ミイラ取りがミイラになる。 (26.08.2011)

日本は江戸時代に「利益がない。」という理由で鎖国、日本に近寄ってきて外国の船舶を追い返した。これが原因で日本は世界から取り残されて発展が遅れ、開国を武力で脅迫されると、ルサンチマンに陥って富国強兵を推進、第二次大戦の破局まで突っ走った。これが日本人の深層心理に消えることのない白人コンプレックスを植え込んだ。何処を見ても、白人のモデルやマネキンがあふれている日本の日常は、この白人コンプレックス(白人を美しい、優れていると考える一方で、他のアジア、アフリカの国民を見下す困った考え方)を明白にしている。

その日本人の反応が、島国独特の環境のなせる業か、21世紀になっても江戸時代となんら変わっていないのは面白い。21世紀に世界中で格安航空会社(英: Low Cost Carrier, 独:billig Flieger)が誕生、日本への着陸を申請したが、徳川幕府ならぬ親方日の丸の日本航空がこれを再三に渡って拒否、日本の航空市場は世界から孤立、先進国で唯一LCCの発着していない国、ジパングであった。徳川幕府が鎖国政策の挙句に破綻したように、日本航空が経営破綻すると、ようやく日本は開国する事となった。先陣を勤めたのは21世紀の「黒船」、エアアジア。エアアジアが日本に就航すると、全日空は独自のLCCを創立、そして税金を使って会社を救ってもらった日本航空は、よりによってこれまで敵対していたエアアジアと共同でLCCを創立した。これほど自社の先見の明、経営センスの欠落を語る事実はないだろう。

ドイツは第二次大戦の敗戦が原因で、英国や米国の航空会社がドイツ国内線を飛ぶ飛行許可を有しており、日本のような鎖国は始めから無理であった。(日本国内路線には日本の航空会社しか飛んでいない。)LCCブームが起きると、ドイツでも次々に小さな航空会社が誕生、LCC戦国時代となった。この戦国時代を制したのはエア ベルリン。他社のように官僚的な会社運営をしない、会社の創設者のHunold氏の経営手腕が勝敗の行方を決めた。大手は(日本航空のように)赤字を承知で採算の悪い航空路線を維持、競争相手が無くなれば、この路線で黒字を出す事を「夢見た」。これに比してそんな資金力のないフノルト氏は利益の出る路線に集中、会社の資金を増やすと、赤字経営に陥った航空会社を買収、この航空会社の保有している飛行機と路線をまんまと手中にした。当初は「素人に複雑な航空会社の運営ができるわけがない。」と同業者から笑われていたが、フノルト氏がドイツ国内を飛んでいた英国航空、通称、DBA(ドイツ英国航空)を買収すると、ドイツ国内最大手のLCCに成長、競争相手の顔から笑いが消えた。

デュセルドルフを本拠に路線を拡大していくエアベルリンに対抗するため、欧州最大の航空会社、ルフトハンザはこれまで採算が取れないとして廃止していたデュセルドルフ-ニューヨーク路線(これまではフランクフルト経由)を復活させるなど、真っ向から勝負をかけてきた。ここで(多分)、フノルト氏は最初の戦略的ミスを犯す。ルフトハンザやライアンエアーの向こうを張って、次々に新路線を開拓したが、新路線の申請許可がのろのろとして進まないに業を煮やし、手っ取り早い方法、この路線を保有している(赤字)航空会社を買収する事にした。今回買収されることになったのは、同じデュッセルドルフを本拠とするチャーター便(休暇専用便)の航空会社、LTUである。この航空会社、創業以来赤字続きで、これまで何度も買収されてきたが、「ミイラ取りがミイラになる。」との諺通り、この航空会社を買収した会社がいつも倒産してしまう「呪われた」航空会社であった。

しかしフノルト氏は航空会社の統合により経費の削減が可能になり、呪いを封じ込めることが可能と判断、LTUを買収、「2008年からエア ベルリンは急上昇する。」と予言した。ところが蓋を開けてみると、エアベルリンはLTUの呪いにかかり急降下、2008年以来、3年連続で赤字を出す結果となった。まず2008年には原油価格が高騰したが、安さで宣伝している為、この差額を航空チケットに100%上乗せする事ができず、エアベルリンは赤字を出した。そして原油高が収まると、もっとたちの悪い経済危機が訪れて大不況、どこの航空会社も大赤字を出し始めた。ちょうど膨張過程にあったエアベルリンは、とりわけ被害甚大だった。ルフトハンザから乗客を奪うべき開拓した中国路線は、大幅赤字路線になり半年も経たないで廃線になった。2009年の下半期から景気が回復したので、これまで休校していた路線を活性化させたが、今度はアイスランドの火山灰のお陰で1週間近く飛行機の大半はグラウンデイングしたままで、大赤字を出した。これが済むと今度は航空チケット税。ドイツ政府が、「ドイツ発のフライトには、チケット税を課税すべし。」と新しい税金を発案したが、エアベルリンは休暇専用の航空会社の為、乗客は4~5ヶ月も先にチケットを購入しており、今更チケット税を徴収する事ができない。しかし税金だけは支払う義務がある為、本来乗客が払うべきチケット税を会社が負担する羽目になった。

