褐色テロ  (30.11.2011)

2007年4月にテュ-リンゲン州の田舎町、ハイルブロンで巡回中の女性警察官が頭を撃たれて殺害された。同僚の警察官も頭部を撃たれたが、奇跡的に命を取り留めた。日中に起きたこの襲撃は、大きな衝撃を与えた。躊躇しないその行動、警察官の拳銃、及び手錠が盗まれた事から、警察は計画的な犯行と推測、現場で確保されたDNAをBKA(Bundeskriminalamt、米国のFBIのようなもの)に送って調査したが、過去の犯罪データから同じDNAは検出されなかった。ところがその後、ドイツ中で起きた泥棒、空き巣などの犯罪現場で確保された証拠物件から、次々とこの警察官殺害事件で検出されたDNAが検出された。一体、どんな犯罪者がドイツ全土を廻って犯罪を繰り返しているのか、そして毎回、DNAを残していながらどうして捕まえる事ができないのか、大きな話題になった。ところが同じ日に、異なる場所で起きた犯罪現場から摂取された証拠からこのDNAが検出された為、「これはおかしい。」という事になり、研究所内で検査が行われた。その結果、この現場で採取された筈のDNAは、DNAの検出検査をしている女性のDNAである事が判明した。何かの原因で、職員のDNAが毎回届けられる証拠物件に付着、おかげで同一の犯人がドイツ中で犯罪を繰り返しているように「見えた」わけであった。ドイツではこの一抹は「笑い話」として報道されたが、これでこの警察官の殺害事件の証拠がなくなったわけで、警察の必死の努力にも関わらず事件は迷宮入りとなってしまった。

2011年11月4日、テュ-リンゲン州の田舎町、アイゼナッハの銀行に強盗が押し入り、現金を奪って逃走した。110番を受けて警官が到着すると、すでに犯人は逃走した後だったが、「近くに白いキャンピングカーが停まっていたが、事件後、見えなくなっている。」と目撃者の証言があり、警察は白いキャンピングカーに捜索を集中した。ラジヲで「銀行強盗の疑いで白いキャンプングカーを捜索中。」と放送されると市民から「家の前に停まっている。」と通達があり、警察は現場に急行してキャンプングカーを包囲した。警察に囲まれたことに気づいた強盗は、警察に向けて発砲、警官は身を伏せて特殊部隊の出動を要請する大騒ぎとなった。警察の武装部隊の到着を待っていると、キャンプングカーが燃え出した為、消防車が出動して消化、ボヤ程度で火災を抑えることができた。武装部隊がキャンプングカーに突入するも、すでに犯人は二人とも死亡していた。警察の発表を信用するなら、犯人の一人が相棒を射殺、キャンプングカーに火を付けると、拳銃自殺したそうだ。消防隊の素早い消化活動のお陰で、証拠物件を確保する事ができて、犯人の身元が確認された。なんの事はない、この犯人は警察にも知られているテュ-リンゲンのネオナチ トリオだった。早速、残る一人の捜索が始まった。「もう逃げられない。」と観念した最後の生き残りのメンバー(女性)は、アジトに使っていた住居を爆破、翌日、警察に弁護士の付き添いで警察に自首した。

当初は「ネオナチの銀行強盗事件。」程度に思われた程度だったが、爆破されたアジトからゆゆしきならぬ証拠物件が続き次と発見されて、ドイツ中を揺るがす大事件と発展している。現場検証にて警察が最初に発見したのは、上述の警察官殺害で盗まれた拳銃と手錠。この「発見」に警察は当初、大喜びして「やっと事件を解明する事ができた。」と安堵して胸をなでおろしたが、事件の発展は始まったばかりだった。住居を爆破して証拠隠滅を図った筈だったが、その辺は教養レベルの低い右翼の事、証拠部件はさんざん散らばっているだけで、破壊されていなかった。次に見つかったのは、ネオナチのプロパガンタ DVD。その内容は過去13年もの長きに渡って殺害されてきたトルコ人やギリシャ人のインビス(軽食店)経営者や、殺害された警察官をあざ笑うものだった。警察はこれまで一連の外国人殺害事件を、「ショバ代の支払いを拒否した為に行われたマフィアの仕業。」と(証拠もないのに)断定して、殺害されたトルコ人、ギリシャ人を「犯罪組織と関係があった。」と決め付けていた。お陰で捜査が全く先に進まず、事件は迷宮入りしていた。又、この警察の誤判断により、親族を失った遺族はまるで犯罪者扱いされるという冷遇にも遭っている。しかしこのDVDの発見により、この一連の殺害事件、及びケルン市内の爆弾事件は外国人を標的にしたネオナチのテロである事が警察にもわかってきた。このDVDの発見は遺族にとって、親族の潔白を証明する証拠となったが、同時に怒りがこみ上げてきた。遺族は、「これは外国人を狙ったテロだ。」と主張していたのが、警察は「ドイツには右翼テロはない。」と、この主張に耳を傾けなかったのだ。

