„Five Eyes“ (16.07.2014)

米国諜報機関NSAによるドイツに対するスパイ行為により、これまで意識されることがなかったネット上の安全性が大きなテーマになった。ドイツ国内では、盗聴不可能と称した暗号化や、「ドイツのサーバーです」と安全性を強調したサービスがよく売れた。野党の政治家もこれを名前を売るいい機会と見て、NSAに盗聴疑惑に関して釈明を要求した。するとNSAは、「ドイツ国内ではデータの盗聴は行っていない。」とコメントした。

「ドイツ国内では行っていない。」ということは、逆に返せば、「ドイツ国外では行っている。」という意味に解釈できる。実際、我々が日々利用しているネット上のプラットフォーム、Google Yahoo, Facebook, Hotmail 等は、すべて米国の企業である。我々がこの会社の提供するサービスを利用すると、データは海を越えて米国のサーバーを仲介して、要求されたアドレスに送られていく。ここでデータを盗聴する。だから「ドイツ国内では盗聴は行っていない。」という返事になったと考えるべきだろう。米国にて行われるドイツ国民を対象にしたデータの盗聴は、ドイツの法律が及ばないので、NSAの活動をドイツの法律で罰するのは難しい。もっともNSAのトンネル会社が、ドイツのインターネット網も中心地、フランクフルトにあり、ここでデータを盗聴していという噂が耐えないが、証拠がない。

しかしながら、首相の電話の盗聴はドイツ国内(米国大使館)で行われていたので、これはドイツの法律に触れる。そこで野党を中心に、「国会の調査委員会を発足させて、ここでスノードン氏を含めて証人を招き、事実関係を明らかにさせるべきだ。」という機運が高まった。しかしドイツの野党は日本の野党のように烏合の衆。全員集まっても、国会調査委員会を発足させるに必要な議席が集まらない。与党の賛成がどうしても必要である。ところが当の張本人であるメルケル首相と政府与党は、この調査委員会にあまり乗り気でない。何かの偶然でドイツの諜報局が一緒にやっていた違法行為がばれるかもしれない。そんな事になると、野党の手柄になるだけで、与党には調査の結果がどっちに転んでも、利する事がない。しかし調査委員会の発足を拒むと、「自分の電話が盗聴されて何も処置を取らない首相が、国民のデータが盗聴されても何か行動を取るわけがない。」と言われかねない。そこでしぶしぶ調査委員会の発足に妥協した。

ただし条件付である。調査委員会の委員長を政府与党から選出する事。委員長の判断で、情報の公開の可否を決定できるので、まずい事実が出てきても、煙幕を張ることはできると考えた。そこでCDUが委員長の重責を任せることにしたのは、フライブルクで警察官を20年勤め上げて、州の内務省での勤務経験もあるBinninger氏であった。ところがこの委員会は発足から大いに揉めた。野党は米国による違法スパイ行為を公にしたスノ-ドン氏を証人として呼ぶことを要求した。しかし、同氏は米国が指名手配している「犯罪人」である。米国の視点で見るならば。米国に忠実な日本は、米国の視点を継承して、スノ-ドン容疑者と呼んでいるが、ドイツでは「かってのNSA要員、スノ-ドン氏」と呼んでいる。日本のメデイアではまるで犯罪人扱いだが、ドイツでは身の危険を承知で秘密を暴露した功労者とみなされている。

