製の電気製品があるので、実感がわきやすい。これがアメリカ製の商品となると、しばらく探してみないと、なかなか見つからない。イギリス製となれば、その捜索はさらに困難になり、ポルトガルやギリシャ製の工業製品を見つける事ができる人は、ほとんどいないだろう。

では、日本に住む人は、一体、どれだけドイツの製品を身近に見つけることができる事ができるだろう。ドイツ車を除くと、かなり頑張って探さないと見つからないのではないだろうか。ドイツ企業は利鞘の低い携帯電話やパーソナルコンピューター事業からは早々に撤退した為、ドイツの携帯電話メーカーは皆無、コンピューターメーカーもほとんど残っていない(最後まで残っていたMedionは中国人に買収された)。ドイツのテレビメーカーは、赤字操業で経営の苦しいLoeweしか残っていない。家電メーカーのGrundigはかなり前に倒産して、トルコ人に買収されている。戦争中、ナチスに協力して発電所、飛行機、電車など、ありとあらゆる物を製造していたドイツの大企業、AEGは倒産して、スエーデン(Electrolux)に買収され、かろうじてその名前だけ残っている。そのドイツが、国内総生産高では日本に次いで4位のランキングにある。国内総生産を人口で割って、一人頭の生産高で比較すれば、日本はスイス、オーストリアにも負けて17位で、ドイツは16位。一体、ドイツは何処でお金を稼いでいるんだろう?

合理的なドイツ人は、値段競争が激しい分野から撤退して、高度な技術を必要とする分野に集中している。そのひとつはドイツ製の(精密)工作機械。工作機械はドイツで車産業に次ぐ国の主要産業で、その技術は世界最先端。精密性(誤差の少なさ)、及び生産性で、他の国の追随を許さない。さらには工業部門、例えば電車の製造でも、世界最先端。タイを走っている地下鉄、モノレールはすべてドイツ製だし、ロシア、米国、そして中国にもドイツ製(ジーメンス製)の電車が数多く走っているし、英国海峡トンネルを走るオイロスターにも、これまでの車両の提供先であったフランスを出し抜いて、ジーメンスが納入契約を取っている。日本の電車の技術もドイツに負けていない筈だが、日本の電車が走っているのは、台湾くらいで、セールス面から見るとドイツの足元にも及んでいない。工業部門では発電所の製造でも世界一。ノルウエーデンマーク英国などの欧州諸国がオフショアに広大な風力発電の設計をすると、これを受注するのはいつもドイツ企業だ。その他にドイツが世界の最先端を行くのは、化学部門。世界最大の化学会社もドイツだし、日本の化学会社もドイツ(デュッセルドルフ)などに支店を置いて、ドイツの化学企業に買い付けをしている。こうした化学製品が日本車のダッシュボードやエンジンカバーなどに使用されているが、実はドイツ製の部品であることを知る人は少ない。

ドイツ製品の欠点は、車でも電車でも、値段が高いこと。世界景気が冷え込むと、高いドイツ製品への需要が一気に減って、ドイツ産業は一大危機を迎えた。ここで活躍したのが、ここでも紹介したドイツの政策(参 ドイツ経済の秘密兵器)だった。この政策のお陰でドイツ企業は不況の嵐が吹きまくっている中、熟練労働者を会社に留めておく事に成功、景気が回復すれにつれてドイツ製品の需要が高まると、雇用状況は大幅に改善するどころか、熟練労働者が足りないという、1年前とは全く逆の状況になってきた。経済不況から真っ先に脱出すると見られていた米国が未だに高失業率に悩む中、ドイツでは失業者数が18年振りに300百万人を割った。通常、失業率の発表は失業局、もとい、労働局長が発表するものだが、「こんないいニュースを、官僚に発表させておく手はない(自分でやろう)。」と、労働大臣は特別記者会見を開くと、自らこのニュースを告知した。労働局では失業者が3百万人を割る事を予想していたようで、このニュースを告示する大臣の横には、「失業者数、3百万人を割る!」のポスターがちゃんと用意されていた。翌週からはドイツ中に「失業者数、3百万人を割る!」の特大ポスターが、あらゆる所に張り出される始末。果たして国が、そんな宣伝をする必要があるんだろうか。つきつめて考えてみれば、政権を担当する党の(成果)宣伝を、国費でまかなっているわけで、このポスターの印刷費用と、広告スペースの契約料金が幾らかかったのか興味がある所だが、身に周りのドイツ人はあまり気にしていないようだ。

