"freigesprochen" (09.02.2014)

2年前、ハノーファー地検が大統領の不逮捕特権の免除を国会に申請するに至り、大統領がセンセーショナルに辞任した。ハノーファー地検は面子にかけて大統領(a.D.*)に対して有罪判決を勝ち取るべく自宅を家宅捜索、収賄の容疑を固める証拠を押収した。しかし流石は法律を学んだことにある元大統領だけあって、有罪判決を立証できる証拠は残していなかった。しかしここまで大風呂敷を広げておいて、「ごめんなさい。」では済まない。検察は証拠がないときに決まって使う常套手段、「2万ユーロ(邦貨でで280万円)の罰金を払えば、告訴を取り下げます。」と取引を持ちかけた。がこれは逆に元大統領を、「裁判になれば勝てる。」と確信させた。大統領辞任という屈辱を味あわせた憎っくき検察に、同じ屈辱を味あわせてやる絶好の機会である。(元)大統領は取引を拒否、こうしてドイツ史上初めて、(元)大統領に対する公判が始まった。

証拠の薄い公判だけに検察は収賄の立証に苦労した。あまりの薄い論拠に裁判官も、「もっとちゃんとした証拠はないのか。」と検察に尋ねるほどで、公判の経過は検察にとって芳しくなかった。そこで検察は元大統領の元妻を証人として呼び、検察からすれば素人の彼女から有利な証言を引き出そうとしたが、徒労に終わった。これまで雑誌の記者を勤め上げた才女でもある女史は、「知りません。」と証言、検察に言質を与えなかった。それどころか検察は、宣伝道具に使われてしまった。公判後、元大統領は報道陣を避けるべく裏口からこそこそと法廷を出た。しかし元大統領の元妻は報道陣の待ち受けている正面出口から堂々と出ると、綺麗な写真が撮れるように顔をまっすぐ上に向け、ゆっくりと歩きだした。最近、雑誌に載ることが滅多になくなった彼女にとってこれは久しぶりの公の舞台であり、無料の宣伝を効果的に利用した。こうして裁判は検察の思惑とは異なり、収賄はなかなか立証できなかった。

検察は2008年のオクトーバーフェストでヴルフ夫妻の宿泊費、750ユーロの一部を映画会社運営の友人に支払わせ、そのお返しに当時の州知事が、ジーメンス社が宣伝映画の製作をこの友人の会社に委託するように「とりもった」と主張、これは収賄に当たるとした。別の言い方をすれば、あれだけ大騒ぎした(元)大統領のドイツ史上初の告訴が、わずか300ユーロ少々の「ピーナッツ」の争いになっていた。2月27日ハノーファーの地裁は、「収賄容疑は立証されず。」として元大統領に無罪判決を下し、「損害賠償請求も可。」と付け加えた。負け裁判なので裁判費用は地検が全額負担する。その費用だけでも数百万ユーロ(数億円)、元大統領に払う損害賠償額を加えれば、この裁判は地検にとって破局だ。大体、数百ユーロの収賄を立証するために、数億ユーロも浪費する必要があったのか。それでもハノーファー地検は、「告訴する。」と言っており、まだ恥の上塗りをしそうだ(**)。ドイツの地検はこの一件に代表されるように、あやふやな証拠しかないのに、手柄欲しさで無理やり裁判に持ち込むことが度々ある。

2010年、ドイツの国営放送で「お天気おじさん」として有名だったキャスターが、婦女暴行罪で逮捕されたことがある。検察が言うには、元彼女の自宅を訪れるとナイフを使って脅し、性的暴行を働いたと言うのだ。原告の肩などについた青いあざを証拠として裁判所に提出すると、判事はすぐに逮捕状にサイン、ニュースキャスターは逮捕されてしまった。このニュースが報道されると国営放送局は「面子にかかわる。」と同キャンスターとの契約を打ち切り、女性運動家は同氏を女性を性欲の対象としか見ない男性の象徴であると主張、女性を男性の抑圧から解放しなければならないと大キャンペーンを張った(***)。メデイアの大半も、「ナイフから被告のDNAが採取された。」とまことしなやかに報道、誰もが被告の有罪を確信していた。被告の無罪を信じていたのは、被告の母親を除けばたったの一人だけだった。

その一人がドイツ有数の敏腕弁護士だった。メデイアが期待して裁判所に大集結すると、まずは裁判官を「先入観に捕らわれている。」として交換するように要請を出すなど、その敏腕ぶりを見せ付けた。検察が証拠を出せば、重箱の隅を顕微鏡で見るように質問に続く質問で、何処かに手続きの間違いを見つけるまで質問をやめなかった。あまりの執拗さに検察が我慢の緒を切らせたことも度々あった。しかしその執拗な質問は無駄ではなかった。質問の結果、これまでは重要な証拠とされていたナイフから採取されたDNAが、実は被告のDNAと100%の一致を見ないという決定的な証言を引き出した。さらには原告の青あざも、「被告によるものか、それとも自身でつけたものか判断できない。」と医師が証言をすると、検察の手持ちのカードがなくなった。さらに原告が脅迫文として提出した被告が送りつけたという文書も、実は原告が捏造したものである事が弁護士の調査でわかると、ドイツで原告の主張を信じる者はほとんどいなくなった。それどころか、「男に振られた腹いせに、暴行を捏造した。」という意見が支配的になり、裁判所も無罪の判決を下した

無罪判決は出たものの、「証拠がない為の二級の無罪判決である。」と裁判官が(止めとけばいいのに)判決に付け加えると、弁護士はメデイアを使って実に効果的にこれに応酬した。「判決に1級も2級もなく、有罪か無罪のどちらかだけである。そんな事もわからない判事こそが二級である。」と弁護士らしい筋道だった方法で反論した。「侮辱罪で訴えられないの?」と見ている方が心配になるほどの、歯にもの着せぬ言い方だった。にもかかわらず、このニュースキャスターは多大の犠牲を強いられることになった。まず国営放送との契約が切れてしまい、無罪判決の後でも、「同氏はふさわしくない。」として契約は復活されていない。その他のテレビ局も、「かって婦女暴行で訴えられた人物が天気予報をするのはまずい。」として、同氏のキャリアは完全に潰された。「損害賠償請求をすればいい。」と思われるかもしれないが、ドイツでは刑務所1日あたりたったの25ユーロしか支給されない。その25ユーロから食事代が6ユーロ引かれるので、1日19ユーロである。同氏は取調べの為に数ヶ月、刑務所暮らしを余儀なくされたが、氏に支払われたのはわずか数千ユーロであった。検察の手柄に目がくらんだ判断で、一人の人間の人生が潰されたことになり、メデイアは被告の女性遍歴ではなく、検察の捜査、裏づけの甘さをもっと報道すべきだったろう。
          
* a.Dは「アーデー」と読む。"ausser Dienst"の略で、勤務外、あるいは退職しているという意味。かって要職に就いていた人物をその職務で呼ぶ際に使用される。例 General a.D.(退役将軍)。

** 検察は結局、控訴を諦めて、元大統領の無罪が確定した。

*** この女性運動家、女性週間雑誌を出版している。これによって得た営利をスイスの銀行に隠して税金を脱税していたことが暴露されると、元ニュースキャスターは「女性の解放などと言っておきながら、それはお題目で、単に欲飢えた婆だと発言、ちゃっかり仕返しした。


喜びが隠せない大統領 a.D.
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