大人の国 (30.12.2013)

総選挙から3ヶ月近く経った12月17日、ようやく新政権が成立した。選挙から政権成立まで、これだけ時間がかかった連立交渉政権はかってない。CDU/CSUは選挙で(単独過半数には届かなかったが)大勝利を収めたのに、何故、交渉にそんなに時間がかかったのだろう。その原因は連立与党にあった。総選挙後、「ドイツ事情に詳しい人」は、CDU/CSUと緑の党との連立政権の可能性を指摘したが、産業を優先する同党の政策が、環境を優先する緑の党の政策と(少なくとも今の時点で)接点を見出すことはありえなく、交渉を開始する前からSPDとの大連立政権になるのは(3ヶ月前にここで指摘していたように)明らからだった。逆にこの選択肢のなさが、交渉を難航させた。

交渉相手であるSPDは、この辺の事情を熟知していた。同様に、同党の基盤がCDU/CSUとの連立政権に消極的なことを知っている党首脳部は、党員から「この条件なら大連立政権も仕方ない。」と言わせる事ができる譲歩をCDU/CSUに要求した。それがドイツには未だに存在していないすべての職種に共通する最低賃金と、年金67歳制度の改定である。しかし産業を選挙基盤にしているCDU/CSUが業界全体に採用される最低賃金の導入を渋った。これを承知してしまうと、「あれだけ選挙資金を出したのに、そのお礼がこれか!」と反発を受ける。年金支給年齢は、まさにこの大連合政権が2006年に当時の65歳から67歳への引き上げを決定したのだが、今度はこれを65歳に戻すのではなく、63歳に引き下げようとした。すると大蔵大臣が、「そんな金はない。」とこの要求を突っぱねた。こうして連立政権の交渉は難航した。

CDU/CSUがもうひとつの選択肢(緑の党)を持っていれば、「そんな無茶な要求をするなら、他の党と一緒にやる。」と言えただろうが、痛いところを握られていた。脅しが効かないどころか、逆に、「この要求が聞き入れられない限り連立はない。」と逆に脅される羽目になってしまった。それだけではない。あまりにSPDの要求に振り回されている党首脳部に対して基盤では、「選挙で大勝したのに、なんでここまで弱小政党の言い分に振り回される必要がある。」と不満の声があがり始めた。こうしてメルケル首相は党内でのご機嫌を取りつつ、選挙基盤の産業に気配りをしながら、SPDの要求をどこまで受け入れられるか吟味することとなった。これに時間がかからないわけがない。

3ヶ月近い交渉の結果、ついにドイツでも最低賃金が導入されることとなった。その金額は、8ユーロ50セント/時間(税込み)である。「ここは東ドイツだからそれは適用されないよ。」とか、「アルバイトには適用されないよ。」という言い訳はできない。雇用者はアルバイト(学生アルバイト)でも、東ドイツでも、自給8ユーロ50セント支払わなければならない。この規則は2015年1月1日から発効するので、これ以降にドイツに留学してアルバイトの面接に行き、「自給は8ユーロです。」と言われた場合、法律違反となる。もっとも例外もある。2014年に就職して自給8ユーロで契約している場合、雇用者は2015年になって自動的にお給料を引き上げる必要はない。この法律は2015年1月1日以降に結ばれる雇用契約の採用される法令である。ただし例外は2016年12月31日まで。2017年1月1日からは、どんなに古い雇用契約でも、賃金をこの最低賃金まで引き上げなくてはならない。

この交渉が明け方になってようやく妥協されたのが原因なのかもしれないが、今になって、「学生アルバイトや外国人の季節労働者、それに見習い期間のお給与は例外にすべきだ。」とCSUが「ちょっと待った!」をしている。しかしSPDは、「契約は契約だ。」とこの契約の変更を頭から拒絶している。確かに見習い期間やアスパラガスの収穫に来るポーランド人労働者にこの給与を払うのは、ちょっと無理な気がしないわけではない。今後の進展に要注意である。

年金も63歳から需給することが可能になった。もっともそれには45年間年金基金に払い込んだことが条件である。すなわち18歳から63歳まで、一度も失業しないで、年金を払い込んでいた人が対象になる。そんな人は滅多にいないだろうが、年金の払い込み期間が45年に達すれば、これまでのように67歳まで待たなくてもよくなったのは意味がある。その他にも幾つか、これまでの常識を覆す決定があったので、ここで紹介してみよう。

まずは国籍から。ドイツに住む外国人の間に生まれた子供は、これまでは23歳の誕生日までに両親と同じ国籍をとるか、それともドイツ国籍にするか、決定する必要があった。今回の連立与党間の話し合いで、ドイツで生まれた子供に限り、複数の国籍を保有することが可能となった。