これで一連の外国人殺害事件(ドイツの新聞は殺害された外国人を軽蔑するように、Doener-Mordと読んだ。)が解明されて、一件落着かと思いきや、本当のスキャンダルはこれからだった。というのもこのネオナチ トリオ(の一人)は80年代に爆弾テロを行い、その後警察に捕まり、刑務所送りになっていた。つまり活動派で前科物のネオナチが、どうやって13年もの長きに渡って警察の目を逃れて、殺害、銀行強盗、などを繰り返すことができたのか。ドイツでは車を買って登録する際、身分証明書を提示しなくてはならない。あるいは引越しでも役所にその住所を身分証明書と一緒に提示しなくてはならない。つまりドイツの警察は、どの市民が何処に住んでいるか、コンピューターに名前を入れるだけでわかってしまう。そのドイツで、決して知能犯でもないこのトリオが、どうやって地下にもぐる事ができたのか。この謎を解く証拠物件が、爆破されたアジトから発見された。それは本物の偽の身分証明書だった。何故、本物かというと、ドイツの官庁が発行する本物の身分証明書だったから。何故、偽物かというと、この身分証明書が本当の名前ではなく、虚名で発行されていたからだ。そしてこの本物の偽物の身分証明書を発行できるのは、"Verfassungsschutz"と呼ばれる特殊警察だけである。
          
この身分証明書が発見されると、さまざまな憶測が交わされた。今から考えると、13年間も殺害を続けてきたネオナチが、銀行強盗後、急に自戒の念にかられて自殺するなんて、都合が良すぎる。この為、「Verfassungsschutzのメンバーが犯人を射殺して、仲間割れに見せかけた。」という映画のシーンのような憶測から、「Verfassungsschutzの暗黙の了解の下、この殺害は行われた。」というドイツ第三帝国下のクリスタルの夜を髣髴させる憶測まで、さまざまな憶測が交わされた。同時にテュ-リンゲン州の警察、Verfassungsschutzへの非難の声は日に日に大きくなった。何故、警察は最初から、証拠もなく、右翼のテロを無視したのか。外国人ばかり殺害されている事実を見れば、この方面での調査を行うべきではなかったのか。そしてVerfassungsschutzは何故、警察が指名手配して捜しているトリオに偽の身分証目書を発行して、警察からかくまったのか。この失態の原因は、実にドイツ的な要因があった。

Verfassungsschutzはその名の通り、ドイツの憲法を脅かす危険のある組織に対して投入される機関で、主要な任務は、ネオナチなどのドイツ国家の転覆を図る組織の監視である。この機関は警察、及び諜報機関機能の両方を供えており、管轄は州にある。つまりドイツの基本法(憲法の事。)に違反する方法で情報の収集が可能で、警察にこれを知らせる義務がない。つまり警察には、Verfassungsschutzが何をしているのか、知る由がない。さらにこの秘密警察が州の管轄下にある為、他の州の介入を嫌い、他の州のVerfassungsschutzと情報交換を行わない。つまりテュ-リンゲン州のVerfassungsschutzがどのグループを監視下に置いているか、他の州の警察、Verfassungsschutzは何も情報がない。各州で独自の調査をするので、非効率、極まりない。実際にこのトリオはドイツ中を移動、ドルトムント、ケルン、ミュンヘン、ニュルンベルクなどドイツ中を移動して犯罪を繰り返していたが、テュ-リンゲン州のVerfassungsschutzは何かの理由でこの犯罪組織に利用価値を見出した為、ご丁寧にも偽の身分証明書を発行して、警察の目から保護してやっていたのである。ここで問われるのは、テュ-リンゲン州のVerfassungsschutzは、このトリオの活動の実態を一体、何処まで知っていたのか。殺害を知っていながら、保護していたのなら、これは法治国家としてゆゆしき事態である。この疑問に対して、Verfassungsschutzは黙秘を続けている。

