天災 (30.06.2013)

「昔はよく雪が降って、オスター(イースター)には卵探しを雪の中でしたもんだよ。」とあるお年寄りのドイツ人。「地球温暖化の21世紀、そんな事はあるまい。」とたかをくくっていたが、今年の冬は長く続き、一向に春がやってこなかった。3月に1週間暖かい時期があったので、アスパラガスなどは芽を出し始めたが、その後、気温は氷点下に下がり、野菜は凍り付いてしまった。畑で腐っていく野菜を見た農家は、新しく野菜を植え直す必要に迫られたが、一向に気温は上昇しなかった。それどころか4月になると気温が下がり、オースターには本当に雪が降り出した。飛行機に座っていると、「除雪作業のため、出発が遅れます。」とアナウンス、飛行機はスタート前に除雪されなければなっかた。これが農家に及ぼした被害は甚大で、こうして野菜の値段が高騰する事となった。

5月になっても気温は一向に上昇しなかった。それどろか毎日、雨。タイのスコールのような雨ではないが、一向に止まないドイツの雨。5月末にベルリンに1週間出張したが、雨が降らなかったのは1日のみ。季節の変わり目にはよく雨が降るというが、これは異常だった。南部(山岳部)に降った雨が河川に流れ込み始めると、まず3つの河川が合流する南ドイツの町、パッサウが水没した。「中世以来の大洪水。」と言われたほどの大洪水で、パッサウを水没させた大量の水はドナウ河、エルベ川をゆっくりと下流に向けて流れ始めた。

下流にある地方自治体は水位の上昇についてある程度、予測はしていたが、水の量は予想を超えた。当初は透明な水が堤防を浸透して流れ出したが、これが泥色に変わった。これは堤防が決壊する直前の危険信号である。この時点になってから、住民に避難命令(勧告ではない。)を出すケースが続出した。住民は両手に抱える家財、着替えだけ持参することを許されて、体育館などに避難する事になり、「なんでももっと早く、警告が出せなかったのか。」と地方自治体は住民の怒りを買った。これに教訓を得た上流の地方自治体は早めに避難勧告を出したが、避難勧告を受け入れない住民が少なくなかった。

ドイツ語でこのような洪水を"Jahrhundertwasser"(百年に一度の大洪水)というが、実際にはこの前の洪水はたったの7年前。やっと町を復興したのに、またもや大洪水。いてもたってもいられない憤りから、避難勧告を拒否したのである。ところが堤防が決壊して村が水没すると、ドイツ軍のヘリコプターが出動、最後まで家屋で頑張っていた住民を救い出すという危険な任務に付くことになった。ヘリをホバリングさせての救出活動は、ヘリが吸気口から排気ガスを吸い込む技術上の危険が避けられず、危険この上ない。避難勧告を無視する事で、不必要に人命を危険にさらせないように、市長などは自らマイクで住民に避難を呼びかけた。涙を流しながらこの避難勧告に従う住民、押し寄せる水を目の前にしても逃げ出さず、土嚢を積んで家屋を守ろうと最後の抵抗を試みる住民の姿が毎日、あちこちの町で観られた。

7年前の大洪水は、きしくも今回同様に総選挙前に発生した。4年間辛抱したのに、一向に不況から抜け出せない状況に不満を抱えた市民の政府支持率は低く、与党の敗北が予想されていた時期に、この洪水が発生した。当時の首相、シュレーダー氏は、「天からの恵み」とばかりに被災地に飛んで、「心配しなくていい。国が面倒を見るから。」と効果的な選挙運動を展開、当時野党が立てた首相候補は同じ台詞を出すことができず、歯軋りした。この「前線視察」が必要な支持率を与党にもたらして、政府与党が勝利した。その後、シュレーダー氏は"Agenda2010"を発表、ドイツ経済を不況から好景気に転換させるきっかけとなったから、歴史の流れは奇妙なものである。

