NRWの屈辱 (29.05.2012)

メルケル首相、ユーロ危機では状況を常に誤判断(今でも状況を把握していない)、次から次へと失策を繰り返してるが、忘れっぽいドイツ国民は相変わらず首相を支持しており、不思議な事に一向に支持率が下がってこない。多分、好景気のお陰でだろう。しかし首相が党首を務めるCDUは、地方選挙で負け続きである。メルケル首相が二度目の任期に就任した3年前、ドイツにある16州の内、11の州がCDU/CSUの統治下にあった。それが今、たったの7州にまで激減した。戦後、一度も政権を明け渡したことがないCDUの居城、Baden-Wuertemberg州でも、マップス州知事が住民の反対を無視してシュトッツガルト駅の改造計画を推し進めた為、愛想を尽かされて政権を失った。お陰で与党は上院での過半数を失って、野党の承認なくしては法案を通せなくなった。この苦境下の5月13日、首相の将来を決めかけないNRW州の選挙があった。

ご存知の通り、NRW州は人口1300万人を抱える最も大きな州である。この州の経済力だけで、スペインの経済力に匹敵する。日本で言えば東京のような存在で、この州選挙の結果が、国政の行方を決めることが多い。実際に2005年にあったこの州の選挙で、州知事を出していたSPDが敗北を喫し、その後に行われた下院の選挙でもSPDは敗北を喫し、シュレーダー政権は終焉を向けることになった。こうして誕生したのがドイツ初の女性首相であるメルケル首相であるから、メルケル首相がこの事を忘れる筈はなく、首相は背水の陣でこの選挙に臨んだ。首相はこの大事なNRWの州選挙で「目の中に入れても痛くない」秘蔵っ子のRoettgen氏を州知事候補としてNRW州に派遣した。Roettgen氏はすでにベルリンで環境大臣に就任している。その大臣が州知事候補として名乗りを上げるのだから、異例の出馬である。それほどまでに首相は、この選挙を重要視していた。

首相の切り札であるレットゲン氏だが、州知事候補になる前は環境大臣として「褐色石炭発電は、環境を破壊する諸悪の根源である。」と発言、緑の波に乗ろうとした。その大臣がNRW州の州知事候補になったから、良心があれば、その呵責に悩まされただろう。NRW州は褐色石炭発電のメッカであり、この州にはドイツで最大の電力会社、Eonと、第二の電力会社、RWEの本拠地がある。この2つのドイツを代表する大企業からの政治献金は無視できないばかりか、政治家の多くはこの電力会社の取締役員名簿に名前を連ねており、一心同体の運命である。さらに炭鉱では、まだ数千人の労働者が働いている。これを敵に回すと、選挙に勝つことは不可能である。そこでレットゲン氏は、「褐色石炭発電は、原発の変わりになる電力の供給源が確保されるまで、欠かせないエネルギー源である。」と発言、変わり身の早さを見せた。

こうした氏の「努力」にも関わらず、氏の支持率は一向に上昇しなかった。現州知事のクラフト女史がスキャンダルのない政治を行っていたので、住民が政権の変化を希望していなかったのも理由のひとつだが、氏の変わり身の早さが、住民の信用を得る助けにならなかった。しかし氏の支持率を下げていたのは、氏のはっきりしない態度だった。「選挙に負けても、NRW州に留まるのか。」という質問に対して、「この州で政権を獲得するのが目的である。」と方向違いの回答をすることで、将来の決定を避けた。つまり「選挙で勝てれば州知事になるが、負ければベルリンに戻って環境大臣を続ける。」という姿勢が見え見えだった。これまで二股をかけて選挙で勝った政治家は少ないが、レットゲン氏はこれまで党内で出生の階段を登ってきた為、地方政治の経験に欠けており、状況判断が甘かった。

氏の選挙プログラムもお粗末な物だった。「NRW州はSPDの政権下、破産に向けてまっしぐら。」と与党を声高に非難するのだが、じゃ、どうやって財政を改善させるのか、具体的な政策について言及しなかった。州知事のクラフト女史は、「州の財政を破綻に追いやったのは、4年間のCDU政権じゃないか。」と言うだけで、この論拠を片付ける事ができた。「環境大臣の肩書きをもって州選挙に臨めば楽勝。」と楽観していたレットゲン氏は、上昇するどころか、下降する支持率を見てあせった。何か、選挙民を挽き付けるプログラムが必要である。そこで氏は、側近に相談する事もなく、「この選挙は、メルケル首相の欧州政策の是非を問う選挙である。」とやってしまった。党首脳部はこのレットゲン氏に発言に驚き、急いで消火作業にかかった。次々にCDUの幹部が、「NRW州の選挙は地方選挙であり、中央政府の政策とは一切、関係のない。」とコメントして、レットゲン氏は赤っ恥を書くことになった。
          
