兵棋演習 (07.06.2011)

財政赤字を粉飾してEU議会に報告していた事が査定会社にスッパ抜かれ、国家破産の寸前まで追い詰められたギリシャを、欧州共同体は去年、1100億ユーロの財政支援で救った。この財政支援が決定されるとドイツ銀行の頭取のアカ-マン氏が、「ギリシャがこの借金を返えせるなんて、誰も思っていない。」と、ポツリと漏らして、話題になった事がある。勿論、政治家は、「ギリシャ政府は借金の返済を約束している。」と、これを否定したが、「もし、返せない場合は、、。」という都合の悪い質問には、回答されなかった。あれから1年以上経って、まさにアカーマン氏の言った通り、ギリシャが借金を返せないことが、誰の目にも明確になってきた。先の経験から学んだドイツの大蔵大臣ショイブレ氏は、「ギリシャがユーロ圏を離脱、かっての通貨ドラクマを再導入した際の効果。」を大蔵省内で兵棋演習する事を命じた。

話は横にそれてしまうが、第二次大戦前、日本海軍は真珠湾攻撃を何度も兵棋演習して、その成功の可能性を探った。ところが何度兵棋演習をしても真珠湾空襲に可能な領域に達する前に、機動艦隊が米国の監視艇、あるいは監視飛行機に見つかってしまい、出撃してくる敵の空軍に攻撃されて、海軍は機動艦隊の大半を失う大被害を蒙るという結果になった。この為、海軍はこの計画に乗り気ではなかったが、山本長官が辞職で脅したため、「山本がそこまで言うならやさせてみよう。」という実に日本的な決断が取られた。ドイツの参謀本部なら有り得ない決断であった。ところが、これが幸いした。あまりに突飛な発案だっただけに、日本の艦隊を探知したハワイのレーダー部隊は、演習中の我が部隊だと誤解、ハワイ沿岸にて日本の小型潜水艦を撃沈した海軍が軍事司令部に「日本の潜水艦撃沈」の報告をしても、「何かの違いだろう。」と、真面目に取られなかった。米軍があまりに暢気でなければ、兵棋演習通り、日本の機動部隊は大被害を蒙っていただろう。

奇遇な事に、大蔵省で行った兵棋演習でも、その「効果」は壊滅的だった。通常、こうした極秘の計画には緘口令が引かれるものだが、規律がたるんでいたのか、それとも部下をぞんざいに扱うショイブレ氏に嫌がらせをしたかったのか、大蔵省内の誰かがこの情報をドイツの最大手の週刊誌、Spiegelに垂れ込んだ。同編集部は早速、「ギリシャ、ドラクマを再導入。」とオンラインにて報道すると、他社もこれをコピー、「ギリシャはユーロ圏を離脱して、ドラクマを再導入する。」と報道した。その結果は、長く待つ必要はなかった。瞬時に世界中で株価が暴落、ユーロが全面安になった。怒り狂ったショイブレ氏は記者会見を開いて、「省内でMaulwurf(モグラ、ドイツ語では二重スパイ、裏切り者、敵の工作員という意味がある。)探しを行う。」と宣言した。同時に、省内にてドラクマ導入の兵棋演習があった事を認めて、「単なる可能性のひとつとして、その費用を試算をしただけである。」と声明したが、すでに毒は巻かれた後だった。

この日からユーロの下落が始まったので、ドイツに留学中の方、あるいはこの夏に留学をお考えの方は、「ユーロが急に安くなって、ス テ キ」と思われたかもしれない。ルクセンブルクの首相が、極秘に欧州諸国の大蔵大臣が集めて、対策を協議すべく会合を計画したが、これまた新聞にすっぱ抜かれ、思惑とは逆にこの報道に信憑性を与えることになってしまった。お陰でユーロは4月下旬にはドルに対して1.50に達しかけていたのに、この報道がきっかけになって、ユーロは1.39まで下落した。5月末になって米国の経済成長率、何よりも失業率の改善にかげりが出てきた事がきっかけになって、ユーロの下落にやっとストップがかかる事となった。

以来、ドイツ国内でも「ギリシャはユーロ圏を離脱して、ドラクマを導入すべきである。」という議論が絶えない。個人的な利益を尺度にして物を見る一般市民がこうした理論を主張するのは理解できるが、ミュンヘンにある著名な経済研究所の所長が堂々とこのテーゼを提唱するのには、少なからず驚いた。ドラクマ導入派の論理は、「ドラクマを導入すれば、すべて安くなる。これによりこれまでは東欧やトルコに工場を開いていた企業が、(もっと安い)ギリシャに方向転換、ギリシャ経済が活性化、雇用状況が改善されて、税収入も上昇する。」という、まるで桃源郷のようなお話である。桃源郷が実際には存在しないように、この説も机上の空論である。まずギリシャがドラクマを導入すると発表した瞬間に、全ギリシャ市民が銀行に殺到、今のうちにユーロを箪笥に蓄えておこうとするだろう。ドラクマが導入されてから、両替すれば(ドラクマの)億万長者になれるからだ。ただでも資金不足に悩むギリシャの銀行は、国民の預金の総引き下ろしで支払い不能に陥り、倒産するだろう。仮に百歩譲って、銀行が十分なユーロを用意しているとしよう。その場合でも一体、誰がドラクマという紙屑を、紙幣として受け入れるだろう。100ドラクマが今日は1ユーロでも、明日には80セントの価値になるかもしれない。そんな危ない紙幣では、誰でも取引しない。こうしてギリシャは1930年代のドイツのようなインフレに見舞われる事になる。仮に千歩譲って、この危険も回避できたとする。その場合でも、ユーロで借金している1100億ユーロもの大金をドラクマに換算すると、月に届くほどの天文学的数字に達する。ギリシャが借金を返すのは、永遠に不可能だろう。仮に万歩譲って、この危険も回避できたとする。その場合でも、ギリシャが前例を作ってしまうと、アイルランド、ポルトガルと同じ運命になると推測されて、ユーロ崩壊への導引になる。

つまる所、好む、好まないに関係なく、「このまま行くしかない。」のである。しかし、未だにマイナス経済成長を続けているギリシャに、借金を返済できるわけがないのも、誰の目にも明白である。そこでUmschludung(借金の軽減)しかない。一番効果的なのは、ドイツなど金を貸している国が借金の一部を放棄して、ギリシャの負担を軽くしてやる事だ。そうすれば、ギリシャ国内での税率は我慢できる程度に収まり、1~2年後にはプラスの経済成長に転換する事が可能になる。ところがこの案は、ドイツを始めとして、債務国の国内で抜群に人気がない。考えて欲しい。日本で消費税の税率を挙げれば、これは日本の財政赤字を軽減するためで、日本のためになる。それでも日本では全く人気がない。その日本で、「借金苦に苦しむギリシャへの財政支援のため、消費税率を2%上げます。」とやるようなものである。これを容認する人は、ほとんどいないだろう。ドイツでも同じで、「これまで好き放題をしてきたギリシャ人に、何故俺たちが金を払わなければならないんだ。」と、反対の声が圧倒的だ。この為、ドイツの政治家は、Umschludungという言葉を、まるでペストのように避けている
          
この為、政治家は一番効果のある方法を取らず、あまり効果のない方法を熱心に薦めている。その方法とは、単に借金の返済期限を先に延ばすだけ。要するに、時間稼ぎである。こうして時間を稼いで、国民の関心が薄れた時期を見計らって、こっそりUmschludungをするのである。この方法の最大の欠点は、借金の返済期限を先に延ばしても、その期間利子が付き捲り、借金の総額は減らないで、さらに増えてしまう事。それからUmschludungになると、ドイツ国民への負担は、さらに大きくなる。ところが、政治家はこの事実を黙秘して、嫌なことは先送りすることに熱心だ。日本でも、ドイツでも、本当に必要な事を国民に説得できる政治家は稀である。唯一、前大蔵大臣のSteinbrueck氏だけは例外で、「怖い将来に怯えて解決を先送りにして、永遠にその影に怯え続けるか、それとも苦い思いをしてこの怯えに終止符を打つか、そのどちらかである。」と明言している。残念なのは、日本同様に、減税などの約束をしないと選挙で勝てず、幾ら優れた政治的視野を持っていても、政権を担当できないので、「才能の持ち腐れ。」で終わってしまう事。

悔しいが、政治家が大衆迎合に走り、効果的な処置を拒む限り、今後、ギリシャの債務のテーマは途絶えることがないだろう。こうして、延々とギリシャ崩壊の悪夢にうなされて、EUはお金を払い続けることになりそうだ。


破産国家ギリシャに、将来はあるのだろうか。
393.jpg


スポンサーサイト

COMMENT 0