今回の事情が先回と少し異なるのは、(シュレーダー政権の改革のお陰で)ドイツは稀に見る好景気で政府与党の支持率が高いこと。野党候補に対して圧倒的な優位を誇る首相だが、米国のブッシュ大統領が行ったミスを忘れておらず、事前に記者団に何処の前を何時に訪問するか予告すると、現地で待たせておいた車の中で長靴をはくと、前線視察に赴いた。これを見た野党の首相候補は、「洪水選挙運動はしない。」と発言したが、すでに圧倒的な優位を誇る与党に票が流れて行くのを看守するしか、他に何もできなかった。首相、洪水に見舞われた州の州知事などは、「これは天災である。」異口同音に発言、政府、州政府は慈善者としてイメージ売り込んだ。

しかしよくあるように、事実は少し異なる。洪水に見舞われた市民が、「7年前の洪水から何も学ばなかったのか。」と怒りの発言をしていたが、まさにその通りである。河畔にある都市は、その都市の建立以来、数百年前から定期的に洪水に見舞われている。各地方自治体は洪水に備えて、"Ueberschwemmungsgebiet"(予定水没地域)を設けている。これは水位が上昇するとこの地域に水を流し込んで、住民が住んでいる市街区を洪水から守る簡単な、しかし効果的な処置である。デユッセルドルフにお住まいの方なら、ライン河の河畔に広大な緑が広がっており、一体、何の為にこれだけの土地を無駄にしているのか、一度は不思議に思ったに違いない。ところが地方自治体はこの水没地域に住宅建設の特別許可を発行することで、州の財政を改善させる方法を発見した。「過去10年、洪水なんてなかったじゃないか。」というわけである。こうして本来は予定水没地域の川沿いに住居や商店が立ち並ぶ結果となった。

この地方自治体の短期的視野が、この不幸をもたらした。保険会社は、「この地域は予定水没地域ですから、保険に入れません。」と"Grundversicherung"を拒否、水没地域に住む住民、商店はダモクレイトスの刀の下で、生活、営業をする事となった。そして恐れていた洪水が来ると、保険に入っていないので、これまでの人生で稼いだ蓄えを一夜にして失う事となった。さらにこの水没予定地域は本来は、舗装されていない緑地である。雨が降ると一部は地面に浸透して、河川の水位上昇を妨げるという二重効果があった。しかるにこの地域を舗装して道路を作り、セメントで土台を固めて家屋を建てたため、この地域に降った雨は河川に流れ込む事となり、洪水が発生しやすい状況が出来上がっていた。

それだけでは済ます、ドイツの連邦制の悪い面もこの大洪水に貢献した。河畔は1都市、1州に留まらず、ドイツを横断、縦断して流れている。すなわち洪水を防ぐ堤防を建設するなら、せめて同じ高さの堤防、危険地域では堤防を少し高くしておく必要がある。水は高所から低所に流れるのは、誰にでもわかっていい筈だった。ところが仲の悪いドイツの地方自治体は隣接する町、州と相談しないで勝手に堤防の高さを決めてしまった。こうして洪水が起きると、西ドイツの都市ハンブルクを守るため、堤防の低いザクセン州などは洪水で水没する、「人柱」の役目を果たしていた。同じ事は、チェコ、ポーランドでも言える。お金持ちのドイツでは堤防は比較的高い。それほど財政に余裕がないポーランド、チェコでは堤防が低い。こうしてオーダー河が氾濫してドイツの諸都市を水没させないように、ポーランドはドイツの「予定水没地域」となっている。

こうした背景があって、被災地域の政治家は口を揃えて、「天災」と唱えていたが、半分は人災である。政治家が7年前の洪水から教訓を学んでおけば、今回の洪水は避ける事ができたかもしれない。選挙前で太っ腹の政府は80億ユーロの救済基金を設置すると発表したが、先回の教訓から学んで堤防を強化、予定水没地域を設けていれば、その1/100の費用で済んだだろう。ドイツ市民もある程度、これを察知しているようだ。7年前の大洪水では予想を超える募金が集まり、その募金でドイツ国内の被災者は言うに及ばず、チェコやポーランドの被災者(一部)まで助けることができた。ところが今回は募金熱は冷めており、ドイツ国内の被災者への義捐金させも十分に集まっていない。「7年置きに100年に一回の洪水が起こったら、もう助けきれない。」という心情が感じられる。果たして今度は、ドイツ政府はこの「天災」から教訓を学んだのだろうか。その答えは次回の洪水が示してくれるだろう。

雨続きで水没した道路、
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家屋。
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