Good-bye Minister! (20.03.2014)

2010年、カナダの警察がトロントの児童ポルノリンクを強襲して300人を超える容疑者を検挙、386人の子供をこのリンクから解放した。同時にこのリンクで製作された映像を販売する会社に対しても強制捜査を行い、大量の資料を押収した。トロントの検察は押収した資料を緻密に調査して、国別の顧客リストを作成した。そこには800を超えるドイツ人顧客の名前、住所が記載されており、この調査結果はドイツの警視庁、BKA(Bundeskriminalamtの略称)に極秘に渡たされて、ドイツ国内で「相応の行動」を取るように要請したのが2011年である。

話を進める前に、このテーマに関するドイツの法令について説明しておく必要があるだろう。ドイツでも児童ポルノは禁止されている。その売買、所有が禁止されているだけでなく、インターネットの検索エンジンを使用して、(ドイツ語で)児童ポルノと入れただけで法に触れる。ドイツでは児童ポルノを所有しようとする「努力」も処罰の対象になっているので、「持っていませんよ。」という言い訳も通じない。以前、SPDの政治家が警察に家宅捜査を受け児童ポルノの所有が発覚したことがある。日本ならば証拠を握られていると、「その通りでございます。」と容疑を認める事が多いが、流石、そこはドイツの政治家で、「確かに児童ポルノは所有していたが、それは国会議員としての仕事で使う資料である。」と弁護を試みた。しかし検察が押収した(国会議員に支給される)携帯電話にとりわけ悪質な児童ポルノが見つかると、どうしてそんな映像を携帯に入れて国会の中まで持ち込む必要があったのか、つじつまの合う言い訳は思いつかなかった。結果、(元)議員は告訴されて有罪判決が下された。

カナダの検察から渡された顧客名簿をチェックしていたBKAの職員は、驚いたに違いない。そこにはBKAの職員、それも上司の名前が載っていた!BKAは本人に事情聴取すると、本人は容疑を認めたので、逮捕されるかと思いきや、罰金を払って告訴を免除された。謹慎処分にはなかったが、お給料は継続して支払われた。そして年金が貰える年齢に達した2013年、堂々とBKAを退職、満額の退職金と年金を確保した。その顧客リストにはもう一人著名な人物の名前が載っていた。その名前は"Sebastian Edathy"。ドイツを震撼させたネオナチによる外国人連続殺害事件の国会調査委員会で議長を立派に務めて、名声を獲得した議員である。将来を有望視され、連立政権では大臣のポストさえもささやかれているその議員の名前が、悪質な児童ポルノリンクの顧客名簿に載っていた。ところがBKAの釈明によると、BKAの職員は同僚の名前には気づいたが、議員の名前には気がつかなかったという。

2013年10月、カナダの検察から資料が渡されてかっきり2年経ってから、BKAはようやくこの名前に気づいてハノーファーの地検に連絡を取った。事の大きさに気づいた地検はゲッテインゲンの中央検察局に今後の処置について協議した後、BKAから捜査資料を渡される。こうして次第にこの件について事情を知っている人物の数が増え始める。2013年11月、カナダのトロントで検察が2年(以上)前に児童ポルノリンクを検挙した事を記者会見で発表すると、Edathy議員は急に気分が悪くなった。「病気の為、公務を休みます。」と党に告げると、公の場所に姿を現せなくなった。心中察するに余りあるとはこの事だろう。

2週間後、ハノーファーの検察にEdathy議員の弁護士から電話があった。議員に嫌疑がかけられているかどうか、知りたかったのだ。その後、検察を訪れた弁護士は容疑について根掘り葉掘り尋ねたが、検察の言葉を借りるなら、「まるで検察と同じ調書を持っているように、細部まで知っていた。」という。2014年1月、ハノーファー検察は同議員に対する容疑が固まったとして、公式に犯罪捜査を開始することになった。現職の国会議員に対する捜査だけに、これには国会議長の了解が要る。そこで国会議長宛に同議員への容疑を説明、法外措置の解除を依頼する旨書かれた書類が送られた。しかしこの手紙は何故か、このような重要な件で使用される専用の特使ではなく、一般の郵便で送られた。さらにはその手紙には、十分な金額の切手が貼られておらず、書類は一度、検察に戻り、ここで不足分の切手を貼り足してから、議長に届けられた。

