Rechtsanspruch。(04.01.2013)

「ドイツ人は犬や猫などのペットは好きだが、子供は嫌い。」と言われて久しい。これを裏付けるように、ドイツでは女性の平均出産率が1.41と、欧州では最低レベルにある。同じドイツ人の住むオーストリアは1.4、スイスは1.46。「ドイツ人子供嫌い説。」は、まんざら間違っていないかもしれない。欧州内での優等生はフランスで1.96。比較の為に幾つか数字を挙げておくとタイは3.13。現地で見かける印象を裏付けてくれる。悲しいかな日本は1.21。この値は先進国の中ではシンガポールに続いて、2番目に悪い数字である。(一覧表はこちら

手遅れになるまで何もしない日本政府と違い、ドイツ政府は早い段階で手を打った。そのひとつが移民奨励政策である。減少するドイツ人の代わりに、外国人を受け入れて税金を払ってもらい、ドイツの年金システムを維持しようとした。シンガポールやカナダ政府が行っているように、高学歴の外国人を受け入れないで、ドイツでは主に単純労働者を受け入れた。一度失業するとこの外国人の再就職は言葉の壁、そして無資格も手伝って困難を極めた。しかしこうした外国人労働者は子沢山なので、ドイツ政府は移民から税金収入を得る代わりに、ドイツ人が働いて払った税金を外国人に分配する結果になり、移民奨励制政策は正反対の結果をもたらした。

これに懲りたドイツ政府は外国人労働者の移住を禁止、ドイツ人労働者から職を奪わないケースに限ってのみ、労働許可証を出すようにした。同時に外国人に頼らないで、ドイツ人女性を出産に元気づける為、"Kindergeld"と呼ばれる補助金を出して、出産率を上げようとした。この政策はある程度、効果があった。低所得層では、この補助金が家庭の収入の大事な収入源となった。又、この補助金は、先進国で多いシングルマザーが、愛想を尽かした旦那と無理に夫婦関係を続ける事なくして、一人で生活をしていく事を可能にした。こうして出産率の低下は止まったが、増加するには至っていない。その原因は教養の高いドイツ人女性の出産率が、異常に低い点にあった。

90年代まで、ドイツの大学システムが他の諸国と異なっていた。このお陰でドイツで大学を出て、始めて就職するのは早くても20代の後半、往々にして30代であるケースも珍しくなかった。ドイツでは女性でのキャリアを積むことができるが、それには男性以上に努力をする必要がある。そこでキャリアを積むは最初の5~6年は仕事に専念する。やっと将来の道が開ける頃には30代半ば。すぐに妊娠、出産すればまだ間に合うが、これまで仕事ばかりやってきたので、キャリア組の女性にはパートナーが居ない。職場に理想的な男性がいれば話は別だが、まさか部下の男性に手を出すわけにもいかない。威厳を保つには、社内恋愛はタブーだ。仕事に没頭するあまり、会社の外で誰かと合う機会は稀で、ずるずると結婚が先延ばし。気がつくとすでに40代で、子供を生むには危険な年齢に達してしまっている。

中にはキャリア組の女性でも、ちゃんとパートナーを持っているケースがあるが、妊娠、出産をすると2年間は職場を離れることになる。2年間も職場を確保してくれる会社は稀な上、例えそのような理解のある職場でも、キャリアの妨げになる事は疑いようがない。さらに子供を預ける幼稚園が見つからない場合、"Tagesmutter"(日中、子供の面倒を見てくる母親代わり)を雇わなければならない。これは大きな経済的な負担になり、すでにマネージャーなりの重要なポジションを持っているか、旦那との共稼ぎでないとそんな余裕はない。こうして「まずはキャリア。」と仕事が優先され、出世の重荷になる出産は、ずるずると先延ばしになる。こして何時の日か、やっと子供設ける日がやってくるが、年齢的、経済的に一人以上の子供を産む事ができないカップルが多い。

そこでドイツ政府は(ドイツから見れば)出産率の高いフランスや北欧の国のモデルを研究した。これらの国では幼稚園、保育園(ドイツ語では"Kindertagesstaette"、略して"Kita")の数が多く、女性は子供をKitaに預けて職場への早期復帰が可能になっていた。さらには大企業では会社内にKitaを設けており、母親(あるいは父親)が子供と一緒に出勤をする事を可能にしていた。こうして会社は有能な社員を職場に留めて置くだけでなく、早期に職場に復帰してもらう事が可能になり、会社もこのシステムで得をする事になる。後者は会社内の事なので政府が規定することはできないが、前者は政府が対処できる。そこでドイツ政府はKitaの整備を進めることにした。

