ルーマニア人がやって来る! (05.02.2014)

内戦終結後、経済発展が著しいスリランカだが、数年前までタミルゲリラによるテロで国内経済は疲労破綻、国民は貧困の生活を余儀なくされていた。そこで欧州に移住して豊かな生活を送ることを夢見る若いスリランカ人が集まって、移住計画を練った。行き先はスリランカ人が多く集まるイタリアだ。しかし航空チケットを購入しても、イタリアに行ける訳ではない。ビザがないと飛行機にも乗れない。しかし欧州はすでにタミール人を難民として受け入れており、スリランカで少数民族虐待をしているとされるスリランカ人を難民として受け入れることはなさそうだ。しかし、"Not macht Erfinderisch."(困難は発明を産む。)と言うとおり、このグループは絶対にばれない密航の方法を発案した。

それはクリケットが国技のスリランカでは全く知られていないスポーツ、ハンドボールのスリランカ代表チームの創設だった。スポーツ人口が極端に少ないので、チームを作りさえすれば、それが代表チームになる。すると欧州への遠征を申請する。欧州ではこのスポーツは人気があり、国際大会はテレビ中継されている。欧州の何処の国だって、ある国の選抜チームが、世界大会出場の為のビザの申請をすれば、これを断る国はない。おまけに欧州への遠征は国費で支払われて、ただで欧州までいけてしまう。あとは適当な機会に「ドロン」をすればよいのである。まさに天才的なプランだった。2004年9月、バイエルン州に来独したスリランカの選抜チームは、試合という試合に負けた。素人の集まりだから仕方がない。最後の試合が終わって翌日、チームを空港に送るバスが宿舎に届くと、そこはすでにもぬけの殻だった

この見事な大脱出は、その後、ドイツで映画になった。その映画の一場面に、欧州への移住を夢見る若者と、移住を拒否する若者とのシーンがあった。友人を失いたくない彼は、「欧州なんかに行っても、差別されて二等人種扱いされるだけだぞ。」と警告を鳴らす。しかしその友人は、「俺を見てみろ。これが一等人種のように見えるか。」という。彼が身につけていたのはぼろぼろになったシャツとズボン、それにサンダルだ。スリランカに留まって一等人種として差別のない、しかし貧困の生活を送るよりも、欧州に渡って人種差別を受けながら、二等人種としてでもまともな生活を送りたいという、切なる気持ちから出た台詞である。この台詞は、欧州にやってくる経済難民の気持ちを見事に描写している。「ヨーロッパに行きたい!」という方、この言葉を肝に銘じておいて欲しい。程度の差こそあれ、人種差別は日常茶飯事である。これを最初に味わった際のカルチャーショックは、簡単には消化できない。

EUの取り決めにより、2014年1月1日からルーマニア人とブルガリア人のドイツへの移動が自由化された。するとドイツの右翼政党(CSU)は、「ルーマニア人とブルガリア人が大挙してドイツに押し寄せてくる。働く気のない連中が、生活保護を申請すればドイツの地方自治体は崩壊する。」と警告を発した。ドイツにおけるルーマニア人、ブルガリア人の地位は低い。ドイツ人が同等と考えるのは、同じゲルマン民族とアングロサクソン系だけである。イタリア、スペイン、フランスなどのラテン国家になると、ワンランク落ちる。そのさらに下にあるのが、バルカン及びスラブ国家のクロアチア、セルビア、ポーランド、チェコなど。そのさらに下、すなわち欧州の劣等生とドイツ人がみなしているのが、ルーマニア、ウクライナ、ブルガリア、そしてアルバニアである。この4カ国からの出身者は二等人種に分類されて、アラブ人、アジア人同様の扱いを受ける。

