"Das geht gar nicht." (09.11.2013)

日本に生まれ日本で育ってしまうと、「世界も同じようなもの。」と考えてしまう。しかし日本人の思考過程は、孤立した島でしか見ることができない特殊な存在である。これは何も悪いことではない。日本でしかない文化、和食に始まってその家電製品の完成度の高さなど、孤立していても世界で通用する物も少なくない。その一方でマイナス面もたくさんある。その最たるものは、多文化との接触がない為に発生するどうしようもないナイーブ性だ。

ちょうどいい例を提供してくてるのが、米国によるメルケル首相の携帯電話の盗聴問題である。日本の報道は多少の差こそあれ、「米国諜報機関NSAがメルケル首相の携帯電話を盗聴した疑いで、首相はオバマ大統領に電話で抗議した。」という内容であった。日本人なら、「この報道のどこがおかしいの。」と思うだろうが、この報道の仕方はまさに日本人のナイーブ性の極地であった。よく考えてみよう。一国の首相が、証拠もなく単なる疑いで、米国の大統領に直接電話をかけて抗議をする事はない。首相が抗議の電話をするのは、「疑い」ではなく、ちゃんとした証拠があって始めて行う。しかし日本ではこのようなおかしな報道をしても、誰も違和感を感じない。ではどこからその証拠があがってきたのか。それはドイツの情報局"BND"である。この盗聴問題は、"BND"が首相に携帯電話をNSAに盗聴されていると報告した事から始まる。

日本では、「NSAの報道官はこの盗聴疑惑を否定した。」と報道されたが、これも日本ならでは。報道官は、「メルケル首相の携帯電話は盗聴していないし、今後もそのような行為を行わない。」とコメントを出した。注意してこの声明を読めば、これは現在、そして未来の事に関しての声明で、過去の事には一切ふれていない事に気づくだろう。だからこのコメントに対して、「その回答は過去にも当てはまるのか。」と質問があがったが、報道官はこのコメントに対して、「回答できない種類の質問である。」とお茶を濁した。すなわち昨日までは盗聴行為を行って、メルケル首相の抗議電話以降、盗聴を辞めたと言っているようなものである。しかるに日本の報道機関は同じニュースを得ているのに、この肝心な部分には触れずに、「NSAは盗聴疑惑を否定。」とあくまでアメリカよりの報道に終始した。これが日本の報道であり、我々が日々聞かされるのは、すでに日本の報道機関によって色をつけられたニュースばかりである。そんなニュースばかり流れているから、日本はガラパゴス島にように外の世界から隔離されてしまう。

案の定、翌日にはNSAは数年前から首相の携帯電話を盗聴していたと報道された。さらには首相が個人で所有している携帯電話だけなく、BNDが「盗聴は不可能」と豪語して首相に渡した携帯電話、さらには固定電話まで盗聴、解読されたいた事実が明らかになった。これはもう疑いなどではなく、れっきとした事実である。しかし日本では事後の発展は報道されなかった。当然、日本人の頭には最初に報道された内容だけが残り、他の世界と全く異なる意見が日本では定着することになる。この現象に最大の貢献をしているのが日本のテレビだ。このテーマが取り上げられた際、「何故、メルケル首相はあんなに怒ったのか。」などと子供のようなナイーブな質問をしている。一国の首相の会話は国会機密扱いである。その電話を盗聴されて、「何故、怒っているんでしょう。」などという質問ができるのは、日本人ならではである。スタジオに招かれていた国際情勢の専門家は、間の抜けた質問に対して、間の抜けた回答をしており、もう見事なコントとしかいいようがない。

事実を見てみよう。NSAによるドイツの首相の盗聴は、ブッシュ政権が始めて"Go"サインを出した。当時、ブッシュ大統領はテロ撲滅戦争でイラク侵攻を提唱したが、時のドイツ首相、シュレーダー氏は、「ドイツなしでやってくれ。」と言い、両者(両国)の関係は冷め切った。「ドイツは信用できない。」と大統領はNSAに首相の電話の盗聴を指示した。その後、米国で大統領が変わり、ドイツでも首相が変わったが、ブッシュ大統領の出した命令、「ドイツ首相の電話の盗聴」はそのまま続けられた。ドイツの週刊誌が27日に報道した所では、オバマ大統領は2010年にメルケル首相の電話の盗聴について報告を受けたが、大統領はこの盗聴行為を停めるそぶりをみせないばかりか、「メルケル首相がどんな人物なのか知りたい。」と、かって米国がアドルフヒトラーの人物像を作らせたように、メルケル首相の人物像を作らせることにした。

BNDから盗聴の報告を受けた首相は、"Das geht gar nicht." (言語道断である。)と言ったように、憤慨していた。これが日本では、「メルケル首相の怒りは、実は単なる振りである。その裏には連立交渉を有利にすすめる意図がある。」とまたしても方向違いの解釈をしていた。一体、オバマ大統領に抗議の電話をする事で、連立交渉がどうやって有利に進むのだろう。日本の報道の真意は理解し得ないが、理由は全く別の所にある。

先月までの選挙戦で、野党はNSAによる諜報を「ドイツの法律に触れる違法行為である。」と指摘、政府与党に歴然とした態度で米国に抗議を入れることを要求した。ところがドイツはこれまでドイツ国内で計画されたテロの情報をNSAからもらっており、恩があった。日本では知られていないが、ドイツにはイスラム原理主義者が多く住んでいる。この潜在的テロリストは今、シリアで政府軍を相手に交戦中である。すなわちシリアでの内戦がなければ、原理主義者の標的はドイツ国内に向けられる。これを懸念してBNDは「ドイツ人」テロリストの携帯電話番号をNSAに提供、無人爆撃を使用して、このテロリストを殺害させている。その恩を忘れて、米国を非難するわけにはいかない。そう考えた官房長官は、「NSAはドイツ国民を盗聴していないと言っている。これにてこの疑惑は一件落着。」と声明を出したばかりである。ところがそれから1ヶ月もしないで、ドイツ国民どころか、首相自身の電話が盗聴されていたのだ。流石にこの事実には、メルケル首相も堪忍袋の緒が切れた。連立政権交渉とは関係がない。

日本では欧州の実情はことごとく誤って伝えられている。これが原因で、ドイツに滞在してみると、「ドイツってこんな国だったの?」と目を丸くすることになる。百聞は一見にしかず。是非、ドイツに留学して、違いを体験してもらいたい。


盗聴不可能な携帯電話をマスコミに提示する首相。
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盗聴不可能な携帯電話の電波を受信、解読する米国領事館の屋根にある建造物。
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