Ehrenmord (26.06.2006)

ドイツには外国人が多く住んでいる。なんとドイツの総人口の10%近くが外国人である(日本は、在日朝鮮人を含めてもたったの1%程度)。その中で一番多いのが、トルコ人、続いて旧ユーゴスラビアからも戦争難民、以下、イタリア人、ギリシャ人、ポルトガル人と続く。当地、デュッセルドルフではギリシャ人が(何故か)多く、1万人以上も住んでいる。こうした外国人が多いことの利点は、ギリシャまでいかなくてもギリシャ料理が食べれる事。(あまりおいしい物ではないが。)そこら中にTavernaがある。逆に外国人を多く抱える事によるマイナスは、外国人が自国からの悪い慣習をそのままドイツに持ってきて、これに固持する事。特にドイツで大きな問題になっているのがトルコ人/イスラム教徒の慣習である。

トルコ人/イスラム教徒の家庭では、夫婦間の離婚はタブーである。また両親が勝手に娘の結婚相手を選んでしまうので、結婚後、夫婦間の暴力で女性が虐げられているケースがある。女性が離婚をしようとすると、その両親の家族で家族会議が開らかれて、一番年下の息子が離婚をしようとしている女性を殺害する指名を与えられる。これをドイツ語でEhrenmordと言う。この殺害行為がトルコ国内だけで行なわれていれば、おそらくドイツで問題になる事はなかった。(日本では話題にさえなっていないから。)ところが、イスラム教徒がドイツに多く住むに連れて、ドイツ人女性がこのEhrenmordの被害者になる事が頻発して、また、ドイツ国内で女性が数多く殺害される事が増えてきて、ドイツでも社会問題になってきた。特にトルコ人の多く住むベルリンで起こるべくして2005年の2月に起きたEhrenmordは特に残酷なケースだった。
         
被害者はトルコ人女性の23歳の女性。暴力が絶えない夫から逃げ出して、ベルリン市内に娘と隠れて住んでいたのだが、住んでいる場所がよりによって自分の家族にばれてしまった。彼女は、Ehrenmordのコントラクトを授かった自分の実の弟(18歳)に真昼間、路上で銃弾を頭に数発打ち込まれて処刑された。この殺害事件の公判が2006年4月にベルリンの地方裁判所で始まった。公判で殺害理由を聞かれた弟は、"weil sie wie eine Deutsche geworden ist." 「彼女がドイツ人のようになったから。」という証言をして、ドイツ人の怒りを買った。つまり、トルコ人女性にとって、ドイツ人のように振舞うことが死の宣告なのである。

興味がある人は、googleでEhrenmordの言葉を検索してみるといいだろう。とてもたくさんの殺害事件が出てくる。ドイツでは殺人に課せられる刑が驚くほど軽い。以前、夫婦喧嘩の際、「うっかりかっとなって」妻に拳銃の銃弾を6発打ち込んだ事件があった。女性は奇跡的に生き延びたものの、生涯、ベットに縛り付けられたままの人生を余儀なくされた。旦那には何と、執行猶予付きの判決が下った。だからこの公判でも殺人犯には「まだ若い」という理由で少年刑務所に9年の判決。この殺人を依頼、計画した家族は無罪放免というおそまつなものだった。ちなみに国連の人権委員会ではこうしたEhrenmordで殺害される女性の数をトルコだけで5000人と見積もっている。

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「敬虔なイスラム教徒」の戒律で,


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殺害された女性。


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