見切り発進。 (30.07.2012)

債務に悩むギリシャ政府が、「借金を払う為に、さらに借金してレース場を建設、F1を誘致して一儲けしよう。」と言い出した。この案を見るだけで、どれだけ(ギリシャに関わらず)政府は商売のセンスがない事が一目でわかる。人口が多く、車のレースが人気のドイツでも、レース場は赤字経営である。人口が少なく、国民所得の低いギリシャで、黒字になる筈がない。レース場は郊外/僻地にある為、レースが開催されない期間中は、交通の便の悪さが手伝って訪問者の数は少ない。ドイツにはニュルブリクリンクとホッケンハイムという大きなレース場が2つあるが、得に産業基盤の弱いアイフェル地方にあるニュルブリクリンクは、慢性的な赤字経営に悩まされていた。一見、お金儲けの機会にように見えるF1グランプリにしても、汚職にまみれた主催者が226万ユーロもの「開催料」を要求するので、F1グランプリを開催する度に赤字が増加、レース場の経営難はさらに悪化した。

民間企業であれば、黒字を出したことがなく、赤字が拡大している企業は倒産を申告するしか他に道はない。ところがニュルブリクリンクは州が経営に参加している公法人であり、政治家が取り締まり役員に名前を連ねていた。その政治家が、「このままでは赤字経営から抜け出せないので、レース場を大改修、ホテルや遊園地を含めた一大テーマパークにしよう!」という夢話を持ち上げた。運よくこの案は連立与党であったFDPから、"Ohne mich!."(やなこったい。)と言われ、日の目を見なった。ところがそのFDPが州選挙で負けて州議会から姿を消したのがこの州、Rheinlad-Pfalzの不運の始まりとなった。

新しい州政府で財務大臣に就任したのは、ニュルブリクリンク社の取締り役員に就任していたDeubel氏。氏は早速、ニュルブリクリンクの大改造計画に取り掛かった。その結果できあがったのが「ニュルブリクリンク 2009」と名付けられた壮大な構想で、総工事費用が2億1500万ユーロというもの。州にとって巨額の投資になるが、費用の半分は個人投資家から出る事になっていた。この計画を聞かされた州知事は、巨額の投資額に戸惑ったが、拒否するとレース場は倒産するので、「ニュルブリクリンクを倒産させた張本人」と指を指される事を恐れ、見切り発進の"Go"を出してしまった。

州政府が計画するプランで、計画通りに運ぶものはまずない。象徴的な例はハンブルクのコンサートホール。ハンブルクは、まるで第三帝国時代の建築物を彷彿とさせるこの巨大なコンサートホールを、必要もないのに3億2300万ユーロもの巨額を投資して、建設することにした。正直な話、一般庶民が人生で何度コンサートホールに足を運ぶ事があるだろう。そんな金があれば、庶民が日々利用する、市の古くなったインフラ設備を修復すべきでった。それだけでも十分なスキャンダルだが、河口での難しい場所で工事が難航、総工事費用は5億ユーロに迫ることが明らかになった。その後、建築会社と市の間で誰が差額を負担するかで大きな問題になったが、市が「総工事費用は、工事の進捗次第で変更する。」と書かれた契約書にサインしていた為、差額は市の負担になった。開いた口がふさがないとはこの事だ。

ニュルブリクリンク 2009においても、工事が始まると、総工事費用は3億3000万ユーロに上る事が発覚した。もっともこれはよく使われる手である。最初は「安い」値段を提示して住民の怒りを買わないようにする。こっそりと工事を開始してから、「実は、、。」とやるのである。すでに工事は初まっているので、市民が反対行動を起しても、今更、取り消しができないという訳だ。ところが今回は、そんな程度のスキャンダルでは済まなかった。

ドイベル氏の言う、「個人投資家」は、ドゥバイに住むスイス人の自称投資家で、スイスの銀行を通して、投資の申し出が舞い込んできた。「濡れ手に粟。」で早速、契約を交わしたドイベル氏。「これでニュルブリクリンク 2009はもう完璧。」と思っていたが、この投資家、「口座にお金を振り込む前に、まずは州の信用性を実証するために、こちらの指定するリヒテンシュタインの口座に8000万ユーロ払い込むべし。」と要求してきた。会った事もない他人の口座に、州政府は何も考えず8000万ユーロもの税金を送金して、先方からの入金を待ったが一向にお金は入金されなかった。この時点でようやく、「何かがおかしい。」と悟った州政府はこの投資家のバックグランドを洗い始めた。するとこの投資家は、ホームページはおろか電話番号さえももっていない、いかがわしい人物である事が明らかになった。州政府は8000万ユーロも送金しておきながら、相手の電話番号が合っているかどうかの確認もしなかったのだ。