これに追い討ちをかけるように、経済賢人による2010の経済最長率予想が3.7%と発表され、ドイツの好景気振りが数字で証明された。「中国と比べたら1/3じゃん。」と、言われるかもしれないが、ドイツでは人口の8千万に対して、自動車の登録台数が5千5百万台を超えている。つまり17歳以上(ドイツでは運転免許は17歳から取得できる。)の人口でみた場合、ほぼ一人につき、1台の車を保有している計算になる。そんな国の経済成長率を、国民100人に1台の割合で自動車を保有している国の経済成長率と比較する事自体、間違っている。すでに高度成長を遂げた先進国の経済成長率が2%に達せば、好景気であり、3%を超えると「特需景気」並みの好景気である。

このドイツの好景気に比べ、米国、ギリシャやアイルランドは言うに及ばず、フランス、イタリア、スペイン、ポルトガルなどでは未だに景気が回復してない。これは構造的な欠陥が原因だ。こうした国では国内メーカーが、国内の高い人件費を避け、工場を海外に移してしまった。これはドイツでも起きている現象だが、国、企業が海外に移転した国内産業の穴を補う努力をしなかった。安いもの(技術力を必要としないもの)を海外で生産、これを販売して儲けると、その儲けを国内で再投資して技術革新を行い、他では生産できない値段の高い製品を生み出すべきだった。模範例は、蛍光灯の製造で有名なドイツ企業、Osram。電気消費量の高い(電気効率の悪い)白熱電球を海外で製造し続ける代わりに次世代の蛍光灯、LEDの研究開発を続け、この分野では世界一の技術を持っている。アブダビのレーシングサーキットから南アフリカのサッカー場まで、オスラームのLEDはあらゆる所で(高い値段にも関わらず)導入されている。こうした企業努力により、国内の仕事場が確保できる。これをしないで企業が営利のみを追求すると、国内産業が完全に空洞化してしまう。いい例が米国。ナイキのスポーツ用品、アップルの携帯、コンピューターが売れて、企業成績が好転しても、外国で生産している為、国内の雇用状況は改善せず、又、輸入ばかりが増えてしまう。これが原因で、西欧諸国の海外生産拠点、中国、ベトナム、タイなどでは好景気に沸いているが、欧米は(ドイツなどの例外を除き)今だに不況から抜け出せないでいる。

こうした国内政策の失敗を認めてしまうと、人気を落とすため、フランスの大統領は「ドイツは輸出ばかりしていないで、(フランスの製品が売れるように)国内需要を活性化させるべきだ。」と、ドイツを非難した。オバマ大統領はさらにその先を行って、「輸出黒字の上限を決めるべきだ。」と先のG20で提唱、フランスの熱烈支援を受けたが、中国、ブラジルと3国同盟を組んだドイツの反抗に合い、この案は闇に葬られてしまった。このような状況を見る限り、ここしばらくドイツの将来は安泰だ。例えば中国を見てみよう。中間層が裕福になるにつれ、国産車と外見上はあまり変わりない日本車よりも、高級車、つまりドイツ車を買うようになり、ドイツ製品への需要は高まる一方だ。ドイツ車が売れれば、ドイツ国内で自動車部品を製造する工作機械への需要が増し、工作機械(や自動車)が売れると、大量の鉄鋼が必要になり鉄鋼生産が上昇、ドイツ国内はさらに好景気に沸くという夢のような環境が整っている。

日本企業もその点、善戦しているのだが、如何せん、政治が駄目だ。四六時中、党内での派閥争い。これが治まると国内の権力争い。野党(自民党)は政権を失った恨みに満ち溢れ、「政府の利益になる事はしたくない。」と、平気で声明を出すほど復讐に目がくらみ、国益など視野に入っていない。海外に目が行くのは、領土紛争くらい。これで日本製品が海外で売れるわけがない。日本と中国(及び米国と中国)の間で問題が発生する度に、ドイツ製品が中国で買われるから、ドイツ企業は笑いが止まらない。ドイツが、かっては憎まれていた東欧諸国をドイツ製品の市場として確保する一方で、日本は党内、国内の政権争いに明け暮れて、広大なアジアの市場を、盆に載せてドイツに提供している。


3百万を割った失業者数を誇らしげに告げる労働大臣。
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デュッセルドルフ市内の誇大広告。
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