外来者 (25.10.2013)

企業にとって死活的に重用なのは、仕事の受注。受注交渉では、その技術の高さも大事だが、道路の工事、電車、エレベーターの納入などの分野では、何処の先進国も同じようなレベルにあり、技術上の優位だけで契約を取るのは難しい。日本のエレベーター、道路、橋は世界最先端の技術にあるが、欧州で日本製のエレベーターを見かけた事はほとんどない。「世界で最先端の技術」だけでは、受注できない実例である。こうした日本企業を横目に欧州で契約を取っているのはドイツの企業で、電車、電話網などの分野で仕事を受注しているのはジーメンス社である。

ジーメンスが「我が物顔」をしているのは欧州だけではない。アジアでもジーメンス社は日本企業の鼻先から仕事をかさらっていった。世界でも最も優秀な技術云々というセールスをしないで、もっと効果的なセールス戦術を採用したが故の結果である。ジーメンス社は巨額の秘密口座を外国に作り、収賄に弱いアジアの官僚を相手に事業を次々に獲得してきた。ところが6年前、検察が同社を強制捜査、同社の無尽蔵の収賄資金が明らかになると、ドイツでは大騒ぎになった。

検察が書類を押収して証拠を固めてしまっては、みづほ銀行のように「一部の社員の行動で。」という言い訳を使用できなくなった。ましてやドイツの検察は、日本の金融庁のように、「そうでございますか。」と銀行の言い分を拝聴して満足してくれる機関ではない。地に落ちた会社イメージアップを図るため、同社は外部の経理会社に監査を依頼、膨大な金を使用してその根源を探ることにした。その監査結果で、取締役社長から会長までこの収賄に関与していたことが明らかになると、同社の社風が問題になった。この状況で同社の人間をトップに置いても、結局は「伝統」を継続する事になってしまう。そこで同社は(イメージアップも兼ねて)、同社の160年の歴史上初めて、会社の外から社長を迎えることにした。こうして6年前に社長に就任したのがPeter Loescher氏であった。

外部から社長に就任すると、ただでも社内ではいろんな場所で抵抗に遭う。特にレェシャー氏のように、同社を掃除する任務を帯びて社長に就任すると、その抵抗はもっと大きなものだった。内部の人間なら誰でも知っている当たり前の事でも、同氏は側近に尋ねる必要がある。この側近の思惑次第で、何を何処まで社長に伝えるか決めることができる。こうして表に出ることなく側近(会社の古株)は、社長の決断に影響を与えた。これが原因だったのか、同氏の過去6年間の業績は決して芳しいものではなかった。

当時、飛ぶ鳥を追い落とす勢いだった太陽電池事業で大きな顔をすべく、ジーメンス社は必要な技術を持っているイスラエルのSolelという会社を10億ユーロの大金を払って買収した。ところが同社がこの会社を買収してから、中国企業によるソラーパネルのダンピング販売が始まった。ドイツの太陽電池企業は次々に倒産する中でジーメンスも苦戦、挙句の果てに赤字しか出せなかったこの部門を清算する羽目となり、投資した金はドブに捨てた結果になった。次にレシャー氏はドイツ人の原子力発電嫌いに目をつけた。フランスの電力会社、 Arevaとの契約を早期に終了させる事により、ジーメンスのイメージアップを図った。そのイメージアップの為に同社は6,5億ユーロもの契約違反金を払う羽目になった。しかし国外の事なので、ドイツ国民の関心は薄く国内では話題にならなかった。ジーメンスは宣伝効果の薄いイメージアップに、そんな大金を払う必要があったのだろうか。

