昔日の栄華を取り戻せ! (07.05.2013)

2012年に日本で鉄鋼業界の再編成があり、日本で最大規模の鉄鋼企業が誕生した。売上額(2011年)4兆円(300億ユーロ)を越える大企業で、粗鋼の生産高では世界第二の規模の企業になる。ドイツではまだ景気の良かった90年代に鉄鋼業界の再編成が進んだ。そのきっかけを作ったのは、ドイツ語で鉄鋼の代名詞にもなっている業界第二のクルップ社の(当時)社長、Cromme氏である。氏曰く、「2008年には8つの鉄鋼会社が市場を独占する。我が社もそのひとつでなければならない。 」と、業界第一の規模を誇るテュッセン社の敵対買収に乗り出した。

小さな会社が大きな会社を敵対買収するという異例なケースではあったが、クルップ社はドイツ銀行から「金銭面は任せてください。」というバックアップを取り付けてからの買収であり、テュッセン社の取り締まり役員も寛大な退職金に納得、あとはサインをするだけという所まで話が進んだ。ところがここで話がリーク(漏れ)した。職場を心配する労働者が本社前は言うに及ばず、ドイツ銀行の前でピーナッツをばら撒いて(注 1)連日抗議行動をした為、テュッセン社は売却を断念する事になる。その後、両社の間で、「折角ここまで話が進んでいるだから。」と再び話し合いが続けられ、1999年に両社は合併する事になった。

こうして誕生したのがドイツ最大の鉄鋼(軍事)複合企業、TheyssenKruppである。日本の鉄鋼会社は車や工作機械に使われる比較的簡素な粗鋼の生産に集中しているが、同社はその他にも値段の高いステンレスなどの特殊鋼、特殊装甲を使用した装甲車、世界にその名を馳せるドイツ海軍の潜水艦、駆逐艦、さらにはエスカレーター、エレベーターの製造、販売まで手がける複合企業である。タイ王国の首都、バンコクでBTS駅にエスカレーターで登る際、このTheyssenKruppのロゴを見ることができるのでご存知の方も多いが、世界中でその製品を販売している。2011/12年の売上額は335億ユーロ。(儲からない)粗鋼の生産量では日本の新日鐡住金には劣るが、売上高でこれを凌駕する大企業である。

世界経済が好調で鉄鋼不足が叫ばれていた2006年、テュッセンクルップ社はブラジルに製鉄精工所を建設すると発表した。翌2007年にはすでに世界経済に陰りが出始めていたにもかかわらず、クロム社長はこれまでの戦略に固辞、米国はアラバマ州に製鉄精工所を建設すると発表した。同社は工事費用を削減する為、環境汚染対策は申し訳程度に削減するとブラジル工場の建設を中国の土建会社に発注した。ところが出来上がった工場は機能しなかった。主な要因は溶接がいい加減で、このまま稼動すると「ばらばら」になりかねない危険な工場になってしまった為だ。危険な工場の一部を取り壊し、再度作り直し、やっと工場が稼動を始めた。たまに故障がなく工場が稼動すると、機能煤などを一杯含んだ排気ガスは煙突から大気に放出され、ドイツと比べたらこっけいなほど緩い現地の環境基準さえもクリアしなかった。ところが流石はドイツ人、ここでも解決先を見出した。同社が出資して環境保護団体を作り上げると、「現地の空気は工場建設により、一切影響を受けていません。」という報告書を提出。工場から出てくる排煙に悩まされた住民がデモを行っても、同社は「現地の独立した環境保護団体の発表によると、、。」と真っ白なベストを見せることができた。

ただし悪事はあまり長く続かなかった。現地の住民が次々と病気になると、ブラジルの環境大臣も(人気を落とさない為には)これを見過ごすことができなくなった。ブラジル政府はテュッセンクルップ社に対して、「営業許可を取り消すぞ。」と脅した為、中国製の役に立たない工場を取り壊して、新しく建設する必要が生じた。ところがすでに2011年で世界の鉄鋼への需要は下り坂。鉄鋼の値段は下がる一方で、鉄鋼を製造しても儲からないこの時期に、工場への再投資が必要になり同社の収支は悪化した。アメリカ工場も遅々として建設が進まず、総工事費用30億ユーロと見込んでいたが、実際にはその4倍、120億ユーロを楽勝で超えた。同社は2011年、その他の分野で黒字を出したものの、この南北アメリカ冒険の失敗が効いて、50億ユーロの赤字を計上した

