終わりの始まり (09.06.2012)

2年前に「ユーロは崩壊するだろう。」と誰かが言っていたら、「パニック狙いの、愚にもつかない主張。」と、相手にもしなかっただろう。しかし1年後には、「ユーロが崩壊するかもしれない。」と、少し自信がなくなってきた。さらに1年経った今、ユーロ崩壊のシナリオが現実味を持ってきた。事実を把握しないで、「来る。」「来ない。」と推測するのは、「半」、「丁」と賭けるのと同じで運次第。そのような推測は他人に任せて、ここではユーロを破綻の淵に追いやっている欧州の実情を紹介してみよう。

ユーロの土台に最初のヒビが入ったのは、それまで誰も真面目に取っていなかった小さな柱にすぎないギリシャである。ドイツのヘッセン州程度の経済力しかない小国が、米国に匹敵する経済力を有するユーロ圏を揺るがす事が可能だとは、今でも信じ難い。これまでユーロの土台として重圧を一切支えていなかったこの細い柱が倒れた程度では、ユーロの土台を崩すほどの衝撃はない筈だった。問題は有名なドミノ効果にあった。マッチ棒のようなギリシャの柱が倒れると、隣に建っていたアイルランドとポルトガルが押し倒されて、勢いを増してスペインやイタリアの土台を揺るがし始めた。欧州政府はアイルランドとポルトガルに財政援助を行って柱を再建、スペインとイタリアが共倒れにならないシステムEFSF、"European Financial Stability Facility"(欧州金融安定機構)を構築した。

この対策は功を奏したように思えた。ところが2012年5月になって、ユーロを支える大きな柱の一つであるスペインが再び揺れ出した。2011年に行われた銀行のストレステストでは、「危機になっても、十分な自己資本がある。」としてスペインの銀行はすべてこのテストに合格していた。ところがその銀行の一つが、「金が足りない。」と言い出した。この銀行、"Bankia"は、ドイツで言えば、Sparkasseのような存在で、完全にプライベートな銀行ではなく、州が経営に関与してる銀行である。2008年に崩壊した国内のバブル経済で経営が悪化した4つの銀行が統合、"Bankia"となったが、これにより負債額も4倍になった。ところがこの銀行、典型的なラテンの経営で、2011年の決算では4100万ユーロの儲けを出していた。ところが2012年5月になって、「実際は33億ユーロの損出だった。」というのだから、これをラテン式経営と呼ばないで何と呼ぶべきか。

この銀行はすでに2011年に300億ユーロの資金援助を政府から受けていたのだが、未だに峠を越えず、今度は1900億ユーロほど必要だという。合計2200億ユーロである。たったひとつの、それもストレス テストに合格した筈の銀行でこの様、この額面である。「危ないのは、ここだけではなりだろう。」と誰もが疑い出し、銀行同士が金の貸し借りを渋り始めた。スペインの銀行連盟によると、スペイン全土で不良債権額は26000億ユーロという天文学的な数字に昇り、スペイン全土の銀行の資本を7600億ユーロほど超えているという。つなわち最悪のシナリオになった場合、スペイン政府は銀行救済の為、この金を捻出する事になる。そのスペインの経済事情は火の車である。失業率は12.5%。経済は縮小しており、その幅は0.3%とギリシャよりはマシだが、この大穴を埋めるに必要な税金収入がない。この台所事情が苦しい時期に、スペインで一番お金持ちの州である筈のカタロニア州が、「月末に払う金がない。」と言い出した。観光で栄えている州だったので建築ラッシュに沸き、バブル経済破綻の影響は大きかった。これまでお金に溢れていた州でこの様である。他の貧しい州はさらにひどい。こうしてユーロの土台を支えている4大柱の一つであるスペインの柱が、大いにぐらつき始めた。

幸い、今必要なのは経営難に陥った銀行の救済費用、「たったの」400~500億ユーロである。ドイツなら簡単に"Petty Cash"から出ただろうが、スペインにとっては大金である。「振る袖がない。」スペイン政府は、「銀行が直接、EFSFから資金援助を受けれるように条件を変えて欲しい。」と欧州中央銀行に嘆願したが、メルケル首相の「駄目。」で淡い希望は潰えた。この穴を埋めるためにスペイン政府は国債を発行、これを欧州中央銀行に預け、この国債をかたにして金を借りようとした。この方法は欧州中央銀行が直接に国債を大幅に購入する形になり、総裁が首を振った。欧州中央銀行には、そのような機能/権限は与えられていないのだ。窮地に陥ったスペイン政府は、「欧州の銀行連盟を作り、各銀行が負担金を払い込み、困っている銀行に資金援助を行うべきだ。」と欧州銀行連盟案を出してきたが、これほど現実味に欠けている提案はない。ドイツの銀行が、投資に失敗したスペインの銀行にお金を払うわけがない。そんな事が可能なら、銀行は危険な賭けに手を出して、赤字を出す度に支援を要求できてしまう。このスペイン政府の具にもつかない提案が示しているように、スペインは今、藁をもつかむ状況で、破産の一歩手前にある。

