勝ち組 (16.01.2014)

NSAの盗聴スキャンダルがドイツに及ぶと、「これはドイツの法律に違反するものである。」と、知識のかけらしか持ち合わせてない政治家と、知識人が口を揃えてアメリカを非難する珍しい現象がおきた。国が国勢調査の為にデータの収集を始めると、「個人データの悪用だ!」と抵抗が起きるこの国のこと、他国の政府機関が個人のデータを盗聴しているというのは、日本で言えば某国が尖閣諸島の付近で海底資源の調査を始めるようなもので、ドイツではそれは大きな騒ぎとなった。その議論の真っ只中、ドイツの諜報機関BNDも、「同じ穴の狢」として非難の矛先が向けられた。するとBNDの長官であるPofalla氏がNSAに、「ドイツの法律を破りましたか。」と尋ねるたが、これは「否」と回答した。

一体、何処の国の諜報機関が(日本も含めて)法律を破ったことを認めるだろう。ところがポファラ氏は、「NSAは違法行為はしていないと言っているので、これにて一件落着。」と盗聴スキャンダルの終了を水戸黄門のように劇的な調子で宣言した。ところがである。その後、メルケル首相の携帯電話が盗聴されていることが発覚してしまい、一件落着した筈の盗聴スキャンダルはさらに悪化した。それだけでは済まなかった。氏はBNDの長官としてドイツの機密を外国から守るのがお仕事である。ところが肝心の首相の携帯電話を盗聴から守れず、あまつさえ、その事実にまったく気づかず、テレビカメラの前で一件落着宣言をしてしまった。その昔、イスラエルの首相が、「エジプトは攻撃してこない。」と記者会見中、エジプト軍はまさにその瞬間にイスラエルに侵入を始めて第4次中東戦争が勃発した。同じくらい"peinlich"(赤面する)氏の楽観だった。

メルケル首相の再選がわかると、氏は、「私生活に専念したい。」という理由で幹事長、すなわちBND長官の職から辞したい希望を申し出、メルケル首相もこれを快諾したと、政府のスポークスマンが発表した。その代役として、首相は忠犬ハチ公のように忠実さだけが取り柄で環境大臣に抜擢していたアルトマイヤー氏を、その変わらぬ忠実さの褒美として、今度は幹事長に昇進させた。ポファラ氏の「これにて一件落着。」は、氏の経歴に汚点として残ったが、首相は氏の忠実さを大いに買っており、第三次メルケル政権では大臣職をもらえることが確実視されていただけに、この氏の決断は周囲には理解できない謎であった。

ところがである。1月になって氏が国営のドイツ鉄道に、年俸180万ユーロで、取り締まり役員として迎えられることが報道されると、あのNSAスキャンダルのときを凌駕する非難の嵐が舞い起きた。当時は悪者はNSAであったが、今度の悪者はポファラ氏である。大体、国鉄という時代はとっくの昔に過ぎ去っていい筈だった。言葉だけの民営化ではなく、路線を他社にも開放、私鉄の誕生を可能にして、ドイツ鉄道自身のサービスの改善、そして値段の競争などを実現化すべきであった。ところが毎回、このテーマが政府内で持ち上がると政府内で国鉄の民営化に大反対する閣僚が居た。一体、誰の事だろう。チャンスは3回まで。

そう、その閣僚とは言うまでもなくポファラ氏であった。EU競争委員会から、「ドイツの鉄道路線の民営化を進めなさい。」というお達しが届くと、得意ののらりくらりといた戦法で相手に尻尾をつかませず、書簡をブリュッセルとベルリンの間を永遠に往復させることに尽力、一向に民営化は進んでいなかった。その功績を買われて、まるでスポーツ選手のような年俸でドイツ国鉄に役員として迎えられる事になったのである。その役目は、「政界へのロビー活動」というから、適材適所と言わざるを得ない。ドイツ全土から探しても、氏以上にこの新設されるポストに適した人材はいなかったろう。

ところがである。この話は3月の定例取締役会で提案されて、賛成多数可決される手筈であった。しかるに話が1月にリークしてしまった。これはドイツ鉄道の取締役会のメンバーが、この新しく創設されるポストに不満を抱えており、これを事前に報道に流す事で計画を撃沈(ドイツ語で"torpedieren"と言う。)する事を企図したようだ。そしてドイツ製の魚雷(ドイツ語で"Torpedo")は、目標を外すことがなかった。現役の閣僚が、現職で得たコンタクトで役員に就任する、それもよりによって(半)国営企業の取り締まり役会に就任するというこの話は、知識人、一般人、野党、は言うに及ばず、ポファラ氏が所属するCDU内部からも、(先をこされた!と)非難の声があがった。

連日、このテーマがテレビで報道されると、野党は圧倒的多数を誇る政府与党を攻撃する稀に見る機会に狂喜した。緑の党の議員は、「国鉄は客を搬送するのが仕事であり、閣僚の天下り先になるのがその役目ではない。」と語り、これが一番のヒットとなった。終日、このコメントがテレビで放映され、同議員は名前を売った。不可解なことにこのスキャンダルの全期間中、メルケル首相は沈黙を通した。野党は、「首相が一言、言うべきじゃないか。」と諭したが、メルケル首相は貝のように口をつぐんだままであった。というのも首相はすでに去年の9月にポファラ氏から転職の話を聞かされており、これに"Go"サインを出していたのだ。しかるに今更、「やっぱりね、、、。」という訳にはいかないので、首相が困った際にいつも行う方法、だんまりを決め込んだ。
          
現役の閣僚が、国営企業の役員に就任するなど、通常の判断能力を備えていれば、社会から受け入れられない事がわかってしかるべきだった。しかし、首相はこれを全く感知しなかった。このあたりに圧倒的多数で選挙に勝ち、あのコール首相に続きドイツ史上3人目の3期連続首相に選出されたメルケル首相の驕りが見て取れる。どんな人物でも、あまりに長く権力座に居座ると、自分が法律の上にいるような錯覚を始める。戦後のドイツで3期連続の首相を務めたアデナウアーはこの傾向が顕著で、後継者を潰すことに専念し過ぎて、国民から反発を買った。コール首相は賄賂をもらった相手の名前を黙秘、無二の親友だった(現大蔵大臣の)ショイブレ氏に責任を負わせて、氏のキャリアを潰した(参 刎頚の友)。その横暴な振る舞いは、国民の反感を買った。そして今度は、メルケル首相である。歴史とは繰り返すものである。
          
編集後記
国民と野党からの抵抗に遭い、首相は妥協案を採択した。それによると、2015年にポファラ氏はドイツ鉄道に中途採用で就職、2016年に定年退職する役員の後任に就任するという妥協である。本来はポファラ氏の為に新しい役員の席を設ける筈だったが、これは国民の非難に屈して放棄した。この妥協案の問題点はひとつ。ドイツ鉄道は国有企業の為、ドイツ政府が次官を取締役会に送っている。この次官を派遣する代わりに、その席をポファラ氏に譲るという方策である。ここまでメルケル首相がかっての部下の為に尽力する事は珍しく、よほど忠実な部下だったか、大事な秘密を握っているに違いない。
          

転職で年俸180万ユーロ(2.5億円)ゲット!?
492.jpg

  
スポンサーサイト

COMMENT 0