次には人材派遣。(日本同様に)派遣社員は同じ仕事をしているのにお給料が低く、冷遇されていた。これを悪用する人材派遣会社が跡を絶たないので、法律で悪用ができないようにした。まず人材派遣は18ヶ月までに限定される。その後は、「この派遣社員を正規社員として契約しなさい。」というわけだ。これをしないで、「別の人材を派遣してもらおう。」と考える会社が居るのは目に見えているので、「派遣社員には9ヶ月後から正社員と同じお給料を払いなさい。」とすることにより、派遣社員からの搾取を予防することとなった。日本では安部政権が派遣の業種の拡大して、さらには採用期間の上限をなくすというドイツと正反対の政策に力を入れている。これを「派遣社員の能力向上の為。」というのだから、ピノキオ顔負けである。

大きな話題になったのが高速道路の有料化。先の選挙戦で、「私が居る限り、高速道路の有料化はない。」と断言していたメルケル首相の公約とは裏腹に、ついにドイツでも高速道路が有料化される見込みとなった。このテーマはここ10数年、夏休みになると、「高速道路は有料化すべきだ。」と平の国会議員から交通省の大臣まで発言、その度に、「人気を落とすような事を、私の許可もなく言うな。」と首相に叱られて、夏休みが終わるころには、もう誰もが忘れていたテーマであった。今回はこの「人気」のテーマを取り上げたのが、ドイツ政界の古狸、CSUの党首、Seehofer氏である。

狡猾な氏は先の州選挙で、「隣国(オーストリアやフランスを指す)は高速道路を有料化、我々ドイツ人は外国で高速道路の使用料を払っている。しかしその外国人は、ドイツ人の税金で作った高速道路を無料で使用している。そんな事が許されていいのか。外国人に対して高速料金を要求すべきだ!」と日本人にも受ける右翼的なスローガンで選挙戦を展開、選挙で大勝した。

右翼的なスローガンを提唱する政治家の常であるが、そのようなスローガンは現実離れして、実行が不可能なものである。このケースでも外国人だけに適用される料金の導入はEUの取り決め、「加盟国市民の平等な活動を保障すべし。」という基本理念に正面衝突する。だから、そのような法律は成立するわけがなかった。同氏はこれを知っていながら、市民の無知を利用して、実現不可能な要求をあげて票を獲得 した。これが老練な(右翼)政治家の手腕である。

メルケル首相は、何処かの首相とは異なり、そのような右翼思想には耳を傾けず、高速道路の有料化を頭から拒否した。ところが「外国人からの高速料金の徴収は本当に法律違反なのか。」と興味を持った記者が、EU議会にそのような使用料の導入の是非について問い合わせをした。数日後、「外国人だけ支払うのは問題があるが、全員が使用料を払い、ドイツ国民に税制上の優遇措置を取るのは可。」という返事が届いたのには、皆が驚いた。条件付ではあるが、外国人に対して高速の使用料を徴収することが欧州の基本理念に違反しないという返事は、誰も予想していなかった。

この知らせに一番喜んだのが、ゼーホーファー氏で、「(笑いがら)これでこれまでの不公平が是正される。」とコメント、SPDとの連立交渉でも、「高速料金の有料化。」を絶対条件とした。他の箇所で要求を通したSPDはここでは妥協したため、あとはメルケル首相のみこれに反対している事となり、形勢が悪くなってきた。EU議会がこれを半ば承認しているのに、一人だけ「公約だから。」と反対するよりも、高速の有料化で見込まれる税収入を確保する方が賢いと(物理学者らしく)現実的に判断した。

こうして日本で信奉されている、「ドイツの高速は無料説。」は、本当に伝説と化してしまう可能性がある。これまであまりぱっとしなかったラムザオアー交通相は今回の大連立政権でお役目御免となり、新しく交通相に就任したDobrindt氏によると、「100ユーロ程度の高速利用シールを販売する。」との事だ。このシールを貼っていれば、1年間はドイツの高速道路が使い放題になる。その「お返し」にドイツ国民には、自動車税を100ユーロ減税するというのが現時点での提案だ。高速道路の有料化は、2015年からの法制化を目指している。

話はすこし本題から逸れるが。毎回、ドイツの閣僚のメンバーには最低一人、「お笑いメンバー」が居る。先回までの閣僚では、開発大臣がこの役を引き受けて、その大役を見事に果たした。同じFDPの党首であったレスラー氏もおかしな発言を繰り返して、記者団の失笑を買うことが少なくなかった。今回の新しい閣僚では交通相のドブリント氏が、(多分、外見から)ピエロ役と期待されている。
          
ところで日本のメデイアはこの連立政権をどのように見ているのだろう。ある経済新聞は、「大人の国を築け」と訓戒を垂れている。なんでもユーロ通貨危機でのドイツの振る舞いが一方的だったという。そんな勝手な行動をとらないで、周囲の国に配慮できる大人の国になるべきだという教えである。この指摘は正しいのが、そのような訓戒をドイツに対して垂れる前に、隣国の感情を無視した靖国神社訪問、南京虐殺や慰安婦問題を否定している国が、まずは周囲の国に配慮できる大人の国になるべきだと、指摘すべきだったろう。
          

連合協定書にサインした、まだ笑みを受かべる余裕のある3党首。
491.jpg

スポンサーサイト

0 Comments

Post a comment