"Wendepunkt"(転換点) (20.09.2012)

2012年7月以降、ユーロ危機が悪化した。ギリシャ、ポルトガルは言うに及ばず、欧州の落第候補生、スペインとイタリアに「飛び火」したのが原因だ。1999年にユーロが導入された際、1ユーロ115円程度だったユーロが、当時、94円まで暴落したので、記憶に残っている人も少なくない筈だ。

ユーロを(当面)救済する方法は二つあった。最初のひとつは、ECBがユーロ国債を発行して、イタリア、スペインの国債にかかっている圧力を取り除く方法だ。ところがこの案は、「私の目の黒い内はユーロ国債は有り得ない。」と公言したメルケル首相の反対で、実行が難しくなった。好む、好まざるに関係なく、ドイツの賛成、少なくとも暗黙の了解がない限り、ECB総裁と言えど、欧州の金融政策を独断する事はできない。残る方法は、ECBが直接イタリアやスペインの国債を買取り、国債にかかっている圧力を取り除く方法だ。実際には同じことなのだが、この方法であればメルケル首相の面子が救われる。しかし問題がないわけではなかった。ECBの任務はインフレーションを抑えることが主要任務とされており、ユーロ加盟国が発行する国債の直接買取りは、どんな形であれECBの任務ではなかった。

欧州議会は当初、ユーロ救済基金を構築して、ギリシャなどの債務国家の財政支援に乗り出したが、次々と救済を要請する加盟国が出てきて、その能力の限界に達してしまった。そこでこれまでの救済基金をEFSFと改名、中国などの外貨を抱えてその使い道に困っている国に資金援助をしてもらおうとした。この案は、日本から支援意思の表明があったが、肝心の中国はあまり興味を見せなかったので、名前だけは変わったが、中身はユーロ救済基金のままであった。そこで今度は三度目の正直、ESMを立ち上げて加盟国内で対処することにした。このESMはこれまでの失敗、「国家予算立案を加盟国に任せて、欧州議会はこれをコントロールしない。」から教訓を学び、欧州議会が加盟国の財政赤字を監視して、必要とあれば予算案を決定する機能を有することにした。さらには債務で首が回らない国に財政支援を行う機能を持っていた為、ドイツ国内から大きな反対の声があがった。「ESMは本来国民にある主権を奪うものである。」というのが建前だが、本当はこれまで豪勢な生活を送ってきた為に債務がふくらんだギリシャ、スペイン、イタリア等にお金を払うのが嫌だった。日本だって、北朝鮮の債務に対して財政援助を求められたら「なんで俺たちが?」という事になっただろうから、これはまあ仕方のない反応だった。

こうした背景があって、ECB総裁のドラギ氏はユーロ危機(厳密に言えば債務信用危機だろう)の強敵に立ち向かうのに、最も効果的な武器の使用を禁止されている状態で、思うように対策が打てなかった。そうこうするうちに、これまでくすぶっていた煙がスペインで燃え始めた。ESMがまだ発足していないので、EFSFがこれに介入、最大1000億ユーロまでの財政援助を承認したが、これによりEFSFの資金源は底を突いた。ところが今度はイタリアでくすぶり始めた。もしイタリアで燃え出しても、これを消火に向かう消防車も水ない。この有事に直面して、ドラギ氏は「ユーロを救うために、ECBの権限でできる事はすべて行う。これがユーロを救済するに十分である事を確信している。」と発言、必要となればECBが介入して、債務国家の国債を買うことを示唆した。市場は安堵のため息を漏らしたが、ドイツの連邦銀行総裁はこの発言を攻撃、「それはECBの任務ではない。」と非難した。

この非難は決して的を外れたものではないが、ではどうやってユーロを救うのか、その代案に欠けていた。ドイツ政府は、「債務国家の財政立て直しが最優先だ。」と言うが、失業率が20%を越える不況の真っ只中で政府の支出を削れば不況が悪化するだけで、不況が経済成長に転換しない事は、ギリシャ例をみなくてもわかっていい筈だった。にもかかわわず、総選挙前に支持率の低下を下げたいドイツ政府与党は、ECBの案に反対した。「ECBが国債を買ってしまうと、スペインやイタリアはこれまで通りのいい加減な財政政策に戻ってしまう。」という理屈である。あながち間違っている主張ではない。ところがここで1ユーロが対ドルで1.20を瞬間ながら割ってしまう。ユーロ導入時、1.18ドルであったから、1.19は"Nomands Land"だ。ここまでユーロが下がると、ECBが市場に介入しなくてはならない。この危機に直面してようやくドイツ政府は妥協、条件付でドラギ氏の案に同意する用意がある事を伝えた。