これがまるできっかけになったように、同社のこれまでの悪事、もとい内部事情が次々と暴露された。日本と違い、ドイツの大手企業は労働組合に「急所」を握られている。その一番顕著な例がルフトハンザだ。パイロットは言うに及ばず、スチュワーデス、航空会社の地上勤務員、管制塔の管制官、空港のセキュリテイー、荷物を運送する肉体作業員まで独自の労働組合を持っており、次々にストを行いルフトハンザをぎゅうぎゅうに締め付けている。鉄鋼業界には一番の労働組合員数を誇る"IG Metal"という組合が存在しており、組合員、正確に言えば被雇用者の代表として派遣されている取締役員の機嫌を損なうと、とても高いものになる。ドイツ国内だけで1万4千人の社員を抱えるテュッセンクルップ社は、給与交渉の結果が0.5%高いか、低いか、それだけで数百万ユーロの違いになる。この数百万ユーロを節約する為、労働組合から派遣されている取締り役員をファーストクラスで(ドイツ人の大好きな)ブラジル、キューバ、そして中国は上海にご招待して、現地で会社経費で贅沢の限りを尽くしていた

取締役員の会社経費での「ご優待」と言えば、VW社の人事部長のブラジル人売春婦との情事が想起されるが、「ブラジル旅行」はドイツの大企業では特に人気がある。ドイツの大手保険会社も成績優秀だった販売員をブラジル旅行にご招待していたもの、そんなに昔の話題ではない。話をテュッセンクルップ社に戻そう。何処からか、このネタが外部に漏れた。メデイアは一斉にこの特ダネにとびついて、連日テレビや新聞で報道した。景気が悪く労働者が解雇されているこの時期に、労働者の権利を守るはずの労働組合のメンバーがこのような贅沢をしていることに対して労働者は怒った。当役員は職務からの辞任、及び、接待費用の一部返還を公言したが、そのくらいで労働者の信用が修復されるものではなかった。

このスキャンダルが起こした波風がやっと収まりかけた2013年2月、カルテル監査局がテュッセンクルップ社に強制立ち入り調査を行った。自動車用の鉄板の値段を、他社と談合した疑いである。ドイツでは「最初に口を割った者は無罪。」という法律があり、カルテル監査局に「ごめんなさい。私が悪うございました。」と告白すると刑事訴訟を受けなくて済むのである。今回も数年に渡って談合をしてきた(ドイツ国内の)鉄鋼メーカーが、「ごめんなさい。私が悪うございました。」と告白した為、カルテル監査局は詳しい資料をすでに手中にしており、その証拠を固める為に本社の立ち入り調査を行ったのである。新社長のHiesinger氏は、「テュッセンクルップ社は汚職や談合を断固拒絶する。」「そのような行動に対しては断固として処置を取る。」と声明を出せる都合のいいポジションにあった。というのもこうした談合は、氏がジーメンスから同社に移る前に起きており、社長は真っ白なベストを見せることができた。

このスキャンダルが起こした波風が収まっていない2013年3月、カルテル監査局がテュッセンクルップ社の取締り役員のオフィス、自宅に強制立ち入り調査を行った。今度は線路の納入で他社と値段を談合した「疑い」である。今回も数年に渡って談合をしてきた(オーストリアの)鉄鋼メーカーが、「ごめんなさい。私が悪うございました。」と告白した為、カルテル監査局は詳しい資料をすでに手中にしており、その証拠を固める為に立ち入り調査を行ったのである。新社長のHiesinger氏は、「テュッセンクルップ社は汚職や談合を断固拒絶する。」「そのような行動に対しては断固として処置を取る。」と声明を出し、取締り役員を3人首にした。(4人目は首になる前に辞任した。)

このスキャンダルが起こした波風が収まっていない2013年4月、テュッセンクルップ社はエッセンの検察に、「汚職をしました。」と自己告発した。同社はカスピ海に人口の島を建設、この島をカザフスタンに売却したが、この仕事がクリーンではなかったという。4億ユーロもの大事業であったが、その内8百万ユーロがオランダにある郵便受けだけのトンネル会社、"Rockflare"に送金された。しかしその使用目的は不明で、カザフスタンの要人を買う為にこの金が使われたようである。この一件が先の強制立ち入り調査で没収された書類から発覚する前に、同社は自己告発した。さらにはこのプロジェクトのマネジャーが、数百万ユーロ規模で工事に必要のない機材を発注していた。同社はこのマネージャー及び関係者を首にして損害賠償請求を裁判所に届けたが、だからといって地に落ちた同社のイメージ回復にはならなかった。
 