福島原発事故で代替エネルギーブームが起き、北海に風力発電所が設置される事になった。送電線の整備はジーメンス(の子会)が受注、北海から産業基盤である南ドイツへの送電線整備することになった。ところが風力発電設備は出来上がったのに、まだ肝心の送電線が完成せず、風力発電所は完成と同時に停止を強いられている。ジーメンスは工期の遅れに対して、6億ユーロもの契約違反金を課される結果になった。ジーメンスが北米に建設した風力発電所は品質の悪さが原因で稼働中にばらばらになり、ジーメンスは1億ユーロもの契約違反金を課された。挙句の果てにはここでも紹介したジーメンスの誇る電車事業での失態である。こうしてジーメンスは、過去6年で企業業績を6回下方修正した。これでは社長の仕事ぶりが酷評されるので、ジーメンスは子会社、他社の株などを売って業績を粉飾、「過去最高の業績」と誇った。現実を見ないで、小手先の手腕で結果をよく見せるのは、衰退した日本の家電企業の姿勢とよく似ている。

売れる物が底をつくと企業成績が悪化、同社の株価が20%下落すると株主の機嫌が悪くなった。株主は、他の企業は過去最高の株価を更新しているのに、ジーメンスだけはこのブームから取り残されたと感じた。株主の機嫌が悪くなるとレシャー氏は株主の機嫌を取る為に1万人の社員の首を切り、合理化で企業成績を改善しようとした。解雇というのは人気がない政策で、これをやると社内で嫌われ者になる。しかしレシャー氏は取締役会長の後押しがある限り社長の椅子は微動だにしないと確信していた。ところがレシャー氏の星が傾き始めると、古参株は結束して外来者の追い出しにかかった。

後任者として古参株に人気があったのが、財務担当Joe Kaeser 氏だった。同氏はジーメンスでたたき上げの人物で、古参株から評価が高かった。もっともケーザー氏はこれまでレシャー氏の右腕として社長の決定を支持してきた人物で、これまでのジーメンスの政策には社長同様に責任がある。しかしジーメンスの古参株には、「外来者はもうたくさん。」と同氏を筆頭候補に上げて、レシャー氏を追い出す事にした。7月29日に臨時の取締役会がジーメンスで開かれる事が報道されると、「レシャー氏の首は時間の問題。」とニュース速報が流れた。どうも内部事情が外部に漏れていたらしい。ところが当の本人はこれまで一緒に会社の政策を決定してきた人物が自分の椅子を狙っているとは露知らず、「社長の契約期間である2017年まで辞めません。」とメッセージを出して、簡単にはそのポストを譲る気がない事を明確にした。こうして最後の闘争が始まった。

レシャー氏は、氏をジーメンスの社長に招いた(ドイツの軍産複合体であるThyssenKrupp社の社長でもあった)Cromme氏の後押しを期待してこの取締役会に望んだが、肝心のCromme氏はThyssenKrupp社におけるミスマネージメントで同社を存続の危機に陥れ、社長から解任されたばかりだった。ここでレシャー氏を後押しして、自身を四面楚歌の状況に追い込めば、ジーメンス社の取締役会長からも解任されかねない。同氏がこの会合で主眼においていたのは保身であり、レシャー氏の後押しをする気がはなかった。こうして社長の首はあっけなく採択された。ドイツを代表する企業の任期中の社長の首は、日本に比べてそれほど外見を重視しないドイツだが、流石にこれは政界からも注目を浴びた。首相はスポークマンを通じて、「世界で活躍する(ドイツ)企業が、これ以上波風を立てない事を希望する。」とコメントを出した。首相が民間企業の采配についてコメントすることは滅多にないので、逆にこれは警告でもあった。

こうしてジーメンスは、「社風を変える。」として招いた社長を首にして、結局は元の路線に戻ることにした。実際の所、ジーメンスは中国市場で米国のライバルGMは言うに及ばず、オランダのフィリップスにさえ追い抜かれており、これ以上差をあけられない為には、セールス戦術の転換が必要であった。今後、ジーメンスは活発なセールスを行い、日本企業には手強い競争相手になるだろう。そうそう、ジーメンスを首になったレシャー氏だが、社長の任期がまだ残っていたので同社は「違約金」として元社長に9百万ユーロを超える金を払う事になった。面子の問題を度外視すれば、レシャー氏は真面目に働いて稼げる金よりもはるかに多大な退職金を手中にした。
  

前任者と、
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同じポーズで抱負を語る後継者。
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