カタログ(通信)販売の終焉。 (11.08.2012)

日本の高度経済成長は60年代にやってきた。経済基盤が整っており、世界最先端の技術力を誇っていたドイツでは、戦争で破壊されたインフラの整備が進むと、すでに50年代に高度経済成長期を迎えた。「欲しがりません、勝つまでは。」と長い間窮乏に耐えてきたドイツ人は、ようやく手に入れたささやかな資産で、さまざまな商品を買い求めた。ただし当時は品薄の時代で、市内にある小さな商店は日用雑貨のみ扱っており、消費者の購買意欲が満たされることはなかった。これに目を付けたネッカーマンなどのパイオニアが、一種の嗜好商品、今日の視点からみればとても質素な物であったが、のカタログ通信販売を始めた。

カタログと言っても、今のようにカラーで商品の写真が印刷された豪華なものではなく、わずか数ページの冊子で、それも商品の多くは手書きの絵。にもかかわらず、これがドイツ人の消費心を煽り、大ヒット、次々に新しいカタログ商売が誕生した。この当時の名残りで、ドイツでは今日でもドイツ人の一番大切な"Urlaub"(休暇旅行)は、旅行業者の印刷したカタログを見て、行き先、泊まるホテルなどを決める(航空チケット込み)。電子化の波が90年代の後半にやってきたが、その売り上げ高はカタログ販売に比べて微々たる物であった為、カタログ商売の未来は安泰であるように思われた。当然、多くのカタログ販売業者は、インターネットにて商品を提供する必要性を認めなかった。「半世紀近くうまくいった商売方法を、どうして変える必要がある。」というわけだ。

典型的な例は、メトロ系列のSaturn, Media Marktの2大家電百貨店だ。21世紀の初頭、この2店はまだ客で溢れかえっていた。レジの前には長蛇の列が出来ており、15分も待たないと商品を購入できなかったが、それでも客足が絶えることはなかった。まさに「飛ぶ鳥を落とす勢い」で、独自の電気製品を開発して既存の大メーカーに挑んだり、独自のテレビ番組を作成するなど順風満帆で、向かうところ、敵なしであった。メトロは、「儲かっているから、必要なし。」とすでに存在していた同社のインターネットページを閉鎖するなど、時代を逆走した。そのツケは10年後にやってきた。今、この家電店を除いても、客足はまばらで、かっては名物になっていたレジの前の長蛇の列などは存在しておらず、レジのおばさんは暇をもてあましている。お陰でメトロはこの店舗で大赤字を出している。起死回生を狙ってようやく2012年にインターネット販売を再開したが、すでに時遅し。小さな規模ながら、すでに市場で存在を確立したインターネット専門の家電販売業者には歯が立たなかった。

カタログ通信販売も同じ運命に遭った。まずデパート系列のQuelleが倒産した。Quelleはインターネットにも進出しており、まだかろうじて黒字を出していたが、本社のデパート業で会社の経営が傾き、金のかかるカタログを印刷する金がなくなった。本社倒産によりカタログ販売のQuelleは、ライバルのOttoに吸収されてしまった。2012年になるとカタログ販売の最大手、ネッカーマンが倒産した。電子化の波を長く無視、やっとインターネット販売を導入したが、カタログ販売のイメージが強く、ウエブページの訪問者は一向に上昇しなかった。当初は従業員の解雇で危機を乗り切ろうとしたが、すでに時遅し。請求書が払えなくなり、倒産を申告することになった。

こうして「カタログ販売の御三家」で残っているのは、Ottoだけになってしまった。オットーは、アマゾンが本屋から始めたように、靴の通信販売から始まった。これに衣服のカタログ販売が加わり、次に家電製品と、次々に商品の枠を広げていった。カタログ販売業者御三家の中で、唯一電子化の波に乗り遅れなかった会社で、今ではアマゾンに次ぐ第二のインターネット販売高を誇っている。それでもカタログ部門を抱えている為、アマゾンのように完璧なまでにIT化されたシステムに対して後塵を拝しており、従業員の数がアマゾンよりも圧倒的に多い。これが会社の業績を改善する妨げとなっている。この危険を、「今、儲かっているから変える必要はない。」と傲慢な態度で否定しないで、ちゃんと認識して、社内にて利益の上がらない部署の整理を進めている。もしアマゾンに対抗する会社があるとすれば、このドイツの星、オットーだろう。

電子化の波は、カタログ販売業者に終焉をもたらしたが、死が新しい生命を生むように、新しい会社が幾つも誕生した。バイエルン州の片田舎、人口数百人の村で家電製品を細々と村民に販売していた小さな店舗が、電子化の利点、店舗を持っていなくてもドイツ中の消費者に商品の販売が可能になる事を読み取り、インターネットで商品の販売を開始した。こうして無名の小さな店舗が、家電最大手のSaturnやMedia Marktに真っ向から勝負を挑んできた。得に過疎部や東ドイツでは、このインターネット業者が多く誕生した。インターネット業者は金のかかる店舗などを借りず、自宅をオフィスに利用して経費を削減した。消費者にしてみれば、ちゃんと注文した商品が届けば、店舗があろうがなかろうが、どうでもいい事だった。さらには家賃が安い地域なので、商品を保管する倉庫を安く借りられる。結果として無名な店舗が、大手よりも値段を安く提供できる事を可能にした。こうしてインターネット業者は安い値段を武器に、大手から客を奪い始めた。値段意識の強いドイツ人を相手に、この戦法は大当たりした。他の欧州諸国と比較しても、インターネットで購入する人の割合はドイツが断然のトップの座を占めている。

ちなみに「日本のオットー」事、"Rakuten"が日本で集めた豊富な資金源を元手に北米、欧州に進出している。独自の販売網を築く手間を省いて、既存のオンライン販売業者を買収する方法を取った。面白いことに本社をバイエルン州の大学町、バンベルクに置いている。日本の大手家電メーカー、東芝はレーゲンスブルクに「中央補給所」を持っているから、Rakutenでも同様に、商品を管理する倉庫の関係かもしれない。ドイツを見る限り、Rakutenは苦戦中だ。知名度が低く、すでにインターネット市場で確立している店舗に対抗できていない。利用している客の数が少なく、その少ない顧客の満足度も低い。買収した会社をそのまま使っているため、効率の悪さが改善されてないようだ。過去、欧州に進出した日本のデパートなどは現地の営業体制に馴染めず、すべて撤退を迫られている。Rakutenはこのジンクスを崩す事ができるだろうか。


電話帳よりも厚いカタログ。
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