前哨戦 (31.01.2013)

1月20日にフォルクスワーゲン社のある事で有名な州、ニーダーザクセン州で州選挙があった。選挙前、州知事にはCDUが君臨していた。ところが、「大統領になってみないか。」と首相に誘われた為、州知事を辞任して大統領に就任した。そこまではいいのだが、州知事時代の汚職が暴露されて辞任を余儀なくされ、ただのおじさんに成り下がってしまった。すると、「そんな男に用はない。」と(若くて)美人の奥さんから離婚状を突きつけられて、孤独なおじさんになった(前)大統領。哀れすぎる。空席になった州知事の椅子に納まったのは、スコットランド人の名前と国籍を持つ、David McAllister氏だった。スコットランド人がドイツで政治家になり、しかも出世して州知事なるのは非常に珍しい。対立候補、SPDのWell氏はお世辞にも「男前」と言うには程遠く、日本なら甘いマスクのマックアリスター氏が女性票をかさらって再当選していただろう。果たして、ドイツではどんな結果がなったか、ここで紹介してみたい。

まず最初に、州知事のマックアリスター氏の弁護をしておかなくてはならないだろう。前大統領(前州知事)のスキャンダルで選挙民はCDUに愛想を尽かしており、選挙前の世論調査では野党SPDと、そのパートナーの緑の党が10%を超えるリードを保っていた。これに加えて、与党のパートナーであるFDPの醜態も重なって、氏はかなり不利な選挙戦を余儀なくされた。(男前だと何もしなくても支持率が伸びる日本とは違う。)次々と州選挙で城を奪われている首相は、「目の中に入れても痛くない」マックアリスター氏の選挙戦を助けるため、何度もこの州に足を運んで援護射撃を行った。「信ずる者は救われる。」といわんがばかりに追い風は、思わぬ方向からやってきた。

来る総選挙でメルケル首相に立ち向かうSPDのシュタインブリュック氏が国会を休んで講演を行い、その報償に2万5千ユーロもいただいていたことが明らかになったのだ。SPDの支持基盤である労働者がそれだけの金を稼ぐには、1年働く必要がある。なのにSPDの首相候補は一晩で2万5千ユーロもポケットに入れていた(税金を引いた手取りはその半分程度)。この一件は、シュタインブリュック氏は言うに及ばず、SPDの支持率を全国で低下させた。アメリカ人は、"When you are in a hole, stop digging."(穴にはまったら、掘るのを辞めろ。)と言うが、氏が大蔵大臣時代に失言を繰り返した通り、氏にはこの辺のセンスが全く欠如していた。この大事な時期に新聞社にインタビューを与え、「首相の給料は、その任務、責任を考えると安すぎる。」と本心を語ってしまった。

CDUはこの天からの恵みに深く感謝した。「安すぎるお給料」をもらっている首相は早速記者会見を開くと、「今の給料で足りています。」と殊勝なコメントして、相手の自殺点で得点を重ねた。ちなみにドイツの首相のお給料は1万6千ユーロ程度。これにいろんな手当てが付くが、首相のお給料としては、確かに安すぎる。ドイツよりも小さなフランスの大統領は、前政権時代に倍増されて2万ユーロのお給料である。欧州で最大の経済力、人口を抱える国の首相なら、もっと高くてもいいだろう。だがこれから「首相になろう!」という人物が、「給料が安すぎる。」とまだ獲得してもないポストの賞与を問題にするのは不味かった。お陰でSPDは毎週支持率を低下させて、投票日には政府与党と野党の支持率が拮抗することとなった。

選挙の行方を決めるのは、ドイツ軍の歴史上最悪の敗北となったスターリングラード戦線同様に、その側面("die Flanke")の防御を受け持つ同盟軍にあった。当時は進撃するドイツ軍の側面を守っていたルーマニア軍がロシア軍の猛攻で崩壊したが、CDUはルーマニア軍同様に頼りにならない連立与党、FDPを連れて選挙戦に突入した。選挙前、FDPは4~5%の低支持率を維持、「選挙後は、州議会から消え去る。」と誰もが確信していた。FDPが脱落すると側面がむき出しになる。ロシア軍/SPDはドイツ軍/CDUの退路を絶つだけでいい。補給がなくなれば30万人もの第六軍はまず先に弾薬、次に食料が切れて、崩壊する事になる。だからCDUは選挙運動中、度々FDPを援護射撃して、「CDUの政権パートナーはFDPである。」と明言、赤軍/SPD、あるいは緑の党と政権を組む可能性を否定した。ところがその肝心要のFDPは決戦の前夜まで、「レスラー、お前は党首から辞任せよ。」と日本の民主党のように党内抗争に集中した。