ルーマニア人のイメージ悪化に貢献したのは、日本語でジプシーと呼ばれる「肌の白いインド人」で、ドイツ(欧州)では"Roma"(ローマ)と呼ばれる一族が有名だ。過疎が進むルール工業地帯などでは放棄されたアパートをこの「ルーマニア人」が占拠して住み始めた。違法占拠なので、当然、ごみの回収は来ない。そこで路上にごみを捨てる生活を始めた。町はごみの山となり、最後まで頑張っていたトルコ人も逃げだして、ドイツにルーマニアの植民地が誕生した。このルーマニア人の流れは近年ますます増えて、ルーマニア人が居ない町はほとんどない。街角で恰幅のいいおばさんが、スカーフをかぶって座り込んでいる。近くに寄るとマックの紙コップを差し出す。欧州に旅行された方は、きっと行く先々で見かけたことだろう。観光地では、ガードの低い観光客を相手にローマの子供が小銭や財布を騙し取っている。日本人は女、子供に対してガードが低いので、被害に遭われた方も居る筈だ。これがルーマニア人(ローマ)のステレオタイプである。

これまでは空きアパートの多い、ドルトムント、デューイスブルク、ゲルゼンキルチェンなどがルーマニア人の間で人気があったが、最近では小奇麗だった商業都市、マンハイムにルーマニア人が集結を始めた。もっとも最近ドイツにやってくるルーマニア人の多くはドイツで職に就いており、ドイツで生活保護を受けるのが目的という主張は正しくない。2013年の統計では、ルーマニア人で社会保障を受けている人の割合は10%である。ドイツ人の平均、7.5%よりは高くなっているが、ドイツに住む外国人が社会保障を受けている割合は16.2%であるから、ルーマニア人は外国人の間では勤勉な外国人とさええ言えるかもしれない。問題はローマに代表される、ルーマニア人の印象を悪くしている一部のルーマニア人である。この印象がものすごく強烈であるために、ルーマニア人=ローマ=社会保障という構図で見てしまうのである。

ドイツではこの5月にEU議員選挙がある。ますます影響力を増やしている欧州中央政府の野望に釘を打つには、EU議会に党の議員を送り込み、ここで反対を唱えなくてはらない。そこで上述の右翼政党は、「格好の選挙テーマ」を考えた。この目標に格好の標的となったのが、ルーマニア人とブルガリア人であった。この党の心配はユーロを否定するAfDという右翼政党だ。この党はアーリア人のための、アーリア人による、アーリア人の政府を要求して、一部のドイツ人に猛烈な人気を集めている。この党が議席を獲得すれば、それだけCSUが獲得できる議席が少なくなる。そこでAfDのお家芸を盗み、「ルーマニア人がやってくる!」という外国人に対する潜在的な恐怖心を煽っている。ドイツ人は普段は口にしないが、外国人への不信感は心の底に根付いている。これに訴える実に効果的な選挙スローガンである。
          
この危険な兆候を見た大人の政党(主にSPD)は、「(例え)ドイツに(ルーマニア人が)来て、働きもしないで生活保護を申請しても、生活保護は認可されないので、全く根拠のない主張だ。」と、右翼的な傾向に警笛を鳴らした。ところがここでEUが、「EU加盟国の国民は、働いていなくても、ドイツで生活保護を受ける権利がある。」とこの議論にさらに油を注いだ。EUの見解では、EU市民は1年以上ドイツで働いていれば、失業保険を受ける権利がある。しかし、働けない人、1年未満しか働いていない人には失業率が降りないので、生活保護を受ける権利があると言うのだ。この声明により、大人の主張をしていたSPDは声が喉に詰まった。逆に外国人をこきおろしていた右翼政党は、「それ見た事か!」とまるで預言者のように、これまでの警告が正しかったことを選挙民に見せ付けることができた。
          
現時点では、ドイツ国内へのルーマニア、あるいはブルガリアからの移民者の数はとりわけ増えているわけではない。逆に数も減ってはいないので、今後しばらく観察してみないと、誰の意見が正しかったのかわからない。もっともその頃にはすでにEU議会の選挙は終わっており、この議論の勝者は右翼政党になっているだろう。


大脱走!
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