この失言でレットゲン氏は、さらに人気を落とした。切羽詰った氏は、土壇場での人気回復を狙い、テレビ局にインタビューの機会を与えが、「どうして選挙に負けた際の身の行方をはっきりさせないんですか。」という質問に際して、「州知事はCDUの内部で決めるものではなく、残念ながら選挙民が決めるものだから。」とやってしまった。鋭い司会者はこのヘマをも逃さず、「何故、残念ながらになるんですか。」と質問。レットゲン氏はテレビカメラの前で致命的なミスをしたことに気づいたが、もう種は蒔かれた後だった。選挙の前日には(氏の問題発言にもかかわらず)メルケル首相はNRW州にやってきて、氏を擁護、首相の人気でレットゲン氏の首を救おうとした。
          
しかし選挙結果は無惨なものだった。選挙前は35%の得票率を確保して、まだ第一党の地位にあったのに、氏の活躍で得票率は26%にまで激減、さらには憎っくきSPDが39%もの得票率を確保して、第一党に躍進してしまった。これによりレットゲン氏の任務、「州知事のポストを敵から奪う。」は見事な失敗に終わった。ところが氏の失言はそれだけで終わらなかった。選挙後の敗北会見で、「CDUは失敗を犯した。」と発言、まるで他人のミスであるかのように語った。すでに無惨な敗北を味わった氏に対して、「じゃこれは党の責任で、あなたの責任ではないという事ですか。」と突っ込む司会者は容赦がなかった(日本のインタビューとは全く違う)。氏はこの時点でも急いで前言を撤回、「これは私の失敗で、私の敗北である。」と言い直される始末だった。
          
唯一の援護射撃は、保護者のメルケル首相から届いた。首相は選挙後、「レットゲン氏は優れた環境大臣で、信頼している。」と発言、これで氏はベルリンに戻って大臣の椅子に座れるものと安心していた。ところがレットゲン氏の屈辱はまだ始まったばかりだった。CDUの兄弟党であるCDUの党首、通称、古狸のゼーホーファー氏が頼まれてもないのに、国営放送にインタビューを提供、テレビカメラの前で「(CDUは)選挙前は35%の支持率があった事を忘れちゃいかん。これを26%まで落としたその張本人が、のほほんとベルリンに戻って、環境大臣の椅子に座っていいものか。」と発言した。「今、言ったことはすべて放送していいからな。」とゼーホーファー氏が撮影チームに念を押している箇所まで放映されたお陰で、CDU内部では大騒ぎになった。レットゲン氏は選挙での敗北に加えて、兄弟党からのちょっかいで、大臣としての威厳が地に落ちてしまった。この時点で首相は、「レットゲン氏の続投は無理。」と判断、健康を理由に辞任するようにうながした。

これにレットゲン氏は驚いた。首相が「行って来い。」とうので、州選挙に出たのに、選挙に負けると「大臣も辞任しろ。」というのである。昨日は、「信頼している。」と公言した首相の言葉とは思えない。氏は反抗した。「辞任はあり得ない。」と首相の提案をきっぱりと蹴った。こうして、この前までは「目の中に入れても痛くない」だったのに、目の上のたんこぶになってしまった。2日後、首相は再度レットゲン氏に辞任の用意があるか聞くが、答えは、"Nein."だった。首相は氏に大臣の責務から解任する旨告げると、大統領にこれを通知、記者会見に望み、「レットゲン氏を環境大臣の責務から解任した。」とだけ声明を出した、普通ならば、「これまでの尽力に感謝する。」とお世辞の一言も付け加えるものだが、その一言さえもなかった。レットゲン氏はじゅうたんの上で粗相をした犬のように、追い出されてしまった。
          
州選挙の敗北後、どのみち大臣のポストも失うことがわかっていれば、レットゲン氏は「選挙に負けても、NRW州に留まり、野党の党首して責務を果たす。」と明言できただろう。また、「大臣の椅子を捨てても、州政治に専念する。」というイメージで、多少は票を獲得することができたに違いない。なのに二股をかけたばかりに、両方のポストを失ってしまった。ちなみにレットゲン氏の後釜で環境大臣に就任したのは、メルケル首相の側近、イエスマンで知られるアルトマイヤー氏である。お相撲さん並みの体格で、張り手をくらって膨らんだいるような顔をしてるので、一度見たら忘れることはない。政治策略には長けているが、環境分野ではど素人なので、あまり期待しない方がいいだろう。今、ドイツは核エネルギーからの脱却+代替エネルギー導入の大事な時期にある。政治戦略だけで、果たしてその重責を果たすことができるだろうか。
       

歓喜の涙をぬぐうクラフト女史。
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超ブル~な(まだ)環境大臣、レットゲン氏。
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