今後、テュッセンクルップ社はカルテルの違反により数十億ユーロの罰金(民事訴訟)を覚悟しなければならない。これに赤字操業を続ける南米アメリカの製鉄精工所も加わる。同社はなんとかしてこの両工場を100億ユーロ程度で売却したいと必死になって買い手を捜しているが、赤字操業の工場にそんな大金を払う用意のある会社はなく、現実的にみて30~40億ユーロで売れれば「御の字」ではないかと見られている。総工費120億もかかった事業であるから、空前の大赤字である。それでも今この工場を売らなければ、さらに会社の業績が悪化するというしんどい状況におかれている。某日本企業がテュッセンクルップ社のこの製鉄所に興味を見せているというが、一体、どのような考えがあってのオファーだろう。あの賢いドイツ人でさえ黒字にできなかった工場を、日本企業が買えば自然に黒字になるというものではない。リーマンブラザースの倒産後、某日本企業がリーマンの欧州部門を買収した。「黒字にできる。」と自信が」あっての買収だが、実際には赤字操業を続けた挙句、今年になって事業を閉鎖した。ブラジル工場も、その二の舞になるの可能性が非常に高い。

これだけ悪いニュースが続き株価が下落すると、この取締役会長であるクロム氏への風向きが強くなった。株主にしてみれば、同氏がその責務である監督任務を怠ったわけで、同氏を首にして取締会を入れ替えたい。しかし同社の株を25%保有する筆頭株主、クルップ財団の会長、Beitz氏(なんと99歳)がクロム氏を支持している限り、取締役会長の首の挿げ替えは不可能であった。実際、一連のスキャンダルでクロム氏が責任を取って辞任すべきだと声が高くなったが、バイツ財団長が「クロム(氏)はその(職務に)留まる。」と短くコメントを出し、議論を終始させた。ところが北南アメリカに建てた製鋼所の売却が遅々として進まず、同社の業績がますます悪化してくると、この老人の我慢も限界に達した。60年もの長きにわたって(テュッセン)クルップ社を支配してきた同氏は、生存中に同社の業績を改善させてから、後継ぎに同社を渡したかったに違いない。こうしてクロム氏はその職務から追われる事となったが、長年忠実に勤続した同氏を首にせず、辞任という形を取り、最後の花道が用意された

クロム氏の跡継ぎには、デユッセルドルフが誇る世界中でその名を知られている大企業、ヘンケル社の社長を(大きな失敗もなく)勤めたLehner氏が就任することとになった。社長のヒージンガー氏と取締役会長レーナー氏は、2008年に端を発した不況+ユーロ危機で鉄鋼の需要がさがる一方で、しかし製鉄に必要な電気代、鉄鉱石の値段は上昇する一方という困難を極める状況下で、同社の業績を改善させるという不可能にも思える任務と取り組む事となった。果たしてテュッセンクルップ社は昔日の栄華を取り戻すことができるだろうか。もしこれが可能なら、第一次、及び二次大戦の敗戦後、不死鳥のように蘇った同社をおいて他にないだろう。

注1)
1994年、ドイツで中規模の不動産会社が倒産した。倒産する前に会社の資産を売却、手にした2億5千万ユーロをドイツ銀行の口座から、海外の秘密口座に送金した。お陰で手工業者には、不動産会社から支払われていない5千万マルク相当の請求が残った。ドイツ銀行は「同社の倒産、海外への資産隠しを知っていながら、何も対策を取らなかった。」として一気に悪玉に挙げられた。この非難に気分を害していたのだろう、同銀行の頭取、Kopper氏は手工業者への債務額の5千万マルクを「ピーナッツ。」と呼んで、そのような小さな額面で騒いでいる人間を嘲った。これがきっかけでドイツ銀行は世論の猛攻撃を受けた。あまりの反響に驚いた同銀行は、手工業業者の債務を引き受けて、5千万マルクを支払った。これにてこの件はとりあえず一件落着した。しかし「ピーナッツ。」は1994年、"Unwort"の金賞を獲得、歴史に残る迷言となった。

線路の値段で談合、
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公共事業では収賄。
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