とどのつまり政府がリヒテンシュタインに送金されたお金は、この自称投資家が違法に稼いだ金を洗濯する為に使われたことがわかった。マネーロンダリンクを防ぐべき政府が、マネーロンダリンクの片棒を担いだのだから、お粗末な話だ。こうしてニュルブリクリンク 2009の総工事費用の半分を個人投資家からの投資で補う案は机上の空論と化し、犯罪の片棒を担いだドイベル氏は責任を取って辞任した。しかし責任者が辞任したからと言って、問題が消えてくなるわけではない。個人投資家がいない今、すでに工事は始まっており、今更後戻りできない。総工事費用は州が負担することになった。にもかかわらず州知事のベック氏は、「納税者には1セントもかからない。」と大見得を切った。
          
ベック氏の最後の希望は、ニュルブリクリンク 2009が大成功して、その収入で工事費をカバーできるという現実味のないものだったが、溺れかかっている氏に、他にどんな選択肢が残っていただろう。州はニュルブリクリンクの運営権をリントナーホテルに貸与、リントナーホテルがレース場経営の才能を発見して、窮地を救ってくれることを願った。リントナーはニュルブリクリンクの目出し物として、「世界一早いジェットコースターを建設する。」と発表、これでレースに興味のない一般市民を呼び込もうとした。ところが出来上がったジェットコースターは、世界一どころか設計上のミスで運営許可が下りず、完成すると同時に産業廃棄物と化してしまった。まさにこの事業を象徴する有様である。一体誰がジェットコースターさせも稼動していない遊園地に、車を2時間もかけて運転してくるだろう。ホテルの空き部屋に悩んだホテル主は、「レース場の使用は、リントナーホテルに宿泊する者だけ。」と勝手な規則を作り上げて、周辺にある安いホテルから客を奪い、せめて高いホテルの部屋でけでも埋めようとした。
          
リントナーホテルは運営権の貸与と引き換えに、レース場と遊園地から上がる(筈の)収益の一部をテナント料として州政府払う約束になっていたが、訪問者の数が一向に改善しないため、赤字経営、テナント料はどんな袖を振っても出てこなかった。州政府はリントナーホテルをテナント契約の破棄で脅したが、ない袖は触れず、どんなに脅しても政府が当てにしていた金は入ってこなかった。堪忍袋の緒を切らした州政府はついにテナント契約を破棄したが、それで状況が改善するものではない。テナント料が全く入ってこないので、ニュルブリクリンク社は経営危機に陥った。同社は、レース場の大改造にかった費用の支払い義務があるが、会社の金庫はからっぽだ。普通の会社ならこの時点で倒産を申告をするものだが、州が経営に参加していた為、レース場経営が軌道に乗るまで州が補助金を出してやることにした。
          
納税者にとって不幸中の幸いだったのは、この州知事の破滅プランを欧州議会が止めた事。政府が特定の私企業に財政援助を行うのは、公正な競争を妨げるのものであり、州政府の一存で決めることはできない。州政府が私企業に財政援助を行う場合、欧州議会に援助の理由を挙げて申請、議会で討議されてから、決議されるのが筋だ。しかし欧州議会は他の議題で一杯で、今から援助を申請しても議題に上るのは夏休み後、9月以降になる。しかし、ニュルブリクリンク社は、今月(7月)の月賦も支払えない状態だ。やっとこの時点で州知事のベック氏は、倒産申告以外に道がない事を悟る。ニュルブリクリンク社の倒産会見に臨んだベック氏は、「欧州議会が援助を認めないために、ニュルブリクリンク(社)の倒産を申告せざるを得ない。」と欧州議会を非難、まるで自分の責任ではないかのようなそぶりであった。
          
編集後記
ニュルブリクリンク倒産が巻き起こしたセンセーションが収まるのを待ってから、ベック州知事は長年わずらっている病気を理由に辞意を表明した。氏が後任者に指名したのは、これまでの厚生大臣で、スキャンダルに関与していないDreyer女史だった。これは誰も予想していなかった。というのも女史は不治の病にかかって車椅子に座っていたからだ。病気を理由に辞任するベック氏の後任者が、さらに重度の障害に悩んでいる事実は、誰が見てもおかしなものだった。ちなみに同氏は最も任期の長い州知事として州知事に君臨してきたが、これが原因で現実とのコンタクトを失しなった政治家の代表的な例である。
          

倒産した州営レース場の、
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釈明会見に臨む責任者。
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