単に外国人という理由でトルコ人、ギリシャ人など合わせて9人がドイツ国内で殺害された事実は、とりわけドイツ政府にとって都合が悪かった。これまではイスラム教徒の過激派(これも外国人だ。)ばかりが強調されていたが、実際のテロはイスラム過激派ではなく、ドイツに住むドイツ人による褐色テロであった。さらにはドイツの警察、そしてよりによってこうした危険に対して設置されたVerfassungsschutzが、役に立つどころか犯罪の一旦を担いでいたのだから、これほどお粗末な話はない。海外におけるドイツのイメージの低下を避けるため、ドイツ政府は国会で褐色テロの犠牲者に追悼の意を表して、遺族に1万ユーロの慰謝料を払うことにした。果たしてこの程度の処置で、ドイツに住む外国人のドイツ政府への不審が払拭されるのだろうか。調査が進むにつれ、Verfassungsschutzのメンバー(V-Mann)が犯罪現場に「同行」していたことも明るみに出て、ドイツの警察のイメージはさらに悪化している。テュ-リンゲン州のVerfassungsschutzには、ドイツに住む外国人を守る気があるのだろうか。見方次第では、Verfassungsschutzが嫌な外国人を処理する為、ネオナチを利用したようにさえ見えてくる。これは被害妄想だろうか。

ドイツの警察は、外国人に対して冷たい。東ドイツのデッサウ市で、警察の職務質問に遭い、身分証明書の提示を拒否した外国人が逮捕された。2時間後、この外国人は警察の留置所で焼死した。警察官の言い分では、「自分で火をつけた。」という事であったが、手錠を後ろ手でかけられた状態で、どうやって火をつけることができたのか。さらに拘置する前に、身体調査をするのはセオリーだ。さらにビデヲで看視しているので、火災が発生すればすぐに介入する事ができた。それなのに何故、警察官は拘留した外国人が焼死するまで、何もしなかったのか。警察官は、「知らない。」「覚えていない。」と証言、これで高等裁判所で無罪釈放になったからドイツの法の妖しいものだ。幸い最高裁では、高裁の無罪判決を無効として、この件を高等裁判所で再度、審議するように命じた。判決を下した判事は「警察官がこれほど厚かましく虚偽の証言をするなど、法治国家ではありえない状態である。」とコメント、ドイツの警察を批判した。

これらの事件が、すべて旧東ドイツで起きている、あるいは発信源となっている事は、偶然ではない。東ドイツではドイツ人が過去に犯した犯罪を、「ナチスの仕業。」として、まるで他人事のような目で見てきた。これに加えて、ドイツ統合で「貧乏くじ」を引いた東ドイツでは、職が見つからない若い層を中心に、「外国人のせいだ。」というネオナチ思想に人気がある。学校の授業をサボったため、資格がなく仕事が見つからないドイツ人に、「悪いのはお前じゃない。外国人だ。」と言えば、これはウケル。こうして東ドイツは、ネオナチの温床となっている。東ドイツの警察、そしてVerfassungsschutzのメンバーが同様の極右思想に染まっていても、不思議なことではあるまい。テュ-リンゲン州のVerfassungsschutzの機関長が、「今後は人選を厳選する。」と発表したのも、これを裏付けるものではないだろうか。
          
編集後記
国会の特別調査委員会が設置され、ネオナチの犯罪が何故、解明されなかったのか、調査が始まった。この調査はVerfassungsschutzのゆゆしき実態を明らかにした。ネオナチのトリオの犯罪が明らかになった当日、Verfassungsschutzはファイルの破棄を命じていたのだ。秘密警察は、「保管の必要がなくなったので、処理しただけ。」というが、ファイルは2015年まで保管するように内部規定があったのはマズかった。何故、ネオナチとのコンタクトを記録したファイルだけが、よりによってネオナチの犯罪が明らかになった日に処理されたのか。これでは身内のボロを隠すためにファイルを処理したと解釈されても仕方がない。秘密警察の長官は責任を取って辞任したが、ネオナチの犯罪で殺害されたトルコ人団体は、「ドイツという国家への信頼を根底から破壊する行為である。」と声高に非難した。


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テロトリオが爆破したアジト。


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テロ(殺人)現場。



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