にもかかわらず、スペイン政府は「カノッサには行かない。」とEFSFの助けを拒否している。この資金援助を申請することにより、厳しい節税政策を強制させられた挙句に、景気がさらに後退することを危惧している為だ。しかし、今、スペインは10年物の国債に6.5%もの利率を払っており、崖っぷちに立っている。利率が7%を超えたら、好む、好まないに関わらずとEFSFの助けを申請するしか方法がない。現在の6.5%の利率にしても、長い期間、我慢できるものではない。スペインの現状を見る限り、国債の利率があがることはあっても、下がることはないだろうから、遅かれ、早かれ、カノッサ行きは避けられないだろう。そうなるとこれまでユーロを支えていた大きな柱のひとつが倒れる事になる。その結果は長く待つまでもないだろう。イタリアに飛び火する。しかしEFSFはイタリアを救済できるだけの財源がない。スペインが財政援助を申請した時点で、ゲームオーバーなのだ。
          
イタリアの国債の利率がじりじりと上がり始め、6.5%に達すると欧州中央銀行が介入するしか、他にユーロを救う手立てはない。7%に達する前に消火しないと、もう手遅れになる。しかしこれには欧州中央銀行を改革して、中央銀行が直接に介入する権限を与えなくてはならない。これに反対をしているのがドイツだ。ドイツが言うには、国債の利率が高いのは、これまでやりたい放題をしてきた、だらしない国家財政が原因だ。病気の根源になっている財政赤字を解消しないで、国債を買い上げると、いい気になって国家財政を修正しないというのだ。
          
問題を複雑にしているのは、このドイツ人の考え方だ。ドイツ人はインフレに対して、こっけいとも思われるほど大きな不安を抱えている。30年代に、ドイツの紙幣は紙屑となった。これまでの蓄えが、一夜にして消散した経験を持つ、唯一の(欧州の)国民だ。これが原因で、ドイツ人はインフレをペストのように嫌う。日本人やイタリア人には決して理解できない。「中央銀行がイタリアのように経済力の大きな国の国債を買い始めると、大量の金が市場に出回って、これがハイパーインフレーションを引き起こす。」とドイツ人は信じている。そのドイツ人に「イタリアを助けないと、ユーロが崩壊する。」とドイツ人に言っても、「インフレを引き起こす。」と言う返事が返ってくるだけで、理解し得ない。ドイツ人はさらにその上を行って、「ユーロが崩壊すれば、ドイツ マルクを導入すればいい。」と言う。「ハイパーインフレをもう一度味わうよりは、ユーロ崩壊の方がまだ我慢できる。」というのだ。ドイツ人を説得するのは、馬を説教するよりも難しい。
          
正直な所、事態が今後どう発展するのか予想がつかない。2年後、この記事を読み返して、「それみろ、言わんこっちゃない。」となるのか、それとも「成る程、その手があったのか。」と欧州の政治家の手腕、決断能力に感嘆することになるのだろうか。できれば後者である事を祈りたいが、前者の方が可能性が高いように思えて仕方がない。
          
編集後記
6月9日、スペイン政府は欧州政府に財政支援を要請した。正確に言うと、スペイン政府がEFSFに対して、国内銀行への資金援助を要求をしたもので、スペイン政府がEFSFの傘の下に入ったわけではない。欧州政府は直ちに1000億ユーロまでの財政援助を行う用意がある事を告示して、市場をなだめようとした。6月11日の市場を見る限り、これは成功したように見える。しかし、あまり楽観しない方がいい。スペインの銀行が抱える不良債権、それも銀行連盟が認めた分だけでも、2600億ユーロもあるのだ。この数字を前に、楽観するのは時期尚早だ。公式には400~500億ユーロの財政支援が必要なスペイン政府だが「万が一」の場合を考慮して、その倍に近い財政支援を要求するだろう。一度ならともかく、2度目の財政支援が必要になると市場の信用を失う為だ。

仮に欧州政府からの財政支援で銀行が救われたとしても、今後、スペイン自体が、EFSFの傘の下に逃げ込む可能性は決して低くない。スペイン政府、及びスペインの自治州は大赤字で公務員の給与の支払いで首が回らない状態だ。景気が回復しない限り、マドリッドの中央政府は地方自治体に財政支援を行う必要が出てくるが、政府にはその財源はない。そのとき、スペインはどうするのか。スペインの前途は欧州政府に助けを申請する前と比べて、一向に改善されておらず、単に時間を買っただけである事を忘れてはならない。
          

バブル景気の破綻により、買い手のつかないビルを
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抱える銀行の経営も傾いた。
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