キプロス島を救え! (11.03.2013)

日本語でキプロス島。ドイツ語でZypern。日本人には馴染みのない名前で、「何処にあるの。」という人も少なくない。ちょうど日本の北方領土のような存在なのがこの島。トルコの目と鼻の先にあるこの島は、東ローマ帝国が滅亡してからは、トルコ領となっていた。島の住民はギリシャ系(70%)とトルコ系(30%)に分かれているが、これまでは大きな争いに達することなく一緒に暮らしていた。ところが過半数を占めるギリシャ人が、ギリシャ本国からの支援を得て、トルコ系住民への圧迫を始めた。ちょうど小国の日本が北方領土を占領するようなもので、そんな革命がうまく行く筈がなかった。トルコの反応は長く待つ必要がなかった。トルコは軍隊をキプロス島に上陸させると島の北部を占領してトルコ領、キプロスの傀儡政権を樹立した。軍事的に歯が立たないギリシャ人は、指を加えて見ているしかなかった。

以来、ギリシャとギリシャ系住民は、自らこの問題を招いたことを都合よく忘れて、「トルコ政府の違法占領を許すな!」と叫び続けている。以後、キプロス島がニュースになるのは、トルコ系住民とギリシャ系住民の衝突くらいで、このちっぽけな島には欧州、あるいは世界で取り上げられるほどのニュース価値はない筈だった。ところがこの島(ギリシャ系住民の地域)が欧州共同体に加盟申請をした頃から、事情が変わってくる。イスラム国家トルコのEUへの加盟は決して認めないが、キリスト教徒のキプロス島が加盟申請をすると、EUは本来は加盟国だけに与えられる加盟国の特権を与えてしまった。

具体的に言えば、キプロス島へ(から)の関税がなくなった。キプロスの生産物と言っても、ワインくらいしか思い浮かばないが、キプロス産の製品、生産物は、関税なしで欧州に輸出できるようになった。同時にキプロス島に籍を置く企業は、欧州内で自由に活動できるようになった。これが問題の始まりだった。(キプロスの)ギリシャ人は、ここに大きなチャンスを見た。キプロス政府は企業への税率を低く抑えて、欧州内で高い税率に悩んでいる中小企業、十分に儲けているのに税金を節約したい大企業を誘致することにした。これが大ヒット。

実例を例を挙げてみよう。ドイツの中小企業、例えば運送業は、ちょうど導入が決まった高速の有料化に悩まされていた。東ヨーロッパの安い運転手で営業している競争相手は値段を安く設定しており、これと競争するドイツの運送業者は、高速料金を完全に値段に上乗せできず、自己負担した。こうして会社の実績が悪化、経営不振に陥った。そこでドイツでしていた会社登録を落として、キプロス島で会社を登記した。つまりキプロス島に本社(郵便受け)があり、ドイツに支店を置くという形である。これまではドイツで上がった利益に対して税金を払っていたが、登記の変更により、キプロス島で税金を払う事になり、大いに税金を節約する事が可能になる。こうして賢い企業は法律の抜け目をかいくぐって、税金天国キプロス島に大挙してやってきた。

お陰でキプロス島の弁護士事務所はかってない大盛況に見舞われた。欧州中の企業から、キプロス島での会社登記の問い合わせ、登記依頼が殺到した。「一生に一度の儲け時!」と本来は離婚裁判を専門にしていた弁護士なども鞍替えして、企業登記の専門事務所に変わった。目抜き通りにはスターバックスならぬ、こうした弁護士事務所が軒を連ねており、キプロス島がどうやって金を稼いでいるか一目瞭然だ。ちなみにキプロス島への登記には、弁護士事務所はどこも3000ユーロ要求しているが、これにより合法に税金が節約できる事を考えると、こっけいなほど少ない経費である。おまけに会社の登記費用は必要経費で落とせるので、会社への負担は事実上ゼロ。こうしてキプロス島の経済は、日本のバブル経済のように、黄金の経済成長期を迎えた。ところが今、キプロス島は破産寸前である。一体、何が起きたのだろう。

日本のバブル経済のときに銀行が土地ころがしで稼いだように、キプロス島の銀行も同じように不動産に投資した。しかもギリシャ本土の不動産に。ギリシャ経済が破綻して不動産の価値が地に落ちると、キプロス島の銀行の財政にはぽっかりと大穴が空いた。政府は銀行に財政援助、銀行システムが崩壊しないようにしたが、今度はキプロス島の政府が投資していたギリシャの国債が「半額カット」になり、今度は政府の予算にぽっかりと大きな穴が空いた。具体的な数字を見てみよう。キプロス島の国内総生産高に対する財政赤字率は140%で、日本の200%に比べれば、「御の字」だが、借金王のギリシャの170%と、借金王のプリンス、イタリアの120%のちょうど「中間」にある。

困ったことに、キプロス政府の国庫はからっぽで、2013年4月には債務履行不能になり、事実上、倒産する。公務員への給与カットなどで破産を先送りにする事ができても、夏まではもたない。そこでキプロス政府は欧州政府に、180億ユーロの財政援助を要求した。この額は、ギリシャやポルトガル、それにスペインへの財政援助に比べれば「ピーナッツ」である。欧州政府は、あのケチで有名なドイツも含めて、財政援助を承認する方向で、トロイカをキプロスに派遣して財政援助の引き換えに要求する緊縮財政プランの立案に当たらせた。トロイカが調査を終えて帰国すると、この調査書に従って緊縮財政プランを立案された。この計画の遵守を条件に、欧州中央銀行が正式に財政援助を許可しようとすると、いきなりドイツが「ちょっと待った!」と言い出した。一体、ドイツ人は今度は何処に「ケチ」をつけてきたのだろう。

