„entartete Kunst“  (27.11.2013)

スイスまで車で旅行された事はあるだろうか。スイスは観光大国。お金を落として行く観光客を暖かく迎えてくれる。問題は帰路。ドイツに入国しようとすると、「こちらへ。」と国境警察に誘導される。窓を開けて、「何の用?」と言えば、「スイスで何をしていましたか。」、「何かお買い物はしませんでしたか。」と聞かれる。何も隠すことがなければ、「アルプスを見に行ってきた。」、「スイスは高くて買い物なんかできないよ。」と言えるが、隠し事があると汗がじっとりと額に浮かび、声がうわずり、手が震えだす。この反応をこの国境警察官、実は関税局の役人であるが、はじっと観察している。「調べてみる価値がある。」と判断されるか、暇をもてあましていると、外国人の乗った車は好んで捜索の対象になる。そこでスイスで買ったRolexなんぞ出てくると、「これは何ですか。」という事になる。まさか、「時計です。」と答える人はいないと思うが、日本に住んでいる人にはこの答えの何処が悪のか、わからない人も多いのではないだろうか。

スイスは永世中立国である。「それが何よ。」と「ピン」と来ない方の為に、ひとつヒントを出すと、スイスはEUに加盟していない。「それが何よ。」とまだ「ピン」と来ない方の為に、もうひとつヒントを出すと、スイスの税率とドイツの税率は異なる。「だからそれが一体、何なのよ。」と未だに「ピン」と来ない方の為に最後のヒントを出すと、国境を越える品物の搬入は輸入扱いになるので、輸入税(関税と消費税)を払わなければならない。皆まで言えば、自ら申告しなくてはならない。これを申告しないで捜索でロレックスなどの「掘り出し物」見つかると、関税と消費税、それに同額の罰金、それに書類送検というお土産までついてくる。日本で道路を逆走、事故を起こして、「外国人なので知りませんでした。」と言って、「そうか、じゃ仕方ないな。次回から気をつけてね。」という話にならないように、ドイツでも「外国人なので知りませんでした。」という言い分は通じない。

「車はチェックされ易いので電車で移動しよう。」と考える人も多い。その辺は関税局はとっくにお見通しで、電車で国境を越えると関税局の役人が電車に乗り込んできて、「スイスで何をしていましたか。」、「何かお買い物はしませんでしたか。」と聞かれる。何も隠すことがなければ、「アルプスを見に行ってきた。」、「物価が高くて買い物なんかできないよ。」と言えるが、隠し事があると汗がじっとりと額に浮かび、声がうわずり、手が震えだす。この反応をこの国境警察官、実は関税局の役人であるが、はじっと観察している。「調べてみる価値がある。」と判断されるか、暇をもてあましていると、外国人は好んで捜索の対象になる。そこでスイスで買ったRolexなんぞ出てくると、「これは何ですか。」という事になる(以下省略)。

2010年、関税局の役人はいつものようにスイスはチューリヒからミュンヘン行きの電車で乗客をチェックしていた。その関税局の役人に一人の老人(老人=金を溜め込んでいる。)が目に付いた。かなりの高齢にも関わらず、一人で旅行をしているので関税局の役人に最初の警笛が鳴った。「スイスで何をしていましたか。」と聞けば、「画廊を訪問してきた。」と思わず本当の回答をした為、二番目の警笛が鳴った。年齢を聞くと最初は79歳という話だったが、話をしていると「もう80歳だから。」と3分で1年、年老いた。つじつまの合わない話をしているので、関税局の役人には第三の警笛が鳴り、「何かを隠している。」と確信した。しかし所持物を調査してみると、新品の500ユーロ札を18枚しか所持しておらず(合計額9000ユーロ。1万ユーロから申告が必要になる。)、その場では何も証拠がなかった。が、「これは大当たり。」と警笛が鳴り続けた。

関税局の役人は税務署に、「これは探ってみる価値が大いにある。」と連絡した。早速、税務署は調査に乗り出したが、この老人、ドイツの何処の町でにも住民登録をしておらず操作は難航した。しかし関税局の役人が老人のパスポートから得た名前、 Cornelius Gurlittで調べてみると、なんと父親は戦前、リンツで著名な画廊を経営していたHildebrand Gurlittの息子である事がわかった。この老人の素性と、何処にも住民登録をしてないという事実、さらにお咎めのないようにかっきり9000ユーロ新札で所有していた事は、税務署が強制立ち入り調査を裁判所に申請するに十分だった。裁判所もこれを容認、こうして2011年9月、電車で関税局の役人の調べを受けてからほぼ1年後、税務署はミュンヘン、シュバービングに見つけた老人のアパートを脱税容疑で強制捜査に入った。そこで税務署の職員が目にした光景は、未来永劫の語り草になる事となった。

平凡なアパートの壁という壁には絵画が飾られており、部屋の端には自分で組み立てた質素な棚が並び、そこには無数の絵画が無造作に並べられていた。驚き冷めやらぬ税務署の職員が、絵画をチェックするとその数は1400点を越えた。数は多くても、二束三文の無名な画家の絵画なら大きな話題にはならなかったろう。ところがそこにはピカソ、マティスシャガールクレーベックマンなどの著名な画家の作品で、それも戦禍で失われたとされている作品や、その存在さえ知られていない巨匠の作品の数々だった。そう、これらの画家の作品は、ユダヤ人などの「好ましからざる人物」所蔵の絵画であったが、かってのドイツ政府に没収された。その中からとりわけヒトラーに気に入らない作品を、"entartete Kunst"(破綻芸術)として戦前に国民教育の目的で展覧されたものであった。

