"Die Eiserne Lady" (26.02.2014)

第三次メルケル内閣の人事で、ドイツに関心の薄い日本でも大きく報道されたのが、国防大臣に就任したvon der Leyen(フォン デア ライン)女史だった。ドイツ史上、初の女性国防大臣の誕生とあって、世界中でニュースになった。ドイツ国内でもこの人事は話題になり、早速、世論調査が行われた。あの先進的なドイツでも国民の48%が女史はこの任務に不適任、あるいは女史には国防省を率いる能力がないと見ており、「やはり国防大臣は男性がなるべき。」という意見だった。わずか38%がこの人事を正しいと見ていた。

最近、「ドイツの最新事情」を読み始めて、「ドイツの政治には詳しくありません。」という方の為に解説しておくと、女史は第一次メルケル内閣で、新人大臣の登竜門、家族省の大臣に就任した。女史は7人の子供を産んでいたので、60年前なら勲章をもらえたが、今日では卒なく仕事をこなすこの勤勉な女性を笑う者は少なくなかった。しかし女史はそのような揶揄中傷を相手にせず、社会における女性の立場を改善することに努力して、女史の名前を残す改革をいくつも行った。第二次メルケル内閣ではその功績を認められ、労働大臣に就任する。ここでも卒なく仕事をこなし、幾つかの小さな失敗はあったが、失敗さえも成功として売る巧みな弁舌の才を発揮、彼女を影で笑う人の数はかなり少なくなった。

ここでも紹介している通り、国防大臣というのは"Heisser Stuhl"(熱い椅子。長く座れないという意味。)で、過去、多くの政治家がここでつまずいた。幾つか例を挙げるなら、前シュレーダー政権ではシャーピング国防大臣は愛人にうつつを抜かして機密情報を漏らし、あっけなく国防大臣を首になっている(辞任ではない)。メルケル政権ではZu Guttenberg氏の辞任劇が突出している。同氏の跡を継いだDe Maizière氏は、無人飛行機のスキャンダルで危うく辞任に追い込まれる所だった。第三次メルケル内閣にてDe Maizière氏は、「国防大臣はもう勘弁してくれ。」と首相に頼み込み、勝手知ったる内務省に戻ってしまった。こうしてメルケル首相の手持ちのカードがなくなった。忠実さが唯一の取り合えの環境大臣を国防大臣に就任させると、スキャンダルは始まる前から目に見えている。しかし首相は能力のある部下をことごとく潰したので、国防大臣の熱い椅子を任せられる能力のある人材がいなかった。Es sei denn,(例外は、。)女性のフォン デア ライン女史。ここで策力に長けた首相は妙案を思いつく。

今、党内で首相の椅子を脅かす危険性(能力)のあるのは、フォン デア ライン女史だけである。そこで女史を国防大臣に就任させ、やはり大臣の椅子が重責でスキャンダルを起こせば、己の手を汚さないで政敵を処理できる。もしスキャンダルが起きなければ、それはそれで女史を国防大臣に任命した首相の手腕が評価される。こうして女史の国防大臣就任が決まったが、上述の通り、ドイツ国民の反応は、これまでの女史のキャリアにもかかわらず、冷ややかだった。と言うのもドイツ軍には問題が山積しており、これと立ち向かうだけの才能は女史にはないと判断していた。

2代前に徴兵制を廃止して、職業軍人制度を導入して辞任してしまった国防大臣のお陰で、ドイツ軍は人材不足に悩んでいる。日本でも同じだが、軍隊と言えばかっこいい軍服を着て、銃を撃つのが仕事だと思っている輩が多い。実際には毎日が地味な訓練で、ちょっとしたミスで、「貴様は仲間を殺すのか!腕立て伏せ用意!」と全員が懲罰の対象となる。地獄の日課が済むと、今度は寝るまで先輩の兵隊から奴隷のようにこき使われる。これまで自由を謳歌していた若者にはこれは耐えられない。結果、新兵の3割は最初の2年を耐え切れずに辞めて行った。1割ならまだ補充できるが、3割も兵隊が辞めてくと、定員を満たすこともできない。そこで、「学徒出陣!」と17歳の若者まで取り始めたが、途中で辞めて行く者の数は増えるだけだった。お金をかけて訓練した兵隊が、2年も持たないと全くの赤字である。