トロイカがキプロスに派遣されて政府の財政赤字を調査している間、ドイツ政府はドイツ人らしく、欧州議会や欧州中央銀行を頭から信用しないでBND(ドイツの諜報機関)をキプロスに派遣、現状を調査させた。その報告書は「極秘」とされて、調査結果の閲覧は国会議員などの「資格」のある人物に限られた。閲覧条件は厳しくコピーは禁止、閲覧するにはBNDまで出向いて、カメラ、携帯電話などを身の回り品を検査されて、始めて閲覧室にて調査書を読む事ができた。そこにはキプロスの本当の顔が容赦なく記述されていた。キプロスは税金を節約したい欧州内の企業の憩いの地だけでなく、欧州のど真ん中にある脱税とマネーロンダリングのメッカである事が記述されていた。

一例を挙げてみよう。ドイツに限らず、欧州諸国はロシアからのガスの供給に依存している。問題はそのガス代金の支払いだ。ロシアのガス/石油会社は、(例えば)オランダにトンネル会社を設置する。表上はこのオランダの子会社に数億ユーロに上るガス/石油を売却する。子会社なので、市場価格ではなく、原価に近い額で販売する。この子会社は、欧州の電力会社にこのガス/石油を市場価格で販売する。この子会社、実はキプロスに「本社」を置く会社である。こうして電力会社からの支払いは、キプロス島の銀行に払い込まれる。こうしてロシアのガス/オイル会社は、オランダの会社へ出した請求書を提示して、「スズメの涙くらいし稼いでいません。」と主張できる一方で、本当の儲けは、キプロス島に銀行に蓄えられていた。金が必要になるとここからロシア本国に送金して、贅沢の限りを尽くした生活や、これを可能にする政府要人の賄賂などに使われた。BNDの報告書によれば、ロシアの大富豪がキプロスにパーキング(駐車)している資金は260億ユーロにも上り、キプロスの国民総生産高の3倍もの巨額の数字である。
          
すなわち欧州政府が財政援助を行いキプロス政府(とその銀行)を救うことは、税金を払わないで大金を稼いでいるロシアの大富豪を助けることになる。これがドイツ国民に受けるわけがない。そこでドイツ政府が、「ちょっと待った!」と言い出したのである。欧州中央銀行は、「キプロスが破産した場合の、欧州全域への衝撃は予測しがたい。」として、それでもキプロスを救援する用意がある。これに対してドイツ政府、特にショイブレ大蔵大臣は、「キプロスが破産しても、欧州への影響はない。」と破産させる方法を優先している。もっともどうしても援助に反対というわけではなく、「財政援助を行うなら、この財政援助で一番得をするロシア政府援助の一部を負担すべきだ。」とロシア政府をボートに誘い込もうとしている。問題は時間である。4月に事実上キプロス政府の国庫が空になるので、新たに政府間で協議している暇がない。
          
問題をさらに複雑にさせているのが、キプロス島の領域に推測されている膨大なガス資源だ。すでに発見されているガス資源だけで、キプロス島は30年間も自給自足できると言われている。この1月にキプロス政府は膨大なガ資源一部の採掘権を販売、その代償に1,5億ユーロもの大金を得た。つまる所、キプロス政府にとってこの財政援助額、180億ユーロはピーナッツなのである。問題は、この4月までにこの180億ユーロが必要になるだけで、あとはガス資源の開発でこの借金は簡単に返済できてしまう。だからこれまで「財政援助を受ける前に、脱税、マネーロンダリングに対して処置を取れ。」という欧州政府の要求を無視していた。キプロス政府が必要なのは、単に「一時のつなぎ」だけであり、欧州議会の言うなりになる事をこれまで拒否してきた。
          
これが又、ドイツ政府に気に入らない。将来、第二のノルウエーとなる地下資源に恵まれている国、これまで散々脱税を働いてきた国に対して、なんでドイツが財政支援をする必要があるのか。「お金が欲しければ、ガス田をロシアの大金持ちに売れば済むだろう。」というのだ。もっともな理論である。しかしすでに上述したように、時間がない。この1月、ショイブレ大蔵大臣は「ユーロ危機が収拾されていない次期に、危険を冒すべきでない。」と賢い判断を下し、キプロス島への財政援助に同意した。この辺が日本の政治家と違いだ。ドイツ国民が反対していても、キプロス島のような外国の「不良国家」に対してでも、「ユーロ圏の安定化に必要。」と悟れば、相応の決断を下す度量がある。日本の政治家なら、「そんな国を助ける金はない。」と国粋主義的な主張で援助を断っていただろう。

同じように情けないのが日本のメデイアだ。日本でもキプロスへの財政援助問題が取り上げられたが、この記事で一体何が理解できるだろう。民間機関が調査したら、それで終わりだって?そんなわけがある筈がない。キプロス島のようなちっぽけな島の報道でこの様だから、もっと複雑なテーマだともうお話にならない。これが原因で、日本では本当の欧州、世界の事情が伝わらず、おかしな伝説が広まる事となっている。



キプロス救済案に全く気が進まないショイブレ氏。
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