この展覧会を組織したのがリンツ(ヒトラーの心の故郷)の画商だったHildebrand Gurlitt、この老人の父であった。戦後、破綻芸術に展示された芸術作品の行方が問題になった。画商は博物館長として勤めていたドレスデンの博物館に保管していたが、大空爆で失われたと主張した。信憑性のある話なので、これ以上の捜索は意味がないと判断され、この件は迷宮入りとなった。氏が1956年に交通事故で死亡すると、今度は同氏の未亡人が失われた芸術作品について根掘り葉掘り聞かれた。未亡人は部屋に置かれている無数の絵画を眺めながら、「そんなものは見たことも聞いた事もありませんわ。」と真っ赤な嘘を主張する女優振りを発揮、誰もがこの話を信じた。こうしてこの失われた芸術作品は70年以上に渡って、グルリット一家の所有物となっていたのである。

絵画を脱税容疑で押収した税務署は、この一大事を検察に報告した。すると何故かミュンヘンではなく、アウグスブルクの検察がこの一件の責任を負う事になった。同検察は事件を引き受けると一斉に職員にかん口令を言い渡した。「この大発見が明らかになると、マスコミの対応に追われて事件の究明をする暇がない。」というのが検察の言い訳だが、2年近くたってもこの事実が一向に公表されなかった事実からは、「素人に70年も隠すことができたなら、政府でも可能である。」という思惑が読み取れた。あと20年も経てば、本来の所有者、その遺族は死に絶えて、絵画は自動的にドイツの財産となる。しかしドイツ政府のプランは成就しなかった。話は、よりによって週刊誌にリークした。2013年11月3日にドイツの週刊誌、Focus誌が「失われていた芸術作品がミュンヘンで見つかる!」とスクープした。こうしてドイツ中は蜂の巣を蹴っ飛ばしたような騒ぎになった。同誌は芸術作品の価値を10億ユーロを超えると推測、「このお宝の所有権は何処に?」と盛んに憶測が交わされた。同時にアウグスブルクの検察への非難は日増しにその調子を高めていった。2年近くも時間があったのに、押収した作品の写真はおろか、公開できるように絵画のリストも作っていないのである。どう考えても、公表する意思があったとは言い難い。

「ドイツ人はやっぱり昔も今も変わっていない。」という非難が諸外国、とりわけユダヤ人団体からあがると、メルケル首相、さらには首相よりももっと怖いバイエルン州の州知事が怒った。こっぴどく叱られたアウグスブルクの検察は、大急ぎで作品の(下手な)写真を数点撮ると、「持ち主を探しています。」とまるで落し物のようにインターネットで公開した。サイトが告知されると、ドイツは言うに及ばず、世界中からの感心が高く、このサイトに大量のアクセスが集中、サイトは即効で機能ダウンした。まさにアウグスブルク検察の仕事ぶりを象徴する出来事である。今後はもっと大きなサーバーに移して、押収している全作品の写真とリストを公開するそうだ。「所有権は私にあります!」と訴える事も可能で、早速、世界中から本物や偽の保有者からの問い合わせが殺到している。

税務署がグルリット氏のアパートを捜索、脱税容疑で書類送検された事を知って、氏の甥の顔は真っ青になった。叔父から、「部屋が一杯で置く場所がないので。」と言われて絵画を預かっていたのだ。甥は警察に、「預かっている絵画が家にある。」と通報、警察はパトカーを送り22枚の絵画を押収した。身内の裏切りを知らされたグルリット氏は、怒り心頭に発した。氏は、「所有権は私にある。」と主張、アウグスブルクの検察に対して作品の返却を(弁護士を通して)要求した。氏の話が本当なら、なんでもこの作品は作品の本当の価値を知っている父の先見の明で、戦争中、バイエルン州の安全な場所に移されていた。ところが戦後、進駐してた米軍に発見されて押収されてしまう。グルリット氏は米軍と交渉、この作品を取り返すことに成功した。以来、この作品はグルリット一家の所蔵となったわけである。アウグスブルクの検察は一族の努力を認め、「わかりました。(一部)返却します。」とやったから、ユダヤ人団体は猛抗議を開始した。

ユダヤ人団体には、所有件が確定していない段階でこれまで違法に作品を所有した人物に、「時効だから。」と作品の返還をするアウグスブルクの検察の思考回路が理解できなかった。本来なら作品の所有権がはっきりするまでは、そのような処置は控えるべきであろう。さらには同氏の行動から、スイスなどの外国に絵画を隠しているものと考えるべきであるし、これまでに数点の絵画を売却している筈だ。その捜査もしないで、「絵画を返します。」というアウグスブルクの検察の態度は、「面倒なことには関わりあいたくない。」という投げやりの態度しか見えてこない。またしても世界中からの非難にさらされた地検は、「専門家グループを作って作品の詳細を作成して所有者探しを行う。」と発表した。その後、しばらくして記者がその専門家チームの構成員について尋ねた所、「専門家チームは鋭意構想中であります。」との返事が帰ってきた。すなわち専門家チーム云々はユダヤ人団体向けのリップサービス(口約束)で、やる気など鼻からなかったのだ。流石は、ドイツ(の検察)。スキャンダルはまだまだ続きそうだ。

編集後記
その後の検察の捜査でグルリット氏はオーストリアのザルツブルクに頻繁に通っていたことがわかった。オーストリア検察は、捜査状を持って朽ちかけたボロ屋を捜索した。そしてこの努力は無駄に終わらなかった。そこには氏の所蔵品の中でも特に価値の高いモネー、マティス、ピカソ、マネなどの絵画が238点も無造作に保管されていた。これは高齢のグルリット氏に応えた。心不全を訴えて入院、心臓を手術されることとなった。術後氏は、「持ち主がわかれば返還したい。」と申し出た。人間、死期が近づくと、過去の悪行を後悔するものらしい。

お宝が発見されたアパート。
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