Werksvertraege (02.09.2013)

「(欧州で)英語さえ出来れば、毎月3~4千ユーロ稼せげるぞ。」やら、「(欧州で)定年退職すると年金が3~4千ユーロも出て有悠々自適の生活ができる。」という「西方見聞録」が日本でよく語られている。マルコポーロに負けず劣らずのでたらめである。ドイツ人はほとんど英語を話す。道端の浮浪者だって英語を話す。本当に英語ができて3~4千ユーロもお給料が出るなら、ドイツには浮浪者は言うに及ばず、失業者は居なくなる。ところが、「景気がいい。」と言われて久しいドイツでさえ280万人の失業者がいる。日本で語られている欧州の「実情」とは、天と地の違いである。

皆まで言えば、45年年金を払い込んでも年金はたったの900~1000ユーロしか出ない(手取り。西ドイツ平均)。3~4千ユーロなんて夢物語。ドイツでは言葉なんぞ話せるのが当たり前で、採用の理由にはならない。逆に言葉しかできないと、1日8時間(残業しても残業代は出ない。)働いても3桁の収入。生活保護以下の収入なので、仕事に就いているのに生活保護を受けている労働者の数は多い。データが少し古いが2006年(好景気)の時点で、仕事に就いていながら生活保護を受けていた労働者は42万人も居た。この数は毎年、増加傾向にあるので、今はもっと多いだろう。又、年金が課税されるようになってから、70代の老人が新聞配達や掃除をして、お金を稼いでる光景をよく見かけるようになった。これを「悠々自適」の生活とは言いがたい。労働者天国である筈の西欧で、何故、そのような産業革命時期のような低月給が可能なのだろう。

その秘訣は、"Werksvertraege"と呼ばれる雇用形態にある。日本語で言えば、派遣である。ドイツでは、一部の業種では最低賃金が導入されている。こうした業種に人材を派遣すると、雇用側は正社員であろうが、派遣だろうが、最低賃金を払う必要がある。もっとも派遣された労働者のお給料は派遣会社にピンはねされてしまい、収入は最低賃金に達しない。こうして1日8時間(あるいはそれ以上)働いても、生活保護が必要となる。このように仕事があるのに、生活保護を受けないと生活できない労働者を"Aufstocker"と言う。このシステムのでは、派遣会社ばかりがおいしい汁を吸って、雇用者にメリットがない。頭のいいドイツ人マネージャーは「なんとかしてわが社も派遣をうまく利用して、経費を節約することができないものか。」と考えて、妙案を発案した。

例えばメルセデスの組立工場で働くと、正社員は17.80ユーロの時給がもらえる。その正社員の代わりに、外部の会社に頼んで人材を派遣してもらう。これは合法である。問題はその中身である。例えば運送業者が長距離トラックの運転手と労働契約を結ぶ。当然この運送会社で働くものと思えば、メルセデスの組立工場に派遣されて、ここで組み立ての作業員として働くことになる。メルセデスの組立工場で働く労働者には、労働組合と雇用者側の交渉で(最低賃金よりはるかに高い)17.80ユーロの時給と決めている。しかし他社にトラックの運転手として採用され、派遣されてきたのでこの取り決めは採用されない。こうして同じ職場で同じ仕事をしているのに、時給は8.19ユーロ。これでは1ヶ月働いても、生活保護が必要な1220ユーロ(税込み)にしかならない。

特にメルセデスはこの"Werksvertrag"を多用(悪用)した。この噂を聞いたレポーターは、事実関係を確かめるべく、人材派遣会社に自ら応募した。小さなカメラで面接の場面から、実際の仕事環境まで撮影して、噂の事実関係を自身で体験すると、一部始終をレポタージュとして国営にテレビに売り込んだ。ドイツの国営放送局はこのレポタージュの放映権を買うと、この番組を放映するに適している時期を待った。ちょうど新しいSクラスが発表される前日に、この一部始終がテレビで放映された。メルセデスは前日まではお祝い気分だったが、この番組が放映されるとお祝いムードは吹き飛んだ。「高級車を作っているのに、労働者を搾取して、そこまで生産費用を削る必要があるのか。」と誰もがメルセデスの企業方針を疑った。本当ならば新車のSクラスを前に自慢のポーズを取り、記者の質問に喜んで回答する社長だったが、この日はSクラスではなく、搾取のテーマばかりが話題になり、メルセデスには散々な新車のスタートとなった。

「叩けば埃が出てくるぞ。」と、特ダネを国営放送局に取られたメデイアは一斉にメルセデスの"Werksvertrag"をチェックした。案の定、あちこちでぼろが出た。格好の例はメルセデスのテストドライバー。「新車に乗って、お金をもらえるなんて、そんないいい仕事はない。」と思われる方も少ないないだろうが、朝から晩までずっと車の運転、それも時給3.80ユーロの安月給なので、そんな仕事に就きたいドイツ人は居ない。そこで他社に"Werksvertrag"を与えると、この会社はドイツ人のやりたくない仕事をする人間を探しにブルガリアやルーマニア人で労働者を探す。ルーマニア人を満載したバスがドイツに着くとペンションの狭い部屋に押し込まれて、安月給で朝から晩まで車の運転をする事になる。

公平を期すならば、これは何もメルセデスだけではない。生肉業者はどこでもドイツ人の"Fleishcer"を首にすると、他社に"Werksvertrag"を与えて、ルーマニア人の労働者を連れてくる。ルーマニア人はドイツ人の半分の時給、6ユーロ50セントで朝から晩まで10時間も肉の切り分け作業をさせられる。病気になって仕事を休むと、即首になる上、お給料さえも支払われないという厳しい環境である。ドイツはかって戦争捕虜やユダヤ人を収容所で死ぬまで働かせた。そのシステムは形を名前を変えたが、"Werksvertrag"として今日でも存在している。

幸いなことにナチスの時代はすでに終焉していた。"Werksvertrag"にて安月給でこき使われていたドイツ人労働者が、雇用者、このケースでメルセデス社を不当雇用で労働裁判所に訴えた。書面の上では別の会社に就職居した事になっていたが、実際の仕事場はメルセデスの本社。ここで10年間も一種の派遣として働いてきたが、本社採用の同僚を比べて待遇に歴然の差があった。10年も勤続してきたのに、派遣であるから景気が悪くなるとすぐに解雇されてしまった。これを不当として訴えた。労働裁判所はこの労働者を雇用して派遣した会社が、人材派遣会社として営業許可を取っていなかった点を指摘して、"Werksvertrag"は法律違反であると判断した。さらにこれを利用していたメルセデスのも責任があるとして、この二人の労働者を正規の社員として採用するように命じた。

この判決により、これまで人材派遣会社でない会社から派遣社員を"Werksvertrag"で受け入れてきた会社には、「正社員をして雇え。」という訴えが舞い込んでくるだろう。自業自得である。この慣習を行っていたのは、何もメルセデスだけではない筈だ。見ているがいい。他のドイツ車メーカーが訴えられるのは、そう遠い日の事ではない。
  


実はトラックの運ちゃんです。
481.jpg



スポンサーサイト

Comment 0

Leave a comment