計算間違い。  (12.12.2011)

2008年9月に急速に悪化した金融危機は、ドイツでも多くの犠牲者を出した。本来は税金の徴収、払い戻しの為に存在しているLandesbankと呼ばれる州立銀行は、「税金の徴収だけでは十分な利益が出ない。」と本来の業務を忘れて、他のプライベート銀行と競うべく、危険な投資に乗り出した。州立銀行の取り締まり役員で、銀行の業務を取り締まる役目を負う州の財務大臣は、その任務を放棄して、お給料だけ懐に入れた。州立銀行は、"No Risk, no gain."と息巻いて、プライベート銀行が「危険なので手放したい。」という証券を、先を争って買い取った。当時、「どんなに危ない証券でも、州立銀行なら飛びついてくる。」とまで言われほどで、日本のバブル経済末期字の兆候があった。州立銀行は、「バブルが弾ける前に、一儲け!」と、市民から受け取った税金で危ない証券を買い漁った。

「危機は予期していない時に、予期してない場所で起こるから、危機となる。」と、あるドイツ人政治家が言っていたが、この賢い言葉を裏付けるように、ここで米国の有名査定会社からAAAのトップ査定をもらっていた大手の投資銀行、リーマンブラザーズが倒産した。一夜にしてドイツの州立銀行が抱えていた証券は文字通り、「紙切れ」となり、ドイツで金融危機が始まった。最初にザクセンの州立銀行が倒産、他の州の州立銀行に吸収される形で、最悪の事態は避けられた。次いでデユッセルドルフにあったNRW州の州立銀行も経営危機に陥り、行員を首にして人件費を削減、生き残りを図ったが、結局は倒産した。バイエルン州の州立銀行もかなり状況は悪く、「(用意した)資金が足りるかどうかわからない。」と州知事が漏らすほど、危険な状態だった。シュレスビヒ ホルシュタイン州の銀行も倒産の間際まで経営が悪化、州政府の財政支援で倒産を避けたが、未だに再建できるかどうかわかっていない。

ドイツ全土で州立銀行が経営の危機に陥ったが、この州立銀行よりも、もっとひどい有様のプライベート銀行があった。その一つがデュッセルドルフにある中堅の銀行、IKBだ。中小企業への投資を会社の指針にしてきたのに、州立銀行同様に「1部リーグへの昇格。」を夢見て、危ない証券に投資して見事に擦った。一気に経営が傾いたこの銀行は、「ドイツ政府が負債を負担する。」という条件で、投資家に二束三文で勝ってもらった。以後、国は銀行が出した負債額、なんと120億ユーロもの金を払ったが、この銀行は未だに経営危機を抜け出せていない。この銀行を買った投資家も根を上げて、「誰か買ってくれ。」と泣きを入れている。そのIKBもドイツ金融業界のブラックホール、HREと比較したら、まだ「かわいい」もの。社長のFunke氏は、HREが抱えている不良債権をオリンパスのようにひた隠しにした。オリンパスと違うのは、この秘匿が長続きしなかった事だ。

9月26日(金曜日)の就業後、HREは来る月曜日に支払い不能に陥る旨、ドイツ政府に通達、助けを求めた。メルケル首相は当初、HRE破綻が引き起こす余波を想像できなかった為、政府による公的資金の投入を渋った。面白いのは、この辺の状況が、リーマンブラザーズの破産前夜の状況と酷似している事だ。当時の米国の財務大臣は、ゴールドマンサックスの元社長だった。ゴールドマンサックスとリーマンブラザーズは犬猿の仲なので、米国の財務大臣は、「敵へ塩を送る。」処置を拒否して、リーマンブラザーズを破産させる事にした。そんな事を知らないリーマンブラザーズでは、社長など重役が集まって緊急会議が開かれてた。この会議には、この銀行で働いていた大統領の親戚が出席していた。銀行救済の手立てが尽きた社長は、このブッシュ大統領の甥に大統領に電話をかけさせて、窮状を訴えることにした。銀行の経営陣が緊張して見守る中、電話はホワイトハウスに繋がり、この甥っ子は名前を名乗って大統領への会話を要望した。しばらくしてオペレーターから帰ってきた返事は、"The President is not available."だった。こうしてリーマンブラザーズの破産が決定、世界はかってない金融危機に突入する事になった。
          