当然、野党は同氏の証言がなければ、調査委員会の意味がないと主張した。しかし米国政府は、裏切り者がドイツの国会の調査委員会で証言をする事はなんとしても避けたい。ここで証言されてしまうと、氏の言葉は証拠として、記録に残ってしまう。さらにはNSAの行っているさらなる違法行為、フランクフルトでトンネル会社を使ってデータをインターセプトしている、について証言されるかもしれない。これは超マズイ。そこで米国政府はドイツ政府に圧力をかけ始めた。ついこの前では、「ドイツ国内での盗聴行為は許されることではない。」と叫んでいた同じ政治家が、「スノ-ドン氏を証言としてドイツに招くと、身柄を拘束して米国に引き渡さなきゃならん。だから氏は招待しても、ドイツには来ないだろう。」とおかしな理屈で同氏の召喚を拒否し始めたほど、米国の圧力は強烈だった。すると野党が「ビデヲ回線を利用して証言してもらえばいい。」と言えば、「そんな事をすれば、米国との友好関係に傷つく。」とやっと本音を出した。米国政府からは、「何があってもスノ-ドン氏の証言を阻止せよ!」と圧力をかけられ、野党からは「スノ-ドン氏の証言なくして調査委員会の意味はない。」と言われ、すっかり二客の椅子の間に座ってしまったビニンガー氏は調査委員会が調査を開始する前に、委員長から辞任してしまった。哀れ。

これ以上のスキャンダルを避けるため、政府は水面下で野党と協議した。その結果、スノ-ドン氏は証人として召喚されないことになった。政府が野党に取引を申し出たのは間違いないが、残念ながら取引の内部まではわからない。スノ-ドン氏の代わりに、かってのNSAのエージェントが国会に呼ばれて証言をする事になった。不思議なのは、このエージェントはドイツの調査委員会からの召喚を断ることもできたのに、ちゃっかりと委員会に出席して証言を行った。かっての職場が余程、嫌だったに違いない。一人のエージェントは、「NSAの目的は(可能なら)人類すべての監視であり、その方法、考え方は独裁政権のそれと何も変わらない。」と発言した。別のエージェントは、「ドイツのBNDはNSAに無人攻撃機に攻撃目標のデータを提供しており、同じ穴の狢。」と証言した。政府は中途半端な気持ちでスキャンダルの解明に協力してしまったので、結局は、自分の首を絞めることになった。

ここでドイツの防諜局、"Verfassungschutz"の局長が記者会見を開き、「ドイツ国内において米国による諜報活動は行われてない。」と発言、かってのNSAエージェントの意見を否定して、NSAをかばった。ところがである。この無罪宣言から2週間後、BND(ドイツの諜報局)の職員が"Maulwulf"(モグラという意味。二重スパイを指す)容疑で逮捕されてしまうと、防諜局の局長の信憑性は地に落ちた。依頼人は言うまでもなくNSA。国会調査委員会の内部資料や、BKA(ドイツのFBI)の電話を盗聴して、NSAに渡していたのだ。NSAはドイツ側、すなわち国会調査委員会がどれだけ情報を持っているか、不安になった。その不安を払拭するために、BNDの職員にオーストリアで接触、謝礼を与えて米国側に寝返りさせることに成功した。ちょうどドイツの経済会の一団と一緒に中国を訪問していたメルケル首相は、「本当にそのような事実があったなら、許される行為ではない。」と異例のコメントを出した。これまでは米国の圧力に負けて、スノ-ドン氏の証言を阻止していた与党の政治家までも、「米国政府からの釈明を要求する。」と言い出した。

これを象徴するのが、財務大臣ショイブレ氏の発言だ。同氏はかって内務大臣であり、米国からテロの情報を「ただで」もらっていた。お陰でドイツ国内で計画されたテロを未然に防ぐことができた。この恩を忘れていないショイブレ氏は、「市民の怒りは理解できない。」と言い続けてきた。米国が違法に情報を集めていたのは遺憾だが、これを行わず、ドイツ国内でテロが起きていたら、市民の怒りは比べ物にならない程大きかったろうというのだ。よりによってそのNSA理解派のショイブレ氏が、 „Das ist so was von bloed, und ueber so viel Dummheit kann man auch nur weinen. Deswegen ist die Kanzlerin da auch ,not amused‘“(あまりにも間抜けな行動には泣けてくる。首相がご機嫌斜めなのも無理はない。)と発言した。これはNSAが寝返りさせたBNDの職員は下級職員であり、彼が渡した情報の価値は、このスパイ行為がばれて受ける両国間の不協和を考えると到底、見合わないという意味で発した言葉である。