こうして手紙が届くまでに2週間もかかってしまった、Edathy議員は手紙が議長に届く前に議員を辞職すると発表して、検察の手の裏をかいた。まるでこの手紙がしばらくすると届く事を誰かに教わったようだった。検察が家宅捜査状を持って議員の自宅、オフィスを強襲すると、すでにもぬけの殻だった。議員は報道陣を避けてとっくに海外に出ていたのだ。自宅に残っていたプライベートで使用されるコンピューターには新品のハードデイスクが入っており、新品の状態で検察に押収されるのを待っていた。さらには議員に支給される仕事用のノートパソコンは、ほんの数日前に、「盗まれた。」と国会に報告されていたことを知った検察は地団駄をふんだ。検察は欧州全域に盗まれたノートパソコンの捜査依頼を出したが、見つかることはないだろう。
          
諸葛亮孔明のように検察の手をすべて読んでいた議員は、証拠がなくて困っている地検に対して次の手に出た。捜査の秘密を漏らした廉で地検を告訴したのだ。あまりの手際のよさにあっけに取られた検察は、「どこかで情報が漏れている。」と内部調査を開始。今度はベルリンの検察が動き出し、当時の内務大臣に対して捜査を開始した。内務大臣は検察の長であるが、検察が(かっての)内務大臣に対して捜査を開始するという事態は、ドイツ史上かってない出来事である。このニュースが報道されると、新政権では農相に就任していた元内務大臣は記者団に、「Edathy議員への捜査について誰かと話しましたか。」と聞かれて、罪の意識がまったくない大臣は、「ああ言ったよ。SPD党首にこの件を報告した。」と、あっさりと情報の譲渡を認めた。

(かっての)内務大臣が、検察の捜査に関してSPDの党首に情報を譲渡した事がわかると、フリードリヒ大臣を擁護する声は、大臣の所属するCSUからも一向に聞かれなかった。大臣は、「何も法に触れたわけじゃない。」と自身の行動を正当化したが、その声は砂漠で唱える説法のように孤独だった。大臣は何故、他の党(すなわち政敵)の議員に対しての検察の捜査について、軽々しく口を滑らしたのだろう。大臣の真意は不明だがメルケル首相は、「首相も知っていたんじゃないか。」と火の粉が舞い降りてくることを懸念、スキャンダルがこれ以上大きくならないように自ら辞任するように薦めた。同僚からの援護射撃もなく孤立無援の大臣は、首相の圧力に屈した。他に一体、何ができただろう。大臣は辞任記者会見で、「私は何も間違った事をしたわけではい。」と主張、最後まで物分りの悪さを見せ付けた。

CSUの党首、ゼーフォーファー氏はSPDの党幹部にも「腹切り」を要求した。元内務大臣がSPD党首に秘密を漏らしたのは同氏の誤りだったとしても、誰かがその秘密をEdathy議員にこっそり伝えなければ、大臣は辞任することにならなかった筈だ。ゼーフォーファー氏はこの一連のスキャンダルの本当の責任はSPDにあるとして、SPDに釈明を求めた。SPD党首によると、内務大臣から話を聞かされると、この件について議員団長と協議したそうだ。その後、議員団長はBKAの所長に電話して捜査内容について根掘り葉掘り聞いたらしい。団長は、「Edathy議員について犯罪捜査が始まった事を所長の口から聞いた。」と主張したが、肝心の所長は、「電話を受けたが、捜査については肯定も否定もせず、話を聞いただけ。」と主張、両者の言い分が食い違った。その後議員団長が、「私の勘違いだった。」と主張を訂正した事から、同氏の信憑性が疑われる事になった。ゼーフォーファー氏は、「それ見ろ!」と鬼の首を取ったかのように、同氏が検察の情報を漏らした張本人だ!と主張、「責任を取って辞任すべきだ!」と首を要求した。
          
