"Ingenieurskunst" (17.01.2013)

ドイツ人の誇りは、"Ingenieurskunst"。ドイツ製品、高価な精密、工作機械から住宅に使用されるドアまで、未だに世界の最高峰にあるのは、「この辺で十分だろう。」と妥協せず、完璧な精度を満たさないと我慢できないという国民性の賜物だ。時には、これがマイナス面になる事もある。数年前、デイーゼルエンジンの出す煤が環境、ひいては健康を害するとして問題になった際、ドイツ人はデイーゼルエンジンの燃焼効率を上昇させて、煤の発生を抑える画期的なデイーゼルエンジンの開発にかかった。ところがこれに時間がかかり過ぎた。ラテン系のフランス人はそのような思考過程をせず、煤フィルターを取り付ける事で問題をあっさりと解決してしまった。政府はドイツの車産業からの口約束、「あと少しで完成するから。」を信用せず、煤フィルターデイーの付いていないデイーゼルエンジン車の税金を大幅に上げた結果、ドイツ車も煤フィルターを装着する事を余儀なくされた。

このドイツ人の国民性に、"Organisationstalent"(組織力)も加わる。ドイツ人が組織を作ると、同好会であろうとも、会長、会長代理などの役職は言うに及ばず、会員遵守項目までびっちり決めてしまう。たかが同好会、会合でビールを飲んで雑談するだけでこの有様だ。このドイツ人の特性が、戦争などの特赦状況下で集約して発揮されると、想像を絶する事業を達成する事が可能になる。例えば、ドイツは大戦中に連合軍の爆撃に悩まされて、製造拠点を地下に移すことにした。飛行機やエンジンの製造、組立工場は言うに及ばず、製鉄所、合成ガソリンの製油所まで、ありとあらゆる工場を地下に建設した。そのひとつが"Mittelwerk"だ。山の中をくり貫いて、V2の製造、組み立てラインを地下に構築するばかりか、まるでサンダーバードのように(敵に発見されないように)山頂からミサイルが発射できるようにした。

その代償は高かった。この工事で2万人もの(主にユダヤ人)強制労働者が命を失った。V2の攻撃で失われた人命は6000程度であるから、V2は爆撃よりも製造でより多くの人命が失われた歴史上、唯一の武器である。そのMittelwerkは、ごく一例に過ぎない。ドイツ国内は言うに及ばず、連合軍の爆撃機の到達距離の外にあるポーランドやチェコでも、機密厳守の目的で数10キロに及ぶ地下都市が建設された。こうした地下工場の建設は、連合軍の爆撃が激化した1943年の夏から始まった。まずは地下工場の設計から始まったにもかかわらず、すでに1944年には地下工場での製造を開始している。平和時の今ならそのトンネル工事だけ数年間もかかるだろうから、ドイツ人は当時、驚くほど短期間に大きな工事を幾つも仕上げている。

建造物は何も地下ばかりではなく、地上にも多く建造された。主に国民を敵の爆撃から守る"Bunker"(防空壕)"Flaktuerm"(対空火砲塔)だが、あまりにも堅固な作りのため、戦後70年近く経っているのに未だにびくともしていない。面白い話がある。戦後、連合軍はこの防空壕を破壊して、連合軍の「技術力」をデモンストレーションする事にした。「本気になれば、防空壕などなど役に立たない。」とドイツ国民に見せつけようとした。ありったけの爆薬を防空壕に設置すると、住民を非難させてから爆破した。あまりの衝撃で、まだ窓の残っていた市内の住居の窓ガラスは、これを最後に全部割れた。爆破により巻き起こされた砂塵が収まってみると、肝心の防空壕はセメントの一部が欠けた程度で、大きな損傷はなかった。連合軍はこれに懲りて防空壕などの撤去を放棄したので、今日まで残る事となっている。(最近では防空壕をアパートに改造するのが流行ってる。)

ところが、その同じドイツで大規模工事が全く成功しなくなった。住民の大反対を押し切って建設を始めたシュトッツガルト駅の地下への移動("Stuttgart21")など、ドイツ人の"Ingenieurskunst"をもってすれば、「朝飯前」の筈だった。ところが工事が始まって(まだ)2年目なのに、「工事の遅れにより、予定していた45億ユーロではなく、65億ユーロ程度になりそうだ。」と工事主のドイツ鉄道が言い出した。「足らない分を出してくれないか。」と聞かれた州知事は怒った。この州知事は、元来、「"Stuttgart21"を止める。」と公約、票を集めて州知事になった。ところがドイツ鉄道が、「工事費は定額だ。変わることはない。」と約束したので、公約を守る代わりに、「工事を辞める方が、工事を進めるよりも高くなるから。」という理由で、"Go"サインを出した。なのにドイツ鉄道は1年も経たないで、前言を翻したのだから知事が怒るのも無理はない。州知事は勿論、工事費の負担を蹴った。こうしてドイツ鉄道が増額する工事費を全額負担する事になったが、笑ってばかりもいられない。この工事で出る大赤字は、ドイツ鉄道の乗車券の値上げで回収される。さらにこの工事は、工期通りに進んでも完成が2020年という気の長いプロジェクトだ。今回の「値上げ」が最後の値上げでない事を、覚悟しているべきだ。

時期を同じくしてハンブルク市の面子をかけた(つまり必要性がない)壮大なプロジェクト、"Elbphilharmonie"にて工事を請け負っていたドイツ一の建築会社Hochtiefが、「2億ユーロほど多めにかかりそうだ。」と言い出した。元来、この対空火砲塔のような巨大なコンサートホールは総工事費用が「たったの」7千万ユーロしかかからず、2010年に完成する筈だった。ところが再三に渡り値段が上昇、2012年末の時点で総工事費が5億7千5百万ユーロに膨れ上がった。実に予算の8倍強である。計画性のある事業とは言い難い。それでも完成すればまだいいが、今、すでに2013年に入ったのに、工事は止まったまま。完成は2017年になると言う。市は、「工事を他の建設会社に移すぞ。」と脅したが、建築会社はこの時点で工事を他の会社に移せば、さらに工期が送れ、費用が上昇するのをがよく知っていた。結局、市は折れて、「金は払うから、2016年中に完成させてくれ。」という妥協で落ち着いた。

"Die Kroenung"(頂点)は、2013年1月にやってきた。すでに4度も完成時期を遅らせていたベルリン新空港が、「2013年10月に予定していた開港は不可能。」と言い出した。新空港の監査役の長に納まっていたベルリンの市長がちょうど2013年の「新年のお言葉」で、「2013年に新空港がオープンする。」と明言した後だけに、工事費用を負担するベルリン市と空港の所在地であるブランデンブルク州の野党は、「金をもらって監査役になっていながら、監査していない市長は職務不適任だ。辞任しろ。」と大合唱を始めた。ところが市長のボーヴァライト氏は、「技術的な問題が原因なのに、政治的責任を要求するのはお門違い。」と辞任要求を蹴った。監査役員(長)が責任を取らないなら、一体、誰がこのずさんな計画の責任を取るのだろう。ベルリン市民だろうか。氏はそれでも監査役員長から辞職するだけの最低限度の理性は持ち合わせていたが、監査役員には留まった。代わりに監査役員長に納まったのは、ブランデンブルク州知事、プラツェック氏である。

ベルリン新空港は、去年、開港日を延期してから、悪いニュースが後を絶たなかった。まず防炎扉だが、未だに作動していない。時間と手間を節約する為に空港の運営に必要な高圧線と、通常の配線を一緒くたにして配線したのが原因である。さらにベルリン新空港は、火災の際に死因の原因になる煙を換気扇で屋外に誘導する装置を備え付けたが、設計上の間違いで全く機能しない事がわかった。こうして一度作ったターミナルの一部を取り壊して、再度、立て直すことになった。さらには手抜き工事の為、管制塔が不安定で傾く危険性が指摘された。ベルリン空港に発着する予定の航空会社は、「チェックインカウンターの数が少なすぎて、ベルリンの3空港を統一した乗客数に対応できない。」と苦情を上げて、ターミナルの全く新しい設計を要求した。そして今度は、まだ飛行機が離着陸していないのにあちこちで滑走路のコンクリートが割れだした。ひびが入っているような生易しいものではなく、見事に割れているのだ。そんな滑走路に飛行機が離着陸できるわけがない。

究極の計画ミスは欧州議会からやってきた。ベルリン新空港は離着陸に必要な進入空路を設定、この空路を使用する認可を受けていたのだが、よりによって進入空路に"Vogelschuetzgebiet"(野鳥保護地域)があった。ベルリン空港事業団はベルリン市が指定した野鳥保護地域を無視、その真上を通る進入路を採択していたのだ。これに我慢のならない野鳥保護団体が、「新空港の進入空路は野鳥の生存を脅かし、かつ、飛行の危険性を増すものである。」と欧州議会に苦情をあげた。この陳情を調査した欧州議会がこの事実関係を掴むのは、実に容易い事だった。地図に堂々と、「野鳥保護区域」と書かれていたので、この地図にベルリン空港事業団が提出した進入路を記した地図を重ねるだけでよかった。こうして新空港が予定していた進入路の利用許可が取り消されるのは時間の問題となり、仮に2013年中に空港が完成しても飛行機が離着陸できないという事態に発展した。

もっとも、その心配はしなくて済むだろう。最後には、「ベルリン新空港は規模が小さすぎて、とても予想される乗客を処理できない。」とベルリン新空港のさらなる欠点も指摘されている。新空港は年間2千7百万員の利用客を見込んで設計された。だからチェックインカウンターの数も少ない。しかし人口が60万人を割るデユッセルドルフ市の空港で、利用客は2千万人を越えている。人口がデユッセルドルフの5倍強もあるベルリンで年間2千7百万の利用客数はあまりにも少な過ぎる。フランクフルト空港の向こうを張るにのはやり過ぎだろうが、せめてミュンヘン空港の利用客数、3千8百万人程度は見積もってしかるべきだった。今のままでは空港が(いつの日か)完成しても、2~3年後には拡張工事が必要になる。とどのつまり、今の時点で完成している新空港の大部分を取り壊して、作り直す可能性が出てきた。

肝心の新空港の開港予定だが、空港事業団は「(開港が)2014年まで遅れる。」と言っているが、交通大臣はもっと悲観的で、「多分、2015年。」と現実的な見方をしている。まだ2013年は始まったばかりなので、空港オープンにはうまく行っても、あと2年はかかる。ベルリンに行くので、「到着するベルリンの空港はどちらでしょうか。」と、心配をする必要は当分ない。一体、ドイツ人の"Ingenieurskunst"は、何処へ逝ってしまったのだろう。

編集後記
一向に完成しないベルリン新空港に業を煮やしたエアベルリンはテーゲル空港にて増築工事を開始した。プレハブの到着ホールを空港の横に建設、エアベルリンでテーゲルに到着すると、まさか首都の空港とは思えない小さな「掘ったて小屋」で荷物を受け取ることになる。そこまではいい。この仮設小屋は空港の端にあるので、バスなどの公共交通機関を利用するには、延々と本来の空港ターミナルまで歩いて移動する必要がある。


弁護に熱心なBER(空港)事業団の元監査役員長(左)と、見るかにがっかりしている新監査役員長。

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