すると今度は米国の諜報機関、おそらくはCIAがドイツ国防省の役人を寝返りさせて、国防情報を長年に渡って違法に入手していたことが発覚した。流石にここまでスパイ活動が広がると、ドイツの政治家で米国を擁護する者はいなくなった。内務大臣から国防大臣まで、この一件の徹底的な調査、そして何よりも米国からの釈明を要求したが、米国はドイツの抗議を無視した。記者団にコメントを求められたスポークスマンも、「ノーコメント」。首相の電話の盗聴がばれて反省しているかと思えば、反省しないどころか、さらにスパイ活動を拡大させている。ここまでなめられると、ドイツ政府、すなわちメルケル首相は、米国が無視できない方法で米国にドイツ政府の「遺憾の念」を伝える必要があると考えた。こうしてドイツ政府はベルリンに駐在している米国の諜報機関長を「不適格人物」に指名、ドイツから出て行くように要請した。ちなみにドイツがかって同盟国の外交官を国外退去にしたことはない。このドイツ政府の行動に米国側は、「そのような措置はイランか北朝鮮に対して行うもので、同盟国、それも米国の外交官に対して行うものではない。」と大いに憤慨した。米国にしてみれば、「スパイ活動なんて何処の国だってやっている。米国だけ罰するのは余りにも一方的だ。」というのだ。なかなか面白い見解だ。こうしてドイツと米国の関係はかなり冷え切ってしまった。
        
ところで、BKA(Bundeskriminalamtの略でドイツの警視庁)は、一体、何をしているのだろう。首相の電話の盗聴はドイツの法を破る、違法行為である。しかるにスキャンダルが明らかになって半年たっても、NSAに対して捜査を始めようとしなかった。「何故、捜査を開始しないのか。」と記者に聞かれると、「捜査を開始する証拠がない。」とおっしゃった。しかしBKAは当時、現役の大統領に対して証拠がない状態、"Anfangsverdacht"(容疑)だけで捜査を開始した。それなのに首相の電話が盗聴され、国家機密が盗まれている事態なのに、「証拠がないので始められない。」と言い訳した。つまり最初からやる気がなった。「首相の電話が盗聴されても何もしない警察が、ドイツの国民の情報が盗聴されて、何か行動を起すわけがない。」と報道されると、多少、「カチン!」と来た様だ。警察はようやく首相の電話盗聴に対して取調べを開始すると発表したが、この取り調べは「証拠不十分」で数ヶ月で中止されるだろう。それほどまでにアメリカの影響力は強い。

「他人のフリ見て、わが身を直せ。」言う通り、日本も例外でない事を日本人は知ってしかるべきだ。米国の諜報機関は、同じ諜報活動を日本国内で行っている。ただ日本にまともな諜報機関、この場合は、"Abwehr"(諜報防衛局)がないので、話題になっていないだけだ。また、例え日本で米国の諜報活動が明らかになったも、日本の報道機関がこれを報道するかどうか大いに疑問だ。しかし何故米国は、同盟国であるドイツや日本に対して諜報活動を行うのか。それは信頼していないからだ。西側には、„Five Eyes“と呼ばれる諜報機関の高級クラブがある。このクラブは1946年に結成された"geschlossene Gesellschaft"(閉じられた会員制)で、そのメンバーは米国、英国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド。かって米国側で戦った同盟国ばかりである。このメンバーの間では諜報活動で得た情報の交換会が行われ、その諜報活動の対象はメンバーになっていない国である。ドイツやフランスでさえこのクラブのメンバーになっていないので、日本もドイツ同様に、蚊帳の外である。

調査委員会長に就任するも、委員会が始まる前に辞任したBinninger氏。
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