しかしSPD党首は、「問題の発端は内務大臣の軽率な行動に端を発しているので、SPDが責任を取ることはない。」とこの要求を一蹴にした。これにゼーフォーファー氏は激怒した。氏の視点から見れば、SPDは「恩をあだで返す。」と見えるから無理もない。同氏と野党の要請で情報をリークした張本人を見つけるべく、国会で調査委員会が開かれると、圧倒的過半数を占めて、「向かうところ敵なし」のように見えた連立政権は、半年も経たないで深刻な危機に陥った。大体、カナダの検察からは2年も前に資料を渡されているのに、その2年間、BKAは何をしていたのか。「リストに載っている国会議員の名前を2年間も見落とすには、裏で秘匿工作が行われていたか、あるいは余程無能な職員が働いているかのどちらかだ。」と厳しい指摘が野党からあがった。証言に立ったBKA長官はその説明を求められたが、「今となってはわからない。」で通した。

ところがこの公聴会で、長官は都合の悪いこと、すなわちBKAの上層部の職員の名前が顧客リストに載っており、この名前だけには気づいて寛大な措置を取ったことを秘密にしていた。ところがこの一件がマスコミの取材で暴露されると、BKA長官は再度国会に呼ばれて証言をする事となった。同僚の名前には気づいたが、国会議員の名前には2年間気がつかなかった。」という説明は説得力に欠けた。このBKA長官は昨年、ネオナチテロに対して10年間、全く手をとらなかった責任を問われて長官が辞任、空いたポストに今の長官が納まった。当時から、「BKA内部の官僚が長官に就任すると、これまでの悪い慣習がそのまま残ってしまう。」と非難の声があがったのが、まさにその通りの結果となった。スキャンダルを起こした組織を本当に改革するなら、外部の人間を派遣すべきである。スキャンダルを起こした組織内でキャリアを積んだ人物をトップに就けると、これまでの悪就も受け継がれるといういい例である。

こうして「何故、2年間も気がつかなかったのか。」という疑問は官庁の抵抗で解明されず、「捜査情報を誰が当人に漏らしたか。」という疑問は政治家の抵抗で解明されず、闇に葬られることとなった。政治家、官僚は犯罪を犯しても一般人とは別の扱いを受けるという、いい実例であった。そうそう、肝心のEdathy(元)議員であるが、当初は、「害のないヌード写真を購入しただけ。」と主張した。というのも、ヌードは芸術をされており、何処から児童ポルノに分類されるのか、その境界が曖昧である為だった。流石、賢い議員である。ところがである。トロントの検察が押収した証拠書類には、議員が購入した児童ポルノの記録(題名)がちゃっかりと残っており、同議員が購入したのは、特にひどい部類の児童ポルノであった。これがばれてから、議員は、今でも姿をくらましたままである。

編集後記
紛失していたエダテイ議員のラップトップだが、このパソコンのマックアドレスは国に登録されていた。IT-Fachmann(情報処理の専門家)によると、ラップトップが無くとも、このマックアドレスさえあれば、このコンピューターで行った作業を呼び出すことが可能だという。そしてこのIT-Fachmannは、議員がよりによって国から支給されたパソコンで、児童ポルノをダウンロードした記録を再現する事に成功した。そこにはポルノの題名まで記載されており、とりわけ悪質なポルノであった。これにより、「害の無い芸術写真を購入した。」という議員の嘘は完全に暴かれてしまった。明日はわが身。会社から支給されたパソコンでは、仕事以外の分野で使用するのはやめておこう。

苦虫を噛み砕きながらの辞任会見
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