ドイツの政治家は、これと異なり賢く対処した。連邦銀行総裁、大蔵大臣、首相、ドイツ銀行の頭取のアカーマン氏、Commerzbankの頭取、そして経済専門家が週末に集まって、公的資金を導入の是非を討議した。アカーマン氏は、「(HRE救済が行われないと)ドイツの銀行システムは崩壊する。」と警告、Commerzbankの頭取は「(HRE救済が行われないと)月曜日には、ドイツの銀行は存在を辞めるだろう。」とアカーマン氏に同調した。大蔵大臣も程度の差こそあれ、概ねこれに同意した為、HREへの350億ユーロの公的資金導入が決定された。問題はそんな大金を、どうやって月曜日に東京で株式市場が開く前に調達するか、そして誰がどれだけ資金を出すか。これが揉めに揉めた。やっと合意を見た解決策では、銀行業界が最高80億ユーロまで負担、残りは納税者が支払うことにされた。数時間後、大蔵大臣と首相は一緒に記者会見を開きHREへの350億ユーロの公的資金導入を発表、同時に、「ドイツでは銀行は倒産させない。」と約束、政府がいかなる手段を取ってもドイツの金融システムを守る決意をデモンストレーションした。当時、市民は詳しい事情を知らない為、「何故、政府はそんなに真剣になっているんだろう。」と不思議がったが、もしドイツ政府が米国の真似をしていたら、目も当てられない状況になっていただろう。

あれから3年経ったが、未だにHREが残した穴は埋っていない。政府はこれまでHREたったひとつの銀行に対して1100億ユーロを超える保障を出し、2009年に43億ユーロ、2010年には39億ユーロの損益を出しているが、最終的には500億ユーロの損益になると予想されている。このとんでもないブラックホールを作り上げたHREの社長のフンケ氏は、責任を負わされて銀行を首になった。ところがフンケ氏は、これだけの損失を出したにもかかわらず、不当解雇で国を訴えた。氏によれば、銀行とは2013年までの雇用契約書を交わしており、氏には2013年までの給与の支払いを受ける権利があるという理屈である。日本に住んでいると、「客が希望すれば、いつでも解約できる。」と契約を解釈してしまう事が多く、ドイツでよくトラブルになるが、契約は契約である。契約書にサインしたら、これを自分の都合で変更する事はできない。このケースでも裁判所は、「銀行を所有してる国は、契約書を遵守する義務がある。」と判決、フンケ氏が勝訴してしまった。こうしてフンケ氏は、ドイツの銀行システムを崩壊の間際まで送って、納税者に多額の負担を強いた褒美に15万ユーロを国からもらうことになった。もっともフンケ氏の要求額は、350万ユーロだったから、裁判所はフンケ氏の要求のごく一部を認めたに過ぎない。これが高給を貰っているドイツ人マネージャーの姿であり、モラルなどを期待するのは、お門違いである。

さて、国有化された破綻銀行HREだが、株を売る機会を逃した株主が、「私企業の国有化は資本主義でななく、共産主義である。」と裁判所に訴えたが、負けた。あれだけの損益を出しておきながら、まだ株価の復活を期待する株主の期待は、気持ちがわかるが、往生際が悪すぎる。国有化されたHREは、Deutsche Pfandbriefbankと害のない名前に変わり、今はほそぼそと不動産業界への資金融資を行っている。HREの遺産となった大量の不良債権は、soffin(銀行救済ファンド)、米国で言えばBad Bankに移されて、ここで管理、処理をしている。ところがこのファンド、国の機関である為、民間の銀行のように一般市民向けに決算報告をしないで、大蔵大臣に決算報告書を送るのみである。この為、このファンドがどれだけ損益を出しているか、財務省の報告書を注意深く読んで、去年の数字と比較する努力をして始めて明らかになる。このファンドが2010年に出した報告書では、2010年には国が不良債権に与える保障額、及び国が払う損益を合計して2116.5億ユーロとなっていた。この数字はHREだけでなく、冒頭で述べた州立銀行の不良債権、プライベート銀行の不良債権などを合計した額で、なんとドイツの国家予算の1/4にあたる膨大な額である。ところが2011年に最新の報告書があがってくると、国が負担する金額は1610億に修正されていた。その差額、550億ユーロである。ドイツの財政赤字額が800億ユーロである事を考えれば、いきなり国の財政赤字が2/3も減少した事になる!大蔵大臣のショイブレ氏は、「金がないよりは、あるほうがいいじゃないか。」とこの計算違いを茶化そうとしたが、ドイツのメデイア、そして野党はそれほど好意的ではなかった。
          
その後の調査で、不良債権を管理しているsoffinが、計算間違いをしていたことが明らかになったが、誰もこの計算間違いの責任を取らされなかった。プライベート銀行で、550億ユーロもの計算間違いをすれば、間違いなく首になるだろいう。 ところが官僚のミスは、国民が責任を負うので、お咎めなしである。まさに"Bad Bank"の名前にふさわしい、お粗末な銀行運営である。
          

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フンケ氏の残した破産銀行の、


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処理に頭を抱えるショイブレ大蔵大臣。



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