厳密に言えば、Kitaの整備計画には別の原因があった。ドイツでは21世紀になるまで堕胎が禁止されていた。21世紀になってから、教会などの反対を押し切って当時の政府が幾つかの例外を許可することにした。子供の障害が出産前にわかった場合、出産により母親に生命の危険が生じる場合、そして性的な暴行による妊娠などのケースでは、法的に罰せられる事なく、堕胎をする事が可能になった。しかし子供を産むことにより、職を失う事になっては女性の権利を制限する。そこで母親が子供を幼稚園に預けて職場に復帰できるように、「満3歳の子供を持つ両親、あるいは母親は幼稚園に子供を預ける権利がある。」と規定した。それに今回のフランスや北欧の研究結果が加わった形になる。

規定したのはいいが、そこはドイツ政府のやることで、その具体的な実施を怠った。これに我慢ならなかったのが(前)家族大臣のvon der Leyen女史だ。大臣はドイツでは珍しい7人もの子供を出産しており、これを理由に笑いものになる事が多かった。(これがドイツの風潮である。)大臣は曖昧な状況に終止符を打つべく、「2013年8月までに幼稚園の数を増大させて、すべての子供が幼稚園に入園できるようにする。」と明言、「この時期以降、両親(あるいは母親)は、幼稚園の場所を要求する権利、"Rechtsanspruch"を有する。」とやってしまった。これは2008年の事である。

ドイツらしい事に、州政府はこの政府のお布施を真面目に取らなかった。2012年も終わりかけて、「22万もの子供に必要な幼稚園が欠けている。」事に気づいたが、期限まで10ヶ月しかない。幼稚園の保母さんを育成するには、最低でも3年の専門教育が必要な事を考えると、とてもじゃないが間に合うものではない。この計画をさらに難しくしているのがドイツ人の子供嫌いだ。幼稚園を開こうと適当な地所を借りると、付近住民から大反対される。「子供が近くに来たら、うるさくてたまらない。」という言い分だ。実際に付近住民から騒音の訴えがあり、すでに営業を開始した幼稚園も閉業に追い込まれるほど、ドイツ人は子供を嫌っていた。

切羽詰った("auf dem letzten Druecker")ドイツ政府は、「子供の騒音は不健康な騒音ではない。」と珍しく素早く対応して法律を改正した。これにより、騒音を理由に幼稚園の開園を妨げる訴えが起こせなくなった(起こしても負ける)。とは言っても、もうデッドラインまで時間がなく、とてもじゃないが期限までに十分な数の幼稚園を設けることはでいない。両親(あるいは母親)が、「法律で認められている幼稚園がない。」と地方自治体を訴えると、裁判所は自治体に賠償金の支払いを命ずるしか、他に判決の下しようがない。

これを恐れた州政府が新しい家族大臣のシュレーダー女史に、「法律の施行を遅らせてくれ。さもないと地方自治体は破産する。」と半分脅しの陳情を上げてきたから、すっかりご機嫌斜めだ。幼稚園を整備するのに5年の時間があったのに、地方自治体はこれまでその対策を怠ってきた。法律の施行を遅らせると、野党から、「5年間、何をしていたんですが。」と非難されるのは避けられない。間違いなく、大臣のキャリア上の黒星になる。しかしこの「アイデア」は前任者が出したもの。なんで後任者が尻拭いをしなければならないのか。大臣は、「期限に変更はない。」と明言して、地方自治体の願いを一蹴した。今後の対応/裁判が実に楽しみである。

編集後記
いいいよこの8月1日に上述の法令が発効する。この時点で満1歳(以上)の子供には、保育園(あるいは"Tagesmutter")を要求する権利が生まれる。これが見つからない場合、まずはその町の"Jugendamt"に子供の面倒を見てくれる場所を探してくれるように申請しよう。この"Jugendamt"が、「見つかりませんですた。」という返事を書面で送ってくると、この時点で初めて地方自治体を訴えることができる。もっとも「見つからないから、慰謝料を払え。」という暴力団のようなやり方ではない。どうしても仕事に行く必要があるので、プライベートの保育園(英才教育を施してくれるがべらぼうに高い)に預けて仕事に行くケースでは、差額を払うように地方自治体に訴えることができる。あるいは子供を預ける場所が見つからず、仕事に復帰できない場合は、これによって蒙った経済的損失を訴えることができる。ちなみにデユッセルドルフに住む多くの日本人家庭のように、奥さんが仕事に従事していない場合は、その権利はない。

それだけではない。弁護士事務所は、「これは儲かるぞ”」と今後殺到する訴えを期待して、「地方自治体への訴えは当事務所にて。」とすでに宣伝を開始している。それだけではない。保険会社が「訴えに備えて裁判保険に加入しましょう。」とすでに宣伝を開始している。もっとも中には「Kita-Platz関係は保険の対象外。」というケースもあるので、急いで加入する前に、この点、確認しておこう。


前任者の、
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尻拭いで面白くない後任者。
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