このドイツ政府の豹変に怒ったのがドイツ連邦銀行の総裁だ。ドイツ政府と連邦銀行はこれまで一貫共同して、ECBによる債務国家の国債の買取りを批判してきた。しかるにドイツ政府が、ECBに「寝返った」形になり、ドイツ連邦銀行総裁は政府の信頼を失ったとして、辞意を表明した。この大事なときに総裁に辞められたら、市場に与える衝撃は計り知れない。大蔵大臣と首相が必死なって翻意している内情がマスコミに漏れ、その結果、ECB VS. Bundesbankの争いでドラギ氏が勝った事が推測された。このニュースにスペインは大喜びした。ECBによる国債の買取りが半分公になったので、スペイン政府は、「なんで今、ESMに財政支援を要請する必要がある。」と公式な支援要請を渋りだした。支援を要請すると厳しい緊縮財政を課される。その結果、ギリシャのような惨状に悪化することを恐れ、「ECBが国債を買ってくれるまで待とう。」という「果報は寝て待て方針」に転換した。

まさにこれこそ、ドイツ政府が恐れていた国債買取りプランの「副作用」であり、国債買取りプランではこれに対策を講じる必要がある。9月6日、定例の欧州銀行評議会にてECBによる国債の買取り計画が決議され、1票の反対(何処の国が反対したか、言わなくても明白だろう。)があったが、この案が採択され、これに引き続き行われた記者会見で公式に発表された。ちょうどこの時、外国に滞在中であったので日本の新聞で報道を追ったが、その報道の内容はストレスの溜まるものであった。「ECBは債務国家が緊縮財政を約束する事を条件に、これからの国の国債を買うことを発表した。」という報道の仕方で、核心を見事に外していた。ECBは「緊縮財政を実施します。」という口約束などは信用しない。大体、この口約束が原因で、ユーロ加盟国が好き勝手に国債を発行、手に負えない国債危機に発展したのだ。口約束では、ECBからは指を動かすことさえしないだろう。

本当の所は、「ECBによる国債の買取りを希望する債務国家政府は、まずはESMに財政支援を要求せよ。」という事が大前提になっている。その後、トロイカ(欧州議会とIWF)のメンバーがその国の財政を調査して、厳しい緊縮財政政策を課す。その引き換えに、ECBが国債を買い取るというものである。さらに大事な点は、「3年までの国債に限り、無制限に購入する。」という点だ。何故、「無制限」なのか。スペインへの支援は、先に決定された1000億ユーロまでの銀行財政支援で十分だろう。だから、「買い取りの最高額は1兆ユーロまで。」とやっても十分な筈だった。しかし限度額を決めてしまうと、ヘッジフォンドがこの限度額を目指して総攻撃をかけてくる。買い取りの限度額に達した途端、その国は破産して、これは同時にユーロの終焉となる。その危険を発生させないように、ヘッジファンドに攻撃を誘発する側面を見せない為に、買取額を無制限とした。こうしてECBの覚悟を見せることにより、ヘッジフォンドから攻撃の意欲を奪い、市場に安堵を与えた。日本の報道は、そんな事には触れてもいなかった。発表前は、7%を超えていたスペインの国債(10年物)は、まだひとつも国債を買っていないのに、わずか数日で5%台に落ちてきた。戦略上の見事な一手だった。
          
ところが、やはりこの政策を批判する者は居るもので、その多くはドイツ人だった。その批判は、「国債の買取はECBの仕事じゃない。」から始まって、「そんなに大量に国債を買うと、インフレーションが起きてしまう。」という「ドイツ病」に染まったものだった。ちょうど4年前リーマンが崩壊、銀行システムの崩壊を避けるため、各国政府が銀行に財政支援を行い、市場にお金をばらまいた。当時から、「そんな事をしたら、ハイパーインフレーションが起きてしまう。」と言われていたが、一体、そのインフレは何処にあるのか。この例で足りなければ、日本を見てみればいい。日本はバブル経済の崩壊後、90年代からほぼ20年間も国債を買い上げているが、インフレーションどころか、デフレーションに悩まされている。今、大事なのは10年後にやってくるかもしれないインフレの心配をする事ではなく、利率が高騰して国債で財政が建てられない国を支援して、その国も経済活動を維持、促進することである。これらの国が財政破綻してから、薬を処方しても遅いのだ。一体、ドイツ人はいつになったら、木だけ見ないで、森を見ることができるのだろう。
          
話は逸れるが、本来、ECBの総裁にはドイツ連邦銀行総裁、Weber氏が就任する予定だった。それが今日まで明かされてない理由で、氏はスイスの銀行、USBの取締役員に就任した。そこで急遽、お役目が回ってきたのがドラギ氏だった。ウエーバー氏がECBの決断を批判しているのを見れば、計画通りに運んでいれば、歴史は全く違った進路を取ったことだろう。
         

ドイツ人の抵抗にも負けず、
461 (1)


ユーロを救ったドラギ総裁。
461 (3)

EUではなく、ECBにノーベル賞を授与すべきだった。

    
スポンサーサイト

0 Comments

Post a comment