しかるにドイツ政府は世界で紛争が持ち上がると、「平和維持に協力します。」と二つ約束、ドイツ軍を派遣する。こうして今、ドイツ軍はアフガニスタン、コソボ、トルコ(シリア対策)、スーダン、レバノン、マリ、セネガルなどに駐屯しており、その数4700名ほどだ。休暇などで入れ替わる兵力を考えると、1万人近い兵力が動員されている。さらには遠い任務地までルフトハンザで飛ぶわけではない。ドイツ空軍が人員、補給、装備を運び、大型の装備はドイツ海軍が輸送する。こうした任務に就く兵力を考えると、実際には数万人が従事している。職業軍人体制になったので、兵隊の多くは家族持ちだ。旦那が半年もアフガニスタンに駐屯して、これを喜ぶ家庭はない。自衛隊と違って、ドイツ軍では兵隊の満足度を調査しているが、2014年にはこれが統計を取り始めて以来の最低にまで落ち込んだ

女史は国防大臣に就任早々、「民間企業と優秀な人材の取り合いになっている現況では、ドイツ軍を家族に優しい仕事場に改造する事が不可欠である。」として、改革令を出した。具体的には子供を持つ兵隊には、週3日勤務などの柔軟な勤務時間の導入、出産後には2年間休みを取れる制度を軍隊にも導入(これは女史が家族大臣である時に民間企業に導入した。)、軍隊につき物の転勤制度の見直し、そして軍隊内に保育園を設けるという実に画期的な内容である。この制度が本当に導入されるなら、ドイツ軍は世界でもっとも進んだ軍隊になるだろう。さらに大臣はドイツ軍の癌、前任者が危うく辞任に追い込まれる所だった兵器調達部の大掃除にかかった。

ドイツではどの省でも官僚のトップとして、"Staatssekretaer"(次官)が在籍している。選挙の度に素人大臣が就任すると、その専門知識を持って大臣を補佐するのが仕事である。これは建前。実際の所、大臣はスキャンダルを回避して、任期を無事勤め上げ、キャリアに傷がつかない様に専念する。だから大臣が省にやってくると、「当省ではこのようになっております。」と官僚が言えば、大臣はその台詞を信じて疑わない。独自のイニシャチブを取ることなど鼻から念頭にないので、遅かれ早かれ半年もすると、官僚は大臣を思い通りに操っている。特に国防省と言えば、予算額の最も多い省庁のひとつなので、民間企業と太いパイプで繋がっている(癒着とも言う)。官僚が何処に戦車、装甲車、野砲、あるいは省の宣伝の依頼を出すかで、民間企業の業績は大きく左右される。駆逐艦や戦闘機、衛星などの大型装備ともなれば、民間企業の運命さえ、この調達にかかっている。こうして官僚時代に得た太いパイプは退職後、関連会社の取締役員に就任することを可能にする。
          
当然の成り行きとして、軍が出した調達書に書かれている能力は二の次で、官僚が何処に調達を出せば一番自分の得になるか考察して、調達先を決める。結果としてここでも紹介したように調達書に書かれている搭載能力を持たない新型輸送機A400Mや、欠陥だらけの戦闘ヘリを調達することになっている。前国防大臣が危うく辞任に追い込まれる所だった無人偵察機の調達問題などは、この官僚の実力を如実に誇示している。大臣は専門知識がない上、保身ばかりを考えているので、これまで省庁を実質率いてきた官僚に立ち向かうだけの度量、そしてその能力が欠けるのだ。

フォン デア ライン大臣は、早い段階でこれに気づいていたようだ。就任からわずか2ヶ月で調達部の次官を首にすると、その部下もまとめてお払い箱にした。それだけではない。これまでの軍の調達計画を民間の経理会社に検査させるというのだ。国防省の役人の助言はおろか、役所の公式な数字させも信用せず、外部の会社に検査をさせてまずは独自のデータを得ようという徹底振り。女史が大臣に就任した際の所信演説で、国防省の大掃除を聞かされた官僚は、「女国防大臣に何ができるか。」と密かに笑っていた。がこの大掃除を見て、批判家の笑みが凍り付いてしまった。今回のような大掃除は、男の国防大臣でも想像もしえなかった。まだ女史が宣言した改革は何ひとつ実行に移されたものではないが、国内では早くも畏敬の念を込めて"Die Eiserne Lady"(鉄の女性)という異名を奉った。どこまで改革が実行できるか、期待をこめて女史のお手並みを拝見しよう。

"Augen rechts!!"
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