それでもフンボルト氏は頑張ったが、2011年になるとまたもやアイスランドから火山灰がドイツ上空に飛来したのに続き、北アフリカに「アフリカの春」がやってきた。北アフリカはドイツ人に人気の休暇先で、チュニジアだけでも100万人ものドイツ人が休暇を過ごす。エジプト、マロッコなどの周辺諸国を加えると、さらに100万人ものドイツ人が訪れているが、アフリカの春を見て、ドイツ人は軒並みアフリカ旅行をキャンセルした。そしてこのドイツ人の大好きな休暇先に飛んでいたのが、そう、エアベルリンであった。ぽっかり空いた財政赤字を埋めるべく、新しい収入源として「クレジットカード支払い手数料」を導入したが、消費者団体の訴えに遭い、これを取り下げることを余儀なくされた。減るどころか、増大し続ける赤字に直面したエア ベルリンは、飛行プランを大幅に激減、8機の飛行機を売り飛ばし、採算の取れていない地方空港便を廃線すると発表した。結果としてエア ベルリン創設時の戦略、「儲かる路線に集中する。」に復帰する事になったわけだが、まだ会社を救うことはできるだろうか。フノルト氏はこれを機会に社長の責務から辞任して、取締役員に就任する(退く)と発表した。

フノルト氏辞任のニュースよりも衝撃だったのは、その後継者。エア ベルリンの建て直しを一任されたのは、ドイツの最新事情の読者ならきっと見覚えがあるに違いない顔、ドイツ鉄道を(スキャンダルが原因で)2009年に辞任したメドン氏であった。メドン氏は元来、エアバス社で働いていた技術系だが、政治の気まぐれで、ドイツ鉄道の運営を任されてしまった。ドイツ鉄道の社長ながら、電車で移動するよりは(ルフトハンザの)飛行機で飛ぶことを好んだだけでなく、ドイツ鉄道の社長に就任するとルフトハンザからマネージャーを引き抜き、航空チケットの値段体系を鉄道の値段体系に取り入れた。これまではドイツ鉄道のヒット商品であったバーンカード(保有者は運賃が半額)を廃止、その代わりに早めにチケットを買うと(航空チケット同様にキャンセルできない)、値段が割引されることにした。この試みは大失敗に終わり、ルフトハンザからのマネージャーは首、バーンカードは復活した。その後、ドイツ鉄道の株式市場上場に備え、大幅に路線整理(採算の取れない路線を廃止)、設備投資を大幅カット、すでに悪評を博していたサービスをさらにカット、チケット代金を大幅値上げして、赤字運営だったドイツ鉄道を「立て直した」役者である。

フノルト氏はメドン氏の何処かに共感を覚えていたようで、ドイツ鉄道の社長から辞任した氏をエア ベルリンの取締役(具体的な職務はなし。)に迎えていた。ひょっとするとすでに2年前に、自身の後継者として考えていたのかもしれない。こうしてメドン氏は、氏の出身分野である航空業界に復活する事になったわけだが、果たしてエア ベルリンを救うことはできるだろうか。同じような苦境にあったドイツの百貨店、Karstadtは、ドイツ最大のメデイアBertelsmann社を(同じような理由で)辞任したMittelhoff氏を社長に迎えたが、Mittelhoff氏は自身のボーナスを吊り上げて、散々、利益を搾り取ると社長を辞任、同社は倒産してしまった。この例でもわかるように、ある会社で成功しなかった人物が、他の会社の社長に就任して成功した例はあまりない。エアベルリンの株価はLCCブーム時の22ユーロから、2~3ユーロまで暴落しているが、株を(まだ)保有している人は、まだ少しでも価値のあるうちに売却したほうがいいかもしれない。

編集後記
2011年、エアベルリンの業績はさらに悪化して、去年の倍の赤字(2.56億ユーロの赤字)を出した。これにて4年連続赤字で、2012年も赤字になると会社の業績予測なので、5年連続の赤字という事になる。黒字になるのは2013年だそうだが、果たして本当に可能だろうか。2011年はあのルフトハンザさえも赤字を出したので、エアベルリンの赤字は「仕方ない」が、2013年に黒字にならないと、倒産するか、他社に買収されることになるだろう。
          

凸凹コンビならぬ、凹凹コンビ。
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