選挙速報が入ると、絶叫する声があちこちで聞かれた。側面防御を任されたFDPは先回から得票率をさらに1%以上伸ばして、9%を超える票を獲得した。これは誰も予想していなかった。一番予想していなかったのはFDPの支持者だった。速報が伝わると、緊張ムードが一気に解けて、選挙事務所は勝ち戦ムードに染まった。そのFDPと連立政権を組んでいたCDUは、スキャンダルが効いて得票率を落とした。しかしライバルのSPDよりは明らかに多くの得票率(正確には36%)を獲得して、第一党に留まった。世論調査ではSPDに負けていた為、この思わぬ成果にCDUの選挙事務所は、FDPの善戦も手伝って、戦勝ムードに沸いた。SPDと連立政権を組む予定だった緑の党は、13%を越える同等の過去最高の得票率を記録、戦勝ムードに染まった。SPD自体は世論調査からかなり支持率を下げたが、それでも32%の選挙率を獲得した。支持率が下がった分は緑の党の善戦のお陰で、カバーできて十分満足のいく結果だった。結果、赤軍/SPD&緑の党とドイツ軍/CDU&FDPは得票率で並ぶという、ドイツ史上かってない接線になった。

州議会の議席は137。過半数を制するには69議席必要である。選挙速報の時点では、双方68議席を獲得、残りの1議席を獲得する側が政権を獲得する。 こうして選挙の行方は1%未満、コンマの差で決定される事になった。逐次、得票率が更新される選挙管理委員会のホームページにアクセスが集中、機能ダウンしたくらいだから、どれだけ市民の関心が高かったかよくわかる。最終選挙結果は、やっと23時になって入ってきた。残りの1議席は赤軍に分配される事になる事になり、首相はまたしてもCDUの大事な砦を失った。例え秋の総選挙で首相が勝利を収めることになっても、上院は野党が圧倒的過半数を制しており、政府が法律を通すのはますます難しくなった。同時にこの選挙結果は、首相の人気だけでは選挙に勝てない事を証明した。現時点ではSPDの首相候補のシュタインブリュック氏の支持率は過去最低を更新中、首相の戦勝が確実視されているが、この選挙結果は秋の総選挙が与党にとってピクニックではない事を如実に示した。

可哀想なのはマックアリスター氏。州知事の(高価な)年金を生涯確保するには、273日間の在籍が必要である。敗戦によりこの日数にわずか40日欠ける事となり、氏の年金計画は水の泡となった。しかし、この選挙の本当の敗者は左翼政党と海賊政党だった。左翼政党は党のマスコット、Wagenknecht女史を挙げて選挙に臨んだが、先回の7.1%から4%も得票率を落として、同等は統計にも出てこない「その他」として処理されて州議会から消えた。左翼政党は党内抗争、党首による東ドイツの賛美、挙句の果てにカストロキューバ(元)首相へのお誕生日のお祝いカードなどのスキャンダルが続き、選挙民から愛想を付かされた。これまでの地方選挙で何度も議会入りを果たしてきた海賊政党は、党内抗争に党上層部のナチスの賛美が続き、挙句の果てには破局的な党内の惨状が明らかになり、誰も真面目に取らなかった。得票率2.1%に留まり、「その他」として統計からも消えた。

この選挙後、負け組みではあるが大方の予想に反して得票率を伸ばしたFDPの党内で大きなドラマがあった。選挙前、同党に属する国際援助大臣のニーベル氏が、「今のままの体制では選挙に勝てない。新たな人選が必要だ。」とレスラー党首の同席する会場で党首を非難した。3~4%という最低の支持率の責任を取らされた氏は、この侮辱を甘受した。「選挙後、氏は党首から辞任するだろう。」と誰もが予想していたが、同党の善戦は党首の立場を強めた。「いざ、鎌倉!」と好機を見たレスラー氏は、誰も予想していなかった攻撃に出た。

氏は党首を辞任する用意がある事を表明した。これまで密かに「次期党首」として推されていたブリューデルレ氏は、この党首の一手に戸惑った。今、党首に就任してこの秋の総選挙で敗北すると、現時点ではその公算が高いが、レスラー氏ではなく、氏がその責任を取らされる。おまけに党の要職はレスラー氏の息のかかった人員で占められている。四面楚歌の状況下で独自のポリシーを押し通すのは難しい。こうしてブリューデルレ氏は党首の座を固辞した。これには誰もが驚いた。この前まではすぐにでも党首になりたいような言動だっただけに、氏の豹変振りに首をかしげる者も多かった。こしてレスラー氏は、機を見るに敏の一歩で党首の座を死守した。もっとも党の支持基盤が反レスラーなので、いつまで党首に留まることができるか、微妙である。遅くてもこの秋の総選挙の結果で氏の運命が尽きる可能性は高い。


勝ち組。
472 (1)


負け組